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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
32/37

第二十七話 妹、おませな友人の活躍の余波を被る

「もうそろそろ時間かな……」


 PCの端末を前に独り言を呟きながら、俺は朝から取り組んでいた作業の片付けに入った。

 8月も半ばを過ぎて、もう夏休みも後半戦だ。


 『小森プロ』での修行の日々を無事終えた俺は、今週から田中さんの手下一号としてのバイト作業の日々を送っている。内容は田中さんが担当している『ワンダープロモーション』所属の女の子たち関連の様々な情報をHPから確認できる形にすること。渡された紙の資料の内容をせっせとデータ入力するのが主たる仕事になっている。空調が効いた部屋で出来る、特に締め切りも責任も無い仕事なので、PCを触るのが苦にならない俺としては、中々優雅な日々と言えるかもしれない。


 事務所所属の可愛らしい女の子たちのプライベート情報が満載の書類のデータ入力ということで、データ流出などしてしまった日には幾つものストーカー被害を引き起こしかねない。本来、田中さん本人がするべき仕事の気がするが、どうせ里香担当という秘密度の高い仕事をしてる俺がいることでお鉢が回ってきたのだろう。


 時間というのは加奈ちゃんとの待ち合わせだ。加奈ちゃんの「私もやります」宣言のあと、田中さんに再度紹介して書類も出した今では、加奈ちゃんも俺と同じく『ワンダープロモーション』所属の一員になっている。とりあえず最初は、雑誌のモデル等を希望ということで出してあるらしい。田中さんの推薦を貰った加奈ちゃんは、事務所傘下の養成スクールの幾つかに唯で通えることになったと言って、楽しそうに日々を送っている。今日はメイクのレッスンを受けに来ていて、講義が終わったら、コンピュータ室の方へ来て貰って一緒に帰るという約束になっている。そろそろ作業を止めた方が良さそうな頃合いだろう。


「だーれだ?」

「加奈ちゃん、仕事中だから駄目だって…」


 これまでの経緯を考えつつ、ファイルの保存処理をしていた俺の視界が突然塞がれた。思わず嗜める言葉が出てしまった俺は悪くないと思うのだが、次の瞬間、筋でも痛めてしまいそうな勢いで俺の首は後ろの方に向けられたのだった。


「いきなり他の女の子の名前を呼ばれるとは、里香とっても予想外だよ。加奈ちゃんって、一体、誰?」


 視線の先にあったのは、ぷんすかという感じで頬を膨らませる我がご主人さまの姿。なんで今こんな場所に現れてるんだ。


「あれ、里香さんこんな所で何してるんですか?」

「うん、今日は里香はね……じゃ、ないや。今の問題は加奈ちゃんだよ!」


 質問に質問で返してみたものの、ごまかし切れなかったか。


「はいはい、えっとですね。加奈ちゃんはずっと昔からの優美の友達で先週この事務所に入ったんですよ。最初に『ペアで生活オンライン』の中で会ったときに、知り合いがスカウトされたって田中さんのこと聞いたじゃないですか? そのときの子ですよ」

