最終話 妹、旅路の果てに新たな世界を見出す
最終話と名前がついていますが、内容的には次回の閑話回の方が実質的な第一部の最終話になります。
何だか慌しい日々を過ごしている間に、今年の夏休みは終了してしまった。
今はもう9月。律儀に毎日学校に通わなければいけない日々が再開されたが、休みは終わっても残暑が収まる気配は一向にない。
一定以上の気温が予想される日には備え付けの空調がかかるので、逆に暑くなってくれた方がクーラーが入って過ごし易いなどという逆転現象が起きて、天候に振り回される毎日になっている。
新学期に入って俺的に一番気がかりだったのは、なんといっても日常生活のランクに直結する席替えだった。佐々木さんと見せ合ったくじ引き後の席が、俺が窓側の後ろの方で佐々木さんが入り口に近い廊下側だったのを理解したときには、ここ2,3ヶ月の俺の強運もここまでかと一瞬観念した。だが、新たな席に移ってみると、天の配剤というべきか俺の斜め前の席に栗原さんの麗しい姿を確認できたのだった。神は常に我々の傍らにいて見てくれていると、信じても良い気がしてくるぞ。
「ほら、桐坂は早くお弁当箱を開けるんだ」
昼休み。俺の席の方に弁当箱を持ってやってきた佐々木さんは、開口一番、俺に弁当の提出を命令した。
「だってさ。私が来てあげなくて前のように遥が私の所に来る形だと、桐坂は一人で『ぼっちめし』だもんね。わざわざ出向いてあげることにした、寛大な私の心に感謝するが良いぞ」
「いや、必ずしもそうとは限らないと……」
「見栄張ったところで、仕方が無いって」
にこやかに言い切る佐々木さん。まあ、実際のところ100%間違いの無い事実なので、俺としては苦笑しながら弁当箱を差し出すしかなかったのだった。
「さて、何を貢いで貰おうか。やっぱりこれかな?」
「うわ、容赦ないな」
「当然だね」
そう言って躊躇いもなく、俺の弁当箱の中から最も価値のありそうな一番大きな唐揚げを速攻で攫っていく佐々木さん。正しく血も涙もない一撃だ。
「悲しければ、桐坂は遥に助けを求めたら何か貰えるかもしれないよ?」
弁当箱の変容に悲しんでいた俺に、佐々木さんが声をかける。話題をふられた栗原さんは俺に弁当箱を見せてくれる。
「桐坂君、何か欲しい?」
佐々木さんが移動してきた時点で、俺の隣と後ろの席が空席なのは確認済みだ。それでも栗原さんからの有難い申し出に、俺たちの方を向いてる奴がいないか思わず再度確認してしまった俺は小心者かもしれない。
前も思ったんだが可愛らしい小さな弁当箱で、ここから何か強奪というのは少し気が咎めるぞ。野菜中心のヘルシーメニューでカロリーも低そうだし。横でがつがつ食っている佐々木さんの弁当箱の方が倍くらいの大きさがありそうだ。
「ああ、ならこのミニトマトを一つ」
「はい、どうぞ」
差し出された物を断るなどという罰当たりなことは出来ないということで、有難くミニトマトのご相伴に預かることにする。本当ならば栗原さんの手作りの品をゲットしたかったのだが、おかずの品やサラダには取り易そうな感じの物が無かったので、俺的には苦渋の決断だった。
「さて、次は食後の時間だよね。桐坂は私を喜ばせるような、楽しい話題を提供するんだ!」
俺から強奪した唐揚げだけではまだ足りないのか、佐々木さんがお茶を飲みつつ会話のネタを求めてくる。何か良さそうなのは……と頭を絞った俺は、かばんから今朝駅の売店で買ってきた物を取り出してみた。
「それなら、今日発売のこれ見てみる?」
「なにこれ? 月刊経済誌『エグゼクティブ』って、桐坂こんなもの読んでるの?」
俺が手渡した経済誌を不思議そうな顔で眺める佐々木さん。俺は指先で表紙にある見出しの一部を突いて注意を向けさせる。
「『大増ページ保存版、田伏里香グラビア総力特集』。おおっ、そういうことね!」
中身が判った佐々木さんは、即座に俺から雑誌を奪い取って机に広げる。「田伏里香」の名前に反応した栗原さんも雑誌を覗き込む体勢になる。
