第十一話:孤児院
その話がクロガネに告げられたのは、季節がもう夏に入ってからの事だった。
肉食四足動物の強靭な遺伝子を持つ人々、亜人種たちが暮らす国聖・ネロウ王国は、今年も無事に、緑萌ゆる季節を迎えていた。
無事に――というのは、この国が今もって戦争の真っただ中という、極めて特殊な状況下におかれているせいだ。
表面上は穏やかに過ごしているように見えても、物資も士気も底を尽きかけている王国は、当初この夏を迎えられるかどうかさえ怪しい状況だった。
しかし、三か月ほど前のことだ。
王国最後の王族である一人の少女が、“救世機”と呼ばれる機体を得たことで状況が一転する。
少女と“救世機”は圧倒的な力をもって戦いに臨み、長年の宿敵だった敵国の王子を倒し、つかの間の平和を国にもたらした。
そして今日。
“救世機”こと、スーパーロボット<アルヴァリオン>のAIである俺に、王族最後の少女にしてそのパイロット、リーファルミアは急きょ決まったという議題をひとつ、教えてくれたわけだが、それが――。
『……遺跡の探索だぁ?』
「ええ、そうよ」
夏らしく、涼しげな服装に身を包んだリーファルミアが、俺を外に連れ出しながら言いだした。
俺こと、“救世機”<アルヴァリオン>の扱いは、この三か月で大きく変わっていた。
具体的には、AIである俺という存在がかなり“ヒト”に近しいと判断され、ロボでありながらある程度の自由行動が認められたことが挙げられる。
俺の“家”とも言える666番格納庫は王宮の敷地内にある。そこは一般の<E・A>格納庫とは完全に分かたれ、さらにフェンスで覆われている。
カーリック大佐を主とする人々の進言により、俺はその内側を行動する事が許されたのだ。
さすがの俺もこれには驚いた。いやだって、俺ロボだし。デカいし、目立つし。
それでなくとも兵器である俺に自由行動を許すとは、いいのかほんとに。
と思っていたが、毎度毎度俺の『暇だ!』という愚痴に嫌気の指していたリーファルミアが、この案の発起人だったらしい。
話を聞かされて唖然とした俺の顔(もちろんロボだ)を見て、リーファルミアは晴れ晴れとした笑みを浮かべていたっけ。
『遺跡って……そんなモン、どこにあるんだよ』
フェンスの内側――自由行動が許されているそこの外れにある丘に向かいながら、俺はリーファルミアに尋ねた。
訓練場を抜け、倉庫の間を抜ける。多少入り組んではいるが、俺はもうすっかりこの辺の道と建物を覚えていた。
毎日――とは言わんが、結構な頻度で歩いてるからな。
「遺跡、っていうだけなら、聖・ネロウの現在の領地の中に全部で十カ所。今は敵国領である旧領地まで含めると最低でも三十以上はあるはずよ」
思ったよりあるな……。
『あるはず、ってどういうこった?』
「ほとんど壊れて意味をなさないものや、そもそも遺跡がどうかさえ分からないようなものもあるのよ。遺跡というか遺物というか、ね。それを含めての数よ」
もちろん未発見の物もたくさんあるでしょうけどね。
そう言って<アルヴァリオン>のコクピットに座りこみ、リーファルミアがさわやかな風に目を細める。
普段着である、金ボタンのついた白い上着に、ひざ下丈のチェックのスカート。足元は精緻なデザインのレースアップ・ブーツで固めている。
いつもケモノミミにひっかけている王族の証たるリボンは付けず、今日は首に同じデザインのチョーカーを巻いている。それらの色合いはさらりと流された銀髪と相まって大人びた印象をこいつに与えていた。
金色の眼は心地よさ気にほとんど閉じられ、頭から生えたケモノミミがぴこぴこと動く。
縦長の瞳もケモノミミも彼ら亜人種の特徴的な身体パーツの一つだが、それはもう一つあった。
映像化して宙に浮く俺の前で振られる、シッポである。
「で、今回行くことになったのは旧領地のほう。かなり前から探索の申請が出されていた場所よ」
もふっとした純白の尻尾を俺の目の前でフリフリ揺らしながら、リーファルミアはさらに教えてくれる。
あぁ、もふってみたい。
あれ触ったら絶対気持ちいいぞ……。
幼馴染の楪が猫飼ってて、よく腹を触らせてもらったことがあるからな。
あの猫、俺が触ると野生はどこ行ったってくらいとろけるんだよなぁ。
「ちょっと距離があるから、一度出たら一週間以上は王都を離れないといけないんだけど」
『大丈夫か、それ』
自慢じゃねーが、<アルヴァリオン>という戦力は今や、聖・ネロウにおける攻守の要だ。それを一週間以上国から遠ざけてしまうなんて、あまりにも危険だろう。
「それは大丈夫――とは全く言えないわよ。でもここ最近、あいつらの攻勢はかなり落ちているし、三か月で部隊編成や<E・A>の修理もだいぶ進んだでしょ?だから短期間であれば凌げるはず、っていうのが議会の考えよ」
『ふーん。なるほどな』
三か月前の戦い――敵国アトランディア帝国の第三王子、アクザール・アローガンス・アトランディアとの戦いも、<アルヴァリオン>がいたからこそ勝つことが出来たのだ。
以後数回、アトランディア帝国は聖・ネロウ王国に攻めてきたが、いずれも<アルヴァリオン>を主力とする部隊によって撃退されている。
ここひと月ほどは全く戦いが起きていないし、最も近い前線基地――ドーヴァンとかいうらしい――も異様な沈黙を保ち続けている。
この基地に関してはさらに奇妙なことに、アクザールの敗北以降駐留部隊を縮小させているとの報告もある。
これは前線基地としては不自然極まりない動きであり、事実上の基地放棄ともとれてしまう。
アクザールが敗れたくらいで貴重な前線基地を放棄するほど、アトランディアはバカではないだろう。
とはいえ現在聖・ネロウに対する干渉が落ちていることも事実だ。
不可思議な動きや沈黙は無論不気味だが――。
『その隙をついて遺跡探索を――ってわけな』
「そういうこと」
俺のお気に入りの場所と化した丘に到着し、<アルヴァリオン>はゆっくりと腰を下ろす。
毎度のことだが腰部の尖った装甲が土にめり込んでいるが――もう誰も気にしねぇ。
「やっとお出ましかい。待ちくたびれたよ」
『ん?』
急に足元から声がした。
対人センサーは通常、俺の足元程度にしか範囲を広げていない。
なにしろ基地内は人が多い。対人にしろ対物にしろ、センサーを戦闘時と同様に広げていたらとんでもない数が常時認識され、処理の負荷が増大するからな。
なので王国の中にいる時、俺はすぐ近くに来るまで物体を感知できないのだが――。
「ここだよここ。踏みつぶす気かい?」
『あん?』
座り込んだまま振り返ってみると、だほだほの白衣を羽織った女性が、俺を見上げていた。
ぞんざいに纏めた髪とそこから突き出た二等辺三角形。
手入れをしているところを見たことがないのに、なぜか毛並みのいいシッポ。
ポケットに手を突っ込み、くわえたばこの――。
『リキュエル博士。いたのかよ』
聖・ネロウの技術主任、リキュエル=フレーバーが、相も変わらず眠そうな顔でそこに立っていた。
……この人がいるってことは。
「博士!気づかずに失礼しました」
コクピットからぴょんと飛び降りたリーファルミアが、慌てて頭を下げている。
だからさ、お前ら立場が逆だろうそれ。もう見飽きた光景だが。
「なに。ついさっきまで昼寝してたからね。それも仕方ないさ」
「ちなみにリコもいるですぅ」
『やっぱりな』
予想通り、リキュエル博士の背後から小柄な影がひょいと覗いた。
いわゆるゴシックロリータ風の衣装に身を包んだこの少女には、亜人種の証たるケモノミミやシッポがない。
それどころか瞳も二重、三重の輪を有しており、縦長の瞳孔を持つリーファルミア達聖・ネロウの人間とは一線を画す。
それもそのはず、この少女――リコは人間ではなく、リキュエル博士によって造られたアンドロイドなのだ。
黙っている分にはかわいいが、ひとたび口を開けば俺に対する罵詈雑言がぽんぽん飛び出してくる。
まぁその割にはいつも俺に言い負かされて走り去っていくんだがな。
『お前も昼寝か?』
「まぁそんなとこですぅ。夏の風と日差しの中で高尚な思考に身をゆだねていたのですぅ」
えへんとない胸を張ってみせるゴスロリアンドロイド。
「お前には絶対できないことなのですぅ。リコがリコだからこそ出来ることで――」
