エピローグ①
コーレリアのような都市国家とは違う、長閑な農村。
遠くで風車が周り、家畜たちがのんびりと草をはんでいる。
道が整備されていたりもしないけれど、それ故に牧歌的な雰囲気に包まれていた。
「外国から劇団がやってきたって! すごい人気なんだって、ハッピーエンドの恋物語だってさ!」
「早く観に行こ!」
夕暮れの中、子供たちが駆けてゆく。
子供たちがあんまりにもワイワイ楽しそうに通り過ぎて行くものですから、私ことハティはつい話題に口に出す。
「なんだか賑やかですねえ」
「うん」
マーニ様と共に、買い物の紙袋を抱えながら帰路に着く。
のんびりとなだらかな丘を頂上に向かって歩いていく。
私たちは村はずれの丘の上に屋敷を持つことができたのです。
「劇ですって、見に行きますか」
「たまにはいいかもね」
外国からやってきた劇団というと、おそらく隣国のコーレリア大公国からやってきた劇団でしょう。コーレリア大公国は交流の一環として使節がわりに劇団を異国へ送る風習があり、異国でも公演を度々行うのでした。
この長閑な隣国でも、持て囃されているようです。
「そうですねぇ、ここは平和で長閑で刺激がないですからね」
「なにもないことはいいことだよ」
「ええ、本当に」
なにもないことはそれだけで得難いものなのだと、私たちは知っている。
生まれもった運命と抗い、戦ったのですから。
けれど、それももう過去のこと。
「アレから一年追手も来ませんしね」
「うん」
私たちはコーレリアから追放されてからというもの、安穏とした暮らしを送ることが許されていた。
そうこうしていると、すぐに家に着いてしまう。
家に着き、買い物の紙袋をテーブルに置く。
気づけばマーニ様は庭に出て、丘の上からの夕焼けを眺めていた。
庭には、薪割り台の代わりの切り株。
マーニ様が育てた、いろんな花がそこには咲いている。
その中心に、マーニ様はいた。
夕暮れの空に全てが橙色に染まっている。
「どうかなされましたか」
「ううん、なんでもないよ」
後ろからやってきた私に気がつくと、マーニ様は振り返る。
私の頬にそっと手を触れた。
ある箇所を探り当てては、指でそっとなぞる。
時々、マーニ様はこうして私の頬の傷を確かめる。
ロマ神父の軟膏のおかげで、そんなに大きくは残らなかった。
普段は毛並みに隠れて全く見えない。
けれど、確かにそこには傷跡が残っている。
マーニ様は、傷跡に触れてなにを思っているのだろうか。
「夢みたいだね。ずっと二人で平穏に暮らせて」
「こんなにも上手くいくなんて思いませんでした」
マーニ様の言う通り、本当に夢みたいでした。
元々、私は全ての罪と罰を背負って死ぬつもりでした。
マーニ様が手を取ってくださってからも、二人して死ぬような可能性はきっといくらでもあった。
けれど、全ての罪は優しい人たちの恩情で追放という罰によって贖われた。
きっと、奇跡なのでしょうね。
こんな結末は。
「……こんなに幸せでいいのかな」
だから、でしょうか。
私も、マーニ様も、フワフワとした居心地の悪さのようなものを感じてしまっている。
私の傷跡と同じように、罪は消えない。
見えなくなったように思えても、この体に刻まれている。
たとえ、いま生きている皆から赦されたのだとしても、私が命を奪ってしまった彼らはきっと私を赦さない。
私たちはずっとそれを背負わないければならない。
それを最後にオーディールは私たちに突きつけたのでした。
「きっとこれが私達の罰なんでしょう」
赦されてしまったことすらも罰になる。
ずっと、どこかに何かがしこりとして残り続ける。
「私たちは幸せを感じる度に、胸のつかえを感じるんでしょう」
「うん」
マーニ様も頷いて。
二人して、並んで夕陽を眺める。
きっと私は何度やり直したとしても、同じ選択をするのだと思います。
そうでもしなければ、この方をお守りすることはできなかった。
後悔はしない。
そう。私たちは選んだのです。
自分たちの幸福のために、色んなものを踏み躙ったのだと。
最後に騎士団長が突きつけたことは、そういうことでした。
「でも、それでも──……。私は、いまこうして貴方が生きていてくれてよかったと切に思います」
私は、マーニ様の手を取った。
この人がどうしようもなく愛おしかった。
風が、私たちの頰を撫でていく。
私は、胸から溢れ出す言葉をそのまま口に出した。
「愛しています」
きっと、私は泣きそうな顔をしていました。
溢れ出す感情がとめどもなくて。
けれど、マーニ様は何も言わずに抱きしめてくださる。
罪も罰もまとめて包み込むように抱きしめて、それら全てを分かち合ってくれるのは、この人だけなのだと私は確信する。
「僕も、愛してる」
夕暮れの中。私たちはずっと抱きしめ合うのでした。




