832.魔女の弟子と決する戦い
凡人は言う、選ばれた人間だけが天上を目指せると。
凡人は言う、選ばれた人間だから強いのだと。
凡人は言う、選ばれた人間に選ばれない人間の気持ちは分からないと。
だが、私は言おう。それは全て言い訳であると。
極論、この世に天才はいないと私は思う。最初から何もかも出来る人間などいない、いたとしたらそれは人ではなく神の類だ。なら天才とはなにを指すか、それは努力をしない怠惰な人間が努力し続ける人間に対して向ける蔑称であり、そう言う言葉を宣う虫ケラを凡人と言う。
自分で言うのもなんだが、私は言う側ではなく言われてきた側だ。『マクスウェルは天才だ』『マクスウェルは天才なんだ』『天才のお前には分からない』と。
ずっとずっと、そう言われてきた。今も昔もずっと。
……マクスウェル・ヘレルベンサハル。またの名を『勝利』のネツァク。人は私を天才と呼ぶ、天才将軍と呼ぶ。天才だからその若さで将軍になったと、天才だからセフィラに選ばれたと。
アホらしい、全て私の努力で勝ち得たものなのに。
私はネビュラマキュラ元老院によって育てられた、彼等はマレウスという国を自由に操る為様々な人間を育成している。これはそのうちの一環、私はマレウス王国軍を統べる存在として育てられてきた。
勿論候補者は私だけじゃない。四百人近い将軍候補生達の中からただ一人を選ぶ。擬似的な蠱毒の壺を行い、毎日人が死ぬような特訓を繰り返し、五歳から十年間鍛え続ける。
そんな地獄の中で、私は頭ひとつ飛び抜けた評価を受けていた。
次期将軍はマクスウェルで決まりだ、他の候補者は将軍になることはないだろう。そんな声が当たり前のように聞こえて来るくらいには、私は他を圧倒していた。
他の候補者は私を天才だとやっかむこともあったし、中には私を殺そうとする者もいた。
だが、私は別に特別だったわけじゃない。ただ努力をしたのだ、努力だ。鍛え続けただけなのだ。
そう私が言うと他の候補者は決まってこう言う。
『努力なら自分達もしている』『血反吐を吐くまで頑張っている、なのに覆せないこの差は才能というしかない』と……違う。
違う違う、違うのだ。そもそも彼らと私の考える『努力』の定義が違う。
目標に向かって必死に、一心不乱に頑張る。時間を惜しまず、必死にやる。これを努力という……わけではない。
努力とは、結果を得る過程である。即ち、結果の出ない努力は努力ではなく徒労である。その頑張りの先に見据えているものはあるのか、今日一日行った特訓で得たものはあるのか、そこから逆算して時間を効率よく使う。結果が出なければそれは努力とは言えない。
だから私は考えて努力をした、効率よく結果が出るように努力をした。徒労をなるべく少なくし、努力になるよう努力した。
だから私は他を凌駕している、凌駕するよう動いたのだからこれは当然であり、出来なかったのなら私の行ってきた影の特訓は全て徒労になる。そこを理解していないから、彼等は結局将軍育成の特訓に最後までついてこれず、一人また一人と死んで行った。
私は死なない、私の人生を徒労にはしない。私は必ず最後まで生き残り、将軍として役目を全うする。それこそが私の選んだ『結果』であり、今を生きる『努力』であり───。
「君が、マクスウェルか?」
──────訂正する、天才はいる。
「私はレナトゥス・メテオロリティス。君の話は聞いている、未来の将軍……だろ?」
その日私は彼女と出会った。元老院保有の育成施設にて、将軍候補生の私は宰相候補生のレナトゥスと偶然出会った。私が夜遅くまで勉学に励み、さぁ帰ろうと廊下に出た時、彼女とばったり鉢合わせた。
将軍育成の修練場と宰相育成の教育場は同じ施設内にあるものの、場所が離れており普通は邂逅しないのだが。この日はなんの偶然か私達は邂逅した。
「ここには監視の目はないか……或いは、ふむ。どうだろう、マクスウェル。少し話さないか?」
彼女は私の手を引いて図書室に戻り、椅子を引いて私に座るように促した。私はただ言われるがままに彼女の前に座り、共に机を囲んだ。
興味があったからだ。レナトゥス・メテオロリティスの話は聞いている、ミトラースが最も期待する存在としてその名は轟いている。私が将軍になったら彼女と共に行動することになるし、ここは彼女という人間を見極める。
そしてもし、徒労に終わる者であったなら、その時は呑む……そう私が目を尖らせた瞬間。彼女は。
「君には将来の夢はあるか?」
「夢?」
そんな話をされた、てっきり彼女もまた私を試すものと思っていたから呆気に取られたんだ。将来の夢などあるわけがない、私は将軍になる為に生まれ育てられたのだから。将来はもう決まっている、そこに夢など……。
「私にはある。私が宰相になったらこの国を強い国にする、魔女大国の束縛からに 逃れ、完全に私の統制下に置き、そしてこの国を強いリーダーにするんだ、そう私にみたいな?」
……違った、彼女は宰相になった後の話をしていたんだ。宰相になることは前提と言わんばかりに。
「魔女大国を越えるには、あの膨大で強力な経済力を上回る必要がある。それはマレウス単独では不可能だ、必要なのは非魔女国家の連携。外文明も巻き込んで巨大な経済圏を作り上げ、そのリーダーの座にマレウスが就く。この構図が必要なんだ」
「…………」
私はこの時完全に己が誤っていた事を思い知った。私は将軍になる事を前提として捉えながら、将軍になった後のビジョンを思い描いていなかった。ただ今の努力に囚われていた。
努力して何かを得る、そこで思考が止まっていた私は、努力して何かを得て、得たものでなにを為すかを考えている彼女に完全に劣っていた。
「君はどう思う。どんな国を作りたい」
「……分からない、私は将軍になることだけを考えていた、なった後のことまで考えていなかった」
「ふむ」
