彼の真意
幼馴染であり婚約者でもある彼女が、婚約破棄をしたがっている。
家が隣同士で同い年ということもあり、俺と彼女は生まれた時からよく一緒にいた。そして物心つく頃には一人の女の子として彼女の事が大好きになっていた。彼女も俺の事が好きで、そうなることが当たり前のように自分のお嫁さんになるものだと思っていた。
だけど俺は、自惚れていたのかもしれない。
高校2年の秋、俺と彼女は婚約した。
高校生になってからの彼女はとても美しい女性に成長していた。俺達は中学の頃から交際していたけれど、彼女を狙う男は多かった。だから婚約できた時は正直ホッとした。これで誰の手にも渡すことなく自分だけのものになると。
彼女を他の男の目に晒さないよう自分の部屋に閉じ込めてしまいたいほど俺は彼女のことが好きで、束縛したいと思っている。
そんな醜い部分を見せないよう、普段の俺は彼女の白く小さな手を握り、その可愛い唇に短く軽いキスをするだけ。強く抱きしめたり深く濃いキスをすると自制がきかなくなってしまうから。
そんな邪なことを考えているとも知らず、彼女は恥ずかしそうに頬を染めながら艶めいた瞳でうっとりと見つめてくる。その表情は煽っているとしか思えないのだが、俺は握りしめた掌に爪を食い込ませながら日々耐え忍んでいた。
婚約が決まった翌週末。
親の会社の関係者や親せき友人たちを招いて行われた婚約披露パーティーで彼女の親友とその妹を紹介された。親友は俺と彼女の中学からの同級生でもある。ただ妹がいることは知らなかった。後でわかったことだが、半年前に父親が再婚した相手の連れ子だそうだ。どうりで似ていないと思った。
というか、この容姿どこかで見たことがあるような……。
そうか。ここ何ヶ月か家の近くでよく見かける子に似ているんだ。
毎朝俺と彼女が一緒に登校する際、見慣れない制服の子をよく見かけようになったと思っていたのだが、どうやら休みの日にも出没しているらしく必ず俺達の後をつけてきていた。俺か彼女のどちらかのストーカーだと思う。
俺の婚約者はそんなことに気付く気配もなく、いつも無防備で無自覚にタラシだ。だからたまに嫉妬した女に嫌がらせされたりする。本人は嫌がらせだとは気づいていないが。
まあそんなわけで、俺は彼女を怖がらせないよう早急に対処しようと制服を手掛かりに調査していた所だった。
しかし、いくら再婚相手の連れ子とはいえ親友の義妹を疑い罪を暴こうとするのは、俺の彼女と親友の仲を気まずくさせはしないだろうか。
パーティーの招待客に挨拶回りしながらそんなことを考えていた俺は、となりに立つ婚約者の表情から笑みが消えたことに全く気付いていなかった。
翌朝、俺はいつもと同じように婚約者の彼女を迎えに行き(と言っても隣の家なわけだが)、一緒に登校していた。やはり今日も件のストーカーがつけてきている模様。態度に出ないよう細心の注意を払い、俺は後方の電柱の陰に潜んでいるストーカーに悟られぬようその姿を目にした。やはり例の制服を着ている女の顔は、親友の妹に似ていた。
調査の結果、あの制服は同じ市内にある某女子高のものだった。うちの学校から徒歩15分くらいのところにあるのだが、あの女はここ数ヶ月毎日のように朝遅刻しているらしい。そりゃ、うちの学校の近くまで俺達をつけてきてその後自分の学校に向かっているのだから遅刻もするわけだ。
エスカレートする前に排除しておかないとな。
俺はストーカー対策を考えながらその週を過ごした。
週末、ついにストーカーと対峙することになった。友人たちの力も借り、対象人物をおびき出すことに成功したのだ。
ただ、婚約者とのデートをドタキャンすることになってしまったのが心苦しいのだが。
それもこれも全部ストーカーのせいだから腹立たしい限りである。相手が男だったら殴り飛ばして憂さ晴らしできるけど相手は女だし…殴るのはやっぱまずいよな。まあ、それ以外で徹底的にやるつもりだけど。
相手が女ということもあり、後々不利にならないようなるべく人目の多い場所で立ち会った方がいいという友人たちのアドバイスにより、駅前のデパートの1階に誘い出すことになった。指定した場所には男1人女3人の友人達が他人を装って俺の周りに配置付き、女がやってくるのを待ち構えていた。
指定した時間ちょうどにやってきた女は、俺を見つけると顔いっぱいに喜びを表して駆け寄って来た。
「お待たせしてすみません」
「別に。さっさと済ませよう」
そう言って俺は周りにいた友人たちに目配せして近くのコーヒーショップへ入った。
テーブルに友人たちも一緒についたことに、女は目を丸くして口をポカンとあけて数秒固まっていた。
「??あの…今日はデートですよね?」
「は?」
「だって、お休みの日に婚約者さんじゃなくて私を誘ってくれたわけだし」
「あなたバカじゃないの?」
「え?っていうかどちら様ですか…?」
「私たちはこいつの友人」
「あんたストーカーだろ。警察行くに決まってんじゃん。今後一切こいつらの目の前に現れないように法で裁いてもらうんだよ」
「ええ!?」
「なに驚いてんの。そういう覚悟があってストーカーしてたんでしょ」
「そ、そんな、私っ…そういうつもりじゃ…!」
「なに?泣いて済まそうと思ってる?」
「ちがっ…!」
「私たちが証人だから。あとこれ。あんたが何か月も悪質なストーキングしてるところ、ばっちり映像で記録してるから。言い逃れできないよ」
「!!」
「親友の義理の妹だかなんだか知らないけどさ、あんたのやってること犯罪だから。許されると思ったら大間違い」
「うっ、ごめっ…ん…なさいっ」
「「「「許すわけないじゃん」」」」
こうしてストーカーとの対峙は友人たちの協力を得て、なんとか終わらせることが出来た。
以降、俺達をつけまわす者はいなくなり、ようやく婚約者と二人で甘い時間を思う存分過ごせると思った俺は、翌朝彼女が一人で先に登校し、更には婚約破棄などと言い出したことにおおいに慌てた。
なぜそうなったのか問いただすと、どうやら俺とストーカー女が対峙しているところを偶然見たらしく、デートしていたと勘違いをしていた。
俺は必死になって彼女に事情を説明して誤解を解いた。そして自分の気持ちをそのまま彼女にぶつけていた。最後のほうはやや情けない感じの言葉を吐いてしまったが、彼女を失うくらいならどんなにみっともないと思われても繋ぎとめるために何でもする。
幸いなことに、こんな情けない俺を知っても彼女は俺の事を愛していると言ってくれた。俺は天にも昇る気持ちで彼女の可愛らしく甘い唇に濃厚なキスをし、柔らかくていい匂いのするその華奢な体をぎゅっと抱きしめた。
眩暈がするほど気持ちがよく、あまりの興奮に理性が崩れ出し、手が勝手に彼女の体を弄り始めてしまった。長年我慢していた欲望が溢れ出し、思わず下着に手をかけそうになったが、おばさんの登場でなんとかとどまることが出来た。あのまま進んでいたら、それこそ彼女に嫌われていたかもしれない。危なかった…。
キスマークの羞恥に俯く彼女が愛おしく、俺はそっと抱きしめ耳元で優しく囁いた。
大切にする、と。
だからお願い。ずっと俺の傍で笑っていて。俺を愛して。
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