ギザキの戦い 〜10〜
光と闇の狭間で戦うギザキの物語
10.招かざる客人
「すみませぬ。どうか門をお開け下され。ワィト公国から来た者です」
昼前。ギザキ達が戦いの準備として、ノ・トワ城の儀礼を教わっていた時に庭に響いたのは城門を叩く音。思いがけない来客だった。
「誠に申し訳ありませぬが、何用で御座ろうか? 既に決戦の手筈は定まり、後は結末の時を待つのみ。もし……婿殿からの使者なれば御立ち去りを。要らぬ嫌疑を招きまする」
城門越しに老執事が問い質す。
「我らはワィト公国王よりの使者。立会いを仰せつかった者。さらには手筈の変更を伝えに参りました」
三人は顔を見合わせ、小首を傾げた。しかし、断る理由は無い。
「それでは……ただいま、御開け致します。暫し御待ちを……」
ギザキは兵装を整え、ノィエは離れて城の中に身を隠した。
二人の動きを確認してから、老執事は城門の脇にある御用門から使者を招き入れた。
「すみませぬが、どうぞこちらから。正門には既に封印してあります故」
「ああ。そうでしたな。婚儀のためとは言え、戦は戦。のんびり城門を開けて居るような事はありませぬでしょうからな」
使者は二人だった。白と紫を基調とした高貴な身形は流石にワィト公国王の使者たる威厳を漂わせていた。小脇に煌びやかに装飾された白銀色の書状箱を持っている。箱の蓋に大きく銀の象眼で描かれているのはワィト公国印。書簡箱でも一財産と見えるのは流石に大国の証し。
「これはこれは。御老体、噂に違わず健やかなるその御姿。我ら感服致しましたぞ」
「え? あぁ、左様で御座いますか」
白々しい世辞を上げる使者達に老執事も呆れ気味の表情を顕さずにはいられなかった。
「……で、何が変ったのだ?」
憮然としてギザキが尋ねる。
「……こちらは?」
ギザキの無礼な振舞いに和やかな笑顔を少し引きつらせて使者は尋ねた。
「我が方の戦士。ギザキ殿で御座りまする」
ふん。と鼻で笑って使者達は老執事に小声で忠告した。
「……言いたくは在りませぬが、アレでは品位に欠けまする。仮にも聖光院ワィト公国の貴族院に既に名を連ねる若君の婚儀に関わる古式正しき決戦ですぞ? 品に欠けては、それこそ折角の格式高き戦いに……」
「その格式高き戦いに水を差しに来たんだろう? 偽物さん達?」
ギザキの言葉に表情を強ばらせる使者達。
「巧く化けたモノだが、血の匂いが消えて無い。それにだ……」
ギザキは胸の前で数度、拳を軽く合せる。軽い動作ながらも大きく響く音がギザキの拳の威力を物語っていた。
「……仮にも王家の使者が正門から入ってこないってのは……儀礼を知らなさ過ぎるぞ? 開門の言上にも品位が無い。いや、品位以前に一言も如何なる国の瑣末な儀礼言上に何一つ合致してない……」
もう一度、拳を響き合わせた。
「……誰だ? お前ら?」
「何と! その無礼な振舞い。これでは由緒正しきこの城の戦士とは言えませぬぞ。そうでは御座らんか? これではとても立会人として付合えませぬ……ぞ?」
気がつけば、後ろの老執事も間合いをとって抜刀し、静かに構えている。
「……せめて、その腐った血の汚臭漂う息を消して来られたのであれば……もう暫く三文芝居に付き合いますがの。いい加減にして正体を現したら如何ですかな? 偽物の方々」
老執事の静寂なる威圧、ギザキの鋼の如き威圧に挟まれ、使者達は覚悟を決めたかのように嘲け笑いだした。醜悪な苦臭を吐き散らして。
「ぐ……ぐっ……グッ……グッグッグッ。流石に一芝居打っても騙せぬか。折角、霊力の高そうな娘を食らえると思って化けたのになァあぁぁぁぁ!」
二人の使者は変化を解き、鬼のような形相で二人に襲いかかった。
「っ! やはり、魔物か!」
一瞬の間に遅いかかかる魔物。喰らいつかんとする鰐の如き大顎をギザキは下から殴り上げる。
ぐしゃり、と鈍き音が響き魔物の一人は血を吐き、仰け反ってのたうち回る。
(……? これしきで?)
拳に残る残響は顎の骨を砕き散らせた事を告げていた。が、この程度で倒せる相手では無い。
(もう一匹は?)
