六話『想いの花』
目的の少女の目前にあるのは、広々としたこの空間を埋め尽くすほどの大きさの靄。
――――あれは…………あの時の。
その靄には見覚えがあった。
サイズは違えど、示杞が液体を注射して変貌した、あの靄と同じものだ。
――――一体どうして、アレがここに…………いや、今はあの少女のことだ。
だけど、俺の目的はあの少女。
靄に引き付けられた視線を少女に戻す。
「……………………さて」
だが、既に少女はその場から去ろうとしていた。
――――追わないと!
「――――待て」
俺は少女を追いかけようと、足を進めようとした時。
制止する言葉とともに肩を掴まれていた。
「この世に咲き誇るべき花は?」
「え?」
追跡を止められたかと思うと、黒髪短髪の眼鏡をかけた男に、不思議な質問を問いかけられた。
もちろん、咲き誇るべき花というのは人間の観点から見ても、実用的なものだったり、見て癒されるものだったりと一つに限らない。
答えなんてないはず。
だから、これは暗号だ。
味方か敵か判別するための暗号。
「――――答えられないのか?」
「!」
これは想定外だ。
暗号なんて知るわけない。
俺が憑依を生き抜くために身につけた生物の知識も役に立たない。
答えなくても、間違えても俺は敵と判断されるだろう。
せめて、花言葉で何か良いものを答えるしかない。
俺の今の気持ちを表した花言葉。
そうだ。
俺の今の気持ちは、その質問の答えは――――
「――――リモニウムだ」
「――――――――」
リモニウムの花言葉は『途絶えぬ記憶』、そして『変わらぬ誓い』。
つぐもの感情は戻りつつあるのだと聞いている。
俺から見ても、可愛らしい表情豊かな少女だ。
でも。
あの路地裏で出会ったときのようにはもうさせない。
あの蒼穹が曇ったかのような目はもうさせたくない。
これは、俺が勝手に誓ったこと。そして、挫けることのない心。
だから、この花言葉は俺にピッタリだ。
「――――違う」
「えあっ」
――――まあそうだよね。俺の暗号じゃないんだから。コイツらに合わせないとだよね。手遅れだけど。
「まあ、いい。ついてこい」
「う」
――――前の森ノさんに捕らえられたときみたいに、牢屋行きか……………………? うう。
※ ※ ※
「ここだ」
「……………………?」
連れてこられたのは、牢屋とかではなくごく普通の部屋。
「まさか、そっちのほうがかかるとは……………………まあ、本来そういうものだが」
「?」
――――何を言っているんだ? 牢屋に閉じ込められるんじゃ?
「だが。リモニウム、か。気に入った」
「ははは、そりゃどうも」
おそらくもう侵入がバレている。
そんな状況で俺が作れる笑顔はただの苦笑い。
「では――――」
だけど、この男はそんなこと気にも留めず、俺に問いを投げかける。
「――――話してもらおうか。君が一体何者なのかを」




