第四十章
キキはゲームセンターにいた。時刻は午前十時で、やはり学校にいなければいけない時刻だった。キキは筐体の前に座り込み、ランバートを小脇に置いて、ショルダーバッグの中からありとあらゆる工具を出して作業をしていた。その筐体は今まで動かなかった筐体の中でも最後の筐体で、作業している間にもゲームセンターはピコピコという電子音でいっぱいになっていた。最近、キキは動かない筐体を片っ端から修理していたのだ。夕方までかかってその作業を終えたところで、学校を終えて帰宅してくる生徒たちがゲームセンターに立ち寄る。キキが満足そうに筐体のパネルを閉めて顔を上げると、生徒の一人が「今日も遊んでいい?」と無邪気にキキに聞いた。キキは「もちろん」と請け合って、生徒にコインを渡す。「日が暮れるまでには家に帰るんだよ」と付け加えたが、コインを受け取った生徒たちは思い思いの筐体の前に座って、すぐにゲームに夢中になっていた。キキがため息をついたところで、アンジーが静かにゲームセンターに入ってきた。
「大人気ね」
アンジーはゲームセンターの様子を見て、楽しそうに言う。「これで全部の筐体が動くようになったんだ」とキキは笑って返し、アンジーはそれを聞いてにこにこと笑っていたが、「わたしもまた、練習しなくちゃ」と言いながら、急に物憂げな顔になった。「どうしたの」とキキは聞いてみたものの、アンジーが何を考えているのかはよく分かっていた。すべての事件が収束したのは、ほんの数週間前の話だった。アンジーは特にアンダーソンを失ったことがショックだったようで、キキの前では気丈に振る舞うものの、キャシーに言わせれば「精神的なダメージが大きいようです」ということだった。キキはアンジーを抱きしめて、特に何も言わなかった。
あの事件のあと、キキとアンジー、それからキャシーは街に戻ることにしていた。ケルビンは元々都市に住んでいたこともあり、三人についていくようなことはしなかったが、その代わりにアンジーに一部が木製の立派なライフルを託した。「きっと街では必要ないだろうが」と前置きするケルビンから、アンジーは恐る恐るライフルを受け取る。「お守りだ。持っていれば強くなれる」とケルビンはアンジーから視線を逸しながら言った。その表情は複雑で、キキにも真意は読み取れなかったが、アンジーは「ありがとう、ケルビン」と言って最後にケルビンに抱きついた。ケルビンは戸惑ったものの、ぎこちない動作でアンジーの頭を撫でると、「元気でいるんだぞ」と小さな声で言った。ビートルはといえば、三人は街に一緒に来るよう勧誘したが、「父さんと母さんがいた場所に残りたい」とのことだった。
「もう父さんと母さんはいないけど。できれば、大人になって強くなったら、子供売りをなくしていきたいんだ」
ビートルはそう言いながらケルビンを見て、「おれにもライフルを教えてよ」と言う。ケルビンはビートルを見てため息をついたが、「筋が良ければな」とまんざらでもなさそうな顔でぶっきらぼうに言った。アンジーはビートルにも抱きつき、「気をつけてね」と少し涙ぐんで言ったが、ビートルのほうは頭のてっぺんまで真っ赤になりそうな勢いだった。最後にキキがケルビンに「今までありがとう」と握手をし、ビートルを見て「無茶はしないんだよ」と声をかける。三人はそれを最後に、ケルビンとビートルを残してドクトルの家に帰った。レイダーボットたちの射撃で無残なことになっているドクトルの家を見ると、誰しもが物悲しい気持ちになった。中でもアンジーは、ドクトルの家を見ただけでぽろぽろと泣き出したほどだった。ドクトルはもういないのに、「やあ、君たち、どこに行ってたんだい」という陽気な声が聞こえてくるかのようだった。キキたちは無言で荷造りをすると、フォルクスワーゲン・タイプ・ツーに荷物を運び込んだ。キキはそのとき、少し迷ってからドクトルが溜め込んでいた部品や珍しそうな工具も集めて積み込むことにした。フォルクスワーゲン・タイプ・ツーのトランクはそれですぐにいっぱいになり、キキが運転席に乗ると、アンジーとキャシーが後部座席に座った。