『御託はいいからよだれ拭け』
「はうぁっ!?」
呆れ顔の俺に指摘され、高尚な思考に身をゆだねていたらしいリコは真っ赤になって口元を拭った。
確かに、よだれ垂らしながら昼寝なんて、今の俺にはできんだろうな。まずよだれ出ねーし。
「気にすることないわよリコ。こんなに穏やかな日は久しぶりだもの。お昼寝したくなる気持ちはよく分かるわ」
「リ、リーファルミア様ぁ……っ」
ぽんぽんと頭を撫でながら、リーファルミアがリコを慰めていた。
聖・ネロウの人々はその遺伝子のせいなのか、昼寝が大好きだ。
ここに来て何度か街中で士気向上目的の慰問をしたことがあるが、公園や家の軒先、すごいのになると屋根の上でまで昼寝をしている人々を目撃している。
かく言うリーファルミアもまた昼寝好きだ。
特段の仕事がない日はベランダに置いた専用のベッドでお昼寝タイムを満喫していたらしいが、ここ最近はこの丘でごろ寝してる。
「で――リキュエル博士。ここで何を?」
『昼寝だろ』
「もちろんそれもあるけど、正確にはアンタ達を待っていたのさ」
よっこらしょ。
リキュエル博士が草の上に腰を下ろした。リコがその隣に座り、草をちぎって一人草相撲を始める。
『俺達を?』
「あぁ、そうさ。……聞いたよ王女様。例の件、許可が下りたそうじゃないか」
リーファルミアの耳がぴくりと動く。眉が動く、じゃないところが、いかにも獣人さんだなぁ。
「お聞きでしたか」
「まぁね。しかし国王陛下もようやく重い腰を上げたかい。年も年だし、もうあの話ド忘れしてるのかと思ってたよ」
ふん。
ちびた煙草をケースに落し、二本目の煙草に火を付けながら、リキュエル博士が鼻を鳴らした。
「……一応私、その陛下の娘なんですけど……?」
言外に、あまり父を年寄り扱いしないでと含ませているが――。
「はっ!事実じゃないか。細かいこと気にすんじゃあないよ。老けるよ?」
いや、おい。マジで言葉に容赦がねえ。リーファルミアが困ってるじゃねーか。
『あー……ごほん。遺跡発掘の話だよな?』
ここは話をそらそう。俺達もちょうどその話をしていたところだったし。
『しかし遺跡の発掘ってさ、なにもこういう時にやらなくてもいいんじゃあないか?今は落ち着いてるとはいえ、戦争中なんだろ?それよりもっとやることあるんじゃあないのか?』
壊れた城壁直すとか、物資かき集めるとかさ。
そういうと、二人は苦笑いしながらうなずいた。
「確かにそうなんだけどね。でもこれは今やるべきことなのよ」
「アンタも王宮のメインストリートで見ただろう?旧時代の戦闘兵器を。あれはこれまでに発掘してきた遺跡から見つかったもの。大概の大きな遺跡にはああいうのがわんさと埋まってる。それを発掘して新兵器でも出れば、戦いはより有利になるってことさ」
そういえばこの国で運用されている兵器の一部――軍用車両は、どうみてもこの時代にマッチしていない。技術的にも外見的にもだ。
流線型のボディを持ち、縁に沿って発光ラインのある四輪駆動車。
どちらかといえばそれらは、俺のいた時代に流行ったSFもののFPSゲームに出てきそうな外見を持っている。
確かにリーファルミアは遺跡から発掘したと言ってたが……。
「それに今回の遠征はね、ただの発掘だけじゃないんだよ。アンタの言うとおり、物資をかき集めに行くのさ」
『?』
「貴重な鉱石や金属を可能な限り見つけて持って帰るんだよ。そうすればいろいろな修理に使えるし、新兵器の開発もできる。アンタの修理も完全にできるかもしれないだろう?」
『俺の修理か……』
剛腕を持ち上げて表面を眺める。そこはほぼ平らだったが、眼を凝らしてみれば微妙に色が違うことが分かる。
三か月前の激闘で傷ついた俺の――<アルヴァリオン>の体は、リキュエル博士の手によってある程度修復されている。少なくとも外見はほぼ変わらない程度にだ。
しかし、彼女の必死の解析にもかかわらず、本来の装甲素材は未だ不明。これを直すにはもっと時間をかけて調べるか、何らかの情報を求めて<アルヴァリオン>が眠っていたあの格納庫を改めて調べ直す必要があった。
そういう訳でここ最近、リキュエル博士はあの格納庫にこもっていたのだが――。
「ようやくアンタを構成している物質を突き止められたって話はしただろう。そいつを詳しく調べたんだけど、これがまたとんでもないものでねぇ。今の聖・ネロウの技術レベルでも生成が難しいのさ」
もちろんアトランディアでも。
そう言ってリキュエル博士が紫煙を吐き出した。
『ふーむ……』
まあそうだろう。
<アルヴァリオン>は<BRAVE>粒子という特殊な粒子を使って動いている。
宇宙空間に充満する暗黒物質。これと同じようなものが惑星上にも存在しているのでないかという理論をベースに研究、発見された粒子が<BRAVE>粒子で、別名を荷電流体性粒子という。
これに特殊波長の電流を流し、<アルヴァリオン>はパペット人形の如く外部からくわえられる力で動くのだ。
その装甲部材は、この<BRAVE>粒子と最も親和性の高い物質を合金として超々高度に圧縮製錬したものであり、これだけでも破格の防御力を誇っている。
リキュエル博士によって“アルヴァニウム合金”と仮称されているこの金属の材料は残念ながら聖・ネロウには存在しなかったため、今は似た性質の金属を使って仮補修をされている状態なのだ。
『その“アルヴァニウム合金”の素材が、遺跡にあるってのか?』
「可能性は無きにしも非ず、だね。なにしろ――」
「その遺跡、大体千年前のものと推定されているのよ」
眠そうな顔を向けられたリーファルミアが話を引き継いだ。
俺達の話に退屈したのか、リコは蝶々を追いかけて走り回っている。なんつーか、天真爛漫だな、見てる分には。
『ふーん……。そりゃ確かに可能性はあるか』
この国では俺こと<アルヴァリオン>は、王宮地下にある千年前の遺跡から発見された機体だ。
イコール、同年代の遺跡なら同じ技術レベルのものがあるかもしれないってことだな。
「さっきも言ったけど、遺跡自体は聖・ネロウ王国の旧領土内。でも今はアトランディアに接収された地域付近にあるから、おいそれと手が出せなかったのよ。貴重な戦力を発掘任務に振る余裕もなかったしね。でも、あんたという規格外の戦力があれば……」
『なるほど。下手すりゃ単機でもいけるってか』
「さすがにそれはないけどね」
リーファルミアによれば、シルベと呼ばれる小さな村の外れに、その遺跡はあるって話だ。
王都からは<E・A>を常時走らせても、片道最低二日ほどかかる道のり。
<E・A>も<アルヴァリオン>も空を飛べないが、陸上の最大歩行速度は前者で時速七十キロ、後者で九十キロほどになる。
二~三十メートルの機体をこの速度で常に走行状態にして二日。かなりの距離にあることは間違いない。
「出発はいつなんだい?それまでにこいろいろと準備が必要なんだけど」
「まだはっきりとは決まってないんです」
「……ふうん。だとしてもまあ、大体二週間後くらいかねぇ」
それまでに作戦を詰め、部隊を編成し、振り分けるのだ。
アトランディアの駐留部隊が近くにいる可能性があるため、おそらく戦闘になる――と、リーファルミア。
『あいよ、お姫様』
俺もうなずいておく。
『でもよ。出発まで何してりゃあいいんだ?作戦だの部隊編成だのは俺達の領分じゃあないんだろ?ずっと戦闘待機か?』
動きがないとはいえ、聖・ネロウは戦時下。のんびりしているように見えて、リーファルミアも<アルヴァリオン>も、実は常時即応体制を取っている。これは俺達だけでなく、他の<E・A>部隊も同様だけどな。
リーファルミアは、首を振って見せた。
「いいえ、私達には私達でやることがあるわ。……正確には私がやりたいこと、なんだけど」
『?』
「行きたい場所があるの。付き合ってくれる?」
『いいけど、どこだ?』
リーファルミアはふわりと微笑んで言った。
「孤児院よ」
* * *
二日後、俺はリーファルミアと共にその孤児院とやらに向かっていた。
王族の仕事として、定期的に国内の各施設を訪問するというものがある。
工場や市場、農場に漁港。数えるしかないものの、公園などもその対象である。
この他学校などもその対象に入るが、リーファルミアはそれプラス孤児院を組み込んでいる。
