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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
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33/37

第二十八話 妹、兄への大いなる反抗を企てる

「……」

「……」


 さて、どうしたものだろう。俺の目の前には無言で精一杯非難の視線を俺に向けている?ように見える優美と唯ちゃんの姿がある。まあ、全く怖くもなんともないので、実際にはどうということも無いのだが。優美と唯ちゃんの組み合わせは、例えるなら優美がハムスター、唯ちゃんがリスといった雰囲気で、俺が知る限り最も非力な女の子タッグと言えそうな気がする。


 それでも、二人の気持ちも判らなくは無いし、拗ねちゃったりして長引くとそれはそれで困ったことになりそうなので、何か考えた方が良さそうだ。


「まあ、とりあえず二人とも気分を落ち着けてアイスでも食べないか? 話はゆっくり聞いてあげるからさ」


 二人に買ってきたアイスクリームを勧めて、自分も一つ手をつけてから唯ちゃんに話を促す。唯ちゃんの話はまあ予想通りのもので、加奈ちゃんが俺の事務所に所属して以来、一人で専ら図書館通いをする日々になっていて全然楽しくないというものだった。


 加奈ちゃんは加奈ちゃんで一応フォローのつもりで唯ちゃんに頻繁に電話をくれるらしい。それでも、内容が今日はこんな楽しいことがあった……みたいな話題で埋め尽くされていれば、唯ちゃんとしても中々心安らかとはいかないようだ。


 かと言って、話をよくよく聞いてみれば、俺も関わっているとはいえ、加奈ちゃん担当の責任者は自分が腕を掴まれたあの怖そうな田中さん。自分の身に置き換えてみると、到底、加奈ちゃんのやってることを真似できるとも思えず、友達に置いていかれた思いで日々悶々としている状態らしい。


 確かに人にはそれぞれ生命力の違いみたいなものがあるような気もする。優美や唯ちゃんが知らない人ばかりのところに行って、ちゃんと楽しみながら、自分の居場所を見つけることが出来るかというと難しいと思わざるを得ないよな。


「こうなったのは、優美、お兄ちゃんがいけないと思うんだ」

「私もちょっぴり、そう思います……」


 優美と今日会って近況を話し合っていた所、結論として、発端となった俺の存在がいけないという同意に到ったということらしい。ちなみに栗原さんのことに関しては、映画のエキストラ撮影に行ったついでに事務所の所属に一応なったみたい……とだけ理解しているようだ。


 さて、この二人のご機嫌を治すにはどうするのが良いだろう。少し考えた俺は、とりあえずメールを二件出した後、事務所でのバイト仕事の内容などを説明したりして時間を稼ぐことにしたのだった。


 待つことしばし、一件目のメールが『勝手にやっとけ』二件目のメールが『明日はOKだよ。3時くらいには事務所に戻れそう』という内容で無事返ってきた。よし、大丈夫そうだな。


「ということで、俺や加奈ちゃんが何をしてるのか気になって仕方ない二人のために、明日は『ワンダープロモーション』の見学ツアーをしようと思います。せっかくだから、加奈ちゃんには内緒でね」


 俺が二人に向けて提案したのは事務所見学だ。勿論、この二人では所属希望の下見では無くて、単なる家族の職場見学にしかならないけど。


「さらに、二人にはビッグなプレゼントがあります。アイドルの田伏里香さんが、少し時間を取って会ってくれるそうです!」


 びっくりしてる優美と唯ちゃんに、次なる爆弾発言で追い討ちをかける。


「お兄ちゃん、本当?」

「ああ、本当だ。『優美ちゃんと遥ちゃんの妹さんに会えるのは楽しみです!』って書いてあるぞ」


 二人に里香からの返事を見せる。


「ゆ、唯ちゃん。里香ちゃんに明日会えるんだって」

「優美ちゃん、どうしよう。それなら何か準備しないと……」


 状況を理解した途端、心の容量オーバーですぐさまオロオロしだす二人。もうこれで俺を糾弾するような余裕は一切なくなったことは確かだろう。


「ああ、なら二人とも料理が得意なんだから、お菓子でも作って持っていったら喜ぶんじゃないかな?」


 俺の言葉に視線を見交わすと、優美の先導で二人は階下へと駆け出して行く。恐らく、冷蔵庫の中身をチェックして今から作るものを相談するのだろう。


 しばらくしてから様子を見にいくと、テーブルの上には、ココアパウダーやらアーモンドやらレーズンやらオレンジピールやらが置かれ、エプロンをつけた二人がせっせと何かをかき混ぜたり、こねたりしている姿が確認できた。どうやら作るのはクッキーに決まったようだ。うん、仲良きことは麗しきかなだよな。


