第十四話 妹、食後のケーキを奢ってもらう
予想外のOL風お姉さんの言葉に、固まってしまった俺。
「……俺たちの話、聞いてたんですか?」
完全に間違いの前提で話かけちゃったから、次の言葉がなかなか出てこないぞ。
「まあ、あれだけ2人で元気にケーキを付ける、付けないで騒いでたら気になっちゃうわよ。私の方は、こいつと一緒にいてもあんまり会話は弾まなくて静かだしね。倦怠期ってやつかしら」
お姉さんは、視線を兄ちゃんの方に向けながら俺に応えた。
兄ちゃんの方は、心当たりがあるのかぽりぽり頬を掻いている。
「もしかして、『阿倍留寛被害者の会』の方ですか?」
急遽、予定変更で頭を巡らした結果がこれ。
「そうね。スレで書き込みしちゃったわ、私」
当たって欲しくない予想だけは当たるんだよな、これが。優美を苛めてたスレ住人の1人かよ、どうなるんだ俺。
「いやね。別に取って食いはしないから、そんな顔しなくても大丈夫よ。最初の方で少し苦情を言ってみただけ。現に、私は相手があんな小さい子だとわかってからは、苛めて無いわよ」
俺はよほど渋い顔をしてたらしい。優美の方を指差しながらお姉さんは苦笑して俺に呟いた。優美もお姉さんの動作に気付いたのか、きょとんとした表情をしている。
「でね。ちょっと私的には中学生の女の子相手に文句言っちゃったなんて、大人げなくて後味が悪かったなって思ってたから、今日、貴方たちを見つけた機会に借りを返したくなったのよ」
「……」
なんか、また想像のつかない展開になってきたな。どう応対するのが正解なんだ?
「私にも兄はいるけど、残念ながら貴方ほど優しくして貰えなかったわよ。私も中学生くらいには反抗期みたいになっちゃって、社会人になる今でも大して仲の良くない兄妹のままだわ」
「そうですか……」
もはや、OLのお姉さんの独演会だな。俺じゃない別の人間、多分、お姉さんの兄貴のこと思い出してるようで、視線も遠くにいっちゃってるぞ。
「まあ、ヒロシ君としてははあんまりしっくり来ないかもしれないけど、こういう時は子供らしく奢られておいてくれるかな。妹にケーキ食べさせてやりたかったんだろ」
「は、はい……」
ラフそうな格好な割には、丁寧な感じのしゃべりをする兄ちゃんだった。
あんまり釈然とはしなかったが、その言葉のとおり俺が折れておく方が一番問題が無さそう雰囲気だし、そうしてしまうことにした
「なら、時間が押してるんで無かったら、ケーキ代替わりにヒロシ君の技のコツ教えてくれるかな。決闘騒ぎのあった日の槍の訓練、君は手を抜いてるみたいだったが、それでもあっという間にクリアしてただろ? 俺また今度あれの再訓練なんだよ、情けないことに」
そう言うと兄ちゃんは俺に向かって身を乗り出してきた。俺みたいなのには真似できない交渉術だ。それにしてもこの人、決闘騒ぎしてたあの場にいたんだ。結構、俺のこときっちり観察してたんだな。
「ええ、そのくらいなら……」
「それが良いわ。今度は少しはましな姿を見せて頂戴。じゃあ、私は行くから、後はタカシ、貴方たちで宜しくやってね」
「ああ、アサミまたな。じゃあ、ちょっと妹ちゃんも交えて話を聞くとするか」
タカシと呼ばれた兄ちゃんはコーヒーのカップを掴むと、機嫌よく俺の背中を押すと元々の俺たちの席に移ってきた。あと、お姉さんの名前はアサミさんだったらしい。
「話は聞こえてたかもしれないけど、この間はアサミが悪かったね。このケーキは俺たちからのお詫びだから、遠慮なく食ってくれ」
突発的な事態に弱い優美が固まってしまっているのは、まあ俺的にはいつものことだが、タカシの兄ちゃんがフォローしてくれて一応その後の話も穏やかに済んだのはありがたかった。
兄ちゃんの依頼である、訓練を乗り切るコツについては隠すほどのものでも無いので話してみたが、鉄パイプと衣類ハンガーの投入のくだりに爆笑されてしまったことは言うまでもない。
「今はちょっと仕事が途切れててね。少し頑張って『ペアで生活オンライン』をやってみようかと思ってるんだ。運動神経には自信があるし、俺もすぐ追いついてみせるさ」
自称IT関係のコンサルタントをやっていると言う、年齢も実は30歳と判明した隆の兄ちゃんの頼もしいんだか、大丈夫なのかわからない言葉を背に、不思議な出会いをした俺たちは別れた。
ちなみに2人のアバターの名前は『リョウジ』と『リツコ』だそうで、フレンド申請した俺たちには、隆さんと麻美さんなんだけど、『リョウジ』の名前の方は、後で時々掲示板で見かけることになるのだった。
「きりが無いな、これは」
ハートランド王国北西部にあり国境の一画を成す、宝石の如く美しいと讃えられるエメラルド湖。その王国側の湖畔は、今や水辺から次々と湧き出す水色のスライムにより溢れ返っていた
目の前に立ち上がるぶよぶよしたスライムの中央部に光る核と思しき光の珠に、俺はハンガーを使った槍の一撃を突き入れる。珠の左隅の方に一応あたったようで、スライムは一瞬身体を振るわせたかと思うと、次の瞬間にはポリゴン片となって消滅した。
『今回のモンスター討伐はスライム退治です。前回と異なり、今回のスライム討伐のノルマは9匹になりますので、ご注意ください』
