十話『安心と気まずさの絶対領域』
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
俺と三人の間に、何とも言えない沈黙が流れる。
会ったばかりなのに、亀裂が入ってしまった関係。
主に俺と、ある一人との。
「あの、ふとも……も、いや、そろそろ機嫌を直してもらってもいいか?」
その関係を保つため、名織はその女性の機嫌を窺う。
「嫌です!」
だけど、その女性はきっぱりと断る。
「なんで初対面の人をふともも呼ばわりする人と仲間にならなくてはいけないんですか!? そして、その『おっ、いいあだ名を見つけた……けど』って葛藤しておきながら全部言い切るのやめてください!!」
「後半はさておき――――」
女性の表情は明らかに不満げ。
「ごもっともな意見だな! なあ、ゴビ。落ち着いたか?」
「あ、ああ。そ、その、ごめんなさい。急にふとももって叫んでしまって」
「……? あ、あれ思ったより」
無論、急に女性を『ふともも』呼びした俺が悪い。
だから、正直に謝る。
でも機嫌を損ねていた女性は俺の態度が予想外だったのか、困惑している。
いや、自分でも急に『ふともも』って言ってくるやつの態度なんて想定できないけど。
……とにかく今からでも最悪な第一印象を払拭したいところ。
「い、いやいけないっ! これは上っ面。きっと裏が――――」
「――――そう、お姉ちゃん。これは犯罪者の技術。偽装率32%ほどの小物」
「真面目な雰囲気で嘘つくのやめて!? その数値どこから出てきたんだよ!?」
――――なんて思ってたんだけど、もう一人の仲間の助太刀によって阻止された。
今、再び軽蔑の目に移り変わった二人の目。
仲間となるはずだった、今の敵。
ピンクベージュの髪に、白衣を身に纏う紫倉綿さん。
初対面でふとももと呼ぶ俺にドン引きである。
そしてもう一人。赤髪で、第三者視点にいるかのような解析(虚偽)を披露する紫倉しいら。
綿さんと同様、俺にドン引きである。
けど、仕方がない。
綿さんをふとももと呼んだのは不可抗力。
人見知りの俺が何も知らない人たちの中で、知っているものが目に入れば、不意に叫んでしまう。
そう、目の前にあるふとももには見覚えがあった。
――――1カ月ほど前。つぐもに関係する研究者たちを訪ねようとした日の前日。
モチベーションが上がるような、誰かから奪い取った恩寵。
睡眠によって憑依をし、目覚めた瞬間、顔には柔らかさと人の温もりがあった。
ふともも。目線をその方向に移すと、それが目に映る。
されていたのは、まさに膝枕だった。
ショートパンツとニーハイの間にある絶対領域。
その定められた領域による安心感、そして心さえも温まるような温もり。
まさに、癒しであった。
あのとき、顔は見えなかったし、今はニーハイも履いてないが、その声と本能で理解できる。
この紫倉綿こそが癒しの女性。
そして、自動的にその隣にいる赤髪の女性、しいらこそ俺が憑依した女性。
――――気まずい。あの頃に戻りたい…………。
そんな1ケ月前のことを思い出して、今の状況から現実逃避する。
「まあ、いいです。ずっと根にもっていては話が進みません」
――――ほっ……。
そんな俺を救うのは綿さんの慈悲深さ。
綿さんが見逃してくれたことに感謝して、本題へと入る。
「それで南陽君。この人と組むとして……これからどうするんですか?」
「まあそうだな。まず、情報交換といこうか」
※ ※ ※
「なるほど。『憑依する能力』と、研究所がある領域を絞った地図ですか」
俺と三人の間で行われた情報交換。
まず、俺が作成した地図を渡し、一通り見てもらった。
「地図はともかく、能力についてはそれを用いてこの体に侵入した可能性が高――――」
「あー! あー! 地図なんだよ! そうそう、大事なのは能力じゃなくて!!」
…………しいらによって俺の秘密を暴露されかけたけど。何で能力を聞くだけでそれが推測できるんだよ。
「図星? まあ、いいけど」
「? よくわからないですけど」
…………ほっ。
何とか膝枕について綿さんにバレることはなかった。
俺のせいではあるけど、落ち着く暇がない。
「そう、地図です。それによって研究所は絞られたはずでしょう。その話をしましょう」
満身創痍な状態でようやく研究所の候補の話に辿り着く。
「おう、そうだな。ゴビの地図、今回襲われた場所、見学会のことを踏まえると――――」
名織が話すのは、今までの出来事と俺の地図から得られる研究所の位置の推測。
研究所があるのは、少なくとも俺の地図上の円上。
そこしか俺が憑依することはできない。
そして、今回俺を襲ってきたのが研究者たちだとすれば、拠点の位置は近い。
それに、見学会に行った場所は候補から外れる。
それらを考慮すれば、自然と研究所の候補は絞られるはず。
「――――該当する研究所はない」
だが、名織の言葉は無慈悲にも俺たちの期待を裏切るかのような内容だった。




