第175話 『夜の街に鳴り響く鐘』
「こいつはすげえシロモノだぜ」
海賊船団の団長であるフィランダーは船首に取り付けられた新型の武器の威力に目を輝かせた。
それは大砲と呼ばれる筒であり、火薬という発破作用のある妙薬を用いて巨大な鉄の砲弾を高速で撃ち出す武器だ。
その砲弾の中にも火薬が詰められ、目標に命中した後に大きな爆発を起こす。
つい先ほど撃ち出した砲弾は見事に共和国海軍の船に命中し、その船体に致命的な打撃を与えた。
爆炎を吹き上げる敵の船は、船底にも穴が開いたようで浸水によって傾いている。
沈み始めた船からは敵の乗組員らが次々と海に飛び込んで逃げ出していた。
フィランダーは上機嫌で手下に命じる。
「次の弾を込めろ! 間髪入れずにいくぞ! 狙いを外すなよ!」
大砲は西方の民であるココノエの一族によって開発された武器で、この大陸にはまだ普及していない。
現在はココノエの民を擁する王国の独占技術だ。
フィランダー率いる海賊船団に仕事の依頼をしてきたマージョリー・スノウからは、依頼料の他にこの大砲を1門と砲弾を10発提供された。
バラーディオの港を襲撃する際に使うようにと。
依頼を仲介するマージョリーへの依頼主である王国側の人間が用意したものだ。
彼らはご丁寧に数人の技術者を同行させ、フィランダーの部下たちに大砲の射撃訓練まで施したのだ。
指導したのは白い髪の男たちだった。
こうしてフィランダーは船団の旗艦となる自身の乗る船に大砲を取り付けたのだ。
「共和国軍の腰抜けどもの船を焼き尽くしてやれ!」
フィランダーの声に応じ、第2弾となる砲弾が爆音と共に発射されるのだった。
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深夜のバラーディオの港に鐘の音が響き渡る。
それは非常事態を告げるもので、港から発せられた鐘の音は街の各所に設けられた物見櫓の鐘を通して街中に広がっていく。
眠っていた住人らも、夜通し飲み騒ごうとしていた酔客らも、一様に驚いて通りに顔を出した。
そして鐘の音と共に共和国軍の兵士らが海賊の襲来を報せる声を街中に走り伝えていく。
この街に住む者たちならば海賊の厄介さは知りつつも、自国の海軍が海賊程度に負けるはずはないという経験に裏打ちされた安心感もあった。
だがそれはすぐに打ち破られる。
聞き慣れない轟音と爆発音によって。
さらに海が直接視界に入らない街中からもハッキリ見えたのだ。
湾内の空が赤く染め上げられ、夜空に黒煙が立ち昇っていく様を。
海賊船の放つ未知の兵器によって、すでに共和国海軍の船が3隻、沈められていた。
住民たちは恐怖する。
いまだかつてない脅威が訪れたのだ。
海賊による略奪を恐れ、出来る限りの財産を馬車に詰め込んで逃げ出す準備を始める者や、家中の戸や窓に板を打ち付けて封鎖しようとする者らが続出し、街は混乱に包まれた。
そうした混乱の中、身なりの良い1人の女が大柄な男に付き添われて、そっと街から離れていくのを気に留める者は誰1人としていなかった。
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街中に鳴り響く鐘の音は、沿岸部の船倉庫の中にも聞こえてきて、その中に潜んでいる者たちは一様に表情を固くした。
(始まった。ということはやはり第2の手を打ったということね)
チェルシーとシジマが不在のためにこの場の指揮を任されているショーナは顔を引き締める。
彼らにとってこの混乱は予定通りだ。
第1の手として積荷に紛れて港を出港する予定だったが、ヴァージルとウェンディーを誘拐されたイライアス大統領が一時的な出国禁止命令を出している恐れがある。
その場合は第2の手として混乱を引き起こし、その隙に強行突破で脱出する。
今この街に鳴り響く鐘は、第2の手が始まったことを示していた。
即ち第1の手の実施が難しくなったということだ。
「とにかく将軍閣下とシジマの到着を待つわ。全員、出発準備を整えたまま待機」
ショーナはその場にいる皆にそう告げ、チェルシーらの帰還を待つのだった。
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ギニディア修道院の別邸は50人ほどの収容者たちでごった返している。
エミルの手を引いて彼らの間を必死にすり抜けながら階段を駆け降りると、1階では数名の修道士らが必死に収容者らを取り押さえようとしていた。
だが人数の差があり過ぎて、それも上手くいっていない。
修道士らはヤブランとエミルの姿を見ると声を上げた。
「お客人! 外へお逃げ下さい!」
そう言う彼らに礼を言ってヤブランはエミルの手を引き、勝手口の扉から外に出た。
ヤブランはエミルの手を強く握ったまま中庭を走り出す。
そこには修道院の本館から駆り出された修道士らが別邸へと向かって行く姿があった。
しばらく彼らの目は別邸に向いたきりになるだろう。
だがヤブランは見た。
別邸の2階の窓から飛び降りるオニユリの姿を。
ヤブランは弾かれたように声を上げる。
「エミル! もっと速く走りなさい!」
「えっ?」
エミルは驚くが、ヤブランは構わず足を速めた。
エミルはまだ足が覚束ないようで、それほど速くは走れなかったが、必死に付いてくる。
「ど、どこに行くの?」
「逃げるのよ! 舌を噛むから口を閉じていなさい!」
ヤブランの言葉にエミルは驚いて息を飲む。
中庭を駆け抜けるヤブランの目に正門が見えてきた。
そしてそのすぐ近くの待機小屋から門番役の老人が姿を現す。
ヤブランは声を張り上げた。
「危険ですから中に入っていて下さい!」
老人は驚いて中庭に目を向けると、異常事態であることを悟り、慌てて小屋の中に戻っていった。
そんな老人を横目に、ヤブランはエミルの手を引いて一直線に門に向かっていく。
そして正門の数メートル横にある出入り口の扉に取り付いた。
ヤブランは懐から鍵を取り出すと、扉に取り付けられた錠前の鍵穴にそれを差し込む。
(神様……どうか開きますように)
ヤブランは勇気を持って鍵を横に回す。
すると……カチャリという音がして錠前が開いた。
ヤブランは後方を振り返る。
オニユリがこちらに向かって猛然と駆けて来るのが見えた。
「行くわよ。エミル!」
そう言うとヤブランは扉を押し開くのだった。
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(どういうこと? あの子……何をしているの?)
別邸の窓から外へと飛び降りたオニユリは、その目で捉えていた。
外で待っていると言ったはずのヤブランが、エミルの手を引いて正門へと走っていくのを。
オニユリはそんなヤブランを追って駆け出していた。
「待ちなさい……待ちなさい! 坊やをどこに連れて行くの!」
大声を張り上げるオニユリの制止も虚しく、ヤブランはエミルを連れて正門近くの扉から外へと出ていくのだった。