というのもこの孤児院、あまりに増えてきた孤児を養う場としてリーファルミアが個人的に出資している場所だからだ。
『個人的に出資とはまたすごいな。……そういえばお前、給料みたいなのあるのか?』
「なに、それ」
街中をのしのしと歩く<アルヴァリオン>のコクピットの中で、リーファルミアが小首をかしげた。
道行く人々もすっかりこの機体に慣れたのか、もう驚きを露わにする者はいない。それどころか積極的に手を振ってくれる。
……って、お前給料知らんのか?流石王族。
『あー、給料ってのはつまり、働いたことに対する報酬だ。お金とか物とかさ』
あぁ、とケモミミ少女がうなずいた。
「ピサータのことね。うーん……もらっている?そういうことになるのかしら」
彼女曰く、なんでもアーデルローテ王家の家訓は質素と堅実であり、無駄な出費は極力抑えている
。国全体の生産性が落ちている今、沢山の税を取り立てることは聖・ネロウそのものの存亡にかかわる。
なので可能な限り税率を下げているが、とはいっても王族も人間。生きるためには食べなくてはならない。税収が無ければ食事はおろか服も仕立てられず王宮も維持できない。
そこで打ち出したのが、
「特別顧問出資者っていう制度。要約すると、王族が国の維持以外の仕事を統括し受け持つことで収入を得る仕組みのことよ」
戦時下に限る特殊な制度だそうだが、要するに王子や王妃と言った王族の各員が会社を立ち上げ、その社長になっていると考えればいいらしい。
会社としての利益は社員と、そして社長である王族を通して国庫に入る。
彼らはその一部を給料としてもらい、さまざまに使う――という仕組みだ。
「第一王子と王妃は国の維持や外交関連で大切な仕事があるから除外されているけど。第二王子と王妃以降はみんななにかしらの統括をしているわ。例えば第二王子のゼムギア兄さまは工業と軍事関連。第三王子のフィナンシェ兄さまが国内のいろいろな商店と娯楽関連。姉さまたちは主に教育や福祉、それと第一産業系をまとめているわね」
『で、お前は……』
「私はまだ若輩だから、あまり大きな仕事は任せてもらってないわ。それ以外に重要な――戦うって言う役目もあるしね。数少ない内向きの仕事が一つの学校の維持。あと件の孤児院の運営ね」
『それはそれで結構大変だな……』
経営や運営方面の知識なんて全くないが、リーファルミアが統括しているのはいずれも多くの人々の人生を作る場所だ。
それを二つもまとめるなんてことがどれだけ大変か、何となくだが分かる。
苦労しているのかと思い労うようにつぶやくが、当のリーファルミアは首を横に振った。
「そんなことないわよ。慣れれば結構楽しいもの。それぞれで得た経験をフィードバックさせ合うことでよりよい環境を目指せるしね」
彼女の統括する孤児院では簡単な教育――読み書きや計算――の他、とにかく子供たちを楽しませることを考えているそうだ。
「子供が元気なら、大人はそれを見てやる気が出るでしょう?『あぁ、自分たちがしっかりしないと』って」
『確かにな』
子どもの笑い声や元気な姿は、大人にやる気を出させ希望を見出させる。
逆に子供たちがボロボロの服を着て路地裏をうろついているようだと、大人も絶望に沈みがちになる。
そう考えたリーファルミアは国の士気を保つため、正の感情のスパイラルをつくろうとしているのだ。
『お前、結構いろいろ考えているんだな……』
そういうと、リーファルミアがぷーっと頬を膨らませた。
「失礼ね。これでも私、あんたより頭いいつもりだし、国のことも考えているのよ?」
『ああいや、すまん。そういう意味じゃなくて……』
「じゃどういう意味よ」
むすーっ。
『いや、その……』
いささかへそを曲げてしまったリーファルミアに言い訳しながら、俺は通りを幾度か折れる。
この辺りは来たことがないが、割と背の高い建造物が多い。三十メートルもある<アルヴァリオン>の腰辺りまでくる建物だ。
素晴らしいことにどれもコンクリートなどではなく、木製である。精緻に組み上げられた木材は自重で曲がったり折れたりしてしまわないよう、細部まで緻密に作られているのが外からでも分かる。
組み方は日本の古代木造建築に似ているが、外見はそう――俺のいた世界で言えば、オランダあたりの家を縦に伸ばしたような感じだ。聖・ネロウの伝統的な準高層建築様式の一つで、タクスタと呼ばれているらしい。
「そこ左」
『お、おう』
ぷいっと横を向いたままリーファルミアが道を指示してきたので、その通りに曲がる。
足元には相変わらずケモノミミに尻尾の皆さんがうろついているから、一歩を踏み出すのも一苦労だ。やれやれ。
「っと、ストップ。ついたわ、ここよ」
『ん……』
視線を下げると、タクスタ様式の家の谷間にぽかりとあいた空間が、足元に広がっていた。
石造りの塀で囲まれた敷地の中に、池や小さな丘、林や公園と言ったものがコンパクトにまとまっている。
こっち側が正門のようで、奥の方には三角屋根の木造建築が鎮座している。
その横には十字架に似たモニュメントを屋根にいただき、その下には鐘を持った石造りの建物。
外見上こいつは教会ってのに良く似てる気がするな。
『なあリーファルミア。あれは……』
「礼拝堂よ。ここは孤児院であると同時に四大神のひとりマアテル=ロウに祈りをささげる場所でもあるの」
『はぁ、ん』
マアテル=ロウは豊穣をつかさどる女神だ。
未来ある子供たちに豊かさをもたらして欲しいという願いを込めて、守護の神であるセイル=ロウではなく豊穣の女神マアテル=ロウをいただいているのそうだ。
『やっぱ礼拝関係か』
ってことはここの責任者は……。
(対人センサーに感。照準中の建造物より。数一)
『ん、誰か出てきたな』
「ここの責任者よ。クロガネ、しゃがんで頂戴。降りるから」
『あいよ』
正門の前で<アルヴァリオン>が片膝をつき、コクピットを開く。
手のひらを差出してその上にリーファルミアを乗せ、そおっと地面に下ろしてやった。
ここに来るときはいつものことだそうだが、リーファルミアの服装は一般市民とほとんど変わらない。
今日は黒のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織り、下はロングスカートに身を包んでいる。ケモノミミにひっかけた赤いリボンには王家の紋章が縫い込まれているが、決して派手さはない。
石畳の上をこつこつと歩いていき、礼拝堂から出てきた人物と正対する。
「ようこそおいで下さいました、リーファルミア様。お待ちしておりました」
「ご無沙汰しています、シスター。なかなか時間が取れず、来訪が伸びてしまったことをお許しください」
互いに丁寧なあいさつを交わしつつ、抱き合っている。
リーファルミアを優しく抱き留めているのは、肩口から足までをすっぽりと覆う黒の僧衣を纏った――。
(やっぱし、聖職者だったか)
俺の感覚で言えば六十歳くらいに見える女性が、そっとリーファルミアの頬にキスをしている。キスを受けたリーファルミアも女性の頬にそれを返し、再び抱き合う。
女性の外見は俺のいた世界のシスターに似ているが、ケモノミミのついた頭部は覆わず露出させたまま。持っているのも十字架ではなく、別の形状の装身具だ。
灰色の髪は肩口辺りでそろえられ、腰上から出た同色の尻尾がふわふわと揺れている。
「息災のようですね。ここ最近も幾度も国を護ったとか。聞きましたよ、先日の活躍を」
これは多分、一週間くらい前に攻めてきたアトランディアの斥候部隊を返り討ちにした時の話だろう。
小規模で斥候とはいえ、結構な数がいた。城壁の近くに至近弾を許してしまったのでいくらかの被害が出たそうだが、死者は無し。
こちらの損害も最小限に抑えられ、<アルヴァリオン>とリーファルミアの勇名はまた国中に響き渡った。
その最中、リーファルミアは新しい武装を使ったが、こいつは調整中の代物だったんだ。
無茶をしたせいでまた一からやり直しだぜ、まったく……。
(ぶつぶつ……)
「ええと、はい、シスター。なんとかやっています」
やさしげに眼を細めるシスターに、リーファルミアがはにかみながら答えている。
何とかやってんのは俺の方だぜ。つか俺の苦労も分かってくれよ。武装の調整めんどくせーんだぞ?
