十六話『炎の侵略』
涼しい風。静かな夜。
ベッドの上で一人の男が徐に体を起こす。
無気力にカーテンを開け、窓辺から外を覗く。
「あァ……また……夜か」
けれど口にした言葉には、感動も失望もなく、ただ諦念があるのみ。
希望も目的も自らの意義も見出せないまま――――
※ ※ ※
計画実行当日。
「皆揃ったな!」
部屋に集まった俺、綿さん、しいらの三人に向けて名織は話し出す。
「はい、本日は頑張りましょう」
「うん、お姉ちゃん」
「…………そうですね」
やはり、 いざ当日となると不安が募ってくる。
実際、研究者を問い詰めて、つぐもの記憶は戻るのか。
そもそも話がわかる相手なのか。
もし、そうでなかったら勝機はあるのか。
懸念すべき点はいくつかある。けど―――――
「――――けど、前を向かなきゃって近ッ!!!」
ここで止まっていたってしょうがない。
そう思い、自分を鼓舞して前を見た先にあるのは、名織の顔面。
「ごめんなさい何かしてしまいましたか許してください」
真顔で凝視してくる分、相当な恐怖を感じさせる。
「いや、いいんだ。悩んでそうだったが問題なさそうだしな!」
「お、おう」
だが、どうやら問題はなかったらしい。
「んじゃ、作戦は前に伝えたとおりだ。行くぞ!」
気を取り直して、研究所へと向かおうとする。
「うあああああ!」
「!?」
そうしようとした時だった。
ただ事ならぬ悲鳴が町の中から響いてきた。
それも1つだけではなく、複数の悲鳴があちこちで鳴り響いてくる。
状況を確認するために、外に出て町へと向かう。
「ッ!」
そうしようとした時だった。
騒動の原因と思わしき影が近づいてきた。
「体温感知。照合不一致。排除シマス」
「こいつは……!」
それは以前、俺に重傷を負わせた殺人機械。
それも一機だけでなく、数十機もの数が押し寄せてくる。
「オイオイ、どうした!? こいつらに嫌な思い出でもあったのかァ?」
「!?」
機械の音があふれる中。
男の声が俺たちを呼ぶ。
俺たちは声のした方向に振り返る。
そこには、少し伸びた赤い髪と紅の眼を持つ、背丈の高い男が立っていた。
人間から逸脱したように、炎を纏っている。
纏った炎は彼の言葉に従うように、辺りに行き渡り、住宅街を燃やし尽くしていた。
「お前……何ということを! なぜ、こんなことをするんだ!?」
そんなことをする理由を問う俺。
ハッ、と男は嘲笑う。
「邪魔だからだ。この町が」
「そんな理由で!?」
「…………………」
「名織?」
でも、俺が必死に問答するすぐ隣で、名織はひとり黙って考えていた。
「ゴビ、機械のほうは俺が何とかする。そいつは……………任せた!」
「ちょっと――――!?」
喋り出したと思えば『任せた』という言葉を残して、機械たちを数体引き寄せて名織は走り出す。
「っ、追え! こっちはいい、あいつを始末しろ!」
目の前の赤髪の男は残りの機械たちに名織を追わせる。
ここに残るは、俺と目の前の男の二人。
「お前らの思惑どおりってとこかァ? だが、いい」
その男の言う通り彼一人となっても彼にとって問題はない。
それほどまでに俺と男の戦力差は明瞭だ。
「オレがひとりになろうがァ。お前のような一般人、瞬殺してやるよォ!!」
男は再び炎を纏い、柱状に飛ばしてくる。
「っく!」
横に飛び込むようにして攻撃をかろうじて回避する。
「ほォ、少しはできるじゃあねえか。だが、まだまだ行くぞ!」
さらに炎の柱が無造作に飛び散らされる。
一つの炎は、かがんで。
もう一つの炎は、飛んで。
男の攻撃に何とか対応できていた。
――――マズイ。このままじゃキリがないのも確かだが、それよりも町が危ない。
俺が炎を躱すたび、辺りは炎によって火の海になりかけている。
――――すぐに決着をつけないと。けど、どうやって?