レナトゥスは面白そうに、それでいて真摯に、私の目を見つめると。
「ならマクスウェル、月になれ」
「は?」
いきなり、天体になれと言われた。なれるもんならなってやりたいが、生憎そんな技術は持ち合わせていない。そんなふうにぽっかり口を開けているとレナトゥスは違う違うと手を振り。
「私とて、一人で全てを成せるとは思っていない。太陽が夜を照らせないようにな……だからマクスウェル、私が太陽となる。だから君は私の光を受けて夜を照らす月になれ、私と君で遍くを照らそう。私と一緒にな」
「月……」
私に手を向けるレナトゥスを見て、静かに頷く。なるほど、これが必要とされるというやつか。確かに将来にビジョンはない、ならばそういう在り方もいいだろう。
なにより、何故だろうな。元老院にただ言われるがままにするより……彼女の手を取った方が面白そうだ。
「ああ、私が君の月となろう。レナトゥス、君と語る未来は面白そうだ」
「だろう?魔女大国など恐るるに足らん!私と君がいるのだからな!」
そうして私は彼女の手を取った、私が月で彼女が太陽。そういう在り方も良いと考えさせられる程に彼女は輝いていた。
オフィーリアも同じだ、彼女という太陽に焦がれたから私達はレナトゥスに絶対の忠誠を誓った。それほどまでに彼女は王だった、今だからこそ言えるがネビュラマキュラなどより余程王だった。
王……『だった』。あの日、あの出来事があるまでレナトゥスは間違いなく王だった。
話を戻そう、この世に天才はいる。それは私ではなく、また……レナトゥスでもない。
後に出会う事となる本物の天才。奴との邂逅が私やレナトゥスの人生を大きく狂わせ、シリウスと言う救いに傾倒する事となる。
アイツ(・・・)さえいなければ……もしかしたら私達はもっと別の生き方をしていたかもな、なんて。
今そんな事を言っても仕方ないな。私やレナトゥスはもう来るところまで来てしまったんだ。
だったら、後はただ、月としての役目に殉ずるとしよう。私にはもうこの時の誓いしか残っていないのだから。
……………………………………………………
カーヴル平原にて私は一人立つ、背後には血塗れで倒れたアマルト、そして手の中には事切れたデモンズ。
「死にましたか」
マクスウェルは静かに事切れたデモンズを捨てる。そして霧散した魂を吸い取り、覚醒のみを抽出する、彼の覚醒は確かに頂いた。精神に影響を与える覚醒は非常に珍しい。
ここにいるスコルズ・ブライドルが解放される可能性は最初から考慮していた。その上でどうあれデモンズには死んでもらうつもりだった。
スコルズ・ブライドルを抱えたまま死ぬなら、それもよし。解放されたとしても、そもそもここに敵の兵力を集中させた時点でデモンズの仕事は完了している。最初からここを守り切れる、捕虜を守り切れるとは考えていなかったから、これはこれでよし。
あとはスコルズ・ブライドル達に貸し与えていた『仮魔力覚醒』を回収する。私が近くにいれば意思一つで剥ぎ取ることができる。これで、私に一万の覚醒が戻った。
ここでやるべき事は全て終わった。
「ッッテメェ!!」
「おや?」
瞬間、降りかかったのは黒の斬撃。今しがた腹に風穴を開けたアマルトのものだ、これだけの重傷を与えてまだ動くとは、タフですね。
ですが、無意味です。
「残念ですが、貴方にこれ以上構うつもりはありません」
「ッ!?剣が……」
すり抜ける、剣が。いや、彼の剣を受けた瞬間私の体が煙となって崩れたのだ。
「まさか、ナリアみたいな分身系の覚醒か……!?」
「『二身反理』、私の魂と同期した分身体を作る覚醒です、私が持つ中で最強の精度を持つ分身系の覚醒です、なんせ分身も覚醒が使えるるのでね。まぁ防御力に難がありますが」
既に覚醒そのものは回収した。ならもうここにいる必要はないと私は煙となってその場から消える。不可視の魂は空を漂いヴィルヘルム要塞にいる私の元へと飛んでいく。
つまり、その場にはただ重傷のアマルトと死んだデモンズだけが取り残される事となった──。
「ぐっ!クソが!人の腹に穴開けるだけ開けて帰りやがった!……くそッ」
倒れ伏す、アマルトはその場で倒れ、なにをされたかも分からないうちに倒れ伏し、目を伏せる。
勝つには勝った、しかしまだマクスウェルの予想を越えられていない。
まだ奴の手の内に俺たちはいる。カーヴル平原での戦いに勝っても意味はない。
だが、今のうちだ、そんなもんは。
「クソボケが、今に見てろ……そのうち負け犬の吠え面カーニバルが見れると思うと、今から楽しみだぜ……」
マクスウェルの野郎が頭を抱えるまでもう直ぐだ。それまで死ねるかよ、死ねるか。呼吸する都度痛む、意識が遠のく。やばい……近くにデティいないんだもんな。ああ、でも……。
「アマルト様!大丈夫でございますか!!」
「大丈夫に見えるかよ、今から死ぬところだ、助けてくれ〜」
すっ飛んで走ってくるメグが見える、やっぱり来てくれるよな、お前なら。ありがとよ、メグ……。
……………………………………………
「全てが遅い」
「ガッ!?」
デティフローアの抵抗を潰し、足を踏んで顔面に掌底を叩き込み砕く。同時に腕を捻り投げ飛ばし、放つ魔力弾を叩きつけ吹き飛ばす。
そして私は襟を正し、飛来した己の魂の分け身を受け取り……悟る。
(デモンズは死にましたか、ですが覚醒はきちんと回収出来た。ならばよし、カーヴル平原は既に役目を終えた、放棄しても問題ないな)
ヴィルヘルム要塞の城庭でデティフローアと戯れてそれなりの時間が経った。その間に戦場はそれなりに動いたようだ。私はポケットから魔力水晶を取り出し。
「戦況は」
『現在籠城中、敵兵はこちらの城を攻めあぐねているようです』
(想定通り、敵は目の前の城に気を取られているか)
私の作戦通り、防壁を張ってとにかく籠城し時間を稼ぐ、その間に後方に控えた自軍が敵の連携を切り裂き兵站を粉砕する作戦は無事進行中のようだ。しかし不便だな、一々連絡用の魔道具で味方に連絡を取らねばならない、こればかりは私の覚醒でもなんともならない。