 俺は知らなかったのだが、クッキーの生地は一晩置いておいた方が出来上がりがぐっと美味しくなるそうだ。作業は途中までで終わりで、焼くところからは明日の朝に再開ということになったらしい。少し遅くなったということで、俺は自転車で後ろについて唯ちゃんの無事な帰宅を見届けてから、ようやく長かった今日の一日を終えたのだった。



「優美ちゃん。やっと会えてとっても嬉しい!」

「遥ちゃんの妹の唯ちゃんなんだよね? 遥ちゃんと雰囲気が違ってて、食べちゃいたい感じでとっても可愛い!」


 そして翌日。優美と唯ちゃんの二人を連れて『ワンダープロモーション』に出向いた俺は、入り口で十分後に受付けに行って名前をいうように言いつけてから事務所に入った。外出中の田中さんの机に座って少し待つ。この空き時間に端末で確認したところ、加奈ちゃんは今日はもう午前中で帰ったらしい。内線で受付けから田中さんへの面会の二人組のお客さんが来ていると連絡がきたので、代理として迎えに行くと答えて予定通り問題なしだ。


 来客用の名札を貰った二人を連れて、中にいる人たちに気付かれない程度に小声で説明しながら事務所内のフロアを一巡する。一通り見終わると、予約して貰った小さな控え室の一部屋に入って、外出中の里香を待つことにした。仕事が伸びることも多いので少し心配だったが、大した時間の狂いもなく3時少し過ぎに里香と田中さんは連れ立って無事戻ってきた。


 今日はグラビアの仕事の話などで大手出版社の雑誌の編集部に行っていたらしい。かっちりとした服装に大人びた感じの化粧をした里香は、綺麗な大人の女性といった雰囲気で優美と唯ちゃんの前に登場した。眼前に立つアイドルの姿に見惚れていた優美と唯ちゃんは、挨拶に続いてそれぞれ里香の腕の中に抱きしめられて、あっという間に骨抜きでくらくらの状態に陥っている。


「あ、あの里香ちゃん。優美と唯ちゃんとでクッキー焼いてきたから、た、食べてください……」


 顔を真っ赤にして、これだけの言葉を喋るのにかなりの時間がかかっている。横にいる唯ちゃんなんかは、自分では喋れずに優美の言葉に連れて首をぶんぶん縦に振ってるだけになってるぞ。


「うん、ありがとう。じゃあ、ここで一緒に頂いちゃおうか?」

「ああ、それなら俺が飲み物買って来ますよ」


 これなら大丈夫そうだということで、女の子同士で積もる話もあるだろうと用事を受けつつ一旦席を外すことにする。リクエストされた飲み物を部屋に置いて俺は田中さんの下に出向いてご挨拶だ。


「田中さん、今日はありがとうございました」

「ああ、別に構わないぞ。でも今日の二人って、ここの事務所へ入りたいとかじゃないんだろ?」

「はい、優美も唯ちゃんも全くそのつもりはないと思います。性格的に無理そうなのは本人たちも判ってると思いますし」

「せっかく二人ともぱっと見で可愛い感じなのに勿体ないねえ」


 今日のお礼を言いつつ一応、二人の説明をしておく。


「田中さん、覚えてないですか? 髪の毛がカールしてる方の女の子は、俺が最初に田中さんと会ったときに加奈ちゃんと一緒にいて真っ青になってた子ですよ」


 俺の言葉に田中さんは少し考えてからポンと両手を合わせた。


「おお、何か見覚えがあるような気がしたと思ったらあの時の子か」

「ついでに言うと、唯ちゃんは栗原さんの妹ですよ」、

「そうなのか。道理で綺麗な顔立ちしてるわけだ」


 ふーんという感じで田中さんが頷く。あまり気付かなかったけど、遥ちゃんと唯ちゃんに似てる所を見つけたのかな。


「でね、この撮影のときはね……」


 控え室に戻ると、里香は二人を相手に自分が載っている記事の説明をしていた。俺でも名前を知っている若い女の子に人気のファッション雑誌だ。今日は編集部に行ったときに早刷りの来月号を貰ってきていて、それに里香の特集記事が出ているらしい。二人のおみやげに良さそうということで余分に貰ってきた分に、それぞれ『大好きな優美ちゃんへ』『可愛い唯ちゃんへ』という言葉と共に里香のサインが大きく書かれている。