「優美ちゃんの友達?」


 目をぱちくりさせながら里香が言う。


「はい。今日はスクールの方に来てるって言ったから、終わったら一緒に帰ろうってここで待ち合わせの約束してたせいで間違えただけですから」

「えー、今日は巧君は今から里香と一緒に……」

「里香さんは、今日は作曲家の先生の所に行って歌のレッスンでしょうに。俺が付いていっても意味が無いですって」


 今日もまたお供を言いつけられるかと思ったけど、考えてみれば今日は歌の日なので大丈夫だ。


「気付かれてたか……」

「今日は諦めて一人で行ってくださいね」


 つまらなそうな顔をして考えることしばし。今度は俺の後ろに回って何故か手を伸ばしてきた。


「仕方ないや。じゃあ次の作戦だ」

「あの、里香さん。何をやってるんです?」


 俺の身体の前で腕を絡めると、里香が耳元に顔を寄せてくる。何だか後ろから抱え込まれたような体勢になってるぞ。


「だからね。巧君の一番大切なことは里香の付き人仕事なんだよって言っておこうかな……と思って」

「はい?」


 突然の言葉に意味がわからない俺だったが、里香はそれに応えずに姿勢を変えないまま、部屋の入り口の方へと俺の意識を促した。


「し、失礼しました」


 そこには、呆然とした表情から俺たち二人の視線を感じて、慌ててペコリと頭を下げていなくなる加奈ちゃんの姿があった。


「里香さん、わざとだったんですね?」


 俺が非難を込めた口調で聞くと、


「なんだか、効き過ぎちゃったみたい……」


 回していた手を離して里香が呟いた。さっきまでの媚惑的な表情はどっかにいってしまって、今は単に少し困ったような感じになっている。


「ほら、挨拶するときに、事務所の先輩として貫禄を見せようかと思ったんだけど、ね?」

「可愛く言っても駄目です。先輩の貫禄どころか、あれじゃ『芸能事務所の爛れた実態』になっちゃいますよ」


 指を立てながら小首をかしげて言い訳するけれど、ダメだって。


「里香もちゃんとあの後に普通に挨拶しようと思ってたんだよ。ただ、巧君は里香のマネージャーだからあんまり連れまわしたら駄目だよ……って言おうと思ってたら、なんだか変になっちゃった」


 横を向いて言い訳を続けていたが、こっちに向き直った所を見ると何か考えついたらしい。


「元々、せっかく里香が会いに来たのに、別の女の子の名前を呼んだ巧君が一番いけないと思うんだ」


 と思ったら、単なる逆切れだった。


「じゃあ、里香はもう時間だから。さっきの女の子、加奈ちゃんだっけ?へのフォローは任せた!」


 状況の不利を悟ったのか、かばんを手に取り片手を上げて撤退宣言をする里香。ちょ、後始末は全部俺の役目なんですか……




「いやー、意表を突かれちゃいました。どうなってるんでしょうね、本当に」

「あれは単にふざけてただけだから、忘れてくれると嬉しい……」


 散々、かき回すだけかき回して、時間が来たと言ってご主人さまはいなくなってしまった。携帯電話からの連絡で何とか再会を果たしたものの、俺と加奈ちゃんは何やらさっきからぎこちない感じが抜け切らない。口止めをかねて少し遅めの昼ご飯を奮発して奢って、今は二人で都心を散策中だ。


「遥先輩に巧お兄さんの近況を聞くと、どうもはっきりしない感じの返事しか返ってこないから、前から少し気になってたんですよ。遥先輩と内緒に付き合ってるって感じでも無さそうでしたし……」

「栗原さんとは残念ながら付き合ってないよ」

「ですよねー」


 要するに栗原さんは、俺に関して田伏里香のことを省いた分の話だけを加奈ちゃんにしていたらしい。流石の気遣いとも思えるが、聞いてる加奈ちゃんからすれば、話の繋がりが見えなくなるのも無理はないな。


「事務所で知り合いになった女の子たちにお兄さんのこと聞いたらみんな知らないって言うし、何をしてるのかなと思ってたらいきなりこれなんですから。何て言うか、藪をつついたら蛇じゃなくてドラゴンが出てきたみたいな感じですよ」

