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妹オンライン  作者: 寝たきり勇者
第一部
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第十三話 妹、兄との週末の外出で波乱の展開

 「私はハートランド王国軍歩兵部隊指揮官のアレンフォード子爵である。王国を守護する崇高な使命を果たすため、厳しい訓練を耐え抜き、今日ここに立つ諸君は、既に我々が背中を預け合うに足る頼もしき戦友である」


 訓練兵のカリキュラム終了後、短い休暇を終えて『正規兵』としての王宮勤めを始めた俺は、最初の仕事として歩兵部隊の親玉であるイケメン貴族さまの訓辞を拝聴していた。場所は王宮第一錬兵場。以前、訓練に使っていた第二錬兵場とは違って、王宮の直下とも言える場所で、眼前には白亜の城がその壮麗な姿を余す所なく見せ付けてくれている。


「諸君はハートランド王国を愛し、この王国を守り抜くために自らの才能と技術を差し出し、命すら投げ出す覚悟を固めている。諸君と共に戦列に立てることを、私は心から誇りに思う」


 前の男爵さまの訓辞もそうなんだけど、このゲーム演説が長いのが欠点だよな。


「後一時間足らずで、諸君ら96名は、ハートランド王国最深部に向かって旅立ち、史上最強の敵と交戦する。時を同じくして、王国各地の精兵たちも、呼応して戦場へと向かう手はずだ」


 訓辞だけで済まないのは、俺らも了解してるから大丈夫だ。いつもの訓練よりも人数が多いのは、訓練何回か分の合格者を纏めて集めてるからなんだろうな。これが近頃の訓練合格者全員ってことか。


「ハートランド王国に栄光と安寧を! 諸君らの奮戦に期待する!」


 良し、ようやく終わったか。次は、個別の部隊指揮官の……


「俺が貴様たち新兵部隊の指揮官を任されたゴッサムだ! はっきり言って置くが、正規兵に成り立ての貴様たちの存在は戦場の片隅に吹き溜まっている単なるゴミだ!」


 おい、聞いてないぞ。なんでまたゴッサムが俺たちの指揮官なんだよ。私語はLQの減点になるから、皆、喚いてないけど、ゴッサムが出てきた瞬間、皆、やる気を無くして諦めきった雰囲気が部隊全部に流れてるよ! 夢と希望が一瞬で砕かれて、皆、アバターなのに魚河岸に並べられたマグロみたいに目が死んでるって。良いのか、ハートランド王国、こんな状態で?




 ゴッサムに引率された俺たち新兵部隊、この元気の無い行軍を見てれば移動中のゾンビの群れにしか見えないかもしれない、はやがて平野の果てにある鬱蒼とした森の入り口へと辿り着いた。

 勿論、間髪を入れずにモンスター、今日は初日なのでゴブリンの群れが現れるのもお約束だ。


「ゴブ、ゴブ」

「ゴブ、ゴブ、ゴブ……」


 えっと、俺は生まれてこれまで知らなかったんだが、ゴブリンの鳴き声というか呟きはこんな感じのモノなのか? 俺の気のせいじゃなくて、何か間違ってる気がするぞ。まあ、別にゴブリンの鳴き声は無視してれば良いかもしれないが、目の前に出てきてるゴブリン、無茶苦茶数がいるんじゃないか? ざっと数えても500はいる。これはちょっと予想外の多さだ。


「さて、貴様らお待ちかねの実戦だ。出てくるゴブリンどもを斬って斬って斬り倒せ。ちゃんと貴様らが男であることを証明してみせろ。出来ない奴はここで死ね。ゴブリン如きに梃子摺るような奴は、今後、俺の前に顔を見せるな。全員、突撃だ! 行け!」


 ゴッサムの言葉を受けて、半数くらいの奴が大声を上げながらゴブリンの群れに突入した。無論、ゴッサムも指揮官先頭だ。俺はといえば、昨日考えた方針どおり一番新兵の数が多そうな場所の後方に目立たない程度に速度を下げながら付いて行った。