俺は中身を一応もう知ってるから、二人に任せて考え事だ。そう、優美と唯ちゃんはメッセージ付きのサイン入りでファッション雑誌を貰えたのに、俺は見本刷りが一個だけだったという理由で雑誌を貰えず、発売日の今日に駅売りの物を普通に買って入手したのだった。日頃一杯お世話しているのに、ご主人さまの愛情が足りない……と思うのは俺だけではないはずだ。
「服で隠れてるけど、どれもなかなかエロいポーズだねえ。遥より一回り以上、胸の大きさもありそうだよ」
グラビア写真をしげしげと見ながら、横にいる栗原さんと比較して佐々木さんが言う。栗原さんは上品な体型というだけで、胸が薄いわけではない。でもグラビアで強調されてる里香のけしからん胸のボリュームと比較するのは可哀相だよな。佐々木さん自身は発育の良い健康優良児の自覚があるのか、栗原さんをからかう側だ。
「カメラマンの人の指示なんでしょうけど、経済の雑誌でこのポーズはどうかと思うわ」
「おお、体型に関してのコメントは避けたね」
「もう、千夏ったら……」
美少女たちのやり取りは眼福だぞ……
結構な熱心さで、二人の田伏里香グラビアの検分は十分以上をかけて行われた。堪能し終わったのか佐々木さんが栗原さんに話題を振る。
「遥の感想はどう?」
「どうって言われても……この気持ちを何て表現したら良いのかしら」
少し眉根を寄せて栗原さんが考え込む。なんだか、複雑そうな表情だ。
「『田伏里香の挑発的なグラビア写真を見せられて、多大な精神的ダメージを受けた。持って来た桐坂に謝罪と埋め合わせを要求する!』で良いんじゃない?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
佐々木さんが適当なことを言っているが、栗原さんは栗原さんで歯切れが悪い。
「唯に聞いた覚えがあるんだけど、これって桐坂君が付いていって一緒にした仕事なのよね?」
「あれ、そうなの?」
驚いた様子の佐々木さんが俺の方を見てくる。
「実はこのときはスタジオについていって撮影をずっと見ておりました、はい」
ごまかせそうにもないので降参という意味で、手をあげて二人に白状しておく。
「仕事とはいえ出来上がってきたのがこの写真というのは、やっぱり、何か納得し難いというのが正直な気持ちかも……」
「俺も遊んでたわけじゃないんだよ」
「判ってる」
仕事でなければこの程度の文句では済んでない……みたいな口調だな。
「コメントが必要というなら、ここは一つ千夏に習って『桐坂巧に待遇の改善を要望します』って感じかな?」
閉じた雑誌を手渡しながら、俺の目を見て栗原さんが言う。
「『待遇の改善』って? 俺が栗原さんにだよね。一体何をすれば良いの?」
「さあ。それを考えるのは、間違いなく桐坂君の役目だと思うわ」
一人で納得したかのように話を打ち切った栗原さんと、にやにやしている佐々木さん。二人の顔を困惑しながら見ているうちに、予鈴が鳴って今日の昼休みは終了したのだった……
「旦那様、奥様。それでは、どうぞお気をつけて」
「いってらっしゃいませ」
「ありがとう。セバスさんも、マリアもまた後でね!」
「よろしく」
屋敷の玄関を出たところでセバスチャンとマリアが俺と優美に向けて言葉をかけて深々と頭を下げる。優美は毎回返事しているが俺は適当だ。名前で予想できた人もいると思うが、セバスチャンが執事でマリアがメイドだ。
王国に戻った優美と俺には新しい家が下賜されていた。正規兵になった時に手に入れた一軒家が何軒も敷地内に立ってしまうほどの土地に立てられたお屋敷で、NPCのメイドさんと執事がついている。最初に見たときにはびっくりしてしまった。苦労して騎士になっただけのことはあると思わせる豪華さだ。
それにしても、俺の『旦那様』は良いにしても優美の『奥様』はないだろう。速攻で優美が設定してしまって、頑として俺に変えさせてくれなかったりするせいだ。セレブ気分を楽しみたいのかとも思うが良く判らん。優美は優美で俺が二人にセバスチャンとマリアという名前をつけたのが安直だと言って気に入らないようだ。由緒ある王道的なお約束を持つ名前だというのに。
今日は『ハートランド王国騎士叙任式』だ。GWにこの『ペアで生活オンライン』を始めてすぐの頃、田伏和治が騎士に叙任されてから4ヶ月。幾多の危機を乗り越え、俺もとうとう念願の騎士になることができたのだった。
