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推しの敵になったので【コミカライズ1巻発売】  作者: 土岐丘しゅろ
第四章 義翼のフィロソフィー

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第27話 今日の暗雲


 夜の帷の下、対峙する二人はどちらも超級。

 原作でもあり得なかったはずのカード。


 オタクとしては大っっっっっっ変見たい!! 

 巻き込まれてもいいから最前線で見たい!!


 ──でも、今日の俺にはやることがあるんだ。


 時計塔のてっぺんから飛び降りた俺は、その瞬間に視界に全力で集中する。


 飛び降りたこの瞬間、ここからならまだ(・・)街が一望できるから。

 最後にヒナタちゃんの通信を傍受した地点から、図書館までの道のりに範囲を絞る。


 いくら時計塔が高いとはいえ、立ち並ぶビル群の影に隠れていて見えない場所がほとんど。

 本来ならば、こんな一瞬だけ見渡しても人ひとりが見えるわけがない。


 けれど、ヒナタちゃんに限れば話は別なのだ。

 彼女の速度(・・)をもってすれば、俺の視界の中でもかなりの速さで動いているはずだから。


「──いた」


 ビルの谷間に靡く茶髪。

 (オタク)はそれを見逃さない。


 彼女の場所をとらえると同時に俺は時計塔の壁面を蹴り、《分離》。

 慣性を無視して横っ飛びにかっ飛んだ俺は、少し離れたビルの屋上に着地する。


・本来よりも早い強敵との邂逅は、取り返しのつかない傷を彼女に残すかもしれない。


「…………」


 肩越しに、時計塔の頂点を見る。


 唯一、心配があるとすれば、どちらかが取り返しのつかない怪我を負うことだ。

 ……が、正直クシナを見慣れている俺からしても、あの二人の実力に大きな隔たりはないように思える。

 互いに大怪我を負うほどに深追いすることもないだろう。


 なにせカスカにリンネ先輩を斬る理由がない。

 リンネ先輩側にはカスカを捕まえる理由はあるが、彼女だってルイやヒナタちゃんの現場は把握しているだろうし、優先目標はそっちだろう。


 だから大丈夫、なはず。……多分。




 ♢♢♢♢♢




「うーん、逃げられちゃったか」

「アレはうちの患者だ。手出しは無用。身共(みども)はセカンドオピニオン反対派でね」


 時計塔の広い屋根。

 リンネは軽く肩をすくめ、カスカは呑気に笑う。


 けれど、二人の視線だけはしっかりと互いをとらえて離さない。


「さて、どうする?」


 カスカが気負いのない声音で言った。


「どうするって? どうにもボクの目には──」


 リンネが気負いのない声音で言った。


「キミが斬りたくてしょうがないって顔をしているようにしか見えないんだけど」

「──クッ」


 噛み殺したそれは、愉悦の笑み。


身共(みども)は話が早い手合いが好きだ。もっと好きなのは──」


 ゆっくりと腰を落とすカスカ。


「話の早い患者(・・)だ。身共(みども)にメスを執らせてくれる、な」

「────ッ!」


 リンネが斜め屋根を蹴った。

 納刀の鈴の音が鳴る。


 瞬間。

 世界が、ズレた。


「まったく、怖いね」


 続け様に距離を取るようにバックステップするリンネ。

 彼女とカスカの間を、黒い影が落ちていく。


 影の正体は、切り落とされた三角錐の屋根(・・・・・・)だった。


 それが正面を通り過ぎる瞬間。


「──おっと」


 カスカは地を這うように低姿勢を取る。

 その頭上を、音もなく銃弾が通り過ぎた。


 月明かりに照らされ描かれる銀閃。

 その弾道を見てとってカスカは薄く微笑む。


 それはまるで豆腐を指でつくように抵抗なく礫塊を通り過ぎ、そこに穴を開けていた。


「ははっ」


 屋根が滑り落ち、再び二人の前には遮るものがなくなる。


 静かに対峙する両者は既に相手の天稟ルクスを理解していた。

 それは互いに同系統の使い手ゆえに。


「絶対切断」

「絶対貫通」


 今宵、この世の法則に縛られぬ最強の矛が二振り。


「小手調べは終わりだねぇ」

「……まったく、とんだ鬼札を引いてしまったよ」


 西風が二人の黒衣を揺らす。

 冷たい風はうっすらと雨の香りを感じさせた。




 ♢♢♢♢♢




 ヒナタは広い車道を自動車を優に超えるスピードで駆けていた。


 幸い腹ごしらえは済んでいる。

 いつもより無理は効くだろう。


 近づいてきた図書館を見上げ──その視界が(くら)(かげ)った。


「────っ」


 超速移動の進行方向上に落ちてきた直方体にヒナタは足止めを強いられる。


 轟音。

 その直方体は、金属製の変電設備だった。

 ということは、攻撃の主はビルの屋上。


「誰で──」


 見上げようとした時には、既にその人影は降り立っていた。

 変電設備の上に、音もなく。


