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第二十九章

「キキは大丈夫かしら」


 博物館を逃げ出した後、キキ以外の四人はドクトルの家に戻っていた。その他に滞在できそうな場所がなかったからだ。夜も更けそうになっていたが、誰も二階に上がって眠ろうとはせず、一階で思い思いに座って、それぞれが物思いにふけっていた。一番落ち着きがなかったのはアンジーで、アンジーはケルビンの隣に座ったまま、ライフルを磨いてみたり、まるでキキが今すぐにでもドアから入ってくるのではないかとドアを見たり、とにかく忙しなかった。キャシーはそんなアンジーを眺めて、どのような言葉をかけるべきか迷っていたが、「きっと大丈夫だよ」とアンダーソンは割れた声で陽気そうな声を出した。


「少なくとも、キキちゃんが本当にボクらよりずっと高性能なアンドロイドであるなら、間違いなく大丈夫だ」


 アンダーソンの言葉は、アンジーにとって慰めにもならなかった。アンジーからすれば、キキがアンドロイドである、という事実さえ心を掻き乱す要因になっていたのだ。キキがアンドロイドであっても、アンジーはキキに対する態度を変えるつもりはなかったが、心配なのはキキの方だった。たとえば自分が突然アンドロイドである、と知ったら、それは大変な心労になるだろう。そしてそれは、アンジーが想像しているよりもずっと大変なことに違いない、ということもアンジーはしっかりと理解していた。窓際に背中を預けていたキャシーは、自身が自我を得たときのことを考えていた。あの混乱は計り知れないものだ。それがキキの現在の心境とまったく同じではないにしろ、そのショックは似たようなものかもしれない、と思っていた。自分がこれまで生きてきた基盤を、根底から覆されるような事態なのだ。


「…ビートルだって」


 アンジーはキキのことを考えまいとしているのか、ライフルを磨く手を止めて話題を変えた。ビートルはドクトルについていってしまった。亡くなってしまった親を取り戻すために。アンジーは俯いたまま、「あんなことをするなんて」と今にも泣きそうな声で言った。ケルビンはそんなアンジーを見ると、少し戸惑ってからアンジーの肩を抱く。「彼らの気持ちも、分からないわけじゃないんだ」とケルビンは宙を見つめて言った。アンジーは驚いてケルビンの顔を見た。


「俺も娘を失ったことがある」


 ケルビンの告白に、キャシーもアンダーソンもケルビンを見たが、ケルビンは誰にも視線を送らなかった。アンジーはケルビンを食い入るように見上げていて、話の続きを今か今かと待ち受けていた。ケルビンは居心地が悪そうに片膝を立てて座り直すと、あくまでも落ち着いた声音で話を続けた。


「すべて俺の不注意だった。一緒に繁華街に出かけたとき、娘が欲しがった玩具を買うのに少し目を離してしまった。その間に子供売りに攫われたんだ。もちろん、娘を取り返そうとはした。でも、それも裏目に出てしまった」

「どうして?」


 ケルビンのゆったりとした語り口とは裏腹に、アンジーは無垢な声で聞いた。「子供売りは娘を始末したんだ」とケルビンは昔話でも語るような調子で続けたが、視線は床に伏せられていた。「どうして」とアンジーは繰り返したが、今度は消極的で尻すぼみになっていた。ケルビンはアンジーを見、もう一度床に視線を落として、「奴らに必要なのは従順で面倒を起こさない子供だ」とだんだん感情の滲んできた声音で言った。


「あのとき、面倒を起こしたのは娘ではなくて俺だった。子供売りが娘をどこに売ろうと、俺は探し出すつもりだった。子供売りにとって、そんな商品は扱いづらいだけだ。だから排除した。俺はその子供売りに復讐したが、だからといって娘が返ってくるわけでもないんだ」


 ケルビンはそこまで言って、ため息とも取れる深呼吸をした。アンジーはその話にすっかり意気消沈していて、ケルビンの視線を追うように床を見ると沈黙する。「もしこの場に娘がいたら、と思わない気持ちはない」とケルビンは小さな声で言った。


