860.魔女の弟子と止まらぬ混沌
「バシレウスが!?」
「はい、どうやらデルセクトの国境を突破してアルクカースに入っていたようです」
それから、エリス達はネレイドさんの就任式を終えてさぁこれからマレウスに戻るぞ、とオライオンの一室で準備を進めていたところ。メグさんから唐突に入った連絡。
それは、エクス・ルナ・スキエンティスを率いる男の正体。それはあのバシレウスだったと言うのだ。
「アーデルトラウトさん達は大丈夫なのか!?」
「アーデルトラウト将軍もゴッドローブ将軍も生きています。ですが軍の被害は甚大、デルセクトもかなり痛手を負ったようです」
「な、なんと。なんでいつもデルセクトばかりこんな目に」
一応、アーデルトラウトさん達は生きている。しかしそれでも瀕死の重症、二人の将軍が同時にかかって、バシレウスと戦い、そして敗れた。それはアド・アストラ全体に激震を走らせるに十分すぎる話だった。
「バシレウスが……将軍二人を」
帝都襲撃でルードヴィヒさんと戦っていた頃。一年くらい前か、その時はまだアーデルトラウトさんにボコボコにされていたようだが……この一年で将軍二人を相手に無傷で勝利してしまう程に強くなっていたようだ。
思えば、あいつもまたエリス達と同じ年代。そりゃ成長もするだろうが、何にしても伸び率が異常だ。なによりサイディリアルで会った時はエリス達はまとめてやられている。
あそこから更に強くなったと?いよいよ手がつけられないレベルにまで到達しようとしているのか。
「……バシレウスは今どこにいる」
「それが、何故かアルクカースに入った途端に進路を変えて退却。またデルセクトに入りマレウスを目指して進んでいるそうです」
「な、何をしに来たんだ……!?」
理解不能、戦争に参加するつもりだったのか?しかしアルクカースに入るなり撤退とは、本当にマジで何をしに来たんだ。相変わらず理解不能な奴だな。
「ともあれ、バシレウスはこちらから危害を加えない限り積極的に街を襲う気はないようです」
「人里に降りて来た動物か何かかよ、しかしバシレウスの奴マジでありえんくらい強くなってるな」
「怖いね、彼。前会った時でも今の私達より強かったのに、そこから更に強くなったなんて」
アマルトさんとネレイドさんが『ねー』と頷きあっているのを見て、心底そう思う。エリスも第三段階に至りバシレウスという男の強さを克明に感じ取れるようになった。
アイツは昔の時点で既に凄まじい強さだったが、その時点で明らかに未完成の力を振るっていたんだ。それが完成形に至れば……どうなるかなんて想像もつかない。
少なくとも、ルードヴィヒさんが引退し、ダアトと互角のアーデルトラウトさんまでも軽々と倒してしまうなら、今のバシレウスはマレフィカルム最強どころか人類最強とすら言えるだろう。
……奴もまたセフィラだ、進めばどこかで倒さなきゃいけないタイミングがやってくる。その時、果たしてエリス達は勝てるのか。
「……そうか、バシレウスは立ち去ったか」
そんな中、ラグナは部屋のソファに座りながら空を見て。
「どんな奴か、顔を拝んでおきたかったんだがな」
「え?ラグナってバシレウスと会った事ありませんでしたっけ?」
「いや、一度もない。バシレウスのそっくりさんなら見たことあるから顔は分かるが、会ったことはないな」
そういえば一度も会ってないか、本当に間が悪くバシレウスとの邂逅を逃しているんだ。まぁあんなの会わないに越したことはないんだが、それでもなんだか意外だな。
「なぁ、バシレウスってどんな奴だ?」
ラグナに聞かれてエリス達はみんな顔を合わせる。どんな奴だと聞かれても……別に親しく話をしたわけじゃないしなぁ。
「あれだな、暴力と横暴が人の形になったみたいな奴だ」
「あれが同じ種族とは思えない、多分人間じゃないぞ」
「人の心を持ち合わせていない残虐無比な地獄の怪物でございます」
アマルトさんは頭の上に指で角を作り、メルクさんは肩をすくめ、メグさんは憎悪混じりに憎々しげに語る。まぁ間違っちゃいないな、しかしラグナは首を傾げ。
「エリス、お前もそう思うか?」
「え?ええ、まぁ。あながち間違いでもないかと」
「うーん、みんながそういうならそういう奴なのかもな」
実際バシレウスは乱暴だし、人間とは思えない振る舞いをするし、路地裏でドブネズミの踊り食いをするし、そういうイメージはエリスにもある。そう伝えるとラグナは納得しかけるが……。
「ただ乱暴なだけの人が、あそこまで強くなれるかな」
「む」
声を上げるのは、先ほど教皇に就任したネレイドさんだ。教皇用のドレスから着替えいつもの頑丈なシスター服に着替えた彼女はちょっとだけ首を傾げてそういうのだ。
「力は意志を伴うもの、意志なき力が頂点に登れる程、世界は甘くないと思う。もしかしたら彼にも彼なりに背負うものがあるとかもしれない」
「背負うものか、まぁ確かにそう言われればそうかもしれないが」
「いやいやネレイド、そりゃあねぇだろ。お前だってアイツと戦ったろ?ありゃあ人を殴ることに快感覚えるタイプだ。第一背負うって何を背負うんだよ」