前回の田伏和治のときは出席者は俺一人だけで、優美は俺の頭の上に漂っている幽霊扱いだったが、今回は俺自身の叙任式なので、優美にもちゃんと女性パートナー役として招待状が送られてきている。
優美と二人でポータルを移動して王宮の城門をくぐれば、いつものように俺たちの姿は『ハートランド王国仕様』に変身する。HMDが出す矢印の指示を見て『黒真珠の間』に向かおうとした俺は、優美に手を引っ張られたことに気付いて後ろを振り向いた。
「優美はね、お兄ちゃんは必ず騎士になれるって最初から信じてたよ」
言いながら俺を見る優美は、自分で作ったマントを身に着けた俺の騎士姿に満足そうだ。
「そういう優美もいつもより3割増しで美人に見えるぞ。ドレスもすごい似合ってるって」
「えへへ、そうかな」
俺の言葉に優美は嬉しそうに表情を崩す。
前回のイベントが終わって一週間、優美は受験勉強もそこそこに俺のマントと自分の着るドレスの装飾に邁進していた。
俺のマントは前回より裏の刺繍やら肩のモール飾りなどがグレードアップした、魔将軍仕様バージョン2という感じになっている。
優美自身が着ているのは青のドレスだが、自分で大輪の薔薇を模した飾りとかを増やしたらしく中々華やかな感じになっている。身長がいつも通りなのはご愛嬌だが、一応、ウエストや胸周りなど、よくよく見ればワールド内補正も確かに効いているようだ。
「危ない感じのときもかなりあったけど、最終的に俺に任せておけば大丈夫だっただろ」
「うん。お兄ちゃんは頼りになるよね」
「まあ、まだ騎士になっただけだし先は長いぞ。最初の目標だった田伏和治はずっと偉くなっちゃって、差は縮まってないしな」
俺の言葉を聞いて、優美は首を傾げる。
「でも、お兄ちゃんはもう里香ちゃんととっても仲良しになったんだから、和治くんを倒さなくても良いんじゃないの?」
あれ、そう言われてみればそうかもしれない。俺自身が望めば里香といつでも話せる立場にあるってことは、もしかしてそんなにむきにならなくても……
いや、兄貴の和治を倒せば、俺は田伏里香と付き合えるはずじゃなかったか? 確か本人から言質もとってたはずだよな?
「お兄ちゃんもしかして里香ちゃんとつきあえるチャンスがとか考えてないよね?」
さっきの尊敬の表情から一転して疑惑の眼差しになって優美が俺に聞いてくる。いかん、この話題は鬼門だった。
「そんなこと考えてないから心配するな。とりあえず式典だ。優美行くぞ」
「お兄ちゃん、怪しい……」
うやむやにして、とりあえず優美を会場に向かわせる俺だった。
黒真珠の間に近づくと、優美には式典場への誘導、そして俺には控え室での待機が指示されたので、適当に分かれて式の準備だ。黒真珠の間への控え室は俺と同じく今日騎士に叙任される奴らでかなり混雑していた。
イベントの翌週、毎月の第一週末に行われる騎士の叙任式も今回で5度目だ。叙任される騎士の数も第一回には5人だけだったが、段々増えて今回は140人位の人数らしい。一人ずつ剣を授ける必要があるということで、今回は午前と午後と夜の三度に分けて行うそうだ。
それでも、騎士の総数は今回の叙任でやっと500名を越えるという話だから、ゲーム参加者の中での上位1%に入ったということになる。苦労した日々がようやく報われたような気分を感じるな。
あと、時間が詰まっているということで、昔あった式典後の田伏里香との懇親会はもう無いんだそうだ。俺にとっては知らない奴がご主人さまに近づく機会が減るだけなので望むところだ。
待つことしばし。控え室にいる俺たちの耳に荘厳な音楽が聞こえ始めた。王宮楽士隊の演奏で式典が開始されたということだろう。黒真珠の前への扉が開かれ、最初に指定された者から順に入場が開始される。
部屋にいる人数は50人弱ということで、ほどなく順番が来て式典会場へと俺も足を踏み入れた。
立席した参加者の万来の拍手の中、赤い絨毯を踏みしめながら捧げられた剣の波を通って前方へと進む。優美の姿がどこにあるのかはちょっとわからない感じだったが、式典場のかなり前方の良い場所が用意されていたことに途中で気付いた。パートナーの晴れ舞台ということで女性プレイヤーの印象も重要視されているのだろう。