「どうも。まいどお馴染み、〈乖離カイリ〉だよ」


 どこか余裕すら感じさせる出で立ちで、彼は軽く一礼をする。

 その正体を知っている者からすれば少し剽軽(ひょうきん)な仕草でもって、彼はヒナタを出迎えた。


 普段なら、そんな演技もかわいく思えてしまうものだが、今のヒナタにその余裕はなかった。


「……〈乖離カイリ〉さん、いま少し急いでいるんです。退()いていただけませんか?」

「──退かない」

「っ、今は軽口を叩いていられる状況じゃないんです! ルイちゃんがっ、わたしの相棒が危ないんです! だからっ!」


 焦燥と、ちょっとの怒り。

 それでも言葉を重ねるのは、信じているから。

 彼ならきっと、自分のためにそこを退(しりぞ)いてくれると。

 けれど、


「うん、知ってる。でも、ダメなんだ」

「────」


 毅然とした声音だった。

 軟派な雰囲気は微塵もない。

 確かな意図をもって彼はそこに立ち塞がっているのだと、ヒナタが理解するのに十分な、端的な言葉だった。


「どう、して……? だってルイちゃんが……」

「それは、俺になんの関係があるの?」

「……っ!?」


 問われて、ヒナタは思ってしまった。


 なんの関係があるのだろう。

 自分とイブキは小さい頃から仲が良くて、彼はヒナタの想い人で──それでも確かに”敵”であるのに。


「君はもう知っているようだけど、この先の図書館で戦いが起きている」


 呆然として二の句を告げないヒナタに対し、〈乖離カイリ〉は言った。


「うちの幹部がそこにいるんだ」

「────っ!」


 幹部と聞いて真っ先に浮かんだのは〈刹那セツナ〉。

 でも彼の言い草からして違うだろう。


 なら、誰?

 ルイちゃんはいま無事なの?

 なんでそれをわたしに?


 ぐるぐると色んな疑問がめぐるヒナタに対し、壇上の敵は両手を広げる。



「君じゃ、舞台に上がるには実力不足だよ」



 月明かりを背に、大きな影がヒナタを曇らせる。


 刹那。

 ぴしりと、嫌な音が響いた。


 ヒナタが音の元、足元へと視線を向けた瞬間、そこにヒビが走る。


「なっ」


 そのヒビは〈乖離カイリ〉の足元から生じていた。

 すなわち高層階から落とされた変電装置の下。


 そこが、一気に崩落する。


「きゃあ!?」


 真っ暗な足元に吸い込まれるようにして落下する天使。

 幸い地面はそう離れておらず、受け身を取って怪我なく着地。


 そこは、今は使われていない地下通路だった。


(崩落して、下の通路に……たまたま?)


 驚きつつ顔を上げた彼女の前に、静かに〈乖離カイリ〉が降り立った。


「ここから先、俺程度も超えられない君には行かせられない」


 彼は地下道の暗闇に紛れるように佇んでいる。

 少しの沈黙ののち、彼は言った。


「──君は足手纏いで、行っても無駄だ」

「…………っ!」


 ずくん、と割れたガラスで刺されたように胸の奥が痛んだ。


「そんなっ、こと……っ!」

「ある。行くだけただの邪魔だ」

「……ぁ、う」

「だから、露払いくらいの仕事は俺もしなきゃね」


 少し早口で、畳み掛けるように言い放つ〈乖離カイリ〉。

 ヒナタは、いまだに足元が崩落しているような気さえした。

 

 自然と呼吸が浅くなって、猫背になる。

 それでも頭は回り続ける。


 どうして……?

 どうして、そんなこと言うの?

 おにいさんは、わたしをそんな風に言ったこと……。


 思考停止さえしなければ、ヒナタは誰よりも早く考えられる。

 回り道でも追いつける。


 だから、落ち着いて。

 少しでも彼の態度の意味を探ろうとして。


 ──そうだ、おにいさんがわたしにそんな風に言ったことはない。

 ──だからこれもきっと、本当はそんな風には思っていない。

 ──じゃあ、どうして?


 今度こそ、思考が止まった。


 それは意味がわからずに放り出したわけじゃない。

 答えに辿り着いてしまったからこそ、止まらざるを得なかったのだ。


 簡単な話だ。


 〈乖離カイリ〉は……イブキは。

 心の底から、ヒナタのことをただの足手纏いだと思っているのだ。


 ──昔から、変わらず、ずっと。


 彼にとって自分はどこまでも庇護対象で、それ以上になったことは一度もない。

 それはきっとこれからも変わらない。


「…………そんなの、ひどいですよ」


 ヒナタの口から、〈乖離カイリ〉には聞こえない程度の小さな絶望がこぼれ落ちた。



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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 次も楽しみにしています。 後で顔が腫れたイブキが見れそうですね
せんせーイブキ君がヒナタちゃん傷つけましたー
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