「さぁ、知らない」
「お、お前なぁ」
ガックリと肩を落とすアマルトさん、しかし割とラグナは本気で聞いているらしくコクコクと頷いている。なににせよ、バシレウスは今世界の頂点に上り詰めた、エリス達は彼に先を越された形になったわけだ。
……どうしよう、そういえば彼エリスの事を好きだとか嫁にするとか言ってたけど、まだ諦めてないのかな。だったら困る、エリスはもう婚約者だ。今更迫られても答えられない。
「ま、なににしてもあの野郎も今回は俺達に手出しをする気はないようだ。どの道セフィラとは全員ケリをつける、その過程で野郎の顔も拝めるだろう」
「俺はもう見たくないけどな」
「悪いが、私もだ」
「私は一発喰らわせたいです、将軍の仇です」
マレウスであとやる事と言えばマレフィカルム本部を叩くことだけ、タイムリミットは残り二週間。それまでの間になんとか出来ればそれでいい。
その二週間の間に、バシレウスはエリス達の前に現れるだろうか。なんとなくだが現れる気がする、今マレフィカルムが抱える最高戦力はバシレウスなのだから。確実に出撃してくる。
その時、エリス達の力がどれだけアイツに通用するか。それがネックになりそうだ。
「さて、じゃあそろそろマレウスに行くか、ってデティは?」
ラグナが立ち上がり、周囲を見回す。この場には魔女の弟子全員が集まっている……わけではなく、デティがいない。さっきまで一緒にいたのだが、出発の準備を始めた頃からいないのだ。
「今回出撃してくれたヴォルフガングさんにお礼を言いに行くと言っていましたよ」
「え!?このタイミングで!?全部終わってからでいいじゃん……」
「そう言わないでくださいよラグナ、デティもヴォルフガングさんへのお礼が終わったらすぐに合流すると言っていましたし、先にマレウスに行ってましょう」
「まぁ、そうだな。つってもどこに行くか……タロスは期待外れだったし、また一から探すにしても時間がねぇし、この際どっかに当たりをつけておいた方がいいかもしれないな」
ラグナは腕を組み唸ってしまう。本命だったタロスにはもう本部はないようだ、つまりまた一から探さなきゃいけない、だが実際どこを探したらいいか皆目見当もつかず、全員が首を捻る……が。
「ラグナ、実はエリス……本部のある場所がわかったかもしれません」
「え?マジで?」
「はい、ですがその前に……サイディリアルに寄ってもいいですか?」
「サイディリアル?なんで?そこにあるの?」
「いえ、本部に行ってそこでの戦いが終わったら、それはつまりこの旅が終わるってことでしょう?きっと、もうマレウスに行く機会もなくなる。だからその前に……ステュクスに会いに行きたいんです」
「ああ……」
エリスはこの旅が終わったらアルクカースの王妃になる、正式な立場を得る以上昔みたいに易々と他の国にはいけないかもしれない。ラグナはエリスを縛るつもりがなくても、今のマレウスと魔女大国の関係は悪いし、そこに王妃がぴょこぴょこ歩いて行くわけにもいかないでしょう?だから次に会えるのがいつになるか分からない。
なら、その前に弟に会っておきたい。
「そうだな、レギナにも世話になったし、最後にサイディリアルに立ち寄っておくのもいいかもしれない」
「サイディリアルになら直通の時界門を開けます。早速参りますか?」
「はい!」
最初はどうなることかと思ったマレウスでの旅だが、それもようやく終わる。三年という期限をたっぷり使い、マレウスでの旅を行って来たが……色々終点が近づいているのだ。
その感傷に浸りたいところではあるが、その前にまずはマレウスでお世話になった人達に挨拶だ。
ステュクス、レギナちゃん、エクスヴォートさん。マレウスにはお世話になった人が多い。本当はモースさんやジャックさん、テルモテルス寺院の皆さんやウルサマヨリの皆さんにも挨拶したいところですが……そんな暇はないでしょうしね。
故に、一番会いたい彼に会いに行く。
「よし、じゃあ行くぞ。次に魔女大国に戻ってくる時はガオケレナを倒し世界を守ったあとだ!気合い入れていくぜ!みんな!!」
『応!!!』
全員で拳を掲げ、号令を共にする。これが最後のマレウスでの旅。エリス達にとって……或いは最後の旅。
最後の旅だからこそ、最後までやり抜こう。そうエリス達は心に決めて……みんなでサイディリアル行きの時界門を潜り──────。
そして。
「え?」
エリス達は見る、サイディリアルの大通りであるプリンケプス大通りに降り立ったエリス達は、そこに立ち……呆然と見る。
黒煙が上がり、あちこちが破壊されたネビュラマキュラ城を、そう……つまり。
「またなんかあったのかよ!!!」
ラグナは頭を抱える、クロノスタシスでの一件を終え、続け様にやって来たゴルゴネイオンを倒し、それが終わったら……また何か事件が起こっている。
一難去ってまた一難。一体、ネビュラマキュラ城でなにが起きていると言うのか。
なににしても、まだエリス達の戦いは終わりそうにないな……。
……………………………………
「やられましたねー、いやぁ強い強い」
