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24.仮面の下の本音

王立劇場のこけら落とし公演から2週間後、ノアとダニエラは仮装舞踏会に招待されていた。


ワイングラスで殴られたあと、劇場から帰宅する際にダニエラが着ていた舞台衣装が、貴族界隈で思わぬ話題を呼んだのだ。


ダニエラは衣装にちなんで「ライオンの女王」と呼ばれ、酔狂な貴族から「ぜひ我が家主催の仮装舞踏会にご出席を」と招待されてしまった。


仮装舞踏会は仮面ありで行われる。


貴族の男女が半ば公式に、正式なパートナー以外の異性を口説ける場所になっているから、ダニエラは正直気が進まなかった。


しかしノアがいまだに「野盗」と陰口を叩かれているのを見るにつけ…本人はまったく気にしていないが…貴族社会の社交にはできるだけ参加すべきだと感じて、出席の返事を送った。


少し暗めに設定された照明の会場には、色とりどりの仮面をつけ、趣向を凝らした衣装の貴族たちが集っていた。


ノアとダニエラはダニエラの「ライオンの女王」という称号にちなんで、ファーをたっぷりと施した衣装だ。


(この衣装にかけたお金だけで、牢の1年間の食費だわ)


ダニエラはノアを見た。野性的なノアに、ファーをあしらった衣装は良く似合う。


「どした?」


視線に気づいたノアが聞く。


「とても良くお似合いです」

「お前もだよ」


そしてダニエラの耳に口を寄せた。


「ところで、敬語はそろそろやめてくれないか?いまだにさん付けだし…闘技場でわめいてたとき以外は。俺の命が危ないと思わないと、ノアとは呼ばないのか?」

「あなたは公爵ですよ。本来であれば普段からアレクサンダー様や閣下とお呼びすべきところです。とくにこのような場では敬語を使いませんと」

「関係ねえんだよ。呼び捨てにしろよ」


ダニエラは「鋭意検討いたします」と答えて、仮面をつけ、ノアにも仮面をつけるように促した。


「行きましょう」

「…ちっ」


メインの会場は屋外で、陽気な雰囲気だ。ダニエラたちの衣装を真似た参加者も多いから、ライオンの女王に扮しているからと言って、ダニエラだとは見破られにくい。匿名性の高いパーティーに、ダニエラは少しだけ安心した。


「喉が渇いたな。中で飲み物をとってくる。お前もいるか?」

「お願いいたします」


ノアが離れたそのときだった。ダニエラの背後から、仮面をつけた男が歩み寄る。そして彼女の横に座った。


「ご婦人、素晴らしい仮装ですね」


落ち着いた低い声に、ダニエラの背筋が僅かに伸びた。振り返ると金髪の男が立っている。髪の色は違うが、声の調子や間の取り方から、ダニエラは確信した。


「王太子殿下」


仮面の下で驚いたように目を見開いた男は、しかしすぐに照れたように微笑んだ。


「さすがダニー。髪色を変えてもすぐにわかってしまうんだな。君は昔から、私の体調が悪い時もすぐ声で見抜いてた」


(昔話をしたいのかしら…でもシャルロット王女殿下も来ているなら、ふたりきりで話すのはまずいわ)


「殿下、僭越ながら…王女殿下のご気分を害するようなことは、なさらないほうがよろしいかと」


ダニエラの声には、突き放すような冷静さが宿っていた。アーサーはたじろぎながらも引き下がらない。


「心配しているんだ、君のこと…王立劇場であったことを聞いて」


ダニエラはわずかに唇を引き結ぶ。


「いつもご心配くださり、ありがとうございます」


言葉とは裏腹に、ダニエラの声は硬い。淡々としたその返しに、アーサーは言葉を失った。


彼女の本音が…「いつも心配だけはしてくださるのですね」という気持ちが手に取るように伝わってきたからだ。


ダニエラが学園を退学して以降苦労してきたことが、王太子としての務めを盾にダニエラを守らなかった自分の責任なのだと、突き付けられた。


「ダニー…本当にすまな…」


そこへノアが返ってきた。


「おい、中はめちゃめちゃ混んでたぞ。よくあんなとこで息ができるもんだな…ああ、アーサーか」


ノアは野生の勘なのか、兄弟の本能なのか、あっさりと仮装したアーサーを見破り、にこやかに挨拶を交わした。「癒しの力をもたない嫡子の弟」と「癒しの力をもつ庶子の兄」は反発しあうかと思われたが、意外に仲良くやっている。


ノアにまったく権力や王位への欲望がないせいでもあるし、アーサーが能力で個人を評価するタイプだからでもあるだろう。


三人でしばし、穏やかな談笑が続いた。音楽と笑い声と美しい光が会場を満たす中、ダニエラはふと、自分の胸の内に浮かんだ感情に気づく。


(フィリクス様なら、私に話しかけた男性と、こんなふうに笑って会話などしなかった。相手が王太子殿下であっても)


フィリクスはダニエラの周囲をすべて焼き払うようにして、彼女の世界に自分しか残れないようにした。


ノアは違う。彼はダニエラを信じ、見守り、あたたかく包み、ダニエラが大切に思う人までも大切にしてくれる人だ。彼女の周りに豊かな森を育てるように。


ダニエラに自分の意見や好みを強要することもない。「母親とは縁を切れ」と言いつつも、公爵家の予算で入院費用を払ってくれている。ローガンの行方も探していると言っていた。


(だから…物足りないなんて、思ってはいけないのに)

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