「はは……」


 加奈ちゃんの的を射た指摘に、俺は乾いた笑いを返すしかない


「でも、ふざけてるにしては目が笑ってなかったような気がしますよ。田伏里香に真剣に私の物宣言されるお兄さんって何なんですか?」

「実は良くわからない……」


 うん、実際関係を聞かれると良くわからないよな。


「まあ普通に考えると、『お兄ちゃん子』の田伏里香のお兄さん代わりのお助けロボ役だよな」


 栗原さんとの書店での美少女大決戦の時の『たくみもん』宣言が頭をよぎる。あれは忘れようにも忘れられない衝撃という奴だった。今思い出しても泣けてくるよな。


「それにしては距離が近すぎませんか?」


 言いながら俺に近づいてきた加奈ちゃんが、見上げるような感じで言葉を紡いだ。メイクの講義の後のせいなのか、見慣れているはずの加奈ちゃんも今日は少し大人びて見える。


「さっき見てたら殆どくっ付いてましたし、こんなんじゃ全然すまない感じでしたよ」


 言いながら、加奈ちゃんが俺の右腕に自分の左腕を絡めて身体を持たせかけてくる。


「こらこら、加奈ちゃん。何やってるの?」

「お兄さんにはあんまり言われたくないです。このくらい周りを見渡しても皆やってるし大丈夫ですよ」


 加奈ちゃんの言葉の通り、若者の街の言葉に違わず、通りは腕を組んで歩く男女ペアの姿で一杯だった。


 確かにこれなら、別に気にすることも……と思った次の瞬間に、俺は通りの向こう側から歩いてくる二人連れの片方と目を合わせてしまった。げげ、佐々木さんじゃないか。隣にいるのは栗原さんだぞ。


 加奈ちゃんと腕を組んで歩いていた俺に気付いた佐々木さんに、首を振って知らない振りをするようにブロックサインを送る。にんまりとした表情をしながらも、栗原さんに注意を喚起しないことに安心しかけた俺だったが、


「あれ、前から来るの遥先輩じゃないですか? 遥せんぱーい!」


 栗原さんに気付いた加奈ちゃんが俺の隣で今度は手を振りだした。

 願いも虚しく、栗原さんは加奈ちゃんの声で俺たちに気付いて驚いた表情をしている。佐々木さんも予想していなかった展開なのか、これまた栗原さんと加奈ちゃんを交互に見ながらびっくり顔だ。


 顔を合わせてしまったからには仕方がない。

 四人で露天の店屋で買ったクレープを手に、近くにあった小さな公園に移動してビーチパラソルが付いた丸テーブルでお喋りタイムだ。


「佐々木さんは、なんだか久しぶりの気がするね」

「そりゃ部活で毎日頑張っていたからね。もう夏休みも半分過ぎたのに、先輩たちが負けてようやく私も普通に夏休みなのさ」


 俺の言葉に軽く挨拶を返す佐々木さん。スポーツ少女の面目躍如で、俺がスタジオに篭っている間、若者らしく部活で汗を流していたらしい。


「休みに入ったから遥を誘って出てきたんだけど、何だか楽しいことになってるじゃんか」

「佐々木さんと外で会うときは、必ずおかしなことになってるよな」


 隣で挨拶を交わす栗原さんと加奈ちゃんの様子を見ながら佐々木さんが言う。どうやら加奈ちゃんが栗原さんに何をしてたのか聞かれてるみたいだが、いつもの調子でのらりくらりと加奈ちゃんがかわしてるようだ。この二人の関係も普通の先輩と後輩というカテゴリーで括るには、ちょっと変わった感じがするな。


 佐々木さんと加奈ちゃんは今日が初対面ということで、互いに一通り自己紹介してから四人で会話。その後はまたしても加奈ちゃんの独壇場だ。


「遥先輩に聞いても駄目だった理由がわかりました。私の調査によると、巧お兄さんの日常は疑惑のデパートです!」


 洗いざらい、今日あったことを話してしまう加奈ちゃん。このメンバーなら他所の人に喋ってしまうと俺の立場がまずいのを理解してくれそうなので、秘密漏洩の心配はなさそうだけど、身振り手振りの加奈ちゃんの話で気まずいことこの上ない。自分自身もスカウトされた事務所に入って、栗原さんと加奈ちゃんが活動中という話に佐々木さんが目を丸くしてる。どうやら栗原さんは、その話をまだ佐々木さんにしていなかったらしい。


「私が部活やってる間に、何みんな楽しそうなことしてるのさ。桐坂が田伏里香と急接近って、聞き流すには面白すぎるんだけど」


 佐々木さんは前回二人で食事したとき以来の里香の話に興味しんしんだし、逆に黙々とクレープを食する栗原さんからは、何だか冷たい視線が送られてきてるぞ。


「巧お兄さん。あんまり考えたくないんですけど、万が一ですよ。もし田伏里香のアプローチが本気だったらどうするんですか?」


 ご主人さまが本気で俺のことが好き? さっきの俺の後ろから回されてきた腕の柔らかさを思い出してみる。もし、あれが本当にそうだったら……お、なんかほんわかした気分になって来たぞ。


