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その体に出会いと別れの挨拶を  作者: 炭本 良供
一章「サーフェイス」
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八話『見学会までの過ごし方』

「う~ん、最高だ」

「そうだね。こっちはこっちの世界でいいよね……」


 俺はつぐもの部屋にまた来てしまった。


「これが、()()()()()の元になったゲームかあ……! 何だか上手く言えないけれど……凄いね!」


 一名、新参者を連れて。

 そう、蓮元楓。まだ研究所の見学会には時期が早く、楓の要望から共に来ることになった。もちろん、つぐもの了承を得た上でだ。


「……あのゲームって?」


 ちょっと気になったから、楓の言葉の真意を問う。


「あれだよ。今流行りのホラーゲーム」

「…………」


…………やっぱり。


「ホラーゲーム? ……あ、示杞くんが壊れてるって言ってた」


 どうやってこの先の展開を回避しようか悩んでいる所につぐもの好奇心旺盛な声が割り込んできた。


「あれ、壊れちゃったの? まあ――――」

「――――まあ、壊れちゃったし、あのゲームの話は止めておこう。うん、それがいい!」


 楓の言葉から感じ取れる嫌な予感。

 それを避けるために、話を終えようとする。


「うん、でも大丈夫だよ。私、それ持ってるし」

「……!」

「…………」


…………だけど、終わらなかった。

 しかも、『持ってる』というのは、今実際に楓が所持しているということで。

 楓は後ろに持ってきたトートバッグからその忌まわしきゲームを取り出す。


「じゃあ、三人でこのゲームしよっか」

「楽しみ……!」

「いやああああだああああああ!!!」



 ※ ※ ※



「あ、ああ……」

「あ~、楽しかった!」

「何でそんなに、元気……なん、だ?」


 一つのルートをようやく終えた。

 俺は既に限界。楓の横で力尽きてうつ伏せになっている。

けれど、それに対し、楓は慣れているのか横目に見る限りぴんぴんとしていた。


「だって、楽しいし?」

「幽霊とかの吐息は大丈夫なのか!? 『ねえ、こっち……おいでよ』って血塗れで囁いてきたんだぞ! 実質本物だから余計怖いし、その勢いで永眠しそうだわ!」

「まあまあ、そういうのも臨場感があっていいんだよ」


……ダメだ。どういうわけか楓はホラー耐性がある。このままでは、次のルートを始めかねない。


「くっ、つぐもはどうだ……」


 それに、つぐももさっきから何とも言わない。味方がいないなんてことは……


「…………」

「……あ」


…………なかった、けど。


「……大丈夫? つぐもちゃん?」

「だ、だいじょ、うぶ……うう」


 つぐもは膝を抱え込み、頭を押さえて震えていた。

 ゲームをする前の好奇心旺盛な様子と違って、今は拒絶感に溢れている。


「なあ、やっぱり止めよう」

「うん……ごめんね、つぐもちゃん」

「…………」


 つぐもの様子は確かに心配。

 でも、わずかな違和感もあった。

 今のつぐもは普通に幽霊を恐れ、それを表に出している。

 だけど、あのとき路地裏で出会ったつぐもは『人を殺すこと』に恐れていて『自分が殺される』ことに恐れていないようだった。


――――記憶の他に、つぐもを構成する何かが変わっている?


 そんな疑問を抱いても、その答えは少しも想像すらつかなかった。



 ※ ※ ※


 

 怯えたつぐもをそのままにしておくわけにはいかない。

 部屋にある布団を敷き部屋を暗くして、つぐもが眠るまで見守る。


「寝た、かな」 


 つぐもがぐっすり眠ったのを確認して、俺はそっと立ち上がる。


「っ!?」


――――だが、寝かしつけたはずのつぐもの手が俺の服を掴んでいた。

……寝てなかった? 


「……しきくん……いっしょに」


 寝てる、か。悪いけど、1晩ここにいるのも何だかマズそうだし。そっと帰ろう。


 つぐもの手を優しく取り払って、その場を去ろうとする。


――――って力強ッ!?


 手を振り払うことが不可能だったわけだが。

……本気でやっても無理そうだなこれ。完全につぐもの身体能力忘れてた……。


(……楓)

(任せて)


 つぐもを起こさないように小さな声で楓に助けを求める。

 それを感じ取った楓は、俺と反対側からつぐもに近づく。

 そして。


…………なんで?


 つぐもを止めてくれるかと思いきや、一緒に横になっている。

 いや、自信満々に『こうでしょ?』と言いたげな表情でこっちを見られても……。


(まあまあ、つぐもちゃんも一緒にいてほしいみたいだし……ほら示杞も横になって)

(あ、あうん……?)