老執事に向かった魔物は? 足元でもがく魔物を凝視しながらも、老執事に飛び掛かる魔物を視野の端に捉える。
刹那!
長剣の一閃が魔物の肩から胴まで切り裂く。暗闇の如く黒き血と臓腑を辺り一面に撒き散らしながら崩れ落ちて行く。
(やはり、かなりの手練れ。一人でこの城を護っていただけは在る。が、しかし……)
地に倒れ、もがきながらも2匹の魔物が放つ剥き出しの殺意はギザキと老執事を捉えて放さない。
(……何か……何かを企んでいる?)
ギザキの疑問は直ぐに解けた。
瀕死の様相から突然、無気味な音を響かせて首が一つ……いや複数の首の塊が体の中から、臓腑を食い破り出現した。
「それが本体か!」
「グッグッグフフフフ。ユックリト中ヲ喰ッテイタノニ。セッカチナ奴等ダナ。ソンナニ喰ッテ欲シケリャ喰ッテヤルサ……オ前カラナァ!」
異形の魔物達が向かったのは……ノィエ。城内から姿を現し庭の外れに離れ立つ少女を喰らおうと襲いかかって行く。
「くっ! ノィエ! 逃げろォ!」
ギザキが叫ぶ。が、ノィエは聞えないかの様にその場に立っていた。氷のような……冷たい表情のまま。
「くっ!」
反射的にギザキは左腕の楯を外し、投げつけた。間には合わないまでも、攻撃せずには居られなかった。
突然! 魔物達の動きが止まり、立ち尽くす。
「何ィ?」
立ち止まった魔物の背にギザキの楯が突き刺さり、魔物は悲鳴を上げた。
「ギャあぁァァァァァ。ソンナ……コンナ所デ……コンナ小娘ノ技ニ嵌ル事ナゾ……」
悪言を吐きながらもその場から魔物が動く事はない。
「ノィエ! 大丈夫か? ノィエ? ……どうした?」
ギザキが魔物を避けて回り込み、ノィエを護る。しかし……冷たい表情のまま、少女は……魔物達を冷たく睨みつけていた。
「……許さないから。絶対に、アナタ達を……許さない!」
見れば魔物達の影……醜き異形の影に突き刺さる一筋の銀の光。退魔の符を突き通した銀の簪が魔物達を地に繋ぎ止めていた。
(……どれ程の『思い』が込められているのだ?)
呪力は「思い」……思念、意志の力に伴い強くもなり脆弱ともなる。ギザキはノィエの呪力を……呪力の源が計りかねた。
「……後は任せろ」
ギザキはノィエを背に隠し魔物と向き合った。
その時……
高き鐘楼から響く美しき歌声。まるで天から響く渡るような美しき旋律。
「おお! 姫様……」
老執事が感嘆の声を上げて鐘楼を見上げた。
鐘楼の頂、絹布屏風の向うで、静かに……しかし強き思いが込められた艶やかな歌声が天地に普く。
「……! なにッ?」
歌声は眼に見えぬ光の糸となり、魔物達に絡みつき……やがて太き綱となり魔物達を縛り上げる。
「! 歌声に? 精霊魔法かっ?」
光の呪縛に動けぬ魔物から鐘楼に視線を移す。世界の隅々にまで響き渡るようかのように歌う姿が……絹布越しに微かに映し出されていた。
「……やはり……似ている」
ギザキの呟きに、ノィエはぴくっと身を震わせギザキの背を寂しげに見つめた。だが、ギザキはノィエの悲哀の眼差しに気付く事はなく、ただ鐘楼を見上げていた。
やがて……美しき歌声の旋律に魔物達の悲鳴が不協和音として城の庭に響き渡った。
ギザキが振り直った時、既に魔物達は……太き光の鎖に身を縛られ、無造作に千切られていた。断末魔の叫びの残響と共に……腐った血肉を撒き散らし……魔物は千切れた塊となりながらも藻掻いていた。
「グ……ソンナ……光ノ聖歌? 光ノ鎖? タカガ歌声ニコンナ事がぁアァァァァ……」
「グォアァァァグググオャあゥイオォォぉォォォォォォ……」
醜き悲鳴を最後に魔物達の名残であるドス黒い血肉も熔け、地に吸われて黒き染みとなっていく。
後に残ったのは……からん、と乾いた音を立て数度、転がるギザキの楯だけ。それだけを残して……魔物達は跡形もなく消えて行った。
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この作はアコライト・ソフィアの外伝という位置づけになります。
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