 ついでということで俺も上から覗きこんでみると、西洋人形のような少し怜悧な雰囲気を纏った里香の姿が幾つも確認できた。


「巧君には、こっちがあるよ」


 そう言って里香が差し出してきたのは、同じ出版社から出ているちょっと固めのビジネスマン向け月刊誌だ。こんなところにご主人さまのグラビアが?と思いながら紙面を捲ると、上場企業の業績予想の傍らで『田伏里香 総力特集』という見出しで、びっくりするほどの量のグラビアが掲載されていた。


「里香さん、これってもしかして……」


 里香の大人びた服装とかなり大胆な挑発的ポーズの組み合わせは、印象深い以前の仕事の時のものだった。


「そうだよ。この間ついて来て貰った時のグラビアだよ。先生が良い写真が一杯撮れたって言ってくれて、編集部で会議したら予定よりページ数が大分増えたんだって」


 嬉しそうに里香が言う。確かにこちらの方がいつも見慣れた人懐っこい表情をしてるな。

 ちなみにこのビジネス雑誌は、店頭に並んだ途端、通常の読者層と全く異なる全国の田伏里香ファンに即座に買い占められ、売り切れ続出になる運命にあるのだったが、このときの俺に判るはずはないのだった。


 今度は向き直ると、里香は優美に向けて言葉を続けた。


「優美ちゃんも見て。里香はいつも仕事のときには、知らない人が一杯いるところに行って不安な気持ちで過ごしてることが多いんだけど、お兄さんの巧君がついて来てくれるととっても心強くて良い仕事ができるの。優美ちゃんならわかってくれるよね?」

「はい、勿論です」


 仕事の時の気持ちの同意を求めるものだったが、優美の様子を見てると、何を言われようが「はい、勿論です」と必ず答えそうな顔つきになっているな。


「里香のお願いで巧君が仕事に付き添ってくれる時には、遅くなることも多くて優美ちゃんに寂しい思いをさせてると思うけど、里香のためと思って許してくれる?」

「はい」


 優美を抱え込みながら里香が言う。ご主人さま一体何をお願いしてるんですか?


「里香、巧君を頼りにして、これからもお願いごとしても良い?」

「はい、優美は大丈夫ですから、一杯お兄ちゃんにお願いしてください」


 言質を取ったといって、優美と唯ちゃんから見えない所でこっそり俺に向けて親指を立ててるのはなんだかなあ……



「優美、生きてるか?」

「うん、生きてるよ……」

「唯ちゃんも大丈夫か?」

「はい、大丈夫です……」


 帰りの電車でも、優美と唯ちゃんはまだ夢心地のようで、呼びかけても、あまり反応が返ってこない有様だった。二人して里香から渡されたファッション雑誌を大切そうに胸元に抱きかかえてる姿は一体何だろう。イメージ的にはハムスターとリスが女神さまに出会って、その時に渡されたひまわりの種を大事に抱えこんでるような感じかも。まあ、本人たちはとても幸せそうなので、良しということにしておこう。


 こうして妹バレに伴う俺の危機は、ご主人さまの活躍の結果うやむやのうちに解消された。自分でごまかしておいて何だが、優美も唯ちゃんも本当はもうちょっと人を疑った方が良いと思う。この純朴さでは、そのうち誰か悪い男にたぶらかされないか、お兄さんは少し心配だぞ。



