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推しの敵になったので【四章完結!】  作者: 土岐丘しゅろ
第四章 義翼のフィロソフィー
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第29話 矛矛


 化野ミオンは嘘でできている。


 酒や感情に任せて短絡的に振る舞うことも多いが、それが彼女の本性でないことを知っているのは彼女と近しいものだけだ。


 その笑みの裏でどんな計略を巡らせているのかも、その(つまび)らかな経歴も、本音のところで何を考えているのかも、表に覗かせることはない。


 否、正確には覗かせてもいる(・・・・・・・)のだろう。


 嘘と真を巧妙に織り交ぜ、まるで真実みたいな生ぬるい温度で偽りを述べる。

 伊達にどこかの喫茶店長から長いこと嫌そうな顔を向けられてきたわけではない。


 ──そんな彼女が、自らの天稟ルクスを簡単に推測させるような真似をするだろうか?


 するに違いない(・・・・・・・)


 能力の概要を容易に掴ませ──その背後に、本当に隠したいことを忍ばせておく。


 すなわち、能力の発動条件。


 『喫煙』。


 それは《幻影》の天稟ルクスの先行型代償(アンブラ)、その一部でしかない。


 その全貌は『────』。


 だから、彼女はそのように振る舞った。

 だから、少女は警戒を抜かれた。

 その術中に、まんまと引っかかってしまった。




「くっ……!!」


 宙を舞う分厚い本と流麗な剣。

 それらで構成された即席の盾の向こう側で、雨剣(うつるぎ)ルイは来たる衝撃に身構えた。


 しかし。


「…………え?」


 鼠色の煙と赤い炎に呑まれたはずのルイは、その奔流の中で無傷を保っていた。

 傷どころか、皮膚を焼くはずの熱さすらも感じない。


 煙に視界を包まれながら、考えるより先に直感する。


「幻影っ!?」

「──正解」


 背後から聞こえた狐の声。

 見えなくとも背後に剣を飛ばそうとした時には既に遅かった。


「ほいっと」

「……ぁ」


 とん、と首筋に走った衝撃と共に、今度こそ視界が暗転していく。


「げ、〈刹那セツナ〉チャンの真似みたいになっちゃった」


 床に倒れ込む少女と散らばる剣や本を眺めながら、舌を出すミオン。

 そんな人間味ある表情を見せた次の瞬間には感情を消し、もう一人の獲物へと視線をやる。


「──んん〜、ちょー変な感じなんですケド」


 目を細めながら、幻影越しに周囲の気配を探っている司書姿の少女。


「一体いつやられちゃったのかなぁ。コッチは警戒してたってのに」

「実は前世で巡り会ってたんだよ。パリの城下町で葉巻(くゆ)らせてるオレを見てたのさ」


 くだらない冗談の発生源に向けて銃弾を叩き込むカナン。

 しかし、爆煙の向こう側に消えたそれに手応えはない。


 同時に反対側で本が落ちるような音がした。

 そちらに警戒を向けようとして──背後に飛び退る。


「お、気づかれた」

「アンタ、いま本投げたでしょ〜? 司書の前でよくやるね」


 直前までいた位置を下駄の蹴り足が通りすぎて煙の向こうに消えた。

 そちらへ銃を構えながら、じりじりと後ずさる。


 何度か雲を掴むような攻防が繰り返された後で、下がろうとしたカナンの踵が壁にぶつかる。


「────っ」

「よう、袋の鼠」


 不思議な反響で四方から声が聞こえる。

 と思うと同時に、反響に混じるカチッという微音。

 リボルバーの安全装置の音だと気付いていながら、カナンは笑った。


「じゃ、壁を齧って逃げることにするよ」

「あ?」


 背後の壁に自身のピストルを発砲して、強く手で押す。


 本来なら動くはずもないその鉄壁が、くるりと。

 忍者の抜け道のように反転した。


「慣れが出たね。これでもウチ、ここで働いてっからさ」


 捨て台詞を残し、壁の向こうに消えるカナン。


「……あーあ」


 残されたミオンは壁に開いた暗い穴へ近づいてまじまじと見る。