戦場全体に分身を張り巡らせるような覚醒でもあれば話は変わるが、そこは我慢しよう。
「続けなさい、耐えれば耐えるほどこちらが有利になります」
『了解しました!』
「さてと」
ポケットに魔道具を戻し、デティフローアを見遣る。するとそこには……。
「ぐっ!?なんで……体が、治癒しない」
ズタボロの体でフラフラと立っている。どうやら傷が治らない経験は初めてのようだ。
「私の覚醒『不治不逆不傷』の効果です、私の与えた傷は治癒魔術による再生を阻害するのです」
「そんな覚醒あるわけが……」
「事実あります、二十年かけて集めたのですから」
メガネを掛け直す。私の覚醒は他の覚醒者がいないと成り立たない。覚醒を一個二個獲得しただけでは旨味は発生しない。故に作った、と言うより、作られた。覚醒者を無限に獲得する方法を。
そうやって作り上げた屍の上。頂点に立つ私に与えられた無限の力、そこに許されるのはただ揺るぎなき『勝利』のみ。
「おっと、申し訳ありません。たかだか二十年で偉そうな物言いを、貴方達クリサンセマムはそこに到達するまでに八千年もかけたのですよね、なら……あまり小馬鹿にするのは良くない、反省しましょう」
「ッッ……!」
「さて、そろそろ終わりにしましょうか。貴方を殺してしまえば敵は甚大な被害を負うことになる。そして……我が策により貴方達は再起不能の傷を受ける事になる」
軍は動いている、戦場は動き続けている。敵は分断され数え切れない被害が出る、そこに傷を癒すデティフローアの姿はなく、敵は負傷した兵を数多抱えて敗走することとなる。
決着だ、ここでこの戦いの趨勢は決まる。
「では……極・魔力覚醒」
バチバチと迸る魔力が空間を掌握する。我が極・魔力覚醒『三天一読・痍血業柩』にて……殺す!
グツグツと煮えたぎるような魔力て。周囲を満たし、全ての力を解放し──。
「ネツァク様ッッ!!!」
ピタリと止まる、響いた声、それは配下のもの。チラリと視線だけそちらに向ければ、青い顔をして、怒りに満ちた視線で私を見るマレフィカルム兵がそこにいた。なんでしょうか、邪魔するなら彼も殺しますが……。
「何故指揮を取ってくださらないのですか!!」
「指揮は与えています、最初に言ったでしょう───」
「違います!!ヴィルヘルム要塞は既に『敵の本隊』に包囲されています!!」
「は?」
なにを言っているんだ、敵の本隊?なんの話だ?包囲されている?どう言うことだ?確かに敵兵は我々より多かった、しかしそれでここまで騒ぐ必要は……。
(待て、違う)
咄嗟に透視と遠視を併用し周囲を見遣る。この城砦の周囲を見遣る、まさか……そんな予感と共に周りを見ると。
「バカな、なんだこの大軍勢は」
私が見たのは、数百万の大軍勢。最初にここに攻めてきていた兵士達より明らかに多い、援軍が来た?いや違う……これは。
各地の要塞を攻めていたはずの分、各地に分散していた戦力がヴィルヘルム要塞に集結している?敵は横に展開したのではなく、錐のように軍勢を一箇所に集結させていたのか。あり得ない、そんな動きをするわけがない、だが事実として敵は今ここに集結している。
「ネツァク様!何故指示をくださらなかったのです!他の要塞は全て陥落しています!前線で残っている要塞はこのヴィルヘルム要塞だけ!なのに何故貴方はこんなところで!!」
「他の要塞が……落ちている?」
ぬるりと、まるで濡れた手を背中に突っ込まれたような嫌な予感がする。明確な何かを見落として、それが結果としてミスとして表出化した……そんな感覚が、私を襲うんだ。
咄嗟に私はポケットから魔力水晶を取り出し。
「応答しろ、そちらの戦況はどうなっている」
『こちら継戦中!敵は我らの守りを抜けず攻めあぐねているようです!』
「……………そちらに、敵軍がいると?」
『はい!その数は十万程かと!』
頭の中で無数の考え、無数の思考、無数の可能性が巡る。何故目の前にいる兵士と水晶の向こうで連絡している兵士の言っていることが食い違っている?目の前にいる兵士はロクに戦況を調べず思い込みで私を糾弾に来た?…それとも連絡している兵士が間違ったことを言っている?どちらかだ、どちらかが嘘を言っている。
ならどちらを疑う?決まってる。今目の前にいる兵士は間違いなくマレフィカルムの兵士…だが。
「お前、誰だ」
『……………』
私の問いに答えない通信先、冷えた背筋とは反比例するように頭が熱湯に放り込まれたが如く、熱くなる。まさか……まさか!これは!!!
『むっふふふ、ようやく気がついたか、マレウス将軍マクスウェル・ヘレルベンサハル。少々遅きに失したのではないかな?』
「ッ貴様ッッ!!」
ピシリと水晶にヒビが入る。まさかこいつ、偽物か!
ああ、ミスをした!私はミスをした!小さな違和感を放置して容認した!敵が一気に私目掛け、ヴィルヘルム要塞目掛け攻めてきた時点で疑うべきだった!敵が我々の陣営に間者を入れているのなら当然、通信に応えている兵士自体がそれである可能性は大いにあった!!
まさか私は、ずっと、こいつに偽の戦況を教えられていたのか!!!!
『マレウスの将軍、指揮能力は相当のよう。だがあまりにも自分の力に自信がありすぎる、それは良くない、とても良くない。最悪の場合自分の手でなんとか出来ると考える人間は、常に最悪を避けようとする非力な人間に知恵比べでは勝てない』
「貴様!誰だ!!」
『誇りあるアルクカース王国軍、その頭脳。軍師サイラス、吾輩がいる限りアルクカースは死なない』
サイラス……確かラグナ・アルクカースの部下にそんな名前のがいた気がする。だがテオドーラと異なり覚醒すらしていない雑魚のはず。この私が手玉に取られるだと、覚醒すらしていない非力な雑魚に……!!!