「もう〜、あんたどこ行ってたの〜、私とコクマーでめっちゃ頑張ったのに。ねぇコクマー!」
「話しかけるな」
「はぁ」
四人で並んでアルクカースの荒野を歩く、此度の戦争で可能な限りの努力をして、可能な限り戦い尽くしたが、やはりどうにもならなかったと割り切る四人。それは……。
「八大同盟壊滅ですか、マレフィカルム始まって以来の大損害です」
『王冠』のケテル……別名プリンケプス・ネビュラマキュラはアジメクからここまで飛んできて、他のセフィラ全員を救出し戦場から離脱したのだ。
「もうこんな事態になったら八大同盟とかどうでもいいんじゃない?」
『栄光』のホド……本名はユースティティア・クレスケンスルーナ。彼女はメルクリウスに敗北し気絶していたところをケテルに助けられ、今に至る。傷はすっかり回復し、いつも通りのヘラヘラ顔に戻っている。
「チッ、ルードヴィヒめ、あと少しでメグを地獄に落とせたのに」
『知恵』のコクマー……本名はゲマトリア・ソフィート。彼女もまたケテルと合流し傷ついたウィリアムの体を動かして爪を噛む。メグという因縁の相手に引導を渡せなかったことを悔やむようにイライラと歯軋りをする。
そして。
「もう魔蝕は近いですし、八大同盟があろうがなかろうがというところではあります。彼らは所詮統括役、シリウス様が復活すればどの道無用の長物になる予定でしたので」
『知識』のダアト……本名は────。彼女はエリスと別れたあとしれっと三人に合流、三人もダアトが何をしていたかなんとなく察しているので特に何も聞かず、四人の帰路がこうして完成した形になる。
「なににせよ、負けは負け。悔しいですねぇ」
今回の戦争はマレフィカルム側の敗北で終わった。大敗北だ、まさかここまで大敗に終わると思っていなかった。というのも、全ては。
「魔女の弟子、思ったより大きくなっていましたね」
そうケテルが口にすれば……全員が殺気立つ。
「メルクリウス、まさか私を倒すほど強くなるとは、ククク」
「メグ・ジャバウォック。恵まれたあの女の全てが憎い」
「エリスさん……ふふ」
(こいつら全員魔女の弟子に当てられてますね、若いというかなんというか。それともアレですかね、これが女ってやつですかねぇ〜)
分からない分からないと首を振る。魔女の弟子は想定していたよりも強くなっていた、全員が対セフィラ戦に凄まじい執念を燃やしており、はっきり言って思いの外苦戦した。というのがケテルの率直な感想。
(八大同盟が完全に彼らの養分になりましたね。それもこれもイノケンティウスのせいですよ、アイツが率先して魔女の弟子を殺しにかからないから)
ポケットに手を突っ込んだケテルは物思いに耽る。今の事態は最悪の事態だが危機感はない。どうあれ魔女の弟子を止められるつもりでいるからだ。それは五百年生きた油断ではなく、彼自身の実力の高さから来る自負である。
「彼女達は、もうすぐ本部に来ますよ」
そんな中、ダアトが口を開く。もうすぐ奴らが我々の本部に……。
「まぁ、でしょうね。我々としてもあと少しで重要な日がやってきます」
「シリウス様の復活、これを遂行したい私達と阻止したいエリスさん達で衝突が起こるのは、目に見えています」
「面白くなりそうですねぇ」
ケテルはクツクツと笑う、恐怖はない、焦りもない、あるのは享楽のみ。結局自分が勝つと楽観視しているつもりはない、ただ上手くいくもいかないも未来の自分の行い次第なのだから、今からヤキモキしても仕方ないと割り切っているのだ。
割り切って、楽しむ。それこそがケテルという男のあり方だ。
(面白くなりそう、か)
しかしそんなケテルの笑みとは正反対の顔を見せるのは……ダアトだ。
(決着が近い、エリスさん。貴方の言った通り次で私達は決着になります、それは貴方が望むとも望まずともそうなる予定だったのです、最初から)
次の戦いでシリウスが蘇ればそれでよし。ダアトに与えられた役割は成し遂げられる。しかしもし成し遂げられないなら、成し遂げられないなら。
─────大いなる厄災が起こる。
(エリスさん、もし貴方がマレフィカルムを打倒すればその瞬間、新たな大いなる厄災を止める手立てはなくなります。今回起こった戦争なんて比較にならないほど巨大で果てしない戦乱の世がやってくるんですよ)
とはいえ、シリウスが蘇ったら大いなる厄災どころか、厄災の原液が降りかかるのだから止めないわけにはいかないのは分かる。しかしどうあれ厄災が地を覆う日は近くなっている。
全てはメトシェラ……始原王リーヴ・メトシェラが望むがままになるだろう。彼の真意が地を撫でるか、エリスさんの意地が地を駆けるか。
どうなるんでしょうね……って。
「そういえばレナトゥスさんとマクスウェルさんは結局どこに行ったんでしょうか?」
「む……」
ふと、ホドの呟きを聞いて私は顔を歪める。そういえばレナトゥスさんはどこへ行ったのか?レナトゥスさんが離脱したのはエリスさんに由来する事象だから逃避先が見えないんですよね。
変なことになっていなければいいが。
…………………………………………………