 ──こりゃ随分と前から用意されてたな。どこに繋がってんのかねェ。


 どこに続いているか分からないその穴の向こう側には、目を凝らさないと分からないほどの細い暗色の糸が張り巡らされていた。


「なァにが司書だ。司書にこんな物騒な抜け道は必要ねェよ」


 ため息ひとつ。

 それから後ろを振り向き、


「ったく、いい感じに邪魔されちまったぜ」


 床に倒れている空色の髪の天使を見やる。

 そのまま視線は宙を滑り、すっかり更けた夜空に向けられた。


「さァて、こっからどうすっかな」


 気だるげに腕を組むその様子は、まるで怪我などしていないかのように軽い仕草だった。



 ♢♢♢♢♢



 図書館から離れた時計塔の屋根。


 地上よりも夜風が強いそこで、二つの影が佇んでいた。


「…………」

「…………」


 両者、その手に握るは一撃必殺。

 最善の初手を思考し続ける二人は、互いの読みがほぼ等速で展開されていることを感じ取っていた。


 極々僅かにカスカが重心を動かせば、極々僅かにリンネの銃口がそれを追う。

 カスカの姿勢が次の位置取りに移るより前に、リンネの重心が少し落ちる。

 と、それが終わるほんの一瞬先にカスカの鬼面が少しだけ上向き、同時にリンネの利き足が数ミリだけ前に動いた。


 二人は一つ一つの挙作を見てから行動しているのではない。

 互いが次に行うであろう動きを予測し、その対応手を置きにいっていた。


 故に、彼女たちがいま動作に移している行為は、数十秒前の彼女たちが考え終えたものだ。


 そして、二人の思考に追いつくようにして先制の奪い合いが展開され──。


「────ッ」


 終着点は、やはり同じ。

 最初に動いたのは遠距離武器に対峙する近接武器の使い手──ではなく。


「ふぅん、自分から斬られに向かってくるとは感心な患者だ」


 長銃を構えたリンネが、銃口はそのままに前へと駆け出す。


「逆だね。遠い方が斬られる。──銃弾が」

「うんうん、もっと身共(みども)の神業を讃えるがいいよ」


 対する傲慢な医者も、敵の狙いに乗るように距離を詰めた。


 あっという間に埋まる空間の中心で、両者は攻撃に移る。

 一瞬早かったのは、マスケット銃の火花。


 リンネの狙い通り避ける猶予はなく、対応手は神速の抜刀ただ一つ。


 鯉口から生まれた銀閃は向かいくる銀条と相見(あいまみ)え──。


 ────無音。


 日本刀の鋒が、銃弾に触れる。


 ぬるりと、まるで互いが(・・・)水銀のように揺らぐ。


 鋒が銃弾に貫かれ、削り取られるように消失する。

 銃弾が鋒に斬られ、弾けるように二つに割れる。


 両者に降りかかる一連の現象(理不尽)が終わるのは、全く同じ瞬間だった。


 変わらぬ無音の世界。

 変わったのは矛と矛。


 刀身は銃弾ひとつ分だけ短くなり、銃弾は獲物の左右を通り抜ける。


 最強の矛はどちらも最強の矛として互いを壊し合った。




 ──そんなものは、とっくに予測済みである。




 時計塔の頂点に、二人を中心として風が吹き荒れる。

 両者が斬り裂き、貫いた空気の悲鳴だった。


 それを意にも介さず、二人の最強はただ互いを狙い次の手を打ち続ける。


 カスカの足払いを避けつつ、リンネはマスケット銃に銃弾を装填し空中で発砲。

 それを斬り上げたカスカが、返す二の太刀でリンネに袈裟斬りを仕掛ける。


 その寸前。


 夜空が光り、天から降るは一発の銃弾。

 それが予定調和の如く弾倉にぴたりと嵌まる。


 ──(あらかじ)め銃弾を天に放っていたな……ッ。


 鬼面の下に浮かぶ獰猛な笑み。

 それを捉えんとする銃口は無慈悲に輝く。


 振り下ろすはずの刀の軌道をズラし、三発目を斬りわける。

 三度、刀の鋒が削られた。


 リンネの着地と同時に鳴る装填音。

 彼女が引き金を引くより早く、とっくに納刀されていた銀閃が放たれる。


「────」

「────」


 無音どころか無呼吸の凌ぎ合い。


 医者がメスを振るい、憲兵の黒いマントが斬り落とされる。

 憲兵が銀の弾丸を放ち、医者のメスは少しずつ短くなっていく。