『モンスター討伐にはノルマが存在します。各モンスター討伐のイベントごとに最低3匹の該当レベルモンスターを退治することが必要です』


 昨日読んだモンスター退治のマニュアルの内容を俺は思い出していた。

 今日の敵はゴブリンだけ。討伐時間は30分あるのにノルマは3匹。いつものパターンから行くと、これはきっと何かの罠だ。


「お、おい。ゴブリンが俺に掴まってきて……離れろ、離れろって!」


 まあ、こうなるわな。

 ゴッサムの言葉を受けて元気良く飛び出して行ったカキザキという名前の兄ちゃんは、すぐに何匹かゴブリンを斬ったようだが、新しく一匹のゴブリンを斬ってる間に別のゴブリンに背中から飛び掛られて、そいつともがいてる間に他のゴブリンにたかられてる。訓練のときは必ず群れの一匹ずつが相手だったのに、実戦になった途端、集団戦とはレベル高過ぎないか。


「こいつら、手を、俺の手を狙って……!」


 いつの間にか、とりついたゴブリンがカキザキの両手を石みたいなのでガシガシ叩いて、あ、カキザキが倒れた。HPのバーが殆ど無くなってるな。女神様の輝石を壊されたって奴か。何か喋ってるようだが、HPがある程度ないと声も聞こえない設定なんだよな、このゲーム。


 ゴブリンの群れの中に取り残されたカキザキは、しばらくしてからポリゴン片になって消滅した。あの、もしかして今のカキザキって助ける方法があったんじゃないか? 仲間の助け方を一度も訓練した覚えが無いとは、この王国もしかして『修羅の国』か? 俺は試しに確認したアイテム欄に表示される『ポーション』と名前のついている項目を見ながら、疑問を感じずにはいられなかった。


 俺がカキザキの最期を遠くから看取っている間にも、戦いは続いていた。ゴブリンの群れの中に突入していったゴッサムは、丸太みたいな腕で剣を振り回し続けている。ゴッサムが剣を振るたびに何匹ものゴブリンが一瞬でポリゴン片になるが、糞、このゴッサムの動きもこれまた罠だ。


 このゲームは変に基本に忠実になっている。俺たちが剣に水平に振っても大してダメージをゴブリンに与えることはできない。訓練の時のとおり脳天から殺らなければ駄目だ。剣を振る速度もそうだ。訓練のときよりもレンジは広いようだが、余りに早く剣を振り下ろしすぎると、ペナルティで2,3秒の技後硬直が起きるのを、俺はさっき確認した。ゴブリン相手で確認してしまった俺以外の兄ちゃんが、硬直中に何匹ものゴブリンに掴まってしまったのは見ていて悲惨だった。


 俺は他の新兵の後ろに後ろに回りながら、ゴブリンの数が明らかに減ってくるのを待ってから、慎重に仲間たちから少し離れたところにいるゴブリンだけを狙って参戦した。基本の殺り方を守って一匹ずつなら、ゴブリンは移動速度も遅いし一撃で殺せる。本来は大して怖くないモンスターのはずなんだが、カキザキや他の兄ちゃんの末路を見てしまった俺はかなり腰が引けた戦いぶりだった。


「ゴブリンは全滅した。ゴブリンごときに殺られるゴミもいなくなった。戦いもしない臆病者も一応いなかった。よし、引き上げだ」


 気が付けば、ゴブリンは全滅していて、ゴッサムが俺たちを前に今日の総括を喋っていた。長かったように思えて、俺たちが戦っていた時間は20分にも満たなかったようだ。

 参加96名中、戦闘中の死亡者9名。カキザキを含め、死んでしまった兄ちゃんたちは気合いが入ってた分、運が無かったよな。普通に戦っていれば、最低限のノルマを達成できず、ゴッサムの懲罰対象になる奴はいないようだ。俺も結局、最後にスコアを重ねて10匹の戦果だった。まあ、初回ならこんなものだろう。


 死んだ新兵のペアの女性のところには、戦死報告が届けられることになる。そして死んだ兵隊は王国的には完全に居なくなった者扱いで、もう一度召集通知がくる所から始まって『訓練兵』として一からやり直すことになる。俺なら絶対に勘弁したい。どこに優しさが溢れてるんだよ、ハートランド王国。看板に偽りあり過ぎだろ。LQや家を取り上げずに置けば女性プレイヤーからは苦情がこないから構わないと思ってるな。ことある度に男ばかり色んなものを失う危険性のあるゲームってなんだかな……と思う。


