カーテンコール
9月終盤の3連休初日となった土曜日。満天の晴れ渡った秋空の下、今秋の新作映画の中で一番の期待作との評判も高い『ラストヒーロー』が公開された。個人的な印象だとあまりに早い完成のように思えるけれど、スケジュールはずっと以前から決まっていたはずだ。俺が参加した最終章の季節が変わった後の追加撮りの頃には、本編は既に大方出来上がっていたということなのだろう。
自分自身で関わりを持ち、端役といえど登場する場面が見られるかも……となれば、大きなスクリーンの劇場で真っ先に鑑賞しようと思うのは当然の流れだ。勿論、一緒に観に行きたい相手も決まっている。俺は優美の追求を何とかかわしつつ、栗原さんを誘い出して、二人で六本木へと足を伸ばしていた。
優美、出掛けにちょっとだけ邪険にしてしまって悪かった。今日は兄ちゃんにとって大事な日になるかもしれないということで許してくれ。
『桐坂巧に待遇の改善を要望します』
栗原さんから俺に向けて放たれたこの言葉。どう判断するかは俺次第と言われてしまったからには、引かれない範囲で出来る限り拡大解釈をしたアプローチで、この宿題への答えを出さなければいけないはずだ。考えた末に、一応脳内で結論を出した。
『とりあえず告白。もし感触が悪そうだったら全力でごまかす』
これで行くことにした。かなり危なそうな橋を渡ることになるけれど、止むを得ない。なんと言っても栗原さんは、俺が中学校の頃からの密かな憧れの人で、受験する高校を決めた第一要因で努力の原動力であったりするのだから。加奈ちゃんにからかわれてしまう程お堅い栗原さんからの、せっかくの誘いの言葉を見逃すようなことをするわけにはいかないよな。
もし栗原さんからの答えがOKなら問題はない。栗原さん本人の性格からして、二人きりでいるときの呼び方を名前に変えて、お互いの時間の都合がつくときに一緒にいる時間を出来るだけとって過ごすことにしようと約束する。それでとりあえず今日のところは充分ということになるだろう。肩に手をかけてみて拒絶されないようだったら、別れ際にキスイベントのおまけ付きだ。既に幼稚園の頃には優美に奪われてしまっているので、ファーストキスにはならないけれど仕方ない。緊張して歯をぶつけたり唇を切ったりといった無様な真似だけは避けないとな。
逆に、単なる昼飯どきの会話の流れということで、今日の栗原さんの機嫌次第では、改めて話題に出したら「よく覚えてない」扱いをされる可能性も実は結構ありそうで怖い。そのときは、お笑い芸人張りの卑屈さを発揮して、これまでの距離を保てるようにベストを尽くすしかない。昨日の脳内予行演習の半分以上は、この失敗時の「あ、ごめん。俺、勘違いしてた?」的ごまかしのバリエーションで埋め尽くされていた。失敗しても変にしこりを残すような別れ際にするのだけは避けることで、最小限の損害で撤退することが基本的な戦略になる。
栗原さんへの告白ということで、ご主人さまの顔も浮かんだけれど、ぶんぶんと頭を振ってとりあえず追い出す。オリンピックのメダリストで国民的アイドルで俺より年上の大人の女性だ。日頃、付き人として仲良くして貰ってるとしても、真面目な恋愛の対象になるなどと思い上がってはいけない。加奈ちゃんが言うように、普通に俺の方が理解して接しないと駄目なんだよな。
なんにしても、今日のメインイベントに向けて粛々と予定を消化しますか。まずは『ラストヒーロー』の観賞からだ。
公開初日の上映終了後には、小森監督を始め、我がご主人さまを含む主演俳優たちの舞台挨拶も予定されている。
「頑張って花束買ってみたけど、二人にちゃんと渡せるかしら?」
「うーん、マスコミ関係の取材の人とかが来てて忙しいと駄目かなあ。最悪、後で渡しとくからその辺に置いといてとか言われちゃうかも。それだとちょっと悔しいから、その時は、田中さんを呼出しちゃおう。そうすれば、忙しすぎて俺たちが会えない場合でも花束だけはすぐ届くと思う」
