第156話 『メヌエルテの虐殺』
公国第2の都市メヌエルテ。
公国の首都ラフーガからわずか西に20キロほどしか離れていないその街に、公国軍の大部隊が展開していた。
ラフーガを目指して突き進む王国軍の勢いはすさまじく、このメヌエルテを落とされたら公国はいよいよ崖っぷちまで追い込まれることになる。
そうなる前に形成を逆転しようと、公国の首長である大公クライブ・ラフーガ2世は勝負に出た。
残された戦力の大半をメヌエルテにつぎ込んだのだ。
だが……今、メヌエルテは赤い戦火に焼かれていた。
王国軍が次々と打ち込んでくる焼夷弾の燃焼力はすさまじく、着弾した場所で大爆発を起こした後にさらに四方八方に燃える油が飛び散り、そこかしこで火を噴き上げるのだ。
炎に巻かれた公国兵らは焼き尽くされ、焦がされて無残に死んでいく。
数で大きく勝る公国は見る見るうちに追い込まれていった。
「こ……これは戦争などではない。ただの虐殺だ」
公国軍の将校は部下たちが無残に焼け死んでいく悪臭の中、呆然と立ち尽くしてそう言葉を吐き捨てた。
そんな彼の眉間に大きな穴が開く。
銃声が鳴り響き、将校は背中から倒れ込んで大の字になった。
破壊された城壁の間から、狙撃銃を持った一団がメヌエルテの街中に突入してくる。
銃声が連続して響き渡り、公国兵らの悲鳴が次々と湧き起こった。
時間の経過と共にメヌエルテの街を包み込む炎は広がっていき、街には公国兵らの無残な遺体が積み重なっていくのだった。
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「ウェズリー閣下。すべで順調でございます。朝までには敵軍の大半を殲滅できるでしょう」
「いいぞ。ヤゲン。やはり貴様らの武器はいい。我らが王国に与して正解だったな。おまえたちココノエの民には大きな褒賞がもたらされるだろう」
公国領メヌエルテを攻める王国軍の指揮を執る副将軍のウェズリーは上機嫌だった。
次々と戦果が報告され、王国軍の進軍を遮るものは何もない。
「ヤゲン。メヌエルテの領主が降伏を申し出ても一切応じるな。このメヌエルテで敵戦力を出来る限り削ぐのだ」
「ハッ。仰せのままに」
ココノエの銃火器を主力武器にした王国軍は公国を破壊し続け進み続けている。
公国はまるで病に蝕まれる体のように弱っていた。
その心臓であるラフーガまであと一歩というところまで迫り、今まさに王国軍は公国に死をもたらそうとしている。
国家としての死を。
☆☆☆☆☆☆
「王国軍が公国領メヌエルテに攻め込みました」
エミリーとエミリアからの報告を受けてイライアスは深く息を吐いた。
確実に王国は公国を攻め落としにかかっている。
そうなるとこの先の展開がイライアスには読めて来た。
「おそらく数日の内には公国の大公から救援要請が届くだろう」
今までも公国からの救援要請は幾度かに渡って届いていた。
だがイライアスは慎重な判断に終始し、王国への停戦要望書を送るに留めてきたのだ。
公国に与して王国と戦うということは、他国の一方に肩入れをするということだ。
それは共和国の理念に反している。
共和国は他国とも共に和を成すことを理念とし続けてきた。
もちろん自国が攻められれば戦う。
だが、他国同士の戦争には停戦を求める平和的解決を常に第一優先としてきた。
それでも今回ばかりは事情が違った。
王国と公国の戦いは、明らかに王国が一方的に始めた侵略戦争だ。
非があるのは誰が見ても王国のほうだろう。
そして公国が攻め落とされてしまえば、次は共和国が狙われる。
さらに共和国はその理念のため、有事の際の他国への救援要請も憚られるのだ。
自分たちは他国の戦争に干渉しないと言う一方で、攻められた時には助けてくれと言うのはあまりにも身勝手な話だからだ。
そうなる前に公国を助けて王国を討つべきだという声は共和国内でも少なくない。
近日中にイライアスは大統領として難しい舵取りを迫られることになるのだ。
「それともう一つ……アーシュラさんからの報告書が鳩便で届きました」
そう言うとエミリアは手紙をイライアスに手渡す。
イライアスはそれを受け取ると中身を開き、隣にいる妻のクローディアと共に読んでいく。
しかし見る見るうちにクローディアの顔が強張っていった。
手紙にはこう書かれていたのだ。
エミルを狙っていた王国のチェルシー将軍の部隊が、共和国内に潜入している恐れがある。
おそらくチェルシーらには共和国の要人を攫う計画があるのだろう。
ヴァージルとウェンディーも十分に気を付けて欲しい。
そう書かれたアーシュラの筆跡を見ながらクローディアは唇を嚙みしめた。
すでにヴァージルやウェンディーは何者かに狙われて行方不明。
そして彼らを守る役目を負ったジリアンとリビーは戦いに敗れて死んでしまった。
ジリアンもリビーもダニアでは屈指の強者だ。
強さの峠を越える年齢とはいえ、彼女たちを一刀のもとに斬り捨てられる人物は少ない。
「まさか……チェルシーが……」
それは考えるのも恐ろしい可能性だった。
クローディアにとって大切な部下であるジリアンとリビー。
その2人を斬り殺し、ヴァージルやウェンディーを攫ったのが、クローディアの妹であるチェルシーだったとしたら……。
思わず愕然とするクローディアの肩をイライアスが優しく抱く。
「落ち着くんだ。まだそうと決まったわけじゃない。クローディア」
「イライアス。ワタシがチェルシーを止めないと」
「ダメだ。君は今、動いてはいけない。堪えるんだ」
クローディアは珍しく冷静さを欠いている。
こんな状況で闇雲に動くべきではないのだ。
「アーシュラがこの手紙を寄越したのは君に動いて欲しいからではないと思う。アーシュラの動きを信じよう。そしてこれと同じ手紙がブリジットの元にも届いているだろう。ブリジットやボルドがきっと何か良い一手を講じてくれるはずだ。君がすべきはまずはブリジットらに一通手紙を書くことだ。とにかくダニアとの連絡をいつも以上に密にしよう。こちらとあちらの考えを摺り合わせるんだ」
そう言うイライアスにクローディアは悄然と頷くのだった。




