第167話 『感じ合う者たち』
港町バラーディオの船倉庫。
そこでショーナは静かに街の気配を探り続ける。
先ほど瞬間的に感じたエミルの気配をもう一度感じ取れないかと、ショーナと2人の部下たちは神経を研ぎ澄ませていた。
そのすぐ傍ではシジマが待機している。
「どうだ?」
焦れたようにそう尋ねるシジマにショーナは肩をすくめて見せる。
「おおまかな方角しか分からないわ」
「待っていればもっと詳しく分かるか?」
「どうかしらね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。何も確たることは言えないわ」
その言葉にシジマは立ち上がる。
「情報の正確さも大事だが、同じくらいに時間も大事だ。夜明けまで数時間しかない。この時間だと子供のエミルはもう眠っているだろうし、黒髪術者の力を使わない可能性が高い」
シジマの言う通りだった。
ショーナは仕方なく、現時点で自分が感知した限りの情報を彼に渡した。
おおまかな方角と距離を聞いたシジマはチェルシーの元に向かう。
「閣下。出てまいります」
「この街には共和国兵やダニアの兵がいる。用心しなさい」
そう言うチェルシーにシジマは一礼し、船倉庫を出て深夜の港街へと身を躍らせた。
シジマの隠密行動の能力の高さは単独行動でこそ活かされる。
チェルシーもショーナもそのことを良く知っているので、それほど心配はしなかった。
だが彼が出て行ってから10分ほど時間が経過した時、探索を続けていたショーナは異変を察知したのだ。
「こ、これは……」
この港町バラーディオの中を探るショーナの意思と、まったく見知らぬ別の誰かの意思がぶつかり合ったのだ。
それは街の曲がり角で出会い頭に誰かと衝突するようなものだった。
明らかに向こうからもこちらを認識したのだ。
街の中に……自分たち以外の黒髪術者がいる。
そのことに気付いたショーナは弾かれたように部下たちに指示を出した。
「すぐに力を閉じなさい!」
ショーナの指示に部下の黒髪術者2人も慌てて力を閉じる。
(誰? 今まで感じたことのない力だわ)
力を感じた時、一瞬ジュードかと思った。
彼が自分を追ってこの街にやってきたのかと。
だがジュードであれば先日の山の中でも感じた気配を覚えているため、ショーナならばすぐに彼だと気付くはずだ。
(ジュードではない。じゃあ一体……)
ショーナは困惑しつつ、頭の中を整理する。
黒髪術者は大陸中に存在するものの、そのほとんどは王国に集中している。
各地から黒髪の者たちをかき集めるように迎え入れ、その中から黒髪術者を見出し育成する黒帯隊という機関があるのだから当然だ。
だが公国にも共和国にも少ないながら黒髪術者がいる。
共和国などは大統領のイライアス自身が黒髪術者であるし、その同盟国であるダニアの女王ブリジットの夫・ボルドも黒髪術者だ。
(まさか……イライアス大統領あるいはボルドがこの街に?)
そうだとすると状況はこれまで考えていたよりも深刻だ。
しかもショーナが相手に気付いたように、相手もショーナに気付いた可能性が高い。
(いや、その2人ではない別の黒髪術者の可能性もある。ワタシが知らないだけで、実際に各国にも黒髪術者の人材がいてもおかしくはないのだから。でも……その人物もエミルを探していてその存在に気付いたのだとしたら、先を越されてしまうかもしれない)
ショーナは部下2人にそのまま力を閉じているように命じると、すぐさまチェルシーに声をかけ、自分が感じたことをそのまま話して聞かせた。
その話を聞いたチェルシーは頭が痛いと言うように額に手を当てて、少々疲れた表情を見せる。
「色々と予定外の出来事が増えてきたわね。ワタシが行くしかないわ。ショーナ。ここはあなたに任せる。ワタシはシジマを連れ戻しに行くわ。とにかく今は本来の任務を果たすことが最重要目的。もしシジマの言う通り、オニユリがエミルの一件に絡んでいるのだとしても、本来の目的を果たせればワタシがココノエの民を守るだけの材料が出来るわ。後々、オニユリのことがジャイルズ王の知るところになったとしてもね」
それはチェルシーがココノエの民の王国内での立場を守るためには、エミルの一件を打ち捨て、こちらの目的だけに集中するということだ。
ショーナは頷くと、チェルシーの外見を隠すための準備を手伝うのだった。
☆☆☆☆☆☆
アーシュラは自分と同じ黒髪術者の力を感じ取っていた。
それはかなり洗練された力であり、その相手が熟練の黒髪術者だとすぐに分かるほどのものだ。
そしてその強い力と共にさらに2人ほどの黒髪術者がいるのも確認できた。
その相手もアーシュラが勘付いたことに気付いたようで、彼らもすぐに力を閉じたのか感覚は途絶した。
アーシュラは強い懸念をその顔に表す。
(黒髪術者が複数いる……普通じゃあり得ないことだ)
黒髪術者は共和国では稀有な存在だ。
イライアス大統領とその息子ヴァージルの他にはその存在は確認されていない。
しかもヴァージルはまだ力がそれほどまだ力がそれほど強くないのだ。
そしてアーシュラはもちろん知っている。
黒髪術者らを組織化している国の名を。
王国だ。
ということはこの街に王国の手の者らが潜んでいるということだった。
足を止めて強い懸念をその顔に滲ませるアーシュラに、同行するネルとオリアーナは怪訝な表情で互いに顔を見合わせる。
その時、前方から巡回警備任務中の赤毛の女たちが歩いてきた。
ダニアの駐屯兵らだ。
この街では時折、彼女たちとすれ違う。
アーシュラはそんな彼女たちを呼び止めた。
「失礼。クローディア秘書官のアーシュラです。お務めご苦労様」
アーシュラの言葉に女たちは驚き、背すじを伸ばして敬礼をする。
そんな彼女たちにアーシュラは告げる。
「火急の用件です。ダルシー部隊長にお伝え下さい。この街に王国の手の者らが潜り込んでいると」
そう言うとアーシュラは驚く女たちに事の詳細を説明し、すぐさまダルシーの元へと彼女たちを走らせるのだった。