「良かった。お兄ちゃん、無事で」

「ああ、安全なのが一番だよな」

「ゴブリン一杯で怖かったね」

「今日はやられたな。猿と違って、大勢で襲ってくるのが不気味だった」


 こうやって心配してくれる優美もいることだし、とりあえず慣れるまでは忍の一字というやつだろう。罠が一杯で、今日は結構疲れ果てた。『ホーム』に死に戻りしたカキザキや他の兄ちゃんたちのペアの女性プレイヤーがせめて優しい女性たちであることを俺としては祈る他ない。



「今日の映画良かったね、お兄ちゃん」

「うーん、俺的には少し納得いかなかったんだけどな。優美が満足なら、まあ良いか……」


 明けて土曜日、俺と優美は2人で珍しく新宿へと足を伸ばしていた。2人で話しているのは、さっきまで見ていたハリウッドの大作アクション映画の結末についてだ。


「お兄ちゃんが満足する映画なんて無い気がする。いつも文句ばっかりなんだもん」

「いや、そこは製作者のこだわりが俺の審美眼に届いてないんだぞ、多分」


 口が悪くてヒロインをからかってばかりいた主人公は、危機的状況下のクライマックスシーンになるとあっさり自分の人生を諦めて、ヒロインの命が助かるようにだけ動いて、何の未練も無さそうに笑って死んでいってしまった。どれだけ特撮が綺麗で華やかな演出になっていたとしても、結末はそれ以外に言いようがない。優美はエンドロールが終わってもハンカチを握り締めたままなくらいに感動してが、俺にはどうにも主人公の努力が足りないように思えて仕方なかった。


 だが、これは言っても詮無きことというやつだ。ヒロインを多少危険に晒そうが、そこは2人で生還できる方法を考えるべきじゃないか? という疑問が、優美や加奈ちゃん相手に通じるとはさすがの俺も考えてはいない。女の子といえども、ちゃんと女性。俺たち男とは全く別の世界に生きているのは疑いのないことだからだ。女の子を理詰めで説得できるようなら、この世の大半の問題はもう平和裏に解決している。



「優美、そんなに財布とにらめっこしてもお金は増えないぞ」

「うん、優美もわかってるよ」

「だから、優美だけケーキつけとけよ。別に俺はいいから」

「やだ、お兄ちゃんと一緒にする」


 映画が済めば、次は昼食ということで、俺たちは優美が行きたいと言ったパスタ屋さんに場所を移していた。この間、不正経理が発覚したせいで、今日の財布係は俺ではなく優美に決定された。今、唸っているのは、飲み物付きのパスタランチをケーキ付きのセットに変更すると、下調べ済で昼食後に買いに行く予定になっている優美の靴と合わせて予算オーバーになってしまうという他愛ない理由によるものだ。適当に遊び回って母さんに追加予算を請求する……という会話にならないのは、俺も優美も小市民家庭の子供ということだろう。


 結局、俺の説得も空しく優美はケーキを断念してしまい、俺としては交渉の失敗を深く恥じ入ることになってしまった。こんなことなら最初に俺の財布から漱石の1人くらい勿体ぶってテーブルに出して置けば良かったんだが、後の祭りだ。まだまだ俺も男子力が足りないな。


「そういえば、加奈ちゃんがさ……」

「加奈ちゃんも薄情だよね。優美を捨てて近頃は唯ちゃんにばっかり構ってるんだもん」


 いかん、気を取り直してと思ったら今度は話題の提供に失敗したみたいだ。優美の地雷を一個踏んだようで頬が膨らんでる。女の子の人間関係もなんか色々複雑だよな。

 この間、俺がクッキーを貰った栗原さんの妹の仮称、唯ちゃんは優美から見ると、加奈ちゃんを巡るライバル関係に当たるらしい。今は加奈ちゃんと唯ちゃんが同じクラスで、優美は加奈ちゃんと別クラスなのでどうも分が悪いような雰囲気だ。俺は再度、話題を変更して優美を元気良く喋らせるべく、努力を重ねたのだった。