「ッバカな、じゃあ他の要塞は!!」
だがそれなら話の辻褄が合わない、アルクカース軍はここに集結した、他の要塞には攻撃を仕掛けていない。なら何故要塞が落ちた、合計十二の要塞がアルクカースを横断するように配置されているんだぞ。中には数万の軍勢がそれぞれいる。
全く手勢を向けていないなら、それが落とされるわけがない!
『落ちたさ、とっくに。確かに他の要塞もお前の考えたように魔力防壁による籠城を試みようとしたが……無意味だったようだ。いやぁここは吾輩的にも誤算なんだが──』
「ッ!」
ふと、気がつく。頭上、何かを感じる。音がする、見上げる先に見える青空と太陽、その間に……何かがいる。
あれはなんだ、羽を広げ旋回するように飛ぶその姿は鳥のように見える。だが鳥にしては飛行高度が高すぎる、なら魔術?にしては軌道がおかしい。いや待て……魔力を感じる、と言うより。
魔力を噴射して飛んでいる?……まさか。
『───どうやら、吾輩の想定を超えて彼女は無茶苦茶らしい』
その瞬間だった。旋回する影が超々高度から無数の炎雷をばら撒いて来たのは。
「うわぁぁああああ!!ネツァク様ァァァ!!」
「ヴィルヘルム要塞が!防衛不可能です!!」
「雷が!雨のように!!」
次々と放たれる雷、それはまるで絵の具で無理矢理シミを塗りつぶすように、徹底的に、圧倒的に、明確な敵意と害意を持って連射される。
その瞬間理解した、あれは孤独の魔女の弟子エリスだと。
「ぼ、防衛用魔力機構起動!!防壁を張れーー!!」
「ダメだ!防壁を貫通してくる!城壁も何もかも貫通して飛んでくる!防ぎようがない!!」
呆然と見上げる。指示が出来ないのではない、なにもすることが出来ないのだ。不可能だ、あれを止めるのは。
星の魔力だ、エリスの攻撃にはそれが含まれる。即ち防壁を無条件で貫通する。それを超々高度から無限に連射する。砦に備え付けられた防壁はこれで無意味となる。
剰えエリス自身は音速を超える速度で飛来する、予兆もなく予見も出来ず、いきなり飛来し手出し出来ない場所から一方的に防御不可攻撃を叩きつけてくる。
そしてそれが終わったらまた一瞬で別の砦に移動。そこを攻撃、これを繰り返す。ただそれだけで十二の砦はものの十数分で陥落したのだ。
(軍略もへったくれもあったもんじゃない……)
無力感に打ちひしがれるのは何年振りか、ひたすら振り続ける炎雷を前に直感する。これは無理だ、勝てない。周囲には数百万の大軍勢、逃げ場はない。
やられた、いや、やられたと言えるのか?あんなのが出張って来た時点でどうしようもないだろ。
「ハハハ、エリスちゃんやりすぎだよ」
「ッ……貴様、まさか最初からこれを知っていたな?」
「知らないわけないでしょ」
デティフローアが笑う、ズタボロになりながらも彼女は、私を嘲笑う。こいつ、……クソ。
「マクスウェル!!」
「レナトゥス様……」
そして走ってくるのはレナトゥス様だ、先程までクレア・ウィスクムと戦っていたようだが、その決着がつく前にこの状況になり、撤退を選んだのだろう。
「マクスウェル!退くぞ!これは無理だ!最早戦線は瓦解している!」
「……申し訳ありません、私のミスです」
「ミスもクソもあるか、あんなのが飛んできたらそもそも人間に太刀打ちが出来るわけがない」
ダアトが言っていた『これをエリスさんにやられたらこの戦争は勝てないです』と言っていた手のうちの一つにこれがあった。もしエリスが超上空から火雷招を連射してきたら勝ち目がない、例えエリスを止める為雲の上に辿り着けたとしても、圧倒的速度で高速飛行するエリスを相手に空中戦で勝てる者はいない。少なくともマレフィカルムにはいない。
それをさせない為にカーヴル平原というエサを置いておいたつもりだったが、彼女はそちらに向かわず要塞への攻撃に向かったようだ。
「ぐっ……私の防壁でも防げん、マクスウェル!逃げるぞ!」
レナトゥス様は飛んでくる火雷招に怯えている、レナトゥス様は魔蝕のせいで肉体が非常に脆くなっている。それをカバーするために分厚い防壁を張っているのだが、それを貫通する時点で……エリスの攻撃は全てレナトゥス様に取って致命になり得る。
このまま逃げるか?だが上空にはエリス、四方にはアド・アストラ軍。私とレナトゥス様で全力で戦っても突破は困難。エリスと敵軍、この二つが存在している以上逃げ場はない。
逃げられない……。これは確実に逃げられない、死ぬ。私かレナトゥス様、あるいは両方が。であるならば。
「レナトゥス様」
「なんだ!」
「私は月です。つまり……そういうことです」
「なにを……まさか!」
私は上空から目を外し、ギロリとデティフローアを睨む。かつて私を月と言い、己を太陽であると語ったレナトゥス様。私は貴方という光を受ける事で存在を証明出来る、太陽が死ぬくらいなら、月が落ちるべきだ。
故に……オフィーリア、私も今そちらに行くぞ!