私は逃げなければならない、生き延びなくてはならない。マクスウェルを犠牲にした、彼を置き去りにした、何よりも大事な同志を置き去りにしたのだから私は是が非でも生き延びなくてはならない。
必ず、マレウスに戻り、マレウス王国軍を援軍として連れてきてやる。そう考えて単独でアルクカースの大地を踏破して国境付近までやってきた、あと少しでデルセクト……と言うところで、私は。
「はぁ、はぁ、くぅ……」
私……レナトゥス・メテオロリティスは今膝から崩れ落ち、アルクカース国境付近の大地にて膝をついていた。
旅の疲れから倒れたわけではない、私の体はそんなに弱くない、なら何故倒れているか……それは。
「クヒヒ……今どんな気分?マレウス宰相さん」
「ッ!なんなんだお前は」
そこに立っているのは、ズタボロの軍服を着て立つ女。緑の髪を揺らすメガネのその姿、私の記憶が正しければ、この特徴に合致する人間は一人しかいないはずだ。
「お前は、リーシャ・セイレーンだろ!お前は死んでいるはずだ!!」
「クヒヒ、かもね」
リーシャ・セイレーン。そいつが突然現れたのだ、最初は帝国軍だと思い攻撃を仕掛けたが……この私が、通じなかった。第三段階の私がまるで赤子の手を捻るようにやられた。
圧倒的な力、だが私の記憶が正しければこいつはリーシャ・セイレーン。アルカナ戦で戦死したはずの女、何故そいつが今ここにいる?そもそもこいつは第二段階にも入っていなかったはず。
まさか、コクマーのように死体に入って体を動かすタイプの存在がまだ別にいたのか?いや、だとしても……じゃあこいつは誰なんだ!?魔女大国側の人間!?マレフィカルムじゃないのは確かだ!
「しかし、まさかァこんなところでマレウスの宰相様を見つけるとは、運がいい。とはいえ流石にぶっ殺しちまったらダアトちゃんに怒られちゃいそうだしなぁ」
「ダアト……お前、ダアトの知り合いか?」
「ンフフフ、さぁて。どうでしょうか」
リーシャは私から視線を外し、地平の彼方を見遣る。舌をペロリと出して下品な笑みを作る彼女は最早私にすら興味がないと言った様子。
「本当は、イノケンティウスの死体が手に入ればと思ったがぁ。ちょいと間が悪いか、けどリスク犯して魔女大国まで来てやっぱり何も手に入りませんでしたってのも面白くない話だし」
「ッ……」
「ああ、安心しろよ。あんたの死体はいらないから。魔蝕の影響で体が脆すぎる……けどさ」
そうするとリーシャは座り込み、私の顔をしっかりの覗き込むと、牙が覗くその口元を歪ませ、私の首を掴む。
「ぐっ!?」
「この顔見られて生かして返すわけにもいかない」
「や、やめろ……!」
まずい、殺される。それが直感で理解出来た、この女は私を殺す気だ、目が殺意にしか満ちていない。純粋な殺意、同じ人間がこれほどの害意を放てるものなのか。
ダメだ、ここで死ぬわけにはいかない。私にはまだマクスウェルとの約束が……。
「こっちとしてもね、なんの収穫もなしってわけにはいかないのよ。で、イノケンティウスの穴を埋めるならセフィラはいい材料な訳」
「ぐっ……」
「だけどもし、こっちの頼みを聞いてくれるなら。殺さないでおいてもいい」
私は咄嗟に首を縦に振り、受け入れる事を告げる。何をさせられるか分からないが死ぬわけにはいかないから。
次の瞬間、首から手が離され私は解放され……大きく咳き込むことになる。
「ゲホッゲホッ!」
「じゃあ契約ね、お願いは単純。……持ってきて欲しい体がある、簡単に言えば私が今から言う奴をなるべく肉体を損傷させずにぶっ殺せって話」
「な、何故だ、何故そこまで死体を欲する。そもそも……お前は何者なんだ!」
「んん?まぁ協力してくれるなら言ってもいいか」
そうして彼女は首を傾げつつも、舌を出し……その目を見開きながらこう言うのだ。
「ワタシは『死蝗大公』。よろしくね、レナトゥスちゃん。くれぐれもダアトには内緒で頼むよ」
死蝗大公と名乗る彼女はそう言って、私に一つの頼みをする。
それは……とある人物を殺し、その死体を持ってくると言う話。
そう、殺しの依頼だった。
…………………………………………………
「ふむ……」
戦争が終わり、ヴォルフガングは帝国へと帰還した。再び生産エリアの一角に作られた自身の研究所にやってくるなり、シワだらけの手で椅子を引き、部屋の中心へと持っていく。
此度の戦争は無事こちら側に傾くことになった。これは幸いであり、現状求められる最低限の結果となった。
私が出撃しなければならない程に追い込まれるのは意外だったが、これもまた『あのお方』の御意志ならば、従うより他ない。
「ヴォルフガング」
「おや、もう来られたのですか?」
ふと、生産エリアの向こうからゆっくりとこちらに歩み寄ってくる影を見て、ヴォルフガングは首を垂れる。早速来たようだ、彼女が。
今の私は皇帝陛下の意思で動いているわけではない、彼女の意思を聞き、世界の為に秘密裏に動いている。彼女こそ、此度私の出撃を決定し、あらかじめ準備をしておくよう言っていた存在。
そう、彼女の名は……。