首を傾げながら問い掛けられた栗原さんの質問に、少し考えてから俺は答えた。親しき仲にも礼儀ありということで、二人に贈る花束も来る途中で用意してある。
今日の栗原さんは会ってびっくり、かなり気合いの入ったパーティドレス姿だった。華やかな場所で大勢の人に囲まれているに違いない小森監督に会いに行くという意味では確かに正しい選択だろう。付き人稼業に慣れてきて、近頃どんな所でもジャケット一つの格好で行ってしまう俺の方は、もっと気合いを入れるべきだったかもしれない。
勿論、少し前に行われた「完成試写会」に続き、今日の里香の付き人も田中さんだ。俺には話が回って来ていなくて今日はバイト仕事の予定も無いので、一応、これはサプライズプレゼントということになるはずだ。でも、マスコミとか色んな人が来て張り付いてるだろうから、面と向かって会話が出来るかは全然わからないよな。
予約の受付開始時間にPCの前に陣取って頑張った甲斐があって、今日はわりと良い席が取れている。周囲を見渡してみても五月蝿そうな子供連れとかもいないし、映画に集中するには良い環境だ。お手洗いから戻ってきた栗原さんを中央よりの席に座らせて用意は万全。さて、どうなりますことか。
とりあえず映画が開始されて、ご主人さまのお供で大慌てで読まされたシナリオが、総て綺麗に画面に収まっているのを俺は感慨深く観賞した。流石に大作映画だけあってシーンの豪華さも迫力も納得の出来だ。俺の隣の席で栗原さんも楽しみながら映画の進行を見守っている。
二時間近くの映画も既に終盤。豪華客船が爆発炎上するシーンはともかく、主演の兄ちゃんに里香が口づけをして去っていくシーンを見せ付けられて、思わず「ぐぬぬ……」となった俺はやっぱり気が多いのか? くそ、結構ばっちりキスしてるな。白一色の病室で里香が身体を治す描写が来て、さて次が問題の俺と栗原さんが出てくるシーンだ。時間の都合とかで編集でカットされてるなよ。
あ、大丈夫だ。俺と栗原さんが手を繋いで歩いてくるシーンが無事スクリーンに登場した。里香とすれ違うところで俺が躓くシーンもちゃんと……
…………
……
あ、あれ? 何でこのシーンがスクリーンに流れているんだ?
俺が慌てて横を見ると、栗原さんは愕然とした表情で目を見開いたまま画面を凝視してる。僅かな時間のすれ違いのシーンだったはずが、結構な時間をかけて、俺を挟んだ里香と栗原さんのやり取りが完全に再現されている。
スクリーンの中で魅力的で多彩な表情をした栗原さんの姿が息づいて動く。
恐らく元になったのは、俺がDVDの映像特典用に入れたバージョン2の物なんだろうけど、完全にきちんと作り直されてる。
小森監督……一体、どうなっているんですか?
『よーし、絶好調だ!』
里香の掛け声と、満面の笑顔がスクリーンを独占して俺たちのエキストラ部分は終了した。劇場内にも里香の笑顔に釣られた忍び笑いの声が到る所であがっている。
シーンが終わってがばっと俺に振り返った栗原さんに向け、両手でバツを作って、全く俺は知らないというサインを返す。後はもう二人して状況が理解できずに沈黙のままだ。
最後のとどめというべきなのだろうか。映画が終了してエンディングテーマと共にスタッフロールが流されたのだが、そこにも衝撃の展開が用意されていた。編集の人々の中に俺の名前が存在していたのは何かのご褒美かと思って流したのだが、問題は出演俳優の紹介の部分だった。
女子高生役という肩書きでちゃんと一人分の枠を使って「栗原 遥」の名前が、準主役扱いでエンドロールの最後に出てくる「田伏里香」の直前という酷く目につく位置で流されたのだった。軋んだような動きで栗原さんが首を俺の方に向けてくるが、俺としてはもう弱弱しく首を振る以外のリアクションは取りようが無かった。
映画が終了して照明が付くと、司会の紹介を受けた万来の拍手の中、小森監督やご主人さまを含む出演俳優が登場して舞台挨拶が始まった。
もしかすると結構な時間があったのかもしれないが、魂が抜けた状態になっていた俺と栗原さんにとっては、色んな人の言葉が右から左に流れていくような感じで、いつの間にか舞台挨拶は終了した。