「死ねッ!デティフローア!!」
「ッえ!?」
一気に突っ込む、デティフローアに。拳を構えその命を奪う為全力で加速し……そして。
「エリスの友達になにしとんじゃぁあああああッッ!!!」
「ガフッッ!?」
天空から降り注いだ一等巨大な雷、否……エリスの拳が私を叩き抜き、地面にめり込ませ粉砕する。デティフローアを守る為、空の彼方から一瞬でここまで降りてきたのだ。
その速度、威力、どちらをとっても凄まじく、私は地に伏し……エリスに組み伏せられる。
「マクスウェル!久しぶりですね!エリスです!覚えてますか?よくもエリスの友達を傷つけましたね、死になさい!」
「………降伏する、命だけは助けてくれ」
「あンだとテメェ!!」
「降伏だ、我が軍全員降伏する、助けてくれ」
倒れ伏しながら、私は降伏する。降伏しつつ、私は脱力する。命乞いをする相手は殺せまいと必死に敗北を認める。それと同時に……。
「なにをッ!!」
「エリスちゃん!レナトゥスが!!」
レナトゥス様は私を置いて逃げる。彼女はかつて私にそう語ったし、私も彼女にそう語った。私とオフィーリア、共に元老院に育てられ、マレフィカルムに渡った同志。我々はレナトゥス様の為だけに戦うと誓った。
故に、レナトゥス様の命が危険に晒されたならこの身を捨てでも守る。オフィーリアも生きていたらこうしただろう。
エリスという脅威がなければ、レナトゥス様単独でこの場から逃げられる。その為に私は餌になる。
「頼む、助けてくれ」
「グッ……こいつ!!」
「捕虜にでもなんでもなる、だから助けてくれ」
私は完膚なきまでにミスを犯した。故にここで落ちる、敵に捕まり拷問の末に死のうとも構わない。ただ一秒でも稼ぐ為にエリスを逡巡させる、レナトゥス様を追わせないために縋り付いて時間を稼ぐ。
負けは認める、だからレナトゥス様だけでも生かす……生かす。
レナトゥス様、私は死にます、なので生きてください。
「……まぁ、いいです。レナトゥスは見逃します、彼女には借りがありますから、それを返したと納得します」
「…………」
「それに、敵の指揮官を潰せた事ですし、そろそろ始めますか」
「は?」
エリスは徐に立ち上がる、始める?なにを?もう戦いは終わって……いや、まさか。
「デティ、みんなの治癒を。このまま敵の本拠地を攻めます」
「うん、きっともう……ラグナは動いてるからね」
こいつら、前線を押し上げるだけではなく、そもそもこの戦争そのものを終息させるつもりでいるのか。
………………………………………………………………
「う、俺達は一体何を……」
「体が痛い……俺はなにを」
「ん、仮面が取れていく」
「どうやらアマルト君が上手くやったようだ」
カーヴル平原の地下施設にて、戦っていた私達はその決戦の終結を知る。荒れ狂っていたスコルズ・ブライドル達が次々と鎮まり、仮面が外れ大人しくなったのだ。正気に戻った、アマルトが上手くやったんだろう。
彼を先に進ませたのも、彼なら或いは呪術にてデモンズを操り返し洗脳を解くことが出来るだろうと考えたからだ。そしてその目論見は全て上手くいった……流石だよ、アマルト。
「大した腕だ、神将ネレイド。最早実力に於いては将軍に引けを取らないレベルと言える」
「私、特に何かした覚えはない」
そしてこの場での戦いにMVPをつけるなら、それはゴッドローブ将軍だ。圧倒的な盤面制圧能力を持つ極・魔力覚醒、そしてそれを御する空間認識能力の高さと的確な用法。強力な覚醒だがその全てを手動で動かさなくてはならない事を考えるに、あそこまで強力に扱えるようになるには凄まじい年月の鍛錬を要するだろう。
そしてそれを可能にしている現実を見るに、やはりベテラン将軍は凄い。私なんかゴッドローブさんが寄越した敵をポンポン叩いてただけだし。
「う……ここは」
「あ、あれぇ?私……ボコボコにやられてたはずなんだけど、なにこの黒マント、マントの中裸だし、っていうかなんか手足の腱切られてる、なんで?」
「ん、ラグナのお兄さんとお姉さん」
そして、目覚めたラクレスさんとホリンさんに駆け寄る。アマルトに殴り飛ばされ、タリアテッレさんに手足の腱を切られたホリンさん、二人ともかなりの重傷だけで割と平気そう。やはりアルクカース王族はタフだね。私が言えた事じゃないけどね。
「大丈夫、ホリンさん、ラクレスさん」
「んぁ?君は……いや大丈夫じゃないけど」
「ッ君はネレイド殿。と言うことはアド・アストラの援軍が間に合ったか……しかし状況が分からない。話を聞かせて欲しい」
「ん、それは」
二人に状況を説明しようとした、その時だった。
「いや、それは俺から説明する」
「ッ!」
カツカツと音を立てて、部屋の入り口から入ってくるのは……一つの影、今回の侵攻に参加しながら戦闘には加わらなかった唯一の男、そう。
「ラグナ」
「ありがとう、ネレイド」
「ん、けどいいの」
「ああ、もういい」
ラグナだ、彼はカーヴル平原側の軍に同行しその上で待機をしていた。軍の指揮をベオセルクさんに任せ彼だけは前線に出なかったのだ。そこにはとある一計があったのだが、どうやらもういいらしい。
「兄様、姉様、無事ですか」
「あ、ああ……すまない。こんなことになって」
「いやいい、二人とも敵の魔の手にかかり洗脳されていたんだ。敵の手勢にされていた」
「そうか……」
ラグナは傷ついた兄と姉に歩み寄り持ってきたポーションを渡している。その顔に怒りとか、悲しみとかはない。ただただ無表情、その様にラクレスさんは若干困惑しつつ、ポーションを受け取る。
「それでみんなを助ける為にここに軍を派遣した」
「……申し訳ありません、ラグナ陛下。囚われたばかりか、敵に利用されるなんて」
「ああ、そうだな。ここまで憤慨したのは初めてだ」
「この罰はどれほど厳しいものであっても、なにも言えません」
「そうだな、生きている事そのものが苦痛に感じる程の地獄を見てもらう。それでいいな?」
「はい」