HMDの指示に従い、王族たちが列席する一段高くなった貴賓席の前の空間に他の騎士たちと共に膝をついてとりあえず控える。
ゲーム内の王族たちに混じって、俺の目は田伏和治と里香の兄妹の姿も捉えていた。田伏和治が騎士になってから既に四ヶ月。奴は、騎士から近衛騎士、竜騎士を経て、現在は聖騎士の位にあるので、既にこの世界の重要人物扱いだ。田伏和治の隣には、パートナーとして里香の姿もあるが、これも可笑しくないということなのだろう。
俺の姿に気付いた里香が小さく手を振ってくれたので、俺も目立たないように少し手を上げて挨拶を返した。他の人は気付かなかったようだが、げげ田伏和治が険しそうな目で俺を見てるぞ。考えてみれば、里香がどれくらいの人数をフレンド登録してるかは知らないけど、今日、騎士になる連中で田伏和治から見て、作り物でない普通の姿が見えてるのは多分俺だけに決まってるぞ。そりゃ、「誰だこいつは?」って感じになるわな。
「ハートランド王国25代国王エバーグリーン・ハートランドである」
跪く俺たちの頭上に重々しい声がかかる。この声って美声で有名な人気男性声優じゃないか? 慌てて見上げた国王さまは俺が昔見たことのある、典型的な西洋人の顔立ちのままだった。どうやらいつの間にか、国王さまに中の人が出来ていたらしい。こんなところでも着々と王国のコンテンツが拡充されているんだな。
「諸君をここへ迎え騎士の叙任を行うことが出来ることは、私と王国にとりこの上もない慶事である」
ということは、今日俺の叙任を行うのは実質的にこの声優ということになるのか……と思っていた矢先、司祭の格好をしたアバターに伴われて、一人の女性プレイヤーが壇上に上がった。
「第一王女、ローザ・ハートランドです。本日の叙任役を勤めさせて頂きます」
おおっ、なんと人気ハーフタレントの『葉山ローザ』が出てきたぞ。会場も思わずどよめいている。これは本日のサプライズという奴だな。
一番目に名前を呼ばれた兄ちゃんがぎくしゃくしながらローザの前に歩み出て跪いた。
「この者、***・****を騎士に任じます」
ローザの言葉と共に、前回、田伏和治のときに見たような活躍ビデオがスクリーン上に投影される。今回は30秒以下の長さしかなかったのは人数の増加のせいだろう。「首うち」の作法を行った後、渡された剣を佩刀して無事儀式は終了だ。
こうして粛々と式は進んだ。
俺の番はかなり後半だったので、ローザも疲れているようで、残念ながら叙任の言葉も首うちもかなりおざなりな感じだった。まあこれは仕方ないだろう。ちなみに俺のときのビデオの内容は「城壁からの弓の遠距離狙撃」と「リザードマンへの槍の神速の突き」とまあ予想通りものだった。
騎士になる者一人一人が主役という運営の方針が堅持されているのか、一応全員の分が滞りなく終わってときには、みんなかなり疲れている感じだった。俺自身がそう思うんだから、単なる列席者は大変だろう。ご主人さま、午後も夜もこれって大丈夫か?
「今日叙任された諸君の王国への一層の献身を期待する」
再度立ち上がった国王様のお言葉で締めとなった。葉山ローザは今は国王の椅子の横に立って寄り添っている。クリスマスの時期に大聖堂が完成して結婚イベントが行われる予定ってあったけど、今日のイベントの様子からすると女性側は「葉山ローザ」で確定だな。
国王と王女が退出して今日の式典もこれで終わりの雰囲気だ。
と思っていたら、最後に恐るべき事態が俺を待ち受けていた。
『叙任式の最後にマスカワ侯爵からのお言葉があります』
進行役の侍従の言葉と共に一人の男が俺たちの前に進み出てきた。白と金を基調としたいかにも金が掛かってそうな衣装を纏った、まだ若いが肥え太って脂ぎった印象を与える兄ちゃんだ。もう充分疲れたんだけど、これから一体何が始まるんだ。
「えー、みなさんこんにちは。増川忠です」
場の雰囲気にそぐわない、舐めきった感じの挨拶の言葉で始めた肥満貴族の兄ちゃん。思い出したぞ。この増川って男、どこかで見たことがあると思ったら『ネオビルド族』じゃないか!