「そりゃ、やっぱり嬉しいだろ。昔から、部屋にポスター貼ってるファンなんだし」


 クレープを齧りながら、悪びれず加奈ちゃんに答えてみる。


「有罪、有罪! 私たちの前で何へらへらしてるんですか、巧お兄さん!」


 俺の言葉は落第点だったようで、加奈ちゃんからは盛大な突っ込みが返ってくる。栗原さんの方も見てみると、やばい。『この馬鹿犬!』視線になってるぞ。


「アイドルと付き人のスキャンダルなんて、事務所にとっては良いことなしですし、そもそも、そこは巧お兄さんの責任で、鉄の意志を保ってちゃんと一般人とアイドルの距離を守らないと駄目ですよ」

「まあ今日のは殆ど悪戯だし、どうみても加奈ちゃんの気にし過ぎだよ」


 とりあえず鼻息の荒い加奈ちゃんの方を、まあまあという感じで宥めてみる。


「そもそも、年上のアイドルだからってほいほい言うことを聞いてばかりの巧お兄さんにも問題があると思うんですよ。不条理なお願いにはびしっと断るくらいの気概を持たないでどうするんですか」

「そうね、桐坂君はあまりにも里香さんに接する態度がだらしなさ過ぎるような気がするわ」


 加奈ちゃんの気が中々収まらないなあと思ってたら、栗原さんまで俺を非難する側に回ってるぞ。加奈ちゃん、頼むから栗原さんに前の本屋の出来事を思い出させるようなことは止めてくれ。


「そんなにすごいなら、是非一度見てみたいよね!」


 佐々木さんは完全に他人事モードで楽しんでるし。


「私が思うに、巧お兄さんの周りには何かして貰いたい女の子が近づいてくるような気がするんですよ。さっきから聞いてると、田伏里香もそうみたいですし、小さい頃から優美の世話ばかり焼いてた効果てきめんですよね」


 いや、薄々俺もそんな感じかもしれないとは思ってたんだけど、改めて言われるとちょっと凹むよな。


「まあ、女の子の方にもタイプというものがありますし。遥先輩が優美のポジションにもぐり込もうとしても、遥先輩みたいな可愛げの無い堅物女と巧お兄さんの組み合わせだと、お兄さんと優美が普段いるような感じにはならないとは思いますけど……」

「加奈。人のこと『堅物女』って、貴方ねえ……」


 クレープをかじりながら、しれっと加奈ちゃんが言う。

 まさかの側面攻撃に栗原さんは呆れ顔だ。


「なかなか面白い子だねえ」


 佐々木さんは自分に弱みがなくて気楽な身分のせいか、なんとも傍観者的なコメントを残してるぞ。

 丸テーブルでの戦いは、中々終わりを見せそうに無いのだった……



「ただいま」


 なんだか予想外の展開に疲れた俺は、都心からの帰りに家の近所で優美への貢物であるちょっと高級めのアイスクリームを幾つか購入して、ようやく夕方頃に家へと戻った。


「お帰り、お兄ちゃん」

「こんにちは。お邪魔してます」


 だが、今日は自宅ですら俺の安住の地ではなかったらしい。

 おみやげのアイスを手に優美の部屋を訪れた俺は、そこに珍しい客人の姿を見つけてしまったのだった。栗原さんの妹の唯ちゃんだ。何だってまた優美の部屋にいるんだろう。


「優美がお昼過ぎに図書館へ行ったら、そこで唯ちゃんと会ったんだ」


 ふむふむと聞いていた俺は話の流れの行き先を理解していなかった。


「今日は一人なの?って聞いたら、『加奈ちゃんはモデル事務所に行ってます』と言われたの。お兄ちゃん、今日もしかして加奈ちゃんと一緒だった?」


 優美の口から、いきなり特大の地雷が炸裂した。

 そういえば、俺自身とは殆ど繋がりが無いという意味で唯ちゃんには口止め出来てなかった。

 もしかして、これ大ピンチという奴じゃないのか?

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