そう口にするなりラクレスさんは跪き、髪を束ね、自らの首をラグナに晒し、剣を手渡す。斬首の罰さえ受けると言うのだ、確かに結果を見れば無様極まる結果に終わったが、それでもラクレスさんの初動の対応があったからアルクカースはギリギリで踏ん張れたんだ、なら罰することはないだろう。
しかしラグナは遠慮なくラクレスさんの券を受け取り……。
「えっと……なんか受け取っちゃったけど、なんで俺は剣を渡されたんだ?」
……キョトンと私に聞いてくる。いや、私に聞かれても……。
「罰するんじゃないの?」
「剣で?必要ねぇよ、はい。兄様」
「拳で罰するのですね、ならばどうぞ」
「……なんか話が噛み合わねーな。兄様、兄様は一体『誰の罰の話』をしてるんだ?」
「へ?」
私はその言葉を聞いて、目を伏せる。杞憂だった、そりゃそうだ……ラグナが敗北の責を味方に問うわけがない、ましてや負けたからと罰するわけがない。彼はそう言う王だ、ならば彼の言った罰とは。
「俺が罰するのは敵だ、我が国の臣下に恥辱を与え、傷つけた事への罰を下す。俺はその為にここに来た、マレフィカルムには生きて呼吸している事そのものに苦痛を感じる地獄を味合わせる。そう言う話だぜ、兄様……」
「私に対する罰は……」
「ないな、戦の恥辱は戦でのみ晴らされる、処刑であの世に恥を持っていく事そのものが恥だ。故に……聞け!お前達!!」
ラグナは洗脳から解放されたアルクカースの戦士達、カロケリの戦士達、そしてラクレスさんとホリンさんに向けて叫ぶ。そう、彼がここに来た本当の理由……それは。
「お前達!悔しいか!情けないか!お前達は敵に敗北し!囚われ!利用され!アルクカースの誇りに泥を塗った!これをお前達は許容するか!負け犬のままで終わるか!」
「……いいわけがない」
「ああそうだ、いいわけがねぇ!故に俺はこれからお前達に恥辱を晴らす機会を与える。……これから、敵の居城を攻める!どデカい戦を仕掛けるつもりだ!で!お前らはどうする!ついてくるか!それとも一度負けた相手に挑むのが怖いからおめおめ帰るか!止めやしねぇよ、それもまた選択だ!」
「…………」
「選べ、今アルクカースの誇りを取り戻したお前達にとって……俺が向けている質問はそんなに難しいものか?」
ラグナの体から放たれるのは圧倒的カリスマ、フリードリスで見せた演説と同じだ。彼の言葉はアルクカースの戦士を動かす力がある。
カロケリ族達は私達から受けた傷を抱えたまま立ち上がり、剣を手にし始める。その様を見たラグナはニッと笑い……。
「よし!ならこのまま向かうぞ!敵陣に!!」
カーヴル平原を落とす、ヴィルヘルム要塞に全戦力を集結させて落とす。これはこの戦いの下拵えに過ぎない、ラグナは……そしてその影で動くサイラスが見ているのは、そもそもこの戦争の終結。
ここで、勝つ。
…………………………………
サイラスから連絡をもらった、内容は一つ。敵方指揮官の居場所、ただそれだけ。それを受け取った俺はそこからサイラスの考えている事を逆算……しようとしても出来なかったので勝手に動くことにした。
俺がサイラスの考えを読めずともサイラスなら俺の考えている事を読んでくれる、だから向こうが勝手に合わせるだろう。
というわけで俺が建てた作戦、それはカーヴル平原を落としつつ軍を横に展開し一気に国土を取り戻す大規模作戦……ではなく、横にした軍を開戦と同時にヴィルヘルム要塞に集中させ、敵方指揮官を一気に叩き瓦解させるという戦法。
敵方指揮官はセフィラの可能性が高い、なら是が非でも倒しておきたい。またいつもみたいに逃げられましたじゃ面白くねぇしな、ここらでセフィラを数角潰したい。
なので数百万の軍勢でヴィルヘルムを囲む。それまでの間、敵に動きがバレないようにデティ達には頑張ってもらうって寸法だ。
じゃあ他の要塞はどうするかと言ったら、エリスがなんとかする。エリスが合計十二の要塞を今日中に潰す。無茶だろって言いたいが、エリスは自信を見せることもなく、ごくごく当たり前のことのように『あ、分かりました』と快諾。
恐ろしい話だよ、数百万の軍勢を動かしても数日はかかるだろう無数の要塞の攻略、エリスはこれを一人で、しかも一日で可能だってんだから。俺の嫁強すぎな。
と……なれば、だ。後はどうするか、ぶっちゃけエリスが一人でなんか出来るならこんなに軍を集める必要はないよな。じゃあ必要ないものは必要ないままに、というわけにもいかない。必要がないたら必要を作るのが王様だ。
つーわけで、建てた作戦。それは……数百万の大軍勢を囮に使う。正面に数百万の軍勢を置けば敵の目はそちらに向く、その隙に別動隊が敵の本拠地を叩く。
つまりは俺達が本隊だ。ここにいる捕虜は全員戦士、そいつらを全て加えて側面から叩くのだ。その為には俺がここにいることがバレちゃいけない、もし敵が遠距離で連絡を取れる魔装を持ってたらそれだけでここが本隊だとバレる。
故にここでの戦いには加わらなかった、ここでの戦いは飽くまで前哨戦だからな。
「おい!ポーション持ってこい!それと治癒術師隊!治療を頼む!」
この作戦は速さが命だ、速やかに移動を開始して敵の城を目指さないといけない。じゃないと大打撃を与えられない。大打撃を与えられないと意味がない。
俺達の目的は飽くまで敵の本拠地を南へ押しやる事、他の方向に逃げる選択肢を与えない為に、後退を選ばせる為に、一気に動かないといけないからな。
故に俺はあらかじめ持ってきていたポーションをカロケリ族のみんなに提供、同時にデティから借り受けたアジメク治癒術師隊を動かす。
彼らはよく働いてくれる、軽い欠損くらいなら軽々治してしまう。並の魔術師じゃ不可能と言われる腱の回復までやってくれるんだ。
後は……。
「ラグナ様!!」
「メグ!っておまっ!それ!!」
時界門を開いて目の前に現れたのはメグだ。彼女も前線で戦ってくれていたのだが……現れた彼女が抱えていた物を見て仰天する、そこには。
「なんだそれ!?」