 

  少ししたら握った手も緩むだろうと、軽く横になる。


……痛い。


 布団が俺の分までないからか背中が痛い。


……あ、ねむ。


 それでも、今までの疲れからか瞼が重くなっていく。

 耐えなきゃと思いつつも、眠気に打ち勝てず視界を閉ざした。



 ※ ※ ※



「ふあ」


 憑依と睡眠を終えた後。

 瞼をゆっくり開ける。

 横を見ると、つぐもはまだ寝ている。


――――これ、色々アウトじゃない?


 横にいるつぐもに対し、様々な感情を抱きながらも目線をあげる。

 

「…………なんだよ」

 

 目の前に立つ、俺とつぐもに微笑む楓。

 楓も一緒に横になっていたはずが、いつの間にかに立ち上がっていた。


「昔の私たちもこんな感じだったのかなあって」

「…………」


 俺と楓は幼なじみということもあって、お泊り会をしにお互いの家に行ったこともあった。楓はそのときのことを思い出してるんだろう。確かあれは、小学生のときだったか。


「――――って。俺もあのときから成長してるんだけど!?」

「あはは」


 俺の言い分は楓に笑って誤魔化される。


「……よしよし?」

「つぐも!?」


 いつの間にか起きていたつぐもになでなでされている。

 完全に子供扱いなんだけど!

 まあ、もう怖がってる様子もないし良い、のか? 

 


 ※ ※ ※


 

――――そんなこんなで、今日は研究所見学会当日。

 未だに残るつぐもに対する違和感。でも、きっとつぐもを助ければ、つぐもの記憶を取り戻せば、この違和感は解消される。そう信じて俺は進む。


「じゃあ、行ってくるな」

「うん、いってらっしゃい、示杞」


 つぐもは楓が面倒を見てくれるそう。

 だから、問題ない。あとはつぐもの記憶を取り戻す方法を見つけに行くだけ。


「――――よし!」


 リュックを背負って歩き出す。いつもの通学路。けれど、いつもとは違う。普段の憂鬱や倦怠感に満ちていた道は、つぐもを助けるというやる気に溢れている。


「頑張るぞ!」


 気合の雄叫びをしたい気分を抑えつつも、自らの意気込みを口に出す。


「――――ああ! 頑張ろうな、ゴビ!」


 おまけに、もう一人の意志を添えて。


「ん?」

「え?」


 俺はその声がした方向に振り向いて、そのもう一人と対面する。

 わずかな沈黙の末。


「何でいる!?」


 俺はある男が何故かついてきているという事実を確認した。


「何でって……ゴビ、お前の相談に少し乗ってやっただろ。つまり、そういうことだよ」

「どういうことだよ!?」

「まあ、変なあだ名をつけられたもの同士、仲良くしようってことだ!」

「あだ名つけたのお前だろ、名織!」


 その男は、自称『ネーム魔』こと名織南陽。

 思いついたあだ名を手当たり次第に披露する遊び人。


「まあ、それはさておき」

「何か物凄く適当で、不自然に誤魔化された気がするけど、気にしないでおくとして――――」


 名織の言い分は置いておく。ひとまず、名織がどういう経緯で俺についてきたのか、それが大事だ。考えられるのは一つ。


「――――やっぱり、楓から聞いたのか?」


 楓から事情を聞いた。ただそれだけだ。

 けれど、それでも名織がついてくる道理はない。

 だって、俺はつぐもの記憶を消した研究者を問いただしに行くんだ。

 今から向かうのはその研究者たちの本拠地かもしれない、危険を孕む研究所。

 そんなところへ、わざわざ行こうとするはずもない。

 楓から事情を聞いてなかったとしたら、なおさら同行する理由はないだろう。

 どちらにせよ、名織の行動は想定外。


「いや、何も?」


 南陽の答えは後者だった。


「じゃあ、何で?」


 特段驚きはしない。どちらの経緯だとしても、想定外だから。

 重要なのは、なぜついてきたのかその理由。


「何でって言われても……そうだな。強いて言うなら困ってそうだったからだな。まあ、本当に何も知らないし、話してくれることを期待しているけどな!」

「……………………そうか、じゃあ話すよ」


 困ってそうだったから。そんなお人好しな理由。

 だけど、それが通じるのは自分の安全が保障される範囲まで。


――――結局、全て話せば、手伝う気も失せるだろ。


 だって、俺と名織は会ってまだ1、2週間ほどしか経ってない。

 そんな少し知り合った程度の相手に命を懸けるまでの行動をするはずがない。

 だから、きっと事情を知れば、こういうはず。

『すまん、やっぱ無理だった』と。


――――それでいい。それが、いい。お前は何も犠牲にする必要はない。



 ※ ※ ※



 事情を説明し終えた。

 でも名織は平常運転。

 怒っているようにも、怖気づいているようにも、混乱しているようにも見えない。


「ふうん。なるほどな。じゃあ」

「じゃあ?」

「――――行こうとするか!」

「…………どこに?」

「いや、どこにって。その研究所とやらにだよ!」

「っ!」


 名織の考えは一切変わってなんかいなかった。

 危険だと知っても、未だについて来ようとしている。

…………理解、出来ない。何で?


