一話『憑依は続く』
「うーん、今日の憑依も疲れた~」
いつものように睡眠時の憑依を終えた。
目を開け視界がぼやけたまま、俺は記憶を頼りにして自宅の一階に進もうとする。
「~~~~っ」
だが、何故か鈍い音と共に頭部に激痛が走る。
恐らく壁か何かにぶつかったのだろう。
危うく気絶して2度目の憑依をするところだった。
でも、気にかかる。
――――こ、こんなところに壁なんてあったか? いや、そうか。
その疑問はすぐに晴れた。
俺が怪我していたから、治療のために桃李たちの拠点にいたんだった。
それなら俺の記憶と壁の位置が異なっているのも頷ける。
――――ん、あ…………れ?
やがて視界がはっきりとしてくる。
一応、目前の障害物が何だったか確認する。
「…………?」
だが、そこには見覚えのないクローゼットがあった。
――――いや、これだけじゃない。
周囲を見渡す。
他の家具。壁紙。窓の位置。カーテン。
どれも俺の知らないものばかり。
俺の家でも、桃李の拠点でもない。
ふと俺はもう一つ、とあることに気づく。
――――俺の体じゃない。
今の体が俺の体ではない。
その事実が指すことは一つしかない。
――――憑依が終わって、ないのか?
2度目の憑依。
それをいつの間にかにしているということになる。
――――何故? 憑依は終わったはずだろ? 二回目か?
それは、明らかに異常。
今まで目覚めることなく2度目の憑依をすることなんてなかった。
――――ひとまず、これがいつもの憑依ならば待てば俺の体に戻るはず。
落ち着いて、憑依が終わる時間を待つ。
「…………」
けれど、いつまでたっても体は戻らない。
「くそっ、やっとつぐもを救い出せる算段が見つかったというのに!」
憑依が終わるのを待っていられない。
――――今すぐ桃李たちのところに!
時計の時刻を確認する。
――――今の時間は朝の7時。俺が寝たのは、研究所のベッド…………この体に憑依したのが、目が覚めた直前だとすると…………
憑依した時間、就寝した場所、そして、過去の憑依のデータによる法則から、現在の位置を逆算する。
「よしっ、桃李たちのところから近いっ」
――――憑依した体が男性で残…………いや、ラッキー!
俺はパジャマから普段着らしいものに着替え、桃李たちの下へと駆け出していった。
※ ※ ※
「ハア、ハア」
乱れた息を整えて、拠点への入り口である豆腐小屋の前に立つ。
だが、今の体は俺のものではない。
桃李たちにどう説明しようか悩む。
――――侵入者と勘違いされて、また森ノさんの能力を……とかはないよな?
「あ」
「…………?」
目の前を通る人と目があった。
丁度、豆腐小屋から出てきた男。
毎日見ているかのような親近感のある顔。
そして、既視感のある服装。
――――俺っ!?
今、目の前に立っている男は、研究所のベッドにあるはずの俺の体にそっくりだった。
俺を見て足が止まったその体は、すぐにまた走り始める。
「おいっ。ちょっと待て!」
俺が呼び止めてもその体は足を止めない。
その体をすぐさま追いかける。
――――見間違いなんかじゃない。
毎日見て、動かしている体を誤認するはずがない。
まして、今、豆腐小屋の中から出てきた。
――――あれは、俺の体だ。
慣れない体が若干煩わしい。
でも、追いかけなければいけない。
俺が憑依したままなのも、アイツが関係しているはずだ。
今、アイツを見失ったら、もしかしたら俺は元の体に戻れないかもしれない――――
※ ※ ※
「おい、もう逃げられないぞ」
ようやく俺の体を追い詰めた。
場所は妹の莱夏とのランニングで訪れた公園。
「…………」
「聞いてるの――――か?」
追い詰めた体の肩を掴み、顔を覗く。
「!?」
――――その体は泣いていた。
俺の体で、けれど俺とは全く違った表情。
俺に何かを訴えかけているかのよう。
――――どこか、似ている。
その姿を見て俺が抱いた感情は、襲ってきたつぐもから感じたものと似ていた。
目の前の彼をつぐもと重ねてしまう。
何か苦しんでいる。辛いことがあるのかもと。
「ッ!」
「あっ」
呆然とする俺の隙をついて、体は何も言わず背を向けて逃げ出す。
考えごとをしていた俺はすぐに追いかけることができない。
俺はせめてもの思いで手を伸ばして、
「待っ――――」
「付いてくるなっ!」
「っ!!」
「君に僕の何が分かる!?」
「…………」
だけど、何も解決しなかった。
目の前の体が何であるか。どうしたいのか。何を思っているのか。
そんなの分かるはずない。
だって、目の前の彼を認識したのはついさっきなのだから。
だから、俺は目の前の体に何も言うことができなかった。
「っ、罪の自覚もないやつが踏み込んでくるな!!」
体はだんだん遠ざかる一方で、俺はただ立ち尽くしていた。
体は少し離れたところで一度止まって、
「この体は僕のだから…………!」
今にも泣き出しそうな、けれど強気な表情を見せ、俺のものであるはずの体は暗闇へと消えていく。
その姿はどこか儚くて、悲しかった。