「お疲れでしょう、デティフローア様」
「…………」
私の言葉を無視して、部屋の中心に座るのは魔術導皇デティフローア……いや、この言い方ではやや語弊があるか。
このデティフローアは皆のよく知るデティフローアではない。彼女の魂の中にあるもう一つの人格、未来から来たデティフローアである。
「なんとかなったよ、ヴォルフガング。必要なフラグは全部踏めたし、私も必要な極・魔力覚醒を手に入れることができた」
魔術導皇デティフローア・クリサンセマムは一人ではない。二人いる、彼女の体の中に二人いる。それこそが未来から来たデティフローア。
未来にて、デティフローアは過去へと戻る術を完成させる。治癒魔術の極致である肉体の遡行をさらに極めて、肉体を基点に魂を二十年三十年前に戻す絶技。これを用いて彼女はこの時代にやってきたのだ。
そして、同時に彼女はこれを繰り返している。彼女はこれをループと呼び、まるで時間を輪のように行き来して幾度となく世界を旅しているのだ。私が聞き及んだ限りでは数百回、生きた年数だけで見るなら魔女様にも匹敵する膨大な年月をループしているのだ。
故に彼女はこの世界で起こること全てを熟知している。なにをしたらなにが起こるかも含めて、幾重にも枝分かれする世界の隅々まで知り得ている。
……そんな彼女の意思を聞いて、私は彼女に協力している。世界で唯一未来から来たデティフローアの存在を知る人間として。
「これは、貴方の望む結果になりましたかな?デティフローア様」
「貴方が来てくれたおかげでね」
「この戦争の結末も、全て貴方は分かっていたのですか?」
「うん、勝った場合負けた場合に留まらずどう勝つかどう負けるかも含めてね。けどそれを一々君に説明しても意味はないでしょう、今回私はその話をしに来たわけじゃないから」
デティフローアが私の前に現れたのは随分前だ、それこそエリスが旅に出始めた頃。私に手紙を送ってきた。
その時のデティフローアの話から推察するに。どうやら今この時代で自らの正体を明かしても問題ない数少ない人間の一人が自分のようだ。
他はトラヴィス君とコルスコルピのリリアーナ・チモカリスという魔術師のみ。トラヴィス君は死ぬようだしリリアーナでは実力不足という事で私が選ばれたようだ。
その話を聞き、それが事実であると突き止めた私は……研究者としての血が疼いた。今のデティフローアは魔術と言う分野を極限まで磨き抜き、魔道の最果てを見た人間だ。彼女に協力しなにを成し遂げるかを見てみたかったという気持ちが湧いたのだ。
それを言ったら彼女には『君はナヴァグラハと同じタイプの人間だね』と言われてしまった。
ともあれ、私は彼女と共に行動している。彼女の言葉を聞き行動している。彼女は既に星の想定していない地点に立っているという事もあり、彼女の意思によって動いている間私は識確で認知されずに動くことが出来る。
即ち、彼女の存在は識確でも見ることが敵わない。まさしく、知識を超越した先にいる絶対者の一人と言えるだろう。
「くたびれた」
「此度の戦いで得られた成果は」
「さっきも言ったように、私とラグナの極・魔力覚醒の成長。他はみんなに戦闘経験値を割り振れた感じかな、ある程度完成形に近づけたと思う」
「これなら、セフィラにも勝てると?」
「そこはぶっちゃけどうでもいい、そもそもセフィラはどうあれ打倒しなくてはならない存在、アレを倒せないようじゃ先はない」
そう呆気なく語るデティフローアに私はそうですかとしか答えられない。倒せるかどうかではなく、セフィラは倒さなければならない。そうでなければ未来は生まれないと。
ならば今、彼女が見据えている先はどこなのか。
「では、私はどう動くべきですか?デティフローア様」
「……手紙を出したい」
「手紙?」
「私名義じゃ最悪警戒されて話を聞いてもらえないかもしれない。だから貴方名義で出して」
「………ええ、構いませんよ」
ただそれだけの為に来たのか、そう思いもするがデティフローアの顔を見るとなんとも不安そうな顔だ、恐らくだが彼女は今数百回のループの中で一度として行わなかった事をやろうとしている。即ち、ここから先は彼女が知る未来とはまた別の未来へと突き進むことになる……か。
「であるならば」
私は本棚に近づき、その奥にしまっておいた一冊の本を取り出し、デティフローアに見せる。
「それは……」
「これはもう必要ありませんね」
それは私とデティフローアが一番最初に接触した時もらった『予言の書』という名の分厚い本。それは彼女が今まで行ったループの仔細が書き込まれており、ある種未来に起こり得る出来事を全て記しているとも言える。
この予言の書は全て読み込んでいる。そこから言わせてもらうならデティフローアは三つのポイントを設置しており、そのポイントまでにどれだけ魔女の弟子達が強くなれているかを重要視していると言える。
一つ目は魔女レグルスがシリウスに乗っ取られる事件。状況から考えるにこれは最も面倒なポイントと言える。後半戦までデティフローアは介入出来ず、エリスの行動に全てが左右される。もしエリスがどこかで倒れた場合皇帝陛下が魔女レグルスを殺し、そのループ全体に大きな影を落とすことになる。