「アマルト様です」
「もがががーーー!!!」
なんか包帯でぐるぐる巻きにされた筒みたいなのを持ってたんだが、それがグネグネ動くんだ。聞くところによるとアマルトらしい……なんでこんなことに。
「どうやらアマルト様、敵にやられてお腹に穴が空いたらしいです」
「えっ!?無事なのか!?」
「はい、それは帝国製の治癒ポーションと私の縫合術で塞ぎましたので現状は命に別状はありません」
「なんで包帯でぐるぐる巻きなんだ」
「いっぱい怪我してから……」
逆に苦しいだろこれ。と思っていると包帯が少しだけ解けてアマルトの顔が露出し。
「プハッ!メグテメェ!やめろって言ってんだろ!人のこと巻き取るみたいに!けどありがとな!危うく死ぬところだったわ!」
「えへへ」
「悪いラグナ、ポカやらかした。マクスウェルの分身が来てたんだ、そいつに後ろからやられた」
「あ、ああ。傷は平気か?」
「ぶっちゃけ今も死ぬほど痛い、本当なら呪術で肉を歪めて止血したいが、それするとデティに治してもらえなくなる。悪いがちょいと離脱させてくれ、デティの治癒を受けたい」
「ふむ……」
チラリとメグに視線を向けると、彼女は察しよく連絡用の魔力機構を取り出す。青い水晶型のそれを受け取り、俺は魔力を込めて起動する。
「あーあー、こちらラグナ。聞こえるか、デティ」
『あ、ラグナ?そっちの首尾はどう?』
デティ達に連絡を取る、予め持たせていた連絡用魔力機構からはデティの声が聞こえる、声音的に向こうも終わってそうだし、無事なようだ。
「こっちは問題ない、このまま作戦を続行する。そっちは?」
『ああうん、こっちは───』
…………………………………………
「ああうん、こっちはセフィラを捕らえたよ」
『マジかよ!?』
ヴィルヘルム要塞、それは最早瓦礫の山となり、敵は皆縄に縛られその庭先に並べられている。我々は勝利した!味方の軍で囲み撃破し、更にエリスちゃんの追い打ちを叩みかける事で……。
「ちょっと〜ネツァク〜!話が違〜う!どーなってんですかぁ!」
「ホド……お前までなにを負けているのですか」
「負けてない!ただ気がついたらアーデルトラウトとクレアが来てて、流石にメルクリウスも入れた三対一は死にますよぉ!だから戦略的降伏をしたのです」
「負けてるじゃないですか、お揃いですね私達は」
「むきぃー!!」
捕らえた、敵方大戦力マクスウェルことネツァクとホドを。エリスちゃんが援軍に来た辺りでアーデルトラウトさんとクレアさんがメルクさんの助けに入り、一瞬でホドの戦意をへし折り拘束することに成功した。
拘束に用いている魔封じの縄は魔力による活動を抑制する。いくらセフィラでも魔封じの縄にプラスして鉄の枷を嵌められたら逃げられまい。
「『栄光』のホドと『勝利』のネツァク、この二名を捕らえた。あ、ネツァクってのはマクスウェルのことね、こいつが指揮官だったよ」
『流石だな、一人でも捕らえられればと考えていたが二人も捕まえられるとは。想定以上だ』
「だってさ、エリスちゃん」
「ブイ」
私やメルクさん達は飽くまで『ここに戦力を傾けている』と言うポーズに過ぎない、本命はエリスちゃんがなんとかしてくれる。
因みにだが、今回の包囲が上手くいった最たる要因サイラスさんの偽装連絡、マクスウェルに『知っていたのか!』と言われたが実際は知らなかった。ただラグナが『サイラスなら合わせる』と言っていたからそのまま突っ込んだ。
結果、サイラスさんがアシストし、エリスちゃんと言う本命が生きた形だ。
「こっちは大勝利だよ、じゃあ作戦通りこのまま南に向けて進軍。敵の本拠地を追い立てる形にすればいい?」
『ああ、頼む。ただ慌てなくても大丈夫、じっくりプレッシャーをかけるように軍を動かして欲しいとアーデルトラウト将軍に伝えてくれ』
「オッケー……ならまだ戦闘は継続か」
『ん?どうした?』
「ううん、なんでもない」
マクスウェルが与えた治癒魔術無効の傷、そのダメージがまだ残ってるんだが。まぁいい、治癒魔術が無効化されただけで治す方法は他にもある、少し時間をかければ全快は出来る。
なにより私が抜けるわけにはいかない、アド・アストラ軍全体を見回しても私以上の治癒魔術の使い手はいない。だからここは多少無理してでも……。
「すみませんラグナ、デティがダメージを負いすぎました。治癒魔術で治せない傷を受けたんです」
「あ、ちょっ!エリスちゃん!」
そんな中エリスちゃんが連絡用の水晶にグイッと寄ってきてそう告げるのだ。いやダメだろ、それを言ったらラグナは……。
『なに!?無事なのか!?いや口が利けるくらいには無事ってのは分かるが、そうか。それならデティはフリードリスに撤退してくれ』
「ちょっとラグナ!私はまだいけるよ!と言うか私が抜けたらこの軍はどうすんの!?」
『お前の部下の治癒魔術師部隊が大勢いるだろ、それがお前の穴を埋める』
「ふざけないでよ!それで大勢死人が出たら私はどんな顔すればいいの!」
『勇敢な配下の、勇壮なる死を、導皇として讃えろ。デティ、お前は兵士じゃないんだ、アジメク人としてもお前が無理して前線に立つことを望まないだろう。承服してくれ』
「ぐっ……」
ラグナの言いたいことは分かる、たとえ前線で兵が死のうとも王が無事であるならば良い。それが王であり、それが私の責務であり、戦争という物。寧ろ魔術導皇が兵として前線に立つってはっきり言えばめちゃくちゃヤバい。
ここは……受け入れざるを得ないか。
『それにアマルトが重傷を負った。これからメグとアマルトをそちらに送る、それでデティと一緒にフリードリスに戻ってくれ』
つまり、向こうは重傷を負ったアマルトがリタイア、同じく負傷した私もリタイア、そしてそれを移す為にメグさんもフリードリスにか。第三段階が二人も抜けるのは向こうもキツいかもしれない。
だがそれを補って余りあるのが。
「ラグナ、ここからはエリスも存分に動いていいんですよね」
『勿論だ、そっちの本隊と共に進んでくれ』