『ネオビルド族』。人生の基幹的な課題である情報の取捨選択の道筋をユーザーに指し示すことで、ユーザーの人生を『リビルド』(再構築)させるという殆ど意味不明な題目を掲げる経営者集団だ。実際にやっていることはIT関連企業のコンサルティングやアフェリエイト業務など旧態依然のものが多いはずなのに、出所不明の大金と得体の知れない多数の取り巻きを擁している。その暮らしぶりの豪奢さが話題を呼んで、信者獲得目的なのか人生の成功体験の宣伝などで、TVなどメディアへの露出の機会も多い感じだ。
「えっとですね。とりあえず僕は『タイクーンクラブ』のセンチュリオン会員というのになっているんです。で、先月の会報を見てたら『ペアで生活オンライン』さんとの提携が決まって、僕みたいな上級会員は今まで溜まってた分のポイントサービスで、そのまま貴族になれちゃうって出てるじゃないですか。これはもうやるしかないでしょ?って感じで、このゲームに参加することにしたんですよ」
いきなり自分が金持ちをあることを自慢し出すネオビルド男。なんて悪趣味な奴なんだ。そもそもカード会社との提携で上級会員は貴族になれるって何だそれは。運営が露骨に金持ち優遇を始めたってことなのか?
「僕はですね。自慢じゃないですけど、昔から色々やり込んでいるせいで、ちょっとシミュレーションゲームには自信があるんですよ。それで、せっかくゲームに参加するなら、僕にもちゃんと部下を寄越せって運営に言ったんです。勿論、NPCじゃなくって、生身のプレイヤーをですよ。最初はごちゃごちゃ言ってましたけど、運営さんもゲームには真剣さとリアリティーが必要だっていう僕の主張を判ってくれたようで、最後は僕の希望を叶えてくれることになりました」
言葉の区切りと共に嫌な予感が頭の中に浮かんできた。これって、もしかすると……
「はい、勘が良い人はもう分かったと思いますけど、要するに今日この場にいる騎士になった皆さんは、僕の部下として、秋から始まる魔王軍との戦いに参加して貰うことになります」
おいおい、本当に冗談じゃないぞ。
「勿論、どんどん敵の正面に突撃して貰いますから、手柄は立て放題ですよ。まあ、僕自身には侯爵家に代々伝わる攻撃力の高い神代の武器や鎧と言ったアイテムが用意されていますが、僕と一緒に戦うことになる皆さんは是非死なない様に頑張って下さい。皆さんの奮戦を指揮官として期待させて頂きます。以上です」
一体、何なんだこれは。あれだけ、苦労してせっかく騎士になれたと思ったら、これからは脂ぎったネオビルド族の部下として魔王軍に突撃させられるのが役目だと……
言いたい事だけを言い切って満足したのか、悪意に満ちた笑顔を見せながら増川が壇を下りていく。田伏和治は苦虫を噛み潰したような顔をしてるし、里香や後ろを向いて確認してみた優美の表情も困惑と不安を隠せない物になっている。糞、目出度いはずの叙任式でこの発言とは空気読めないにも程があるな。
流石にざわめきの収まらない周囲の様子を見やりながら、どこまで行ってもこのゲームには碌でもなさが付き纏うことを、俺は再認識させられたのだった。
帰宅後に『ホーム』に戻った俺は、王宮ニュースのアーカイブを目を皿のようにして確認してみた。得られた結果は、今回の『タイクーンクラブ』との提携に伴い、増川の取り巻き数人を含めた30人以上が、いきなり『貴族階級』として、この『ペアで生活オンライン』の世界に乗り込んで来たという物だった。現実世界の金に物を言わせたゲーム世界チートとは、醜悪さにも程がある。
騎士に叙任された当日だというのに、俺の新たな戦いがどうやら有無を言わさず始まってしまったらしい……
この作品はフィクションですので、実際の団体などと似たような名称の物が作品中に出ていても一切関係はありませんことをご了解ください。