「しかし、よいですか。あなたも女の子なのですから、あまり無理をしてはいけませんよ?女性が――それもあなたのようにうら若き乙女が戦場に立つことを、偉大なる四大神は皆、望んでおられません」
「分かっています。それでも私は、自分にできることを精いっぱいやるだけです」
「ふふ……。変わりませんね。その心意気はとても頼りがいのあるものです。ところで――」
女性が身を離し、俺を見た。
「こちらが、あなたの?」
「ええ、はい。そうです。この度私の専属機になった“救世機”<アルヴァリオン>です」
……俺が正門から中に入ると、綺麗な石畳や芝生に巨大な足跡をこしらえてしまう。
なのでずっと外で片膝をついたままじっとしていたんだが、そうしたら女性の方から俺に歩み寄ってきた。
「初めまして、“救世機”<アルヴァリオン>。私はこの孤児院の責任者、シスター・レジーナと申します」
ちらりとリーファルミアに目を向けると、小さくうなずいている。
自己紹介しろ、ってことだろう。
『……ごほん。えーと、<アルヴァリオン>の管制AI、クロガネだ――です。よろしくお願いします、シスター』
日本人のクセか頭を下げながら自己紹介すると、シスター・レジーナと名乗った女性が驚いたように目を見開いた。
「まぁ!驚きました。話には聞いていましたが、これほどまでに人間そっくりにお話が出来るとは!長生きはするものですね」
それにとても丁寧なあいさつです、と、感心したように言う。
そりゃまあ、初対面の人だしな。プラス、目上とご老人は敬えって、死んだジーちゃんやサンガじいさんに口酸っぱくして言われたし。
まああのじいさんに対してはほとんど友人みたいなノリで接してたけど。
「ちょっと」
ん?リーファルミアが頬を膨らませてる。
「初めて私に会った時とずいぶん態度が違うじゃない、あんた」
『目上と年上の人には敬意を払え。じーちゃんの教えだ』
リーファルミアが思いっきりため息をついた。
「……何度も言うけど、私は王族。つまり、あんたからすると目上なんだけど?」
あんた敬意払ってないでしょ、と言わんばかりの目を向けてくる。
『いや、うん。まぁ……』
俺かしづくとかできねぇし。
俺達のやり取りを見て、シスター・レジーナがくすくすと笑っている。
「仲がよさそうで何よりです、リーファルミア様。よいパートナーに出会えたようですね」
言われたリーファルミアは真っ赤になり、
「そ、そんなことありません!こいつってば私に敬語使わないし、失礼だし、うるさいし!勝手に動くし言うこと聞かないし……」
『ひでぇ言われようだ』
「ひでぇ言い方にもなるわよっ」
ついこの間も戦闘中にこんなやり取りした気がするが、まぁいいや。気にしないでおこう。
シスター・レジーナはまだ笑っていたが、ふと姿勢を正した。
「さ、リーファルミア様。そろそろ参りましょう。子供たちも待っておりますよ」
「あ、は、はい!」
まだ俺と言い合っていたリーファルミアは、慌てて俺の足元に走り寄ってきた。
「クロガネ、あれ出して、あれ!」
ぺちぺちと俺のつま先が叩かれる。
『へいへい。……ほれよ』
右つま先の一部を開く。
つま先にあるわずかな収納スペース。そこは主にサバイバルツールなどをしまえるスペースなんだが、今回はそれを出して別なものが入ってる。
「よっと……」
スペースにフィットした形状のコンテナから、手さげのバスケットと、まるでサンタクロースのもののように巨大な袋を引っ張り出す。
「手伝いましょうか?」
「い、いえ!大丈夫です!」
おもちゃやお菓子、服などを収めたその袋が最低でも十五キロの重さがあることを、俺は知っている。
俺の知っている意味での“人間の女の子”であればふらついてしまうだろう重さだが、亜人種であるリーファルミアは苦も無く背負った。
「おまたせしましたシスター。さ、行きましょう!」
「はいはい」
「クロガネ。あんたは敷地の裏にある、砂地の広場にいてくれる?後で行くから」
『あいよ、分かった』
ん、と軽く手を振って、リーファルミアとシスター・レジーナは連れだって建物に入っていった。
* * *
リーファルミア達が施設に入ってしばらくすると、大きな歓声が聞こえてきた。たぶんあいつが、子供達に袋の中身を出して見せたんだろう。
入っているのはリーファルミアが自らそろえたおもちゃやお菓子、服や筆記用具などだ。
季節外れだし、そもそも聖・ネロウにそういう習慣があるかは知らんが、まるでクリスマスのような光景が広がっているに違いない。
俺は子供たちの歓声と、時折聞こえるリーファルミアの笑い声を聞きながら、言われた通りの場所に歩を進める。
通りは狭く、<アルヴァリオン>の巨体では抜けるのも注意が必要だ。
うーむ、こりゃやっぱ小型の移動用端末が必要かもしれんな……。今度リキュエル博士に相談してみよう。
施設の裏手に回ると、確かにそこには砂地の広場があった。
木で囲われた砂場や休憩スペース、芝の貼られた丘など、子供たちが走り回れるような場所らしい。
『ここだな』
砂地に足を踏み入れ、できるだけクツ底が沈まないよう<BRAVE>粒子で機体を引っ張り上げるようにして荷重を調整する。
『お、リーファルミアだ』
礼拝堂に併設された住居と思わしき建物は二階建て。
矢張り木製で、ステンドグラスや屋根近くにある丸い窓が特徴的だ。
大幅な塗装はされておらず木材本来の色を生かしてあり、とても温かみのある建築様式だ。
その一階部分の裏手は大きなテラスになっており、ガラスの向こうで子供たちと戯れるリーファルミアの後ろ姿が見える。
――!
何人かの子供たちが俺の姿に気づき、驚きの表情で固まった。
『……』
ぎょいんぎょいん。
軽く手を振ってやるとさらに驚き、気の弱い子供たちはリーファルミアのスカートにしがみついている。
あっはは、かわいいな。
リーファルミアがくるりと振りむき、俺を見て取ると――。
おかしそうに笑って引き戸を開け、子供たちに外に出るよう促した。
「ほーら、さっき話した、あれが私の機体。怖くないから近くまで行ってみてごらんなさいな」
「「「……」」」
きょときょとと、リーファルミアと俺の間で視線を行き来させる子供達。その顔からは不安と期待が見て取れる。
「とって食べられたりしないわよ。大丈夫」
失敬な。んなことするか。
ぽん、とリーファルミアが一人の背中を押すと――。
わぁっ!!
それを合図に子どもたちが一斉に飛び出してきた。
『おおう……』
出るわ出るわ、その数およそ五十人以上。
再び片膝をつき、走り寄ってくる子供たちを眺める。
誰も彼も服の裾が短かったり、逆にだほっと長すぎたりしている。が、元気は有り余ってるようだな。顔も明るいし、結構なことだ。
そしてもう見慣れたが――全員がケモノミミとシッポを揺らしながら、先を争うように俺の傍に寄ってきた。
「すげー!」
「でけー!」
「紅い!」
「トゲトゲだー!」
「アレ意味あるのかな?」
「ないんじゃない?」
「えー、いいじゃん!かっこいいし!」
『おう、おう……』
とりあえず落ちつけお前ら。
キラキラした瞳で俺を見上げ、てんでに喋りまくる。
後から追いついてきたリーファルミアとシスター・レジーナが苦笑いで俺達を見ている。
「名前なんてんだっけ?」
「あ、あ……あるば……えーと?」
「ひめさまぁー!」
「<アルヴァリオン>、よ」
しがみついた子供たちの頭を撫でながら、リーファルミアがゆっくりと発音する。
「そーそー!<あるばりおん>、だ!」
「変な名前ー!」
「変な名前ー!」
『うるせぇ』
スパロボとしちゃ割と普通だっての。
しかし俺が言葉を発すると、子供たちは再び固まった。
「「「……」」」
『お、おい?どーしたお前ら……』
「「「し、しゃべったああぁぁぁぁぁぁっ!」」」
どわぁぁぁぁ!
いちいちハモるな!
「ひめさまぁー!これ喋るよー!」
「すげー!」
「そうよ、これは特別な機体なの。……クロガネ、あまり怖がらせちゃ駄目よ」
『俺のせいかよ』
まぁ<E・A>に限らず、普通ロボは喋らんからな。驚かれるのも無理はないか。
<勇者皇帝>シリーズをバイブルとしている俺の中じゃ割と当たり前なんだけどな。
「なあ」
「うん」
「……」
よいしょっ。
『むん?』
しかし驚きが去ると、好奇心と冒険心が一杯の子供達は、なんと俺によじ登り始めた。
「ってちょっとあなた達!?危ないから登っちゃ駄目よ!」
慌ててリーファルミアが注意するが、子供達――特に少年たちには全く聞こえていない。
幼くとも亜人種である少年たちは身体能力が高く、<アルヴァリオン>表面の突起を使い、器用に俺を登る。
「ちょ、ちょっとってば!」
『大丈夫だ、リーファルミア』
ずりっ!
「あっ!」
と――急に一人の少年が足を滑らせた。少年の位置は俺の腰のあたり。十メートル弱くらいの高さがある。
「あぶないっ!」
わあっ!
リーファルミアが叫び、子供達が息をのむ。
この高さから落ちれば亜人種とはいえ、大人ならともかく子供であれば大怪我どころではすまない。
空に投げ出された少年は悲鳴を上げて落下し始め――。
(<BRAVE>粒子を局所活性。極小ターゲットに対し作用)
少年の体表面が紅い光を帯びる。
「え……?」
防御兵装ディフェンス・ウォールを、照準した物体に対して展開したのだ。
元々<BRAVE>粒子は空間に充満している。つまり座標さえ設定してやれば、俺の演算効果が届く範囲ならどこででも活性化させることが出来るのだ。
そして活性化した粒子は俺の制御化にあり、包み込んだ物体は俺の意思で動かす事が出来る。
この場合――。
『ほらな』
<BRAVE>粒子の膜でおおわれた少年の体は落下が止まり、空中にとどまった。
「お、お、おーっ!」
くるっ。
少年の体は空中で回転し、ふわふわと漂いだす。
最初こそ戸惑っていた少年だが、すぐさま笑顔が戻りきゃっきゃとはしゃぎだす。
「す、すげー!」
「ぼくも!ぼくもやって!」
「わたしも!」
『順番な、順番』
元々が超重量の機体や腕部、武装を制御するシステムだ。このくらいの質量であれば、たとえ百人を同時に制御しても演算には余裕がある。
自分も飛んでみたいと我先に手を上げる子供たちを、俺はまとめて照準、空に浮かばせた。
特に意味はないが人差し指を立ててちょいちょいと振り、操っているパフォーマンスをして見せると、子供たちがきゃいきゃいと笑った。
わーい!