二人とも精神的ダメージは全く回復していない感じだったが、せっかく用意したということで、次は花束を渡すイベントを消化しなければいけない。
『ワンダープロモーション』の名刺の威力を示しつつ、出待ちのファンの列を潜り抜け楽屋の方に向かう。関係者以外いないはずのその場所も、既にかなりの人数でごった返していた。遠目に小森監督や里香の姿も確認できたが、やはり大勢の人たちに囲まれている。
これは駄目かな?と思った矢先に視線の先にいた里香と目が合った。こちらに気付いて手を振った後、おいでおいでという感じで招き猫のポーズをする。様子に気付いた人たちが俺と栗原さんの方を向いたことで、人垣が割れてなんとか通れそうな感じになっている。
「里香さんが気付いてくれたから行こうよ」
これ幸いと栗原さんを伴い、人波の輪の中に入って里香の方へ進んでいく。
「巧君、遥ちゃんと一緒に来てくれたんだ。今日は田中さんの日だから、てっきり会えないと思ってたよ!」
「まあ里香さんの晴れ舞台ですし、お世話になっている身としては何かお渡ししなければと思いまして……」
花束を渡しながら里香にお祝いの言葉をかける。
「うんうん、巧君も里香について人生勉強をしたおかげで、中々人間が出来てきたね」
「そういう里香さんからは、俺、食べかけのロールパンの袋しか貰ったこと無いですけどね」
「やだ、何変なこと思い出させるの!」
ころころ笑いながら俺の背中を何度も叩く。着飾った里香の親しげなリアクションに、周りの人たちが何だ?という感じで俺たちに注目してるな。
「里香さん、俺たちの出番のこと知ってたのに言ってくれなかったでしょ?」
「うん、試写会で知ったんだけど内緒にしといた方が面白いかと思って!」
「面白いって何ですか? 見てて死にそうになりましたよ」
「遥ちゃんも、びっくりした?」
「はい、予想外のシーンに呆然となってしまいました」
先ほどの映画のことについて問い詰めても平気な顔だ。にやにやしながら栗原さんに聞いている辺り、完全に狙ってやっている感じだった。
「遥ちゃんはそれ監督に渡すの?」
「はい、可能でしたら」
「じゃあ、行こうか」
少し話して落ち着いた後、里香に連れられて今度は3人で、また別の人垣に囲まれてる小森監督の所に移動する。
「監督、巧君と遥ちゃんが来てくれましたよ!」
里香の言葉は霊験あらたかで、気付いた人たちにすぐに前へと通して貰うことができた。
「おお、『たくみもん』か。遥ちゃんを連れて来てくれたんだな」
「監督、ご無沙汰しています」
「小森監督、おめでとうございます」
少し緊張した様子で、俺の言葉に続いて監督に花束を差し出す栗原さん。
「未来の大女優さまからの花束贈呈か。これは記念にとって置かないとな」
上機嫌な小森監督の言葉に周りがざわめく。「あれは誰だ?」「さっきの女子高生役の子だろ?」といった声が飛び交っている。
「未来の大女優さんなんですか?」
「里香ちゃんは天然だけど、遥ちゃんは俺の勘だと色んな役をこなせそうだからな」
勿論、栗原さんの名前を知らないだろう、脇にいた芸能レポーターらしき中年男の問いかけに、監督は愛想良く答えを返した。里香は自分の頭を叩いてごまかしてるが、栗原さんは思いがけない言葉にびっくりした様子で監督を見ている。
「遥さんでしたっけ? 世界の小森監督からこのような期待の言葉を寄せられてどう思われますか?」
「過分なお言葉を頂いて、とても光栄で名誉なことだと思いますが、この映画では紹介を受けて僅かな時間ご一緒させて頂いただけですから……」
突然、マイクを向けられた栗原さんは明らかに戸惑っている印象だ。
「では次回作に期待してくださいということですね?」
「あ、あの……」
「ああ、それは良いな。次回は里香ちゃんと遥ちゃんで何か考えてみるか」
「小森監督の次回作のヒロイン候補ということですね? それは是非、注目させて頂かないと……」
栗原さんでなく、監督が答えてる辺りもはやカオス的状況だ。監督のテンションの高さに、他の場所にいた出演者まで集まってきてる。