 カスカが最初の弾丸を鋒で受けたのは、この戦いが消耗戦であることに気づいていたからだ。


 銃弾によって自身の得物が削りきられた瞬間が施術の終わり。

 リンネの銃弾が切れた瞬間が、彼女の胴が斬れる時。


 一見、長物のカスカに分があるように思えるが、実のところそうでもない。


 居合という繊細な技は刀の長さや重さにも大きく影響を受ける。

 振り(リーチ)が短くなれば、そのぶん勢いも死に、本来間に合うはずの対応も追いつかなくなる。


 弾数に囚われるリンネだけでなく、カスカの方も技を繰り出せる場面と数は限られていた。


 慎重にただ相手に無駄を押し付けるように技を繰り出していく。

 そんな単純で複雑な、一直線なぶつかり合い。


 ──だからこそ、ほんの少しだけ回り道(・・・)が得意な方がこの場を制する。


 リンネが片手から覗く最後の銃弾を装填し、それが何度目かの消失を迎えた後。

 カスカはこの削り合いを終わらせるべく、更に一歩踏み込んだ。


 近距離(ショートレンジ)から、至近距離(クロスレンジ)へ。


 互いの腕すらも届きそうな距離で、カスカはかなり短くなった刀身を振るう。


 その最中。

 カスカはリンネの妙な体勢を視界に収める。


 ──腕を、引き絞っている?


 照準を合わせる動作とは異なり、照準などどうでもいいとでも言うように体の後ろに向かって長銃を引いている。


 それはまるで突き(・・)の前の──。


「────ッ」


 思い至ると同時。

 抜刀の姿勢を崩しながらカスカは仰け反った。


 突き出された長銃がカスカの鼻先を抜ける。


 ぱん、と。


 乾いた音を立ててカスカの鬼面が真っ二つに割れた。


 見上げる榛色の瞳と、見下げる紅色の瞳が交差する。


 カスカは体勢のままに床を蹴り、サマーソルトキックで長銃を蹴り上げる。

 上下に一回転した視界を整えるより前に背後へ跳躍。

 横薙ぎの銀閃が眼前すれすれを通り抜けた。


 着地して、興味深そうに目を細める。


「突きにも《貫通》が乗るとは恐れ入ったよ」


 自身に向けて構えられた銃口の先には、仕込みナイフの剣身。


「ああ。憲兵には銃剣が似合うだろう? 綺麗な女医さん」


 その照準をしっかりと合わせながらも、不敵に笑うリンネ。


 二人はゆっくりと息を吐く。

 そうして吸った空気に──不意に匂いがすることに気づいた。


 ペトリコール。


 黒雲を通り抜けた西風が運ぶ、雨の匂いだ。


 まもなく、しと……しと……と屋根材に黒い小さな染みが生まれはじめた。


「……気が重いな」

「このままだと服も重くなるよ」


 二人の熱を覚ますように雨は徐々に強くなっていく。

 そして──。


「帰る。不衛生な環境での執刀は御免被るのでね」

「逃がすとでも?」

「逃がすしかないな。火薬は湿気に弱いだろう?」

「今時そんな武器使わないよ」


 そう(うそぶ)くリンネも、雨天の視界で万全のパフォーマンスができるとも、容易くカスカに勝てるとも思っていないらしい。


「今回だけ、お預けしとくよ」


 そう言う彼女の手が悔しさからか強く握られているのを無感情に見つめて、カスカは屋根上から姿を消した。


 やがて憲兵もその上から姿を消し、もうすぐ日が回ろうという時計盤だけがそこには残されていた。


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― 新着の感想 ―
手札を晒しながらも、一番大事なものは真実で包んで隠す…なんてめんどくさい性格なんだミオンさん 絶対貫通VS絶対切断=盾持ってないから矛同士が削り合いながら消失します。……天敵とまではいかなくとも相当や…
獲物がマスケット銃? あの先込め式でライフリングも掘られていないマスケット銃?? せめてドライゼ銃にしない…?
更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 それぞれ決着 残るはイブキくん、大丈夫かなぁ?
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