「けれど、娘の代替品なんてないんだよ。あの男はそれを分かっていないようだ。俺は娘とまったく同じように動いて喋る人形を手に入れたいとは思わない。ビートルはそれを理解できるほどの歳じゃない」


 その頃には、アンジーはぽろぽろと泣き始めていた。キキのことも、ケルビンの娘のことも、ビートルのことも、アンジーが処理するには大きすぎる問題たちだった。ケルビンは泣き出したアンジーを見ると、少しぎょっとしてから優しい顔つきになり、アンジーの涙を拭いた。「俺の娘も、君のように心優しかった」とケルビンは呟く。


「人間は脆いものだ」


 そう続けたケルビンの声が消えるが早いか、一同の耳にブーンという音が聞こえた。その音にケルビンは即座に反応して脇に置いていたライフルを持ち、キャシーが窓の外を確認すると、アンダーソンは座っていた木箱から飛び降りた。アンジーも一拍遅れて反応し、ライフルを抱きしめて「もうキキはここにいないのに」と涙で濡れた顔のまま困惑した。「連中はまだ一緒に行動してると思っているのかもしれない」とアンダーソンはキャシーの横に駆けつけ、窓の外を見た。予想通り通りをこちらに向かってきていたのはレイダーボットたちだったが、今回は二体様子の違うロボットがいた。レイダーボットたちがホイールで動いているのに対して、そのロボットたちには足がある。あの足があれば、このポーチを上がってくることができるだろう、と考えたキャシーは、慌てて椅子にされていた箱の方に走った。


「バリケードを作らなければ」

「ボクも手伝うよ」


 箱をドアの方に押していくキャシーに倣って、アンダーソンは箱を持ち上げるとキャシーがドアに押し付けた箱の上に更に箱を重ねる。ケルビンはキャシーたちの代わりに窓際につき、ライフルを構えた。アンジーもそれに続き、キャシーとアンダーソンはただひたすらに重量のありそうなものをドアの前に立て掛け続けた。レイダーボットたちは家の前に止まると、例の赤いセンサーの光を家の中に当てる。センサーは家全体をこと細かくスキャンするように動くと、キャシーに集中して止まった。『目標を補足』という、聞き慣れてしまった文言が聞こえ、アンジーは驚いて振り向いた。キャシーも自身が狙われていることに唖然としていた。


「どうしてキャシーが」


 アンジーは思わず叫んだが、すぐに集中砲火が始まる。今度はレイダーボットの数が多く、一斉掃射するような射撃にケルビンすら身をかがめるしかなかった。二足歩行のロボットたちはレイダーボットたちと違い大きな銃を持っていて、一発ずつ弾を発射したが、それはレイダーボットたちとは比べ物にならないほど破壊力のある一発だった。ドアにはすぐに大きな穴が空き、バリケードも数発で崩れ落ちる。ドアが完全に吹き飛んでしまうと、レイダーボットたちを従えた二足歩行のロボットはずんずんとポーチを上がってきた。ロボットたちはドアの前に出来たバリケードの山を再び銃撃で吹っ飛ばすと、迷いなくキャシーに近づいてキャシーを捕まえようとする。「キャシー!」とアンジーが叫んでロボットに向けてライフルを撃ったが、銃弾はやはり虚しく跳ね返るだけで、迎え撃とうと拳銃を構えていたキャシーはすぐに両脇を掴まれてしまった。「離してください!」とキャシーも叫ぶが、ロボットたちに頭脳と感情はない。ケルビンもロボットたちの動きを止めようと何発かライフルを撃ったが、どれも彼らの動きを止めることができなかった。キャシーは精一杯抵抗しながら、ポーチから引きずり降ろされ、一体のレイダーボットの後ろに連結されていた箱に押し込まれる。アンジーはドアから走り出て、「キャシー!」と再び叫んだが、軍隊はすぐに来た道を引き返して動き出し、次第に見えなくなった。キャシーは、攫われてしまった。

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