「そういえば、優美が出したメールに返事が来たって言ってなかったか?」

「うん、びっくりだよ。里香ちゃんから優美宛ての個人的なお手紙なんだよ」


 何はともあれ、こんなときは「ペアで生活オンライン」の話だ。田伏里香のことさえ出しておけば、先月の騒動以来、優美は話したいことだらけで、いくら喋っても足りない様子だ。フレンド申請はしてもらったけれど、所詮、相手にはしてもらえないだろうと思った俺の予想に反して、優美は里香から見事に個人的なメールの返信をゲットしていた。全国に最低でも数万はいるはずの熱狂的里香ファンなら、涙を流して喜ぶに違いない大戦果だろう。


「『歌を一緒に歌うと高ポイントというのは凄い発見です。でも、兄妹同士でくすぐりは良くないと思います。前のお手紙のレオタード凝視の話といい、お兄さんにはちょっと釘を刺しておいた方が良いと思います』って書いてあったよ」


 おーい、優美。お前は田伏里香相手のメールに何を書いてるんだ。優美の兄貴として、メールに華麗に登場する予定だった俺の計画が、いきなり頓挫してるじゃないか。逆に、変態兄貴として認識されてそうだぞ、それじゃ。


「あの、優美。俺のことは頼りになって妹思いの優しいお兄さん路線で、書いておいてくれると嬉しいんだけど……」

「もう一杯色んなこと書いちゃったから手遅れだと思う」


 返事まで来てる状態で路線変更はやっぱり無理か。絶好のチャンスのはずが何故こんなことに。


「でも、優美思うんだけどアピールとしては充分だよ。お兄ちゃん」

「そうだよな。田伏里香に個人として認識されてるのは多分すごいことだ」

「なにもかも、お兄ちゃんがうさぎを手を捕まえた所から、始まってるんだよね」

「人生って判らないもんだよな」


 どさくさに紛れて優美に丸め込まれてるような気がしないでもないが、とりあえず2人でしみじみと頷きあう俺たちだった。



「お待たせ致しました。こちらでご注文は総てですね?」


 お互いに注文したパスタを食べ終わって食後のコーヒーを待っていた俺たちに、コーヒーとケーキの皿を2人分持って、ウエイトレスのお姉さんが登場したのは、優美と俺の『ペアで生活オンライン』話も大方終わった頃だった。


「あの、俺たちケーキセットでは注文していないんですけれど……」

「はい、あちらのお知り合いの方からの追加注文です」


 当然のはずの俺の質問に、帰ってきたのは予想外の返答。

 ウエイトレスさんが指差す斜め向かいのお知り合いの方の席には、俺の全く知らない2人組。1人はワイルドな印象を与えるラフな格好をした少しさんばら髪の25歳くらいの兄ちゃんで、もう1人は 口紅の赤さが俺には少しどぎついと感じられる、いかにもキャリアOLの休日風といった印象の服装をした同じ年頃のお姉さんだ。


「それでは、どうぞごゆっくり」


 呆然とする俺を尻目にウエイトレスさんは、伝票を回収して優雅に一礼すると、さっさといなくなってしまった。困惑している優美の表情を見て、これは何かの間違いだと確信した俺は席を立って、斜め隣の2人組に声をかけた。


「あの、すいません。何か注文に手違いがあったみたいなんですけど……」


 できるだけ丁寧な印象になるように心がけて問いかけた俺に、キャリア風のお姉さんの方が、形の良い真っ赤な唇を開いて応えを紡いだ。


「間違ってないから大丈夫よ。貴方たちの話、少し聞こえてたんだけど2人は兄妹で『ペアで生活オンライン』の『阿倍留寛』と『仲町由紀恵』なんでしょ?」


 にっこりと笑うお姉さんは、最初の印象以上に綺麗な感じの人ではあった。

 だけど、どうみてもこの後、困った展開にしかならない気がするな……


<<次回、『妹、予期せぬケーキを奢ってもらう』に続く>>

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