「ん? どした?」

「…………何で、何で来るんだ!?」

「え~、来ちゃダメだったのか?」

「ダメ以前に命に関わることなんだぞ!? それを少し話した程度の人のためにするのか!?」

「友達は時間じゃないと思うんだけどな~。俺はゴビのこと、友達だと思ってるし」

「それでも、それでも限度ってものが――――」

「――――それに」


 俺の言葉を遮って、名織は話し続ける。


()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あ」 


――――違った。道理なんて単純なものではなかった。

 俺も、無意識に同じことをしていた。

 俺がつぐもを助けに行こうとしているのも、名織が俺について来ようとしているのも同じだ。


「しかも、その子との出会いって憑依しただけだろ? それに比べたら俺の行動は理に適ってるぞ」

「それは、そうかも」

「だろ? だから、人の親切はありがたくもらっとけ」

「……ああ。ありがたくもらっておくよ」

「そうそう! 仲間は多い方が良いって言うしな!」



 ※ ※ ※ 



「ん~。で、その荷物は何だ?」


 気を取り直して、研究所に向かおうとしたとき、名織が俺の荷物を指さす。


「犯罪にならなく、頑張れば武器になりそうなもの」

「……鉛筆。いやこれでどうやって戦うんだよ」

「ちゃんと尖ってるだろ」

「……ごめんな。ゴビ、そこまで疲れてたのか。もっと早くに気づいてあげればこんなことには」

「いやいやいや、こっちはいたって真面目だわ! ないよりはマシ……だよな?」

「自分でも怪しく思ってるじゃないか」

「うっ……」

「仕方ない。俺が戦い方を教えてやるよ」

「いや、お前が強いのか知らんけど、お前の分は申し込みしてないから、一緒には行けないからな」

「……………………………………え?」



 ※ ※ ※



 ようやく着いた目的の場所。一つ目の研究所。

 そして、目の前には名織が機嫌を悪くしながらも、意気消沈して立っている。


「じゃあ、行ってくるな」

「…………ああ…………うん……いってらっしゃい」

「2、3時間ぐらいかかるから」

「……おう……ちょっとゲーセンでVRゲームしてくる…………」

「……周りから不審がられないようにな」


 肩を落とした名織を見えなくなるまで見送る。


「――さて」


 俺は再び目の前に堂々と建つ研究所に目を向ける。

 それは立派でありながらも、近代の技術の繊細さがあるような風貌だった。

 けれど、第一に探しているものは見当たらない。

 どこか怪しいことをしているという雰囲気も、その様子もない。

 

「いや。可能性は0ではない。行こう」


 俺は気合いを入れて、見学会へと足を踏み出した。



 ※ ※ ※



「ふぅ~。普通に話に聞き入っちゃったな~」


 見学会の思わぬ収穫にちょっと満足。用事も済んだので、ゲーセンでVRゲームに浸っていると言った名織を迎えに行く最中。


「……それにしても、不審な感じはなかったな――――ん?」


 ゲーセンがある道に差しかかったとき。

 暗闇に包まれた路地が目に映る。

 うっすらと見えた、赤い光があるような気がした。

 怪しげな光に誘われるように足が路地へと進む。

 その光も俺へと近づいてくる。

 暗闇に包まれた姿が現れてくる。


「――――あ?」


 それは、俺の腰くらいの高さのロボット。

 でも、掃除ロボットでも、事故防止用整備ロボットでもない。

 どこか、腹部に違和感がある。


「…………血?」


 その箇所に目を移すと、ロボットの持つ刃が突き刺さっている。

 俺の体からは赤い液体が流れだす。


「あ、ああ……」


 気づいたときには既に力が抜けていく。

 立っているのもやっとで、膝をついて倒れ込む。


――――浅はか、だった。俺が思ってたよりもずっと――――


 意識が薄れる。

 体を動かすことさえ難しくなっていく。


「――――退け!」


 意識が飛びそうな中。

 殺人ロボットが軋む音を立てて、路地の奥へと吹き飛ばされる。

 重量があるはずのロボットを小石の如く蹴り飛ばしたその男には見覚えがある。

 いつもは変なあだ名をつけてくる奇人。

 会ってからたった数週間の彼が今、助けてくれている。


――――名織……!


 名織は路地の奥に吹き飛んだロボットの方へと颯爽と走っていく。

 幾つか、何かを剥いだり引き裂いたりする音がした後に何かが戻ってきた。

 意識が薄らいでそれが何だか確認できない。

 だけど、何となくわかる。

 だから、俺はそれに向かって心の中で呟く。

――――ありがとう、名織――――…………。


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