紅い光を纏って空を飛び回る子供たちを見て、呆然としていたリーファルミアがようやく胸をなでおろしていた。
「び、びっくりしたぁ……。あまり驚かさないでクロガネ……」
『すまん。俺だってびっくりしたさ。けど、子供にケガさせるわけにゃあいかんだろ』
「当然よ。……でもそれ、楽しそうね」
『お前もやるか?』
「へ?」
五十人からの子供たちの空中移動を制御しながら、俺はリーファルミアも照準に収め、ふわりと浮き上がらせる。
「ひゃ、ちょ、ちょっと!?」
私、スカート!
ロングとはいえスカートのまま空に浮かばせられたリーファルミアは慌てて裾を押さえている。
『そんなに高くまでは上げないから安心しろよ』
できれば俺の顔辺りまで飛ばしたいが、さすがにここではなぁ。
子どもたち同様、高さ五メートル辺りまで浮遊させ、ひょいひょいと動かしてやる。
「ひゃあぁっ!?……あ、でもこれ、結構楽しいかも」
『そらよかった』
実は俺も、<BRAVE>粒子をこういう風に使えることを今知ったんだけどな……。
バラしたら怒られそうだから黙っとこう。
「ふふふ。皆すっかり打ち解けたようですね」
子どもたちの歓声とリーファルミアの笑顔を見上げながら、シスター・レジーナが実に優しげな笑みを浮かべている。
『シスターもやるかい?』
「いえいえ、私は見ての通り老人。腰を痛めてしまいますよ」
『そっか』
にやりと笑い、俺は子供達の空中移動制御に集中した。
* * *
リーファルミアが持ってきた食材を使いシスター・レジーナが作った、サンドイッチの昼食をはさんで空中浮遊を楽しんだ子供達。
彼らがすっかり遊び疲れて昼寝の時間に入ってしばらく経った。
テラスにお茶を運んできたリーファルミアは今、シスターと共に近況を報告し合っている。
俺は相変わらず砂地に片膝ついて、二人の様子を見守っていた。
陽光が真紅の装甲に反射し、周辺の建物を染めている。
「そうですか。あの男を……」
「はい……」
話題に上がっているのは先日俺達が倒した、聖・ネロウにとっての仇敵アクザール王子のこと。
契約の儀から始まったリーファルミアの話は佳境を迎え、今まさにアクザールを倒した場面に差し掛かっていた。
「強敵でした。<アルヴァリオン>の力が無ければ、今回も敗北を喫していたでしょう」
「長年この国に災厄を運んできた男でしたね。まずは、よくやってくれましたと申し上げましょう」
温かく薫り高いお茶を含み、シスター・レジーナは息をつく。
この茶葉は聖・ネロウの特産品の一つで、とある木の葉から作られている。
その樹はリーデンと呼ばれ、最大で高さ二十メートル近くまで育つ大木だ。
<E・A>を改造して作られた収穫用機械で摘み取られ、半月ほどかけて乾燥させ、さらに大なべで蒸らす。
特に質のいいものは神事にも使われるって言ってたな。
薄紫色の液体の表面を見つめながら、シスター・レジーナが口を開く。
「――ですが、お忘れではありませんね。あなたはひとりの人間を手にかけたことを」
「っ……」
びくっとリーファルミアの肩が跳ねる。
「敵とはいえ、我々を抑圧し弾圧し蔑んできた相手と言えど、彼もまた人間。その命を奪った事、お分かりですね。リーファルミア様」
「……はい」
リーファルミアがうつむいちまったので、急いでフォローに回ることにした。
『お、おいおい、シスター。そうは言うけどあいつ、リーファルミアのこと動物扱いするようなやつだぜ?この国だってあいつのせいで領地をたくさん奪われて仲間をやられたんだろう?』
俺だって散々痛めつけられたし。
『そんな奴、倒されて当然だぜ……?』
シスター・レジーナはもう一口お茶を飲み、俺を見上げた。
「ええ、そうですね。あなたの言うとおりです。私個人も、あの男には何度も煮え湯を飲まされました」
しかし――。
灰色の髪を横に振る。
「であっても私は、彼を人間と――同じ存在と見ていました。例え彼が、我々を動物と蔑んでもです。同じ、命あるものとみていたのです」
ゆっくりと、俺を諭すように言葉を重ねてゆく。
『そりゃまあ、そうだが……』
「あなた達はその命あるものをひとつ、世界から奪ったことを自覚しなければなりません。その痛みを感じなくなれば、貴方たちは彼と――アクザール王子と同じ存在に成り下がってしまいます」
『そんなこと……』
「いいのよ、クロガネ。シスターの言う通りなんだから」
顔を上げたリーファルミアが俺を見る。金色の瞳には、犯した罪を自覚し、それでも前に進もうとする者の強い意志がのぞいている。
「私たちが彼を殺した。国の為、民の為。どんな言葉を並べても、それだけは変えられない事実だもの」
『お前……』
「でも、それでも私は進むの。この国と、子供たちの笑顔と未来を、守るために。どんな犠牲を払ってもね」
だからシスター。
リーファルミアが修道服の女性に向かい合う。
「遠慮なく、私を怒り諭してください。私が道を外れないように。そういう方がいることを私は嬉しく、心強く思いますから」
……俺が読んでいた漫画の主人公ってのは、物語が進むにつれこういう問題を乗り越えていったもんだが。
リーファルミアはもう、その先にいるんだな。大した奴だぜまったく。その意志の強さが俺との契約を成し遂げたんだろうな。
厳しい顔をしていたシスター・レジーナが、ふと笑みをこぼす。
「……あなたは本当に強くなりましたね、リーファルミア様。いえ、リーファルミア。あどけない子供のころとは大違い。強く、凛々しく、美しい。母君を見ているようです」
「シスター……・」
過去を懐かしむような空気が、二人の間に流れている。
『……そういえば、リーファルミアの父さんは国王だよな。母さんはどうしてるんだ?見たことないが』
聖・ネロウに来てそれなりの時間が過ぎ、彼女の父――つまり国王であるエスペディート・ネロウ・アーデルローテ氏は何度か見たことがある。
直接話したことはないが、温和そうな人物だった。
しかし彼女の母親については見たことがなく、あまり話にも上ったことがない。体でも弱いのかと思っていたんだが。
首を傾げた俺の前で、リーファルミアが少しうつむいた。横顔が影に沈む。
「そういえば、話してなかったわね」
「リーファルミア……」
シスター・レジーナが、気遣うように少女の肩に手をおく。
「……大丈夫です、シスター。いい機会だし、話しておくわね」
『お、おう……』
地雷踏んだかな……?