 そうこうしているうちに夏休みもあと少しを残すだけとなった。『ペアで生活オンライン』の俺たちの辺境赴任の旅も同じく終盤を迎えている。


 8月10日の衝撃のアップデート以来、兵士勤めの難易度は激変した。候補生や正規兵の訓練や討伐イベントが簡単になったのが最も大きな変化だが、騎士見習いの俺にとっても、『死に戻り』のペナルティが、赴任の旅の開始時点に戻るだけという変更は拍子抜けなくらい、ゲームの心配度を下げるものだった。誰だって自分の今までの苦労が完全に水の泡になるのと、7割方は保障されるのでは危機意識が異なってくるのは止むを得ない感じだろう。


 候補生の訓練に関しては、あまりに難易度が引き下げられたせいで以前の訓練を受けていた層からは不満があがっているようだ。新しくゲームに参加してくる男性プレイヤー陣を『ゆとり世代』と命名して、古参のプレイヤーからの決闘申し込みが相次ぐなど、世代間抗争が新たな問題点として浮上し始めているらしい。


 砂漠に入ってからは誰とも会わずに優美と二人で旅を続けている俺には、前述の『死に戻り』ペナルティ以外、特にゲーム中でのプレイの差異は見当たらない。俺がアリジゴクの巣に落ちそうになって、運よく用意していたロープで優美に救出されたのは確かにかなり危うい感じだった。逆に、砂漠の魔物パズズが遠くから飛んでくるのを優美が見つけて、エンチャント矢で接敵前に殲滅できたてしまったのは完全に拍子抜けだった。こんな調子でアップデート後も順調に幾つかのイベントをこなして、目的地のマラカンダももう間もなくという雰囲気だ。


「うーん、今日はなかなか難敵の予感だ」

「お兄ちゃん。これ大丈夫かなあ」


 優美のサーチの魔法に反応が無かったにも関わらず、俺たちのすぐ目の前に、次々と砂の柱が立ち上がっては中から魔物が現れてくる。今日の敵はリザードマンということらしい。近接戦闘用の斧を構えてじりじりと俺と優美の方に近づいてくる。


「ウインドカッター!」


 先頭を切って進んできたリザードマンに優美の風の刃が直撃する。だが、直撃時に金属的な音を放つだけで大したダメージを与えることは出来ていない。どうやらウインドカッターでは威力不足ということらしい。


「駄目だよ。どうしよう、お兄ちゃん!」

「焦るな優美。俺が槍で戦っておくから、優美はもっと威力のある魔法を試してみろ!」


 オークなら倒せた技を弾かれた優美が、慌てて俺に問いかけてくる。

 リザードマンの移動速度はそれほどでも無さそうなので、今日は優美を後ろに下げて俺が槍を使っての戦いをすることに決める。試してみたところ、身体の中央部にぶれなく突きこめば一応一撃で蹲って動けなくなる程度のダメージを与えることが出来るようだ。ならばということで、近づいてくるリザードマンたちに漏れなく一撃づつお見舞いした後、周りを見渡した後でとどめを一匹づつ刺していく。


「ライトスピア!」


 自分の方は一応なんとかなりそうということで優美の方を見てみると、魔法名の詠唱後なんだか杖を前方に構えて微動だにしない姿が確認できた。


 何をしてるんだろうと思っているうちに、杖から光の棒が伸びてきた。電車の発車時のような感じでゆっくり2m分くらい前に出てくると棒が途切れて僅かに沈み込む。と思った次の瞬間、棒は一気に加速して前方のリザードマンの心臓部へと直撃した。おお、なんかずっぽり穴が開いて貫通したぞ。リザードマンが光の粒になって消滅したのを確認してから優美に声をかけてみる。


「威力はありそうだけど、なんだか時間がかかる魔法だな」

「うん、そうみたい」


 優美も良いのかな、悪いのかなという感じで俺に答える。


「まあ良いや。今日は敵は前からしか来ないみたいだし、優美は後ろでそれやってな」

「わかったよ。お兄ちゃん!」


 切羽詰ってないし問題ないだろうということで、今日の戦いの方針は決定。さて、じゃあ出てくるのをどんどんやっつけますか。



 戦い済んで陽が暮れて。最後に出てきた色違いのリザードマンを優美の光の槍がぶち抜いたところで今日の敵は打ち止めになった。リザードマンの群れを殲滅した俺たちの進む先に、蜃気楼に揺らめきながら、とうとう目的地のマラカンダの城壁と尖塔が浮かび上がる。


 優美と俺の旅も最終章だ。

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