前回の剣を使ったゴブリン退治とは異なり、今回は槍を手にしてのスライム退治だ。俺たち新兵は槍を手に並んで、列を成して進んでくるスライムの先頭集団に槍をぶつけて撃退しようと試みているところだ。
俺と隣の奴が声をかけたせいで、俺たちの周囲十数人の部分に限っては、即製の槍ぶすまが出来上がっていて目の前のスライムだけに集中して槍を突き入れれば良い仕組みになっている。最初は連携がうまく取れなかったが、列の端に大男が1人参加してからは中々良い感じで戦い中だ。
「スライム如き、俺様の敵ではないわ。一匹残らず地獄に送り返してくれる!」
相変わらず、ゴッサムは1人でスライムの群れの中に突入して1人で縦横無人に槍を振り回している。横向きになぎ払われたスライムは次々ポリゴン片と化しているが、俺たちが真似をしたところで、槍がスライムに絡め取られるだけなのは、もうお約束の域に達している。
今回の敵の攻撃は接触による麻痺毒らしく、スライムに乗りかかられた兵士は麻痺状態の判定になって動けなくなり、しばらく時間が立つと『女神様の輝石』に毒が回って、目出度くペアの彼女が待つ『ホーム』へと死に戻りだ。
前回のゴブリン討伐のことを思えば、1人でスライムに向かっていって集られる奴なんていないだろうと思ってたら、歴史は繰り返すというやつなのか。俺から少し離れたところで戦っていた兄ちゃんが、手が震えて槍の突きこみに失敗したのか、そのままスライムに触られて硬直したあと前のめりに倒れた。後はお決まりの展開で、すぐさま幾つものスライムに圧し掛かられた兄ちゃんは、見ている間に水饅頭状態へと変化した。勿論、俺に助ける術などなく、兄ちゃんはそのうちポリゴン片となって消滅した。
「スライムは全滅した。スライム如きに殺られた馬鹿もいたようだが、そいつらのことはどうでも良い。問題なのは、逃げ回ってまともに戦わずにいた臆病者がこの隊にいたことだ!」
スライムの全滅後、今日のモンスター討伐の総括をゴッサムがしているが、前回と同じようにそのまま解散というわけには行かないようだった。どうやら死んだ人間が3人だけだった代わりに、ノルマ未達成の兵士が出ていたらしい。
「17番、36番、44番、61番、79番の新兵。お前たちはハートランド王国軍の恥さらしだ。王国軍兵士を名乗る資格などどこにも無い。本来なら俺の刀の錆にして晒し者にした挙句に、カラスにでも突付かせたいところだが、王国の人手不足が深刻な現状ではそうもいかん。俺様が兵士の根性を一から叩きなおしてやるから、王城に戻ったら覚悟しておけ」
ゴッサムに名指しされた奴らは再訓練送りとは大変だよな。と思ったら、あれ、こいつらって俺の周りで戦ってた奴ばかりじゃね? なんか俺の方を恨めしそうに見てたりしてないか? 別に俺は悪いことしてないよな。モンスターが集団戦を挑んでくるなら、俺たちも固まって戦った方が良いって言っただけだぞ。俺は衣類ハンガー使ってたせいで、失敗せずに30匹近くスライムを倒してたけど、こいつらそんなにスコアが低かったとは思いもしなかったのは失敗だった。
「気にすることはない。お前のやってたことは別に間違いとは俺には思え無かったぞ」
後の方で俺たちの集団に合流して槍を振っていた一人の大男、ヘラクレスと名前がポップされてるな、が身体どおりの図太い声で俺を励ましてくれたことだけが、唯一の今日の救いといえば救いだった。
ゴッサムの訓辞の後、白けた雰囲気の中、何故か部隊の疫病神扱いされてるような雰囲気をひしひしと感じつつ、俺は人目を避けるようにして優美の待つ『ホーム』へと帰り路を急いだのだった。
新しい『ホーム』となった我が家は、定職を持った若夫婦が子供が出来たのを機会に頑張って買ってしまうような感じの家族向け住宅だ。普通に買うのと比較すると土地だけは潤沢に余っている仮想空間だけあって、敷地面積は大分広くなっている感じだ。以前、住んでいた復興住宅の敷地が狭かったのは、参加者、特にペアの女性プレイヤー側を発奮させるための開発者の故意に違いない。
そういうわけで前回、俺の正規兵昇格時に広くなった我が家には、かなりの面積の庭がついていて拡張された庭の一角には最初から駐車場もあったりする。このゲームの紹介記事を読んだ俺にとり、車を買うメリットは特に見出せなかったので、我が家には残念ながらマイカーは存在していない。
何故、今更ながら俺がこんな説明をしているのかというと、それにはちゃんと訳がある。スライム討伐で傷心の俺が『ホーム』に戻ってくると、常に空のはずの我が家の駐車場に車が停まっていたのだった。それも妙に高級な国産メーカーのスポーツカー。論理的に考えると、これは我が家へのお客さんだ。
「優美、誰かお客さん来てるのか? もしかして隆さん?」
俺たちの数少ない「ペアで生活オンライン」の大人の知り合いの名を挙げてみたのだが、実に全く間違いだった。
「お兄ちゃん、遅いよ。折角のお客さんなのに」
「君が優美ちゃんの自慢のお兄ちゃんの巧君かー。はじめまして、田伏里香です」
『ホーム』のリビングのソファーに座って、俺に微笑んで挨拶をしてきたのは、普通に考えれば、俺たちとは縁もゆかりも無い世界に住んでいるはずの、アイドル田伏里香のアバターだった。
これは、一つの脳味噌が沸騰しそうな事態というやつでは無いのか?
<<次回、『妹、アイドルから内緒の相談話を聞く』に続く