即座に決着をつけなければ、この町の被害は取り返しのつかないものとなる。
――――――名織は俺にこの男を託した。勝算があるからだ…………ただのなげやりだったかもしれないけど。
ともかく、俺は戦闘力においては完全にこの男に劣っている。勝算があるとすれば、この憑依する能力。
俺は憑依する対象を制御できない。
だが、その法則は既に掴んでいる。
あとは相手の動きを予測できるほどに単純化できればいい。
「……………もしや?」
ある可能性を思い浮かべた。
男の言動から推測される性格。
それを利用する策。
「おい! 逃げるのかァ!?」
早速、俺は男から距離を取った。
その様子を見た男は煽りながら、炎を放ち続ける。
――――違う。逃げるわけではない。勝つためには、距離を取るしかない。そして。
「――――ここだ――――くッ!」
俺は炎の攻撃を喰らった。
「ハッ、どうやら目論見は失敗したようだなァ。立ち直す隙も残さん!!」
男は俺の様子を見て即座に追い討ちをかける。
それが、俺の予想通りの動きだとも知らずに。
――――これで……….…いい。俺が、無防備だと知って、追い討ちをかけるお前は…………直線的だ。
「これで、しまいだァ!!」
そして、男が示杞の目の前で攻撃を繰り出そうとしたその瞬間、俺は意識を失った。
完璧な位置と時間で。
※ ※ ※
「――――はっ!」
赤髪の男が目を覚ました様子。
無論、俺がこの男に憑依している間に拘束しておいた。
「おい、お前! どうなってるんだこれは!?」
「ああ、起きたか。お前は負けたんだ」
「負けた…………? このオレが? そんなはずがない。お前は確かに炎を喰らったはずだろ!?」
男が短絡的な思考だったからできた作戦。
わざと攻撃を喰らうことで、相手に真っ直ぐに追撃させた。
「確かにそうだな。けど、いちいち説明してやる義理もない」
「――――おお。ゴビ、やるじゃんか!」
名織も戦闘を終えたようで、俺と合流した。
「名織、もう少し協調性を持とうぜ。俺が負けてたらどうするんだよ」
「まあ、それが信頼というやつだ」
勝手にこの男との闘いを俺に任したことへの糾弾も、魔法の言葉によって紛らわされてしまった。
「おい、無視するんじゃねえ!」
男が拘束を解こうと、体に力を入れる。
だけど、そんな簡単に拘束は解けない。
「名織、どうする? こいつ」
「うーん、情報を吐きそうな奴でもないし、そもそも情報すら持ってなさそうだし――――スルーで!」
「OK!」
そんな中、名織の提案に俺は屈託のない満面の笑みで了承する。
「待て待て待て待て待て待てェ!!」
「うん?」
男の下から去ろうとした時。
男が俺たちを呼び止める。
「情報は持ってる! だから、これを外せェ!!」
「いや、頼みかたってものが…………」
「っ――――、外して…………くだ、さい」
さすがにこの状況では、男は俺の言葉に従わざるを得ない。
「それで? 情報ってのは?」
「…………オレがした行動の動機だ。今回の件は十数年前のあの事件が関わっている」
「あの事件?」
「お前らも知っているはずだ。誰も認識することなく、日本各地のあらゆる人々が、一瞬にして生を奪われたあの事件」
「!」
「『天の癇癪』とも呼ばれたあの事件を……!」
「『天の癇癪』…………!」
俺と名織は口を揃えてその名を呼ぶ。
誰もが知っていた。それは、その時生まれてない子どもでも。
十数年前のある日、あらゆる場所で予兆なく人が倒れ始めた。
何が起きているのか、何故倒れたのか、いつ自分がそうなるのかも理解できずに。
唯一の手がかりはこの異変の前に彼らが見たもの。
広範囲を覆った謎の光。
だが、それがわかったところで解決する術は見つけられなかった。
そして彼らが抱いたのは、いつ自分の番が来るのかという恐怖。
最早どうしようもない状況への諦め。
それらの感情が人々を狂わせた。
ある人は、震えながら祈るように跪き助けを乞い。
またある人は、狂乱して暴徒と化した。
多く街はほぼ崩壊状態。
行方不明者2000人、死者50万人。
得体の知れないたった一つの混乱が、この日本に多くの被害と恐怖をもたらした。
これが、『天の癇癪』。
この異変の問題は原因不明で、まるで癇癪を起こした神のように対処が不可能な点にある。
それ故に今でも『天の癇癪』の再発に怯える人々がいるのだ。
――――そんな大事件が今回のことに関係している? もし、それが本当であるのなら慎重に動いた方がよさそうだ。
「まあ、軽く耳にした程度だが。信じてもらわなくても構わねェ」
「ああ。頭の縁には入れとく」
「これ以上は知らねえし。知ってても喋れねェ」
「ああ、それがい――――」
「――――いいえ。それでも十分よ」
それは、俺が相槌をついて、拘束を外そうとした瞬間。
ほんの僅かな時間で起きた。
「――――え?」
十数メートル先に立つホワイトブロンドの髪をした少女。
彼女の持つ銃が煙を吹いていた。
「貴方が処されるのにはね」
「ッ! ああ、そうだよなァ」
男の服に広がる赤い染み。
そこを押さえる震えた手。
その重傷でも、男は少女に反抗する。
「お、おい。安静にしてろ! アイツは俺が!」
男は俺の制止も聞かない。
「やはり、な、オレ、は誰かの命令に従う性格なんかじゃ、ねェんだ」
見栄のようにも聞こえる震えた声。
男は最早、満身創痍。
「こう、して、歯向かッちまうんだからよォ!」
けれど、渾身の一撃を相手に喰らわせようと、力を振り絞る。
「喰らえェ! オレの最後の一撃だァ!!」
彼が振るう手には螺旋状の炎。
それが、一本の槍の様になって女のもとへと飛び込む。
俺と闘ったときとは比べ物にならないほど速く、目で追い付くのがやっとであった。
「――――はあ」
しかし、少女は慌てる仕草も見せない。
抵抗する彼を冷徹な表情で蔑むだけ。
彼女が炎の槍にそっと手を振りかざす。
「!」
ただそれだけで、炎の槍は消え失せる。
「……もう此処にいる意味はない」
何事もなかったかのように男の状態を確認して、その場を少女は立ち去る。
「――――なんだよ…………オレがこの力を貰った時点でオレは従うしかなかったのか」
圧倒的な力を前に、男は膝をついて倒れる。
「おい、大丈夫か!」
「無駄だ…………オレは、もうもたん」
「何言ってんだ!? 救急車も呼んだ! そう簡単に諦めるな!」
既に救急車は手配済み。
重傷といえど、まだ男が助かる可能性はある。
「ハ、ハァ、心配して、くれるの、か? 優しい、じゃねェか。けどな――――」
でも、もう長くはもたないことを理解したのか、男は俺に告げる。
「悔いはない。オレは、自分の信念を貫けた!」
そして、男は意識を失った。
静かに、満足そうな顔をして。