単純に魔女レグルスと言う大戦力がいなくなるだけでなく、エリスとラグナが理想値まで成長出来なくなる。最悪の場合ラグナが『英雄』ではなく星の魂を受け入れない『暴君』に変じてしまう可能性がある。
デティフローアは最初のループでこれを引いて、最悪の事態になった為可能な限り回避したいと記している。
二つ目のポイント。それは『マレフィカルム後半戦』、即ち三大組織とセフィロトとの戦い。クロノスタシスやゴルゴネイオンとの戦いはそのループ全体に大きな影響を与える戦いだが、まだリカバリーは効く。
しかし、次からの戦いは敗北=ループ終了となる綱渡りのような戦いが続く。故にデティフローアは勝つしかないと言っているのだろう。
そして……三つ目は。更に先、ここに関してはわからないことだらけだが。
内容は神塔に登るリーヴ・メトシェラの目的の阻止。リーヴとは何者なのか、これを阻止出来ないとどうなるか、そこに関して記述がないから分からないが時系列から考えるに先のことなのだろう。
「そうね、燃やしておいて。他の人間に見られると面倒だから」
「ふむ、ではその前にリーヴ・メトシェラとは何者か伺っても?」
「その名前を口にしないで」
バチッと音を立てて私の手がデティフローアの魔力に弾かれる。どうやら、聞かれたくないことだったようだ。
「私は貴方に全てを教える気がないと言ったはず。言われた通りに動いてくれればそれでいい」
「御意に」
「……ふぅ、さて。これでいいかな、イノケンティウスの仲間フラグを捨ててラグナの成長を早めた、あとは奴との決戦までにどれだけみんなが成長出来るかだけか……」
デティフローアは再び考えに耽る。その隙に私は再び本を開き中を見る、既に内容は把握しているが……。
(これについて聞くことは出来そうにないな)
その予言の書、その大部分はある程度把握出来るものになっていたが。本の最後、そこは殆どインクで塗り潰されており把握出来ない部分がある。めちゃくちゃにペンを走らせ塗りつぶされたページの中。
恨みと、怒りと、屈辱と、憎悪を込めて書き殴られた文字達がある。
『始原王』『血濡れの武皇』『星々を降す神王』『龍刃の猛火』『剣聖』
『知識の遊星』『魔人勇者』『死蝗大公』『栄光の神人』『葡萄月の将軍』
合計十の言葉。それが意味するところを知りたかった、しかし。
(それもまた、意味なき事か)
本を閉じ、魔術で燃やし尽くす。ここでどう考えても、世界の命運は決まっている、世界の流れは決まっている。ならばいずれ分かること。
(世界の命運を握るのは魔女の弟子達、私に出来るのはそれをただただ傍観することのみか)
ある意味でイノケンティウスの目的は果たされた。時代は巡る、あるいはこの戦いを契機に世界の継承は成し遂げられたのだ。
ここより先は、新たな大いなる厄災。そしてその中心で相対することになるのは。
継承者達なのだ─────。
………………………………………………………………
そして、今。時代を揺るがす事象が一つ巻き起ころうとしている。
「お、お前ら……なんたんだよ」
傷だらけになり、倒れ伏すのは……ステュクス・ディスパテル。ネビュラマキュラ王城の入り口で持ち堪えていた彼は、その力が一切通用することなく大地に倒れ伏していた。
「ご挨拶は済ませたつもりですが」
コツコツと音を立ててやってくるのは、五つの足音、五つの厄災、五つの禁忌。
「我々はマレウス・マレフィカルムに手を貸す組織。名を『五凶獣』」
その中心に立つのは赤黒い髪に赤黒いドレスを着た女。かつて大冒険祭の折に城へと踏み込みレギナ・ネビュラマキュラの暗殺を企てた下手人の一人。
その時名乗っていた名はラニカ、されどその真の名は。
「そして私はその纏め役をさせていただいております。テラ・マガラニカにございます」
その名も五大魔獣が一角、『深界龍星』テラ・マガラニカ。接触し怒りを買うことすら禁忌とされる天体最強種と呼ばれる五匹の魔獣の一角。島よりも巨大な体を持つはずの彼女が今、人の姿を取りにこやかに笑みを浮かべる。
「マガラニカァッ!なんでその人間の言葉に応えてんだ?殺せばいいだろ、人間って頭を潰したら死ぬんだろ?じゃあ潰しちまおうぜ」
「そう言う問題ではありませんよトリエステ」
ドスンと音を立ててその背後にて動くのは3mを越す異常な巨躯を持つ青髪の女。コートを胸に巻き、ズボンを腰巻きにする異様な姿をしたその女の名は『黒帝巨鯨』トリエステ。観測史上最も巨大とされる体躯を持つ鯨型の魔獣である。
それが、朝黒い肌を陽に照らしニタリと笑う。
「そもそも、纏め役って言い方自体。あんまり好きじゃあねぇな、俺はさ」
「カーマンライン……今そう言うこと言いますか?」
手櫛で軽く髪型を整える男が呟く。ポンパドゥールスタイルのリーゼント、目元には女用のアイシャドウ、腕にはストッキング、皮のコートにスカートを履いた異常極まる出立ちの彼の名は『空世鳳王』カーマンライン。星と空の境目を飛ぶとされる伝説の巨鳥を名乗る彼はステュクスをマジマジと見て小さく首を傾げている。
