第三話 遭遇
「まあ、いいだろうやってやる」
すると雲仙は、意外にもあっさりと承諾する。
美女に手を触れられただけであっさりと懐柔されてしまうそのちょろさは、童貞故の悲しい性か。
「本当?」
「ああ、それだけやばい奴を野放しにしておく訳にはいかない」
そして雲仙は、拳を固く握り締め、別のものも固くしながら力強く言い放つ。
「で、その中島って奴は何処にいるんだ?」
「ここよ」
雲仙の問いに素早く返す火神だったが、その答に雲仙は耳を疑った。
「はい?」
「いや、だからここだってば」
意味を理解出来なかった雲仙に、火神は示指を下に向けて再び答えた。
「中島はこのカフェ二郎の店長なの」
「嘘!? あんた敵の本拠地で堂々ととコーヒー飲みながら、その敵について談義してたの?」
「その方が場所移動したりしなくて済むでしょ? 手っ取り早いのよ色々と」
「何の話!?」
そんなやり取りをしている時だった。
雲仙の後方に一つの影。その影は、一切の躊躇いを持たず、雲仙と火神の元へと振り下ろされる。
「危ない、雲仙君!」
火神の叫びで背後からの脅威に気付き、雲仙は火神と共にそれを躱す。
瞬間、雲仙と火神が座っていた椅子はテーブルごと両断される。
雲仙は体を起こし、その一撃を放った人物に視線を向ける。
「あ、あんたは!」
そしてその人物とは、先程雲仙と火神に、水とコーヒーを運んで来た店員であった。
「何だか知らねえが俺を捕まえたいみたいだな」
店員は、歳は二十代後半程、長身で鋭い眼光を持つ、短髪の青年であった。
青年は、刃渡り三メートルはあろうかという巨大な大剣を肩に担ぎ、雲仙と火神を睨み付けた。
直後、手に持っていた大剣は光芒を煌めかせながら消失する。
「……中島」
すると火神は、その店員に向けてそう呟く。
「え? こいつが例の中島だったのか?」
「そうよ、人の話盗み聞きするなんて、卑劣な奴」
――あ、馬鹿だこいつ。
「話を聞く限り、どうやらそっちの女がネメシスの一人で、そっちの男が雷の力を使う覚醒者――俺を倒す為に女が連れて来た助っ人って訳か」
――ですよねえ、全部筒抜けですよね。
「ちょっと待ちなさい!」
すると掌を中島に向け、強く言い放ちながらポケットに手を入れる。
「まだ会計を済ませてなかったわね」
「あ、ああそれもそうだな、全部で400円になります」
「はい」
火神は、中島に右手で千円冊を手渡すと、瞬間、口角を上げた。
そして火神が空いている左手で中島の頭部を掴むと、中島の体が激しく炎上する。火神は雲仙と出会った時に見せた炎のAOUを使用したのだった。
「あはははは、油断してんじゃないわよ」
「卑劣なのどっち!?」
しかし、激しい炎熱に包み込まれながら中島は、何事も無かったようにその場に佇む。直後、中島の右掌には黒い炎が出現し、その黒い炎に飲み込まれるようにして中島の体にまとわり付く炎は消失した。
「生ぬるい炎だ、この程度の力じゃあ、持っているトラウマも大したことは無いんだろうな」
「なんですって!」
「せいぜい子どもの頃に家が全焼したとかそんなところだろう?」
「くっ!」
どうやら図星だったらしい、火神は唇を噛み締めるようにして、口惜しさを顕にした。
「そんなしょぼいトラウマでなあ、俺に勝てるわきゃねえええええだろおおおおおっ!!」
中島が右腕を振るうと、黒い炎が荒れ狂い、喫茶店を炎上させた。
しかし、雲仙は既に、火神の腰を右手で抱えて店外へと脱出している。
その一瞬の出来事に、火神はただただ唖然とする他無かった。
「しゅ、瞬間移動!?」
そして黒く、激しく燃え盛り崩れ落ちかけている喫茶店から、中島が悠々と歩いて来る。
「緊急警報を発令して、覚醒者中島と町中で戦闘開始」
火神が本部に依頼し、緊急警報が発令されると、近くの住民達は蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ惑う。
やがて中島は雲仙と火神の眼前まで歩を踏むと、右手に黒い炎を、左手には先程の大剣を出現させた。
「一体何なんだこいつの力は?」
「分からない、でも中島は複数のAOUを使用すると報告されてる。大剣と黒い炎はその一つに過ぎないわ」
すると中島は、雲仙を指差し、口の端を上げる。
「今の一瞬の移動、お前自身が雷となって移動したって訳か。中々面白い、それだけの力を持つお前は、相応のトラウマを持っているということだな」
「貴様には関係ない!」
雲仙は、示指を中島に向け、雷を放つ。
しかし、中島はそれを大剣で受け止めると、大剣を地に刺し電流を受け流す。
「やるな、しかし今度はこっちの番だ」
中島は大剣を振り上げ、一気に振り下ろす。そこから発生した衝撃波を雲仙は何とか躱すと、その衝撃波は後方の民家数件を消し飛ばした。
「何て力だ!?」
冷たい汗が、雲仙の頬を伝う。