リーデンのお茶を飲み、リーファルミアがゆっくりと話し出す。
「私の母さま、キルセ・イナ・アーデルローテはね、父さまの六番目の妻。正室ではなく、いわゆる側室なの。元々は父さまにお仕えする、四大神の巫女の一人だったのよ」
『巫女?』
「そう。聖・ネロウの人々は皆、四大神とその上に立つ偉大なる創造神を信仰しているわ。それぞれに二人ずつ巫女がいて、神からのお言葉を王に伝える役目を持つの。母はマアテル=ロウの巫女だったのよ」
聖・ネロウにおける宗教ではリーファルミアの言った通り創造神ネ=ロウを頂点とする四大神を信仰の対象としていて、教会がそのすべてを統括している。
この教会で学んだ者の中から、未来の巫女や神父といった神の教えを守り広めるものたちが輩出されるんだ。
余談になるが、聖・ネロウ王国の名はもちろんこの創造神からとっている。
「母さまももちろん教会で教えを学んだ者の一人。とても優秀だったと聞いているわ」
少し得意げに、リーファルミアが胸をはる。
“ロウ”と呼ばれる四大神の巫女はとびきり優秀で美しい少女たちが選ばれる。
リーファルミアの母はその条件を備え、成績トップで卒業して巫女に選ばれる資格を得たそうだ。
『トップになるだけじゃあだめなのか?』
「ええ、そうですよ」
俺の問いにはシスター・レジーナが答えてくれる。
「そもそも、教会で言う成績とは、数値だけで判断されるものではありません。というより、数値は大して意味をなさないのです」
『え、どういうこった――じゃあない、ことですか、それ』
「ふふ。いつも通りの話し方で結構ですよ、クロガネ。私もそのほうが気楽です。――さて、意味はというと。逆にお聞きしますが、聖職者に必要なものはなんだと思いますか?」
聞かれて考え込む。
中学高校と勉強してきた世界の歴史を思い返してみるが。
(……ぶっちゃけ居眠りばっかだったからなぁ……)
楪につつかれては起こされ、ノートを借りて一夜漬けしてた記憶しか浮かんでこねぇ。
『……むぅ』
考え込んだ俺をしばらく面白そうに眺め、シスター・レジーナが答えを示す。
「聖職者に必要なもの、それはなにより“徳”です」
『徳?』
「そう、仁徳です。他者を理解し、慈しみ、導く力。そして他者からも慈しみを受け、頼られる存在でなければなりません。それは分かりやすく言うなら、皆に愛されること」
『あ、あぁ。なるほど……』
神に仕える者が威圧的で他者を踏みにじるような、あるいは自分の利益を得ようと動く者だとしたらどうなるか。それは俺のいた世界でも実際に起こったことだ。
結果そいつは全てを失い、どん底に落とされる。下手をすると国が滅ぶことだってあった。
聖職者とは神の教えを曲解せずありのまま理解し、伝えられる存在でなければならない、とシスターが言う。
そのためには人として、やさしい者でなければならないと。
『分かる気がするぜ』
「そう?母にはそれが備わっていて、巫女になる資格を得られたの。神官たちによる最終試験と協議の結果、母は見事に巫女に選ばれたわ」
以後数年、リーファルミアの母はマアテル=ロウの巫女として王宮に努めることとなる。
そしてある時の儀式で彼女は国王に見初められ、求婚を受けて承諾。国王の妻となる。
「そうして生まれたのが私。……でも母は体があまり丈夫じゃなくてね。私を生んですぐ、具合が悪くなってしまったの」
リーファルミアの顔が寂しげに曇る。
「神官や医師の必死の治療にも関わらず、母は……亡くなったわ。私を生んで半月後だったそうよ」
「そして、幼いリーファルミアの乳母となったのが、当時王宮に努めていた私だった――という訳です」
ああ、それでこの人リーファルミアのことを敬称なしで呼ぶのか。
『……すまん』
悲しい過去を思い出させてしまったことを詫びるが、リーファルミアもシスター・レジーナも首を横に振った。
「いいえ、パートナーの事を知りたいと思うのは当然の事。私にとってこの話は、そこまでつらいお話ではありませんよ。むしろ懐かしさを覚えます」
「私もそう。母さまの記憶はほとんどないけど、こうして話していると母さまがすぐそばにいてくれる気がするから。私たちがこうして覚えている限り、母さまは私と共にいてくださる。そういう気がするもの」
それに――。
と、リーファルミアが敷地を見渡す。
「それにここはマアテル=ロウを、つまり母さまが巫女を務めていた神をいただく場所。ここに来れば母さまに会える。そんな気がするの」
『……そっか。強いなお前』
そういうと、リーファルミアが頬を染めた。
「べ、別にそんなことないわよ。……ところであんたのご両親は?元人間だったっていうならいるんでしょ?」
幾分挑発的な口調で聞かれた。
両親、か。
リーファルミアじゃねぇがいい機会だし話してやるか。
『俺もまあ、いた、だな』
うっ。
素直に答えると、リーファルミアが固まる。さっきの俺同様、地雷踏んだ!?って顔だ。
『小学生くらいの時だったか。二人とも事故でな。そのあとはじーちゃんちに預けられて育って、高校から晴れて一人暮らしだったのさ』
ちなみに初めて<勇者皇帝>シリーズに触れたのも、じーちゃん家だ。その面白さにハマり、のめり込んでいったのもこの頃からだ。
「ご、ごめんなさい」
まさかの境遇に慌てたリーファルミアが頭を下げてくる。
『いいさ。俺も気にしてない。それに俺には幼馴染や友達がいたからな』
「……ロボの?」
『ちゃうわ!』
なんでそーなる。
『人間のに決まってるだろう。ま、この世界に来るときに分かれて以来だから、今どうしてるか知らんけどな。元気でやってんじゃねーかな』
「そ、そう」
「……そういえばあなたは、別の世界から来たと仰っているそうですね。リーファルミアからの手紙にありましたが」
シスター・レジーナが興味深げに聞いてきた。何をバカなことをと一笑に付されるかと思ったが――。
「なんでも元は人間だったとか。その心のみがこの世界に移り、<アルヴァリオン>になったと」
至って真面目な顔で、彼女は俺の頭の先からつま先まで眺めまわす。
『ああ、まーな』
かたんと椅子を引き、シスター・レジーナが立ち上がった。
音を立てずに歩いて俺の傍までくると、手のひらを脚部に触れさせる。
『お、おい?』
「……わかります。体は金属で冷たくとも、あなたの心はとても温かい。他者を思いやり、助け、守りたいと強く願っている。自らが傷ついてもなお曲がらない意思がある」
『…………』
目を閉じ、じっと手のひらに集中しながらそんなことを呟く。
そ、そこまで言われると照れるな。確かに俺は<勇者皇帝>を見てからというもの、そうあろうと考えているけど。
シスター・レジーナが目を開いた。
「その心を持つあなたに、どうかお願いします。リーファルミアを、護ってあげてくださいね」
『……おう、任せろ』
リーファルミアと目を合わせ、にやりと笑う。彼女は黙って俺を見ていたが――。
「……もしあなたが教会で学んだ者なら、聖職者になる資格もあったでしょうに。残念です」
「はい!?」
続くシスター・レジーナの言葉で頓狂な声を上げた。
「し、シスター!?こいつが、そんな!」
『こいつってなんだよ』
「だ、だって……」
「?何かおかしなことを言いましたか?」
小首を傾げ、シスターが心底不思議そうな顔をして見せる。
「こ、こいつってばうるさいしガサツだし言うこと聞かないし、男だし、ロボだし!」
『ひでぇ』
「そんなのが母さまと同じ聖職者になれるなんて、無理ですってば!」
『そんなのかよ』
そこまでこき下ろさなくてもいいじゃねーか。ちょっとへこんだぞ。
真っ赤な顔で犬歯を剥き抗議するリーファルミアを、シスター・レジーナが睨んだ。
「まあまあ、そんなことをいうものではありませんよ、リーファルミア。言った通り、聖職者には徳が必要ですが、彼にはそれがあるはずですよ。すんなりと街の人々に受け入れられ、子供たちと打ち解け、何よりあなたが傍にいるのですから」
「わ、私!?」
『シスター、それどういう意味だ?』
老女がいたずらっぽく微笑んで見せる。
「あのですね。残念なことにリーファルミアはあまり友人が多くないのです。同性はもちろん、異性などそれはもう、全くと言っていいほどに。いい年頃だというのに……」
困ったものだとばかりに頭を振るシスター・レジーナ。
「わー!わー!」
リーファルミアがばたばたと手やシッポを振り回し、大声を出す。
「昔から人見知りする女の子でして。ごく少数の気心の知れた相手とは普通に接しますが、見知らぬ相手となると、私の衣の陰から出ない始末でしてねぇ」
『ほうほう。それで?』
ぐぃーんと身を乗り出し、聞き耳を立てる。
「ちょ、ちょっとクロガネ!シスター、あまり変なことを吹き込まないでください!」
慌てたリーファルミアが急いで立ち上がり、シスター・レジーナを止めようとする。
目の前で振られるリーファルミアの手を優しく取り、
「そんなあなたが初対面からこのように接しているというなら、それは彼の徳のなせる業でしょう。違いますか、リーファルミア」
柔らかく微笑む。
「あう、あ、う……」
出ばなをくじかれたリーファルミアは意外にも『違う』と反論せず、頬を染めてうつむいた。
あ、目が泳いでる。
「……ね。ですから、そのような口を聞いてはいけませんよ。……もっとも、クロガネへのあなたのそれは、好意の裏返しでしょうけど」
ぼんっ。
おおすげぇ。もっと真っ赤になった。
心なしかケモノミミの内側が、ほんのりピンク色になっている気がする。
ふらふら揺れる尻尾がこいつの心情をダイレクトに表してるって気さえするな。
猫とか犬ってシッポも感情豊かだっていうし。
にしても、いやぁ、この人たちって感情表現分かりやすくていいなぁ。かわいいし。
「……やれやれ。相変わらずこの手の話には免疫がありませんね、あなたは」
シスター・レジーナがため息を吐いた。
「そういえば母君キルセ様も、教会にいたころは色恋には疎かったですね。それはもう美しい方で、影では聖職者を惑わす女とまで言われたほどでしたのに。このような話になると真っ赤になって逃げだしておりましたっけ」
シスターが過去を振り返り、楽しげに笑う。
「ご、ごほん!」
リーファルミアは黙って聞いていたが、急に大きな咳払いを一つ。
「そ、そんなことより!話!そう、もうひとつお話があるんですっ!聞いて下さいますねシスター!?」
「あらあら、まあまあ」
『照れてるな』
「照れてますねぇ」
「う、うるさいわよっ!」
がぶがぶと冷めたお茶を飲み干し、リーファルミアが息をつく。
「ま、まったくもう。二人で私をからかって……」
「ふふ、少し遊びが過ぎましたか」
『わりーわりー』
「あんたは反省してないわね、クロガネ。あとで覚えてらっしゃい」
ごほん、ともう一つ咳払いをして、リーファルミアは話を再開した。
* * *
「遺跡の探索、ですか」
直前の話のせいでしどろもどろながらも、リーファルミアは遺跡探索についての話をシスター・レジーナに聞かせ終わった。
「はい。技術主任のリキュエル=フレーバー博士をご存知ですね?あの方から出ていた申請がようやく通ったんです」
その子ならよく知っています、とシスター。
年齢不詳とはいえ、あのリキュエル博士を『その子』扱いか。やっぱこの人大物かも。
「そうですか、ついに念願叶ったりということなのですね」
『そんなに前から申請してたのか、あの博士』
「ええ。あの子がまだ一介の研究者だったころですから……大体十年ほどにもなりますか」
「うん、そのくらいね。私が七歳の時に、申請が弾かれたって言って愚痴ってた覚えがあるわ。……王宮の中庭で」
なんでそんなところにいるんだよあの博士。王宮の中庭なんて、王族やら貴族やらしか行けない場所だろうに。
「あの人神出鬼没だもの。どこにでも現れるわよ。たまに兄さまや姉さまの部屋でお茶してることもあるわね」
『……』
えー。
程ってもんがあるだろいくらなんでも。
もう慣れているのか、リーファルミアはさして感情も見せない。
けどそれ、いろいろまずいんじゃねーの?仮にも王族の部屋に上がり込んでお茶とか。城の警備どうなってるんだよ。てゆーか王子も姫もそれでいいのかよ。
「人生相談まで受けていたらしいですからねぇ。私がいた当時、恋愛相談を持ちかけた侍女の女の子がいたとかなんとか。噂ですが」
『……ほんとなんなんだよあの人』
大体恋愛相談話したところで、あのリキュエル博士が有益なアドバイスをくれるとも思えん。
そんなもん運と気合でなんとかしな、とか言われそう。
「ま、まぁそれはそれとして。その博士が十年前に出した申請が通って、今回遺跡探索に行くことになったわけですが。その統括を私が任されることになったんです」
リーファルミアが得意そうに語るが、一方の俺はきょとんとした。
そんな話聞いてないぞ?