テラ・マガラニカ、トリエステ、カーマンライン、伝説級の魔獣が揃い踏み突然城に踏み入ろうとしてきたのだ。勿論ステュクス達は抵抗した、がそもそも抵抗にすらならなかったのが現実。
奴らは悠然と歩き、その全ての攻撃を無抵抗で受けてなお止まらず、平然と城の前までやってきたのだ。
(強えなんてレベルじゃない……今まで見てきた奴らとは別次元だ)
ステュクスとて強者は山ほど見てきた、しかしそれらがあくまで人の範疇に留まっていた事を今思い知る。ここにいるのは人類の範疇から外れた怪物達、人間にはどうにも出来ないから放置するしかなかった……生ける厄災達なのだ。
これが五凶獣、構成員たったの五人でクロノスタシスもゴルゴネイオンも押さえマレウス・マレフィカルム最強の組織と呼ばれる存在。
(こりゃ、ダメかもしれん)
そうステュクスが絶望した、その時だった。
「おいおい、オイオイオイ、おいおいおいおいおい!!」
「ッ!?」
「お前さぁ、あれだろ?エリスの弟だろ?弱いなぁ〜、この程度?ありえないんだけどぉ」
そう言いながらマガラニカ達の背後から走って現れたのは、もう一人の五凶獣。マガラニカ達が一人として抵抗しなかったのに対して、こいつだけは反撃をしてきた。こいつだけが人類に対して明確な敵意を持って攻撃をしてきた。
つまり、こいつはたった一人で侵攻を止めようとするマレウス軍を蹴散らしたのだ。その姿は……。
「お、お前。なんで姉貴に顔がそっくりなんだよ」
「ああ、そっくりに出来てる?そりゃあ結構……僕はアクロマティック、エリスの口から聞いたことは?」
その顔はエリスにそっくりなのだ。エリスによくに顔、その上でエリスが着用していない丸メガネをかけ、コートを着込み、ズボンをしている。だがその全てが模倣であると分かるほどところどころが違う。
明確な意図を持って真似をした姿。その名も『変幻無編』アクロマティック……地上最強のスライムである。
「あ、アクロマティック……聞いたことない」
「え?そう、じゃあ『悪魔』のアインは?流石に魔女の弟子の誰かから聞いてるでしょ」
「…………」
「してないの?僕の話、参ったな。忘れちゃったのかな、やっぱり十年は人にとって長い時だったんじゃないかなぁ」
彼は、かつてディオスクロア大学園でエリス達と戦ったアルカナの一人『悪魔』のアイン。今から丁度十年前にエリス達と戦い敗れた存在。それがエリスとの約束を守る為再び地上に現れたのだが……。
アクロマティックは失念していた、エリスは別にアインとだけ戦ったわけではないことを。それ以降大きな敵と戦ったり大きな出来事がありすぎたせいで彼の事件がエリスの中で別に大きく亡くなっていることに。だが彼は唇を尖らせ。
「まぁいいや、忘れたならまた思い出させてやりゃあいいだけだしさ」
「ッ!?」
「僕さぁ!エリスと約束したんだよねぇ!今度はエリスの友人知人全員の体をバラバラにして、末端から融解する様をあいつに見せてやるってさぁ!弟なんてまさしくお誂えじゃあないのさぁ!」
アクロマティックの指先が変形し刃になる。形を持たぬアクロマティックの体は如何なる攻撃も可能にし、如何なる攻撃も無効化する。それが今ステュクスに牙を剥き……。
「待って、アクロマティック」
「あ!?」
しかし、即座に飛んできた腕がアクロマティックの腕をベキリとへし折り上に向け、同時にアクロマティックの指が伸び天井を、城を貫通し天高く伸びる。邪魔が入らなければ今のが脳天を穿っていた事実にステュクスは青ざめる。
(た、助かった?)
しかしそうならなかった、アクロマティックの隣に立った存在がステュクスを殺すのを防いだのだ、それは……。
(うぇっ!?)
その姿を見た時、ステュクスは青ざめた。なんせ、腰まで伸びる緑の髪、蒼瞳を持ったあまりにも美しい女性がそこにいたから。しかし、彼が驚いたのはその美貌に対してではない、その……顔だ。
(し、シリウスそっくりだ……)
そこに立つ女は、女の顔は、かつて見たシリウスの顔にそっくりだったからだ。そしてその女はステュクスに見向きもせず……。
「何すんだよ!ソティス!!」
「言ったはず、今日私達はこの地に殺しを行うために来たわけではない……」
ソティス、そう呼ばれた彼女はステュクスに向け笑みを浮かべる。
「大丈夫ですか、勇敢な人類」
「は、え、はい」
「貴方のように勇敢な人類が世界を守っているのですね、私は感銘を受けました」
そう言って片手でステュクスを引き起こし、彼女は静かに頭を下げる。
「失礼しました、私は五凶獣のリーダー。『終夜極天』のソティス……ティーちゃんとお呼びください」
「てぃ、ティーちゃん……」
『終夜極天』のソティス。それは存在そのものが幻とされた五凶獣最後の一体にして、そのリーダーとも言える存在。或いは魔獣王の正統後継者、或いは史上最強のゴブリンでもある彼女はあまりにも人そのものとも言える姿で、ステュクスを立たせその肩についた砂埃を優しく払う。
(は、話が通じるのか?)