別行動をしていたエリスちゃんが復帰した、その事実がこの穴を一発で埋める。そしてそこに誰も異論を挟めない。
なんだかあれだね、この戦争が始まってからドンドンエリスちゃんが大きな存在になっていく気がする。第二段階の頃は寧ろ私の方が強いはずだったのに、いつしか遥かに置いていかれた気がする。
いや、そもそも置いていかれている。殆どが第三段階に到達した中、私だけが置いていかれている。だからここでも負傷した、事実セフィラ上位と戦ったメルクさんはピンピンしてるしね、彼女もドンドン強くなってる。
この私が置いていかれているなんてね……。
「というわけで来ました、こんにちわメグでございます」
「悪ぃなデティ、とっちった。やられたんだよそこにいるそれソイツにッ!マクスウェル!あの!雑巾野郎に!」
「おやアマルトさん、元気そうですね」
「元気じゃねぇ!」
そして現れたのはメグさん、空間を割って現れたメグさんと包帯でグルグル簀巻きにされたアマルトが私の前に立つ。便利だな、千里も離れた向こう側から一瞬で来るなんて。
「ありがとう、ちょっと私も休ませてもらうよ」
「ええ、それと……そこにいる奴等もフリードリスに連れて行きますか?」
メグさんが指差すのはセフィラ二人組だ、ここに置いて行って敵に救出されても嫌だ。ここはフリードリスに幽閉するとしよう。
「そうしようか、ほら。立ちなよマクスウェル、立てるだけの体力はあるでしょ」
「ああ、ホド。君も立て」
「ケッ、どうされるんでしょうねぇ私、小汚いアルクカース人の慰み者にされるんでしょうか、美人ですし」
立ち上がるマクスウェルはおとなしく私達についてくる、そんな中……ホドは。
「いやぁ、命拾いしましたね、メルクリウス。仲間が助けに来てくれて」
「……ホド」
ホドは一人、メルクさんと睨み合う。正直二人の戦況がどんなもんだったかは分からない、けど少なくとも決着はついていないように思える。それはメルクさんの忸怩たる顔つきから察せられる。
「これで終わりだと思うなよメルクリウス、私は必ずお前の喉笛を切り裂いて殺す」
「……好きに言え、お前が向かうのは法廷、そして絞首台だ」
「フヒヒ、あんまり私をナメんなよぉ〜」
そうしてマクスウェル、ホドと共に開いた時界門で撤退することになる私達。申し訳ないけど、ここからはエリスちゃん達に任せることにする。
……何事もなければいいけれど。
「行ったか」
「ですね」
そして、エリスとメルクリウスは共に腕を組んで目前の自軍を見渡す。ここから更に敵の本拠地へと攻め込むことになる。戦いはまだまだ続く、であるならばまだ気は抜けない。リタイアした味方の分まで戦い抜こう。
「……しかしレナトゥスには逃げられてしまったのは痛いですね」
「だな、まぁあの潰走具合だ。簡単に仲間とは合流出来まい」
唯一の気掛かりはレナトゥスに逃げられてしまったこと。だがそこに目を瞑れば戦果は上々、こちらにも被害は出たが全軍単位で見ればまだまだ戦える規模だ。そうエリスは考えていたが……。
「ん?どうしました?メルクさん」
ぴょこぴょこと駆け寄ってくるのは、ナリア君だ。彼は不思議そうな顔をしてメルクリウスの顔を見つめる、エリスには気がつけない、あまりにも微細なメルクリウスの表情の変化を読み取ったのだ。
そこを指摘されたメルクリウスは、違和感を隠すことなく。
「いや、一つ気がかりがある」
「なんです?」
「私はこのヴィルヘルム要塞に攻め込む時、強力な気配を四つ感じたんだ」
「四つ?」
「該当者はおそらく、レナトゥス、マクスウェル、ホド……だと思うんだが」
「……一人足りない?」
強力な気配、その数は四つだった。だがいざ攻め込んでみると出てきたセフィラは三人だけ、あと一人足りないのだ。
「感じ的にセフィラと同格の存在だと思ったんだが、おかしいな」
「もしかしたら、メルクさん達が要塞を包囲した段階で逃げたのかもしれませんよ。戦闘のつもりはなく伝令として来ただけだから、逃げたとか」
「ふむ」
エリスの言う指摘は正しい、そういう可能性もある。大いにある、最初から戦うつもりがなく、戦いに巻き込まれないように逃げたと。しかしそれでもメルクリウスの疑念は晴れない。
「……私達が今回の戦争で確認したセフィラは何人だ」
「ダアト、ホド、ケテル、レナトゥス、マクスウェルの五人です」
「うち三人は確認、ダアトはそもそも気配を感じ取れないから除外、不死身のケテルがやられる事を想定して逃げるとは思えん」
「……何が言いたいんですか?メルクさん」
「今回の戦い、参加しているセフィラは……本当に五人だけか?」
「…………」
謎の四つ目の気配、それはもう一人のセフィラの可能性を示唆するものであるとメルクリウスは語る、事実としてセフィラは五人だけと言う考え自体固定観念に等しい。
或いは、いるのか。もう一人セフィラが……だとしたらどこに、そう眉をひそめるエリスとメルクリウス、その脇を。
「では我々もフリードリスの守備に加わる為、メグ様達と共に撤退します」
「ええ、頼むわ」
クレアに許可を取り、フリードリスへと向かっていく師団が一つ。ゾロゾロと向かう兵士達、そのうちの一人を目にしたエリスは……。
(……アイツ、どこかで見たことある気がする)
一人の兵士、帽子を深く被ったアジメク兵、それを目にして一瞬疑念を感じるものの。
(いや、アジメク兵なら見たことあって当然か)
すぐに疑惑を晴らす、事実魔力も何もかもアジメク兵のそれであったから。見逃した……。
だが、笑う。
「…………」
見逃された兵士は細く笑いつつ、ゆっくりとフリードリスへと足を踏み入れていくのであった。
「あれ?お前生きてたのか?乱戦の中で死傷したもんだと思ってたが……」
「ええ、ギリギリで治癒術師が駆けつけてくれてなんとかなりました」
「そうか、凄いんだなアジメクの治癒技術は。ほぼ死んでるところからも回復できるなんて」
隣の兵士とそんな、会話をしながら……。