そう言ってみると、
「だって決まったの昨日だもの」
と至極あっさりと答えが返ってきた。
「あんたは確かに私のパートナーAIだけど、だからと言って、なんでもすぐに話をするわけにはいかないわよ。こうしてごく普通に会話できるから私も忘れがちだけど。基本的にAI連れて歩く人なんていないのよ?」
『あー、まあそうか』
通常契約の完了したAIユニットは専用の部屋にしまわれており、戦いが起こった時に初めてそこから引っ張り出される。
俺のように独立したAIユニットが存在せず、機体とAIが一体化しているという存在は他にはない。
俺自身も普段は例の666番格納庫でじっとしているが、なまじ元人間である分、長いこと同じところに居続けると飽きてしまう。
じっとしているのが苦手な俺の性格でもあるけど。
幸いリーファルミアは慰問に行く際、市民の士気向上の意味も込めて俺――というか<アルヴァリオン>を連れ出してくれるし、最近はフェンスの内側に限り“外出許可”もあるから気晴らしはできるけどな。
「いいこと?でも、あんたを連れ出すのには三~四枚の書類を毎回書いて提出しなきゃならないんだから。感謝しなさいよ」
『サンキュな、リーファルミア』
手を煩わせているのは本当なので、素直に手を合わせておく。
「なにその仕草」
『心からお礼とか謝る時にするんだよ。知らんのか』
腕組みして、ふんと鼻息を漏らし、リーファルミアは先を続ける。
「まあいいわ。ちょうどいいからここで話しちゃおうかしら」
「探索先の遺跡の事ですか?」
「はい」
「では、お茶を入れ直しましょう。少し待っていてください、お二方」
子供達の手製と思わしき木の椅子を引き、シスター・レジーナが立ち上がる。
二人分のカップを盆に載せ、リーファルミアに一礼してテラスを出て行った。
「……」
『……そのお茶、おいしそうだよな』
遺跡の話はシスターを交えてするつもりらしく、リーファルミアはぼんやりと遠くを見たまま何も言わない。
手持無沙汰になった俺は、二人が飲んでいたお茶の話を振ってみた。
『薄紫、ってのがちょっとアレだが。香りがいいもんな』
「……分かるの?」
リーファルミアが意外、という顔で片眉を上げて見せた。
『センサーは動いているから香りは分かる。機械ならともかく俺なら感覚としてな。……紅茶に近いか。いや、それよりも甘い……柑橘系?』
レモンか、ライム系の香りを俺は感じていた。
「驚いた。確かにこのお茶は柑橘系の樹の葉から抽出されたものよ。ヒーリング効果が高いから薬湯として用いられることもあるわ」
俺の世界でもいろんなお茶があってだなと話し出すと、興味を持ったのかリーファルミアがあれこれと質問を繰り出してきた。
「緑色のお茶?そんなものがあるの?」
顔をしかめ、シッポをぱたりと動かす。
緑茶について説明したときの、彼女の反応だ。
『茶葉は植物の葉っぱだろう。この世界の木の葉だって緑色じゃないか。それを抽出すりゃ大抵は緑色になるだろが。大体俺にいわせりゃ紫色のお茶ってのが違和感ありまくりだぞ』
ジュースならともかく。
「言ったでしょ?聖・ネロウでお茶と言えばこのリーデン茶だけ。原料であるリーデンの樹の葉は確かに緑だけど、乾燥の過程でこの色になるのよ。だから私、緑色のお茶なんて知らないわ」
『それこそ薬として扱われてたくらいだし、おいしいんだけどなぁ』
じーちゃん家で毎朝飲まされたっけ。
「おじいさまに?」
『おう。もういい歳だが、未だ元気で畑仕事に精を出してるぞ』
サンガじいさんとも気がったらしく、たまに家に呼んで酒盛りしてたな。
「ふうん……」
俺の説明したじいさんたちの外見を想像しているのか、リーファルミアが目を閉じる。
「――おまたせしました、お茶が入りましたよ」
じいさんたちの野太い笑い声を思い出していると、湯気の立つカップを乗せた盆を手に、シスター・レジーナが戻ってきた。
「お手伝いします」
「まあ、ありがとう」
立ち上がったリーファルミアが盆を受け取り、そっとテーブルに並べる。
「では、続きをお願いしますね、リーファルミア」
「はい、シスター」
頷き、リーファルミアが細かな話を始める。
シスター・レジーナは元王宮勤めの聖職者だが、実はかなり上の立場にいたそうだ。王の傍で説法を行うくらいの、だ。
ってえ、まじ!?それものすごく偉い人じゃねぇの!?
そんな人がなんで市勢で一聖職者なんてやってんだよ。
「ふふ、驚きました?」
『ああ、かなり』
シスター・レジーナは面白そうに笑ってから、
「趣味、みたいなものですよ」
なんて言った。
誤魔化したな?
「ごほん!話を戻すわよ?」
かつてのシスター・レジーナはその立場から様々な相談事を持ちかけられていたが、その中には遺跡探索に係ることもあった。というのも、
「私はもともとは聖職者ではなく、遺跡調査の専門員だったのですよ」
話の中でシスターはそう教えてくれた。幾度か実地調査に赴いたこともあるので経験も豊富だ。
そこで今回探索隊の統括を任されたリーファルミアは、ノウハウを教えてもらうためにもこの孤児院を訪れたというわけだ。
「……そう、もしかしたら<アルヴァリオン>のような、未知の兵器が眠っているかもしれないと?」
「はいシスター。遺跡の推定年代から考えてそういうこともある、とリキュエル博士は言っていました」
「なるほど。であるなら装備はこれと、これも必要でしょう。それから注意として――」
時折メモを取りながら、真剣な顔でシスターの話に耳を傾けている。俺もまた有用な情報を音声や文章として記録し、整理してゆく。
なにせ俺は全てが初めてだからな。
荷物はどうするのか。行軍中やキャンプ中、あるいは到着後に気を付けることは何か。探索が始まった後に気を付けることは何か。
まったく未知の領域に踏み込むのだ。事前知識は多いほうがいいに決まってる。
「ふむふむ、なるほど……」
「一通りはこんな所でしょう」
話が一区切り付き、二人はテーブルに寄っていた姿勢を戻す。
「覚えておくことが多いですね……」
「いささか詰め込みすぎましたか。ごめんなさいねリーファルミア」
「いいえ」
話の合間に他のシスターが持ってきてくれたお茶を飲み、茶菓子をかじる。
「……そうそうリーファルミア。この遺跡探索に、一つお願いをしてもいいでしょうか」
「?なんでふ?」
棒状の菓子をかじったばかりのリーファルミアは急いでそれを飲み込んだ。喉、詰まらすなよ。
「実は……少々無理なお願いと承知の上なのですが。この孤児院から一人、調査隊に同行をさせて欲しい者がいるのです」
「孤児院から……?シスターですか?」
この孤児院にはシスター・レジーナの他にも数人のシスターが働いている。そのうちの誰かを連れて行ってほしいってことなんだろうか。
でもなんで……?