「本当に可能なのですか」
「仕組みは分かる。旧世紀の記憶を辿っても、運転したことはないけど」
不安げなアンジーとキャシーをよそに、キキはエンジンを入れると動きを試すように一度前後してから、ドクトルとは対象的に滑らかに道路へ出て運転を始めた。キキには運転の方法がひとつひとつ手に取るように分かっていて、街の中を走って来た道を戻ると、橋を越えて街の方角へと走り出す。「なるべく止まらないように行くから、眠かったら寝るんだよ」と前を見たままキキはアンジーに声をかけ、アンジーは頷いてから数分でキャシーの肩に頭を預けて眠りに落ちた。ソーラーパネルの電池は長いこと放置されていたせいか、街に辿り着くのに十分な充電があった。
フォルクスワーゲン・タイプ・ツーが街に乗り入れると、街の人々は驚愕してから、運転席に座っているのがキキであることを見て二度驚いた。キキは十二分なスペースが開いているところで停車し、車から降りる。同時にアンジーとキャシーが後部座席から降りると、「アンジー!」という甲高い声と共に群衆の中から一人の女性が走りでてきた。それはアンジーの母親で、アンジーの母親はアンジーを強く抱きしめると、「一体どこに行っていたの」とすすり泣きながら言った。泣き虫なのは遺伝のようだ、と思っているキキの傍で、アンジーは「ごめんなさい」と言いながらもどこか凛とした姿だった。
「ちょっと旅をしていたの。でももう大丈夫よ」
その感動の再会の最中、続いて前に出てきたのはデイビッドで、キャシーを見るなり「何があったんだ」と苛立ちを隠せない声で言う。キャシーはデイビッドを見てしかめっ面になり、「あなたがわたしにしてきたことを、今ここですべて暴露してもいいのですよ」と低い声を出した。「アンドロイドのくせに何を言い出すんだ」というデイビッドに、キキはため息をついて「もうキャシーは元のキャシーじゃないんだよ」と説明した。「話は長くなるけど、キャシーはもうあなたの命令を聞かない」とキキが続けると、デイビッドは「ふざけるな」と悪態をついてキャシーに殴りかかる。キャシーはそれを簡単に避けてみせると、デイビッドの腕を捻り上げて「キキが言ったとおりです。もうわたしはあなたの命令を受け入れかねます」と冷たく言い放った。それからデイビッドがキャシーを避けるようになったのは言うまでもないことだった。
そこまで思い返して、キキは「そろそろ帰らなくちゃ」と工具をショルダーバッグに戻し始めた。アンジーはそれを見て同様に現実に引き戻されたようで、「何か用があるの?」と素直に聞く。
「レミントンの調子が最近悪いらしいんだ。だから修理に来るように言ってある」
キキはショルダーバッグを背負い、アンジーに軽いハグをし、アンジーもそれを返した。「また明日ね」とアンジーが言うと、キキはランバートを抱いて、ゲームセンターを去り際に軽く手を上げて挨拶を返す。キキは早足で自宅に帰ると、デイビッドを離れキキの助手になっていたキャシーを見つけ、「準備を手伝って」と短く伝えた。古ぼけたボロボロの雑誌を真剣な顔で読んでいたキャシーは、雑誌を脇に置くとすぐにてきぱきと必要な準備をし始めた。
キキがアンドロイドであることを、街の人間はまだ知らない。それでも、成長しないキキを見て、そのうち事実が露見することは確実だった。それでも、とキキは思う。自分は祖父の足跡を辿るだけだ。たとえ彼が、本当の祖父ではなかったとしても。準備の最中に、自宅のドアがノックされる。キキは元気よくドアへ向かって走り出すと、「はい、今すぐ」と声を出した。ランバートが、まるでキキの祖父のようにその姿を終始見守っていた。
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