「遥ちゃんって言うんだ。今度は一緒に演技できる作品があったら良いね」
「あ、ありがとうございます」
特殊部隊の隊長を演じた、日本を代表する役者の一人である大物男優に握手を求められながら、ぎこちなく挨拶をする栗原さん。
俺でも名前を知ってるような大勢の役者にいつのまにか囲まれてフラッシュの波に揉まれる彼女を見ながら、それでも栗原さんの美貌は一切彼らに劣るものではないよな……と俺はぼんやりと考えていた。
「遥ちゃんをこの場所に連れてくるとは、流石にお前はそつがないよな」
「違いますよ。こんなことになると判ってたら、絶対連れてこなかったですって……」
いつの間にか俺の隣にやって来ていた田中さんの言葉に、俺はげっそりしながら応えを返した。
「栗原遥さんの事務所の方ですか? 私、ファーイーストシネマの山崎と申しますが、午後の部の舞台挨拶には、栗原さんのご同席も宜しければお願いできますでしょうか?」
「はいはい。栗原も田伏と同じくうちの所属になりますので、勿論、午後は都合をつけてご一緒させて頂きます」
俺たちが関係者だと気付いたらしく、配給会社の人間が近づいてきて、午前中で抜ける役者の穴埋め役として栗原さんへの舞台挨拶への出演を打診してくる。営業スマイルでにこやかに対応する田中さんを見ながら、俺は今日の告白の予定が、もはや完全に遠い過去の出来事になってしまったことを理解させられたのだった。
「さて、巧君。君はどうしたいのかな?」
突然の声で驚いた俺が振り向くと、そこには俺の小森プロでの師匠の鈴木さんの怜悧な顔があった。いつもと違ってなんだか加虐的な表情だ。田中さんが去った後、また一人で穴の開くほど栗原さんの方を凝視していた俺の様子は、残らず見られてしまっていたらしい。
「これでもう、君自身が何者かにならない限り、遥ちゃんも里香ちゃんも決して手には入らないよ」
鈴木さんは淡々とした様子で、俺に無情な運命の宣告を行った。
この状況を見る限り、明日の芸能欄の紙面やWEBサイトには幾つも栗原さんの名前が踊ることになるだろう。普通に考えても間違いない。明日からの栗原さんは「世界の小森監督に将来を嘱望された女優の卵である少女」という存在になるはずだ。
「鈴木さん、どうしてなんですか?」
いきなり自分の身に降り掛かった不条理な展開に、俺は非難を滲ませた質問をぶつけるしかなかった。
「巧君が監督と俺に見せた動画の里香ちゃんと遥ちゃんの表情は、最初に本編で使おうと思っていたものより明らかに良かった」
「でも、あれは……」
「里香ちゃんの悪戯な表情を挿入するという巧君のアイデアを使えば、本編にも無理なく繋げられることに気付いた監督は、俺に本編の方の作り直しを命じた。それは正しい判断だったと思う。お手柄だったね、巧君」
鈴木さんに褒められているはずなのに、到底嬉しい気持ちにはなれない。俺の提案が総ての元凶だと鈴木さんは断言したのだった。
「あのシーンを繰り返し見て、監督は遥ちゃんの中に何か光る物を見つけたんだと思う。これから遥ちゃんの身の周りは忙しくなるよ」
鈴木さんの言葉は続いたが、俺はもう聞き続ける気力が既になくなっていた。話しを終えた鈴木さんが俺の元を離れたときには正直ほっとした。
結局の所、俺は全速で動き出した現実の前に完全に置き去りにされてしまったらしい。
気合いを入れて手配したレストランに予約の取り消しを入れながら、俺は虚しく明日そしてこれからの自分について考えてみる。
一体、俺はどうすれば良いんだ?
というわけで、第一部はこれでおしまいです。栗原さんへの告白シーンが来るかと思いきや、栗原さんがシンデレラコース突入で巧君だけ置き去りという展開に……。ここで終わりで大丈夫なのか?という気もしますが、とりあえずプロット通りということで一旦締めさせて頂きます。
第二部の始まりは、完全にラストシーンに至る道筋を決めてしまってからと思いますので、時間を頂く感じになると思いますが、またどうぞよろしくお願い致します。