「いいえ、連れて行ってほしいのはシスターではありません。私が保護責任者を務めている、一人の少女です」
「え……」
『ってことはつまり、子供を?』
シスター・レジーナが頷いた。
「名をビゼット・レジーナ。年少ながら非常に物覚えがよく勘が働きそして、勉強が好きな子です。特に遺跡関連の話は専門書に手が届こうかというほど。すでにこの孤児院にある本は読みつくし、王立図書館から何冊か借りてきて読ませています」
「そ、そんな子がいるんですか……」
リーファルミアが唖然とした。
後から聞いたが、この王立図書館というのは各方面の専門書を主軸に用意した、かなり――よく言えば大概の事は分かる、悪く言えば堅苦しい――質の高い図書館だそうだ。
大人でさえ難解な本が所狭しと並んでいるらしいが、そのビゼットという少女は孤児院にいる年齢ながらもう、そういう本を読みだしているというのだ。
なんつーか末恐ろしい子だな。
俺なんか図書館なんて居眠りの場所と断定してたくらいだし。
楪とかキハチが勉強している傍でマンガ読んでたもんな。んでよく楪に起こられたっけ。
「将来は遺跡研究の専門家になりうる素質を秘めています。今回の目的地シルベの遺跡は比較的安全で、国境線が近いとはいえ近くにアトランディアの基地もないはず。であればぜひ、本物を見せて勉強させてやりたいのです」
「た、確かにシルベの遺跡は比較的安全な地域にありますけど。それはあくまで、他の場所と比べてというだけで、危険が無いわけじゃありませんよ?」
リーファルミアが慌てて反論する。
確かに、事前に見せてもらった資料によればシルベはアトランディアとの国境線付近にある。前線基地の存在が確認されていない為攻勢はほぼないものとして計画は立案されているが、万が一ということもある。そのために<アルヴァリオン>を同行させるんだからな。
そんな場所に女の子を連れて行けなんて……。
「無論、危険は承知していますし、本人にもこれから確認を取ります。同行するかどうかはその返事次第として。統括者であるあなたには先にお話を、と」
「む、む、む……」
リーファルミアが考え込む。
連れて行くのが子供とはいえ一人増えるとなれば、その分の食料や水は増える。
テントなどは共有だし、いざとなれば自分と一緒でも構わないのでこれは問題ないか。
護衛もまあ、兵を数人連れて行くのでなんとかなるだろう。
あとはどうやって連れて行くかだが、<アルヴァリオン>は緊急時戦闘行動をとる可能性がある。自分と共に乗ることは出来まい。
となれば調査隊の誰かの機体に便乗させてもらいことになるが……。
『どうするよ、リーファルミア』
「うーん」
「無理、でしょうか。やはり……」
申し訳なさ気に手を組んで聞いてくるシスターに、しばらく考えたリーファルミアは、
「いえ。なんとかなるでしょう」
と答えた。
「ほかならぬシスターの頼みでもありますし。大人なら無理でしょうけど、子供ならむしろ人員に組み込みやすいかもしれません。私が調整します」
「申し訳ありません。本人が承諾しても、決してご迷惑をかけないようきつく言い含めておきますから」
「大丈夫ですよ。私とクロガネもいますし。大概の事なら私たちがなんとかします」
『おう。任せてくれシスター』
「お願い致します」
シスター・レジーナが深々と頭を下げた。
『そういえばその子、シスターと同じ名前なんだな』
たしかレジーナと紹介されたよな。
「ええ、元々あの子は捨て子でした。ビゼットという名はおくるみに書かれていましたが、姓がない。そこで私が保護責任者となり、私の姓を与えたのです」
この孤児院では保護責任者となったシスターの姓を与えられた子供たちが多くいる。レジーナの名を持つ子供は全部で十六人いるそうだ。
『大家族だな』
何の気なしにつぶやくと、リーファルミアとシスター・レジーナが目を見開き、ついでくすくすと笑いだした。
『な、なんだよ。何かおかしかったか』
「ううん。なんでもない」
「ええ。ただうれしかったのですよ。いとも簡単に家族と言っていただけて、ね」
そう、私たちはみな家族なのです。
笑みと共に、シスターがそう言った。
「……さて、では話を戻しましょう。リーファルミア、探索時に必要な物資ですが」
「あ、はい!」
メモ帳を開き、再び話し合いが始まる。
俺も録音とテキスト化をはじめた、その時。
かたん。
小さな音が、扉の向こうから聞こえた気がした。リーファルミア達は話に熱中していて気づいていないらしい。
『……ふむ』
たぶん子供達の投げたボールか何かが、ぶつかったんだろう。そろそろ気の早い子供たちが、昼寝から起き出している気配がする。
さして気にもせず、俺はまた話の聞き役に戻ることにした。
* * *
「……さて、こんな所でしょうか」
シスター・レジーナがそう話を締めくくったのはかれこれ二時間以上が経ち、日が傾きだしてからの事だった。
施設の中では、お昼寝タイムの終わった子供たちが別のシスターの下で遊んでいる声が聞こえてくる。
夕食の支度も始まったらしく、料理の匂いも漂ってくる。
この世界に転生してからは空腹を感じず、その為飯を食っていない。
けどやっぱり、こういう料理の香りをかぐとないはずの腹が鳴る気がする。
あぁ、ユリユリさんの天丼、食べたいなぁ。衣サクサク、つゆタップリのやつ!あの人料理上手だったんだ……。
想像の天丼を堪能している俺の下で、シスターが、
「すっかり遅くなってしまいましたね。ごめんなさいリーファルミア」
歳を取ると話が長くなっていけません、と苦笑している。
細かな注意がびっしりと書かれたメモを閉じ、リーファルミアが首を振った。
「いいえシスター。とても有意義な時間でした。いろいろと教えてくださってありがとうございます」
「お役にたてたのならなによりです、リーファルミア。道中、くれぐれも気を付けるのですよ」
「はい」
シスター・レジーナの話が長くなったのは決して、歳のせいだけではないはずだ。
心からリーファルミアを心配しているが故の、いわゆる親心、文字通りの老婆心ってやつだろう。
二人は立ち上がり、挨拶を交わして抱き合う。
「ところで、夕食はいかがですリーファルミア。よろしければ用意させますよ」
「お気遣い感謝します、シスター。ですが、今日はご遠慮させていただきます」
シスターの誘いを丁重に断り、リーファルミアは俺に振り向いた。
「……さ、帰るわよクロガネ。付き合わせて悪かったわね」
『なーに。俺もいろいろ話が聞けてよかったぜ。ありがとよ、シスター』
シスター・レジーナはニコリと笑ってうなずいた。
リーファルミアは子供たちに別れの挨拶をすべく、テラスと室内を隔てる扉へ向かう。
その背中に、シスター・レジーナが声をかけた。
「そういえばリーファルミア。出立がいつかを聞いていませんでした」
おっと。
くるりと振り返ったリーファルミアも今思い出したらしい。
「そ、そうでした。出立は一週間後。午前八時の予定です」
「朝が早いのですね。まあ、今回の遺跡はシルベのもの。あの村はいささか距離がありますものね」
昔のように寝坊しないように、というシスター・レジーナの言葉に、
「そんなことしません!いつのことを仰っているんですか!」
リーファルミアは真っ赤になって反論した。
* * *
(そっか、姫様遺跡に行くのか)
夜、仲間たちと布団にもぐりこんでから、夕食前の出来事を思いだす。
話が聞こえてきたのはたまたまだった。飛んで行ったボールを追いかけて行ったら偶然、姫様たちがそういう話をしているのが聞こえたのだ。
(<あるばりおん>みたいなのがあるかも、って言ってたな)
昼間、遊んでいる中で意気投合した真紅の機体を思い出す。あの時見た姿そのままの、とてもかっこいい機体だった。それにとても強そうだった。
(ああいうの、いいよなあ)
ああいうのが自分にもあれば、きっとみんなすごいと言ってくれるに違いない。あの子だって、守ってあげられるかもしれない。この間みたいなのはもう、ごめんだ。
孤児院を抜けだしたことをものすごく怒られたけど、あの子が無事だったからいいんだ。
あんなに探し回った挙句、孤児院内にいたと聞かされた時はさすがにムカっとしたけど。
ああ、そういえば大事なことを聞いた。
あの子――ビゼットも一緒に行くらしい。べんきょうに行く、って言っていた。
べんきょうは嫌いだけど、ビゼットはそれが好きらしい。いつも難しそうな本を読んでは、シスターに質問をぶつけている。
ためしに本を覗き込んでみたら、読めない字と意味の分からない文章だらけで頭が痛くなった。そんなのをたくさん読むなんて変な奴。
でも、僕にとっては――。
そこでふと、閃いた。
(そうだ。そうだよ)
いいこと思いついた。
僕も一緒に行こう。僕だって、べんきょうしたいといえばきっと連れて行ってもらえる。ビゼットと一緒に居られるし、いろいろ教えてもらったり教えてあげたりしよう。
幸い――出立の日は分かっている。もう一人くらいなら連れて行ってもらえるかもしれない。
(……いや、無理かな)
きっと危ないところなのだ。だからシスターはあんなにたくさん、姫様とお話ししてたんだ。
連れて行ってと頼んでも、素直にいいですよなんて、言ってもらえないに決まっている。
――少年はそう考えられるほどには大人だった。
なら。
こっそりついて行って、びっくりさせてやろう。僕は男だ。もう一人でも大丈夫だ。そういうところを見せてやろう。
そうすれば姫様だって、遺跡の中を見せてくれるかもしれない。ビゼットだって僕を見直すかもしれない。
ついて行きさえすればこっちのものだ。
――しかし、そう考えてしまうほどには、まだ子供だった。