他の四体とは異なり、友好的なソティスの対応に若干警戒するステュクス。対するソティスは警戒心すら見せず。
「マガラニカ、ちょっと乱暴すぎたかもしれませんね」
「申し訳ありません、ソティス様が成体になられて……我々も張り切りすぎました」
「せ、成体……?」
「ふふ、お恥ずかしい話。私この間まで赤ちゃんだったんです、人間も赤ちゃんから大人になるでしょう?私もそうなんです、赤ちゃんから大人に進化したんですよ」
クスクスと笑うソティスに変な不気味さを感じる、どう言う不気味さかは形容できないが、それでもいいしれない何かが腹の底を撫でる。
だが、何にしてもステュクスの対応は変わらない。
「な、なぁ、あんた達何しに来たんだよ。奥にはこの国の女王がいるんだ、これ以上先に行かせるわけにはいかない、なにより……聞いた話によるとそこにいるマガラニカはうちの女王を暗殺しようとしたそうじゃないか。通すわけにはいかないよ」
「あら、そんな事を。マガラニカ〜?」
「も、申し訳ありません、要らぬ気を利かせて……」
「へっ、怒られてやんの」
「ソティスに言われちゃあ形無しだなぁマガラニカ!」
ソティスの眼光にビビるマガラニカ、他の魔獣も逆らう素振りすら見せない。異様、異質、異常、そんな言葉ばかり羅列される。何が起きているのか分からない、そんな顔で混乱するステュクスを見てソティスはウインクをして。
「申し訳ありません、ですが私達は別に貴方達に対して攻撃を仕掛けるつもりはありません、マガラニカが勝手にやっただけで私は人類の皆さんに対して敵意は持っていないんですよ」
「そ、そうなの?まぁ確かに、そこの姉貴もどき以外は攻撃も仕掛けてきてないな」
「そうそう、ただ私はご挨拶に来ただけなんです。この国の女王を人類の代表と見込んで……感謝と労いを」
「感謝?労い?」
ソティスは胸元に手を当て、ゆっくりと顔を上げ満面の笑みを見せ。
「はい、今日まで世界をここまで反映させてきたのは人類の功績です。素晴らしい成果です、なのでそのことに対して感謝を。そして八千年間弛まぬ努力を続けてきたことへの労いです」
「べ、別にぜんぶ俺たちがやってきたことじゃないし、それで俺たちに感謝されてもって感じがするし」
「あら、そうなんですか?私、何か間違えてしまったでしょうか。どうしましょうマガラニカ」
なんか、毒気を抜かれる。そんな感想を抱くステュクスは頭を掻く。とりあえず本当に敵意はなさそうだ、実際ソティスの目からはそう言うよからぬ感情を感じない、本当に人類に対して感謝と労いを述べたいだけって感じだ。
なら、或いはこのまま平和的に終わらせられるか……そう考えた、その時。
「まぁ、何にしても。皆さんの苦労は強く理解しています、なのでここからは私達にお任せください」
「お任せ……?何を?」
「はい、『ヒト』としての役目を我々が請け負うのです。つまり、今の人類のいる立場と魔獣の立場を入れ替える、交代ですね」
「……は?」
ニィ〜とソティスの笑みが変わる、いや違う、変わってない。変わったのは見え方、今の今までステュクスはソティスを美しい女性として見てきたが、その口ぶりとその気配から……ようやく正しくその姿を認識できたのだ。
「ですから、魔獣が人類の代わりに繁栄するんです。人類は森とか山とかに行っていただいて、そこで自由に暮らしてください。もう街を繁栄させたり、権力争いをする必要はないんです」
「ちょ、ちょっと待て……」
「世界の行く末とか、世界の未来とか、そう言う難しいことは我々が代わりにやりますから。なので貴方達は元の猿人の立場に戻って頂ければと、つまり選手交代ってやつですね」
それは、ソティスがそもそも魔獣である。と言うこと、ここにいるのは人に似ているだけの魔獣、自分達とは根本から違う存在達。人類ではない別の生命体なのだ。
そして、ソティスはその代表者。人ならざる者を統べる王……魔獣王。
「今日はその挨拶に来たんです、先代の人類に向け、次代の人類である私達からもう休んで良いと……そう伝えに来たんですよ」
(こいつら、味方じゃねぇ……)
「ですが、どうしてもそれを邪魔する、我々を害すると言うのであれば……駆除しなければなりません」
(こいつら、敵でもない)
「人類も、そうやってるでしょう?人里に降りてきた獣を殺処分する。いわゆる害獣駆除……ですね」
(こいつら、俺達人類の全てを奪うつもりだッ!!)
それは『人類』と言う定義を争う為、それは地上の覇者を揺るがす為、ヒトか魔獣か、どちらが人類に相応しいかを決める為の儀式。
今、魔獣による人類簒奪の一歩が行われているのだ。
「ですから、どうか。お利口にしてくださいね、勇敢な人類」
(あ、姉貴。これ、俺の手に負えねぇ……)
場を覆い尽くす程の威圧を放つ五人の怪物、いや五匹の魔獣。世界を統べるのはヒトか魔獣か、それを決めようとするソティス達を前にステュクスはただ……姉の到来を祈るであった。
……………………第二十二章 終




