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第三十章

 キキを探し出そうと一同が繁華街に出ると、繁華街ではある噂が持ち切りになっていた。『自我を持った子供型のアンドロイド』がいるという噂だ。耳に入ってきたのその言葉にいち早く反応したのはアンジーだったが、噂をしていた女性たちに即座に話を聞きに行こうとしたアンジーをケルビンは素早く止めた。「首を突っ込まないほうがいい」とケルビンはアンジーの肩を掴んで言う。アンジーは振り返ると、「でもあれは絶対キキのことよ」と困惑した顔をしたが、「『子供型のアンドロイド』を探していると分かったら、こっちだって怪しまれる」とケルビンは諭すように続けた。そんな二人を見て、「ボクに案がある」と人差し指を立てたのはアンダーソンで、ケルビンとアンジーはアンダーソンを見た。


「ちょっと待っててくれ」


 アンダーソンはそう言い残すと、案の説明もせずにずかずかと噂をしていた女性の二人組に近づくと、「すみません」とガサガサの合成音声で声をかけた。ケルビンはその無鉄砲さに止めて入ろうかとも思ったが、アンダーソンの「都市アンドロイド協会の者です」という言葉に成り行きを見守ることにした。女性の二人組はアンダーソンを怪しそうにじろじろと見ていたが、アンダーソンは構わず続ける。


「我々の活動は、都市に住むアンドロイドの統率にあります。従って、自我を持つアンドロイドは野放しにしてはなりません。お手数ですが、ご協力願えますか」


 アンダーソンはすらすらとそう述べ、女性二人は顔を見合わせた。それから、「『酔いどれバーサ・バニー』から逃げ出したと聞いたわ」と片方が腕を組んだまま言い、「電気街でも見かけた人がいるそうよ」ともう一人が付け足した。アンダーソンはアンドロイドらしく丁重に頭を下げると、「大変助かりました」と遠巻きに見ていたケルビンとアンダーソンの元に戻った。「この調子で聞き込みを続ければ、きっと見つかるかもしれない」と言ったアンダーソンは、アンジーにはとても頼もしく見えた。

 実際、聞き込みを続けていくと、キキと思しき『子供型のアンドロイド』がいそうな場所はどんどん縮まっていった。最終的に三人が行き着いたのは郊外のとある荒れ果てた地区で、柄が悪そうだったり、貧しそうだったりする人間がぱらぱらと住んでいる場所だった。それでも、隠れ場所に使えそうな廃屋はたくさん建っている。アンダーソンが前を歩き、ケルビンがアンジーを守りながらいつでもライフルを構えられるようにして、三人はその地区を虱潰しに回った。キキを見つけたのは八軒目の空き家で、ドアのない平屋の小さなその家の隅に、キキは体育座りで座っていた。


「キキ!」


 アンジーは思わず大きな声を出して、廃屋の中に走って入った。キキは心底驚いた顔でアンジーを見ると、驚きのあまり今までのことをすっかり忘れた様子で「ここで何をしているの」と聞いた。アンジーは「あなたを探していたのよ」と今にも泣きそうな顔で言う。続けてケルビンとアンダーソンが空き家に入り、キキは二人を見上げると「キャシーは?」と聞き、ケルビンは頭を横に振ってみせた。「ドクトルの軍隊に誘拐されてしまったの」とアンジーはついぞ泣き出しながら言った。


「誘拐だなんて、どうして」

「あんたを誘い出すためだと思う」


 その場にへたり込んで泣くアンジーを思わず抱きしめながら、キキはケルビンの言葉に「なんてことを」と視線を床に逸らす。アンジーは顔を上げ、「キキ、戻ってきてほしいの」と単刀直入に言い、「あなたが人間でもアンドロイドでも、わたしはどうだっていいの。キキはキキよ」と続けた。


「人間とアンドロイドには大きな隔たりがあるよ」

「それは間違っている。ボクは自分のことを人間と変わらないと思っているよ」


 珍しく落ち着いた声を出すアンダーソンに、キキはアンジーを抱いていた手を離すと、再び小さく丸まるようにして膝を抱いた。キキの中で、いつだって人間とアンドロイドはまったくの別物だった。自分勝手な人間たちと、統率の取れたアンドロイドたち。本来、自分が嫌っていたのは人間たちのほうなのに、自分がアンドロイドだと分かった今、キキはそう簡単に人間たちを否定できなくなっていた。あんなに慕っていたアンドロイドとして生きることを、受け入れられずにいた。


「わたしはわたしがアンドロイドであることを、認められないでいる」


 キキが正直に白状すると、アンダーソンは「そりゃあそうさ」と少しおどけた調子で受け合った。「ボクだって、自分がアンドロイドだということに納得はいっていない」と続けるアンダーソンを、キキはようやく見上げる。


「でも、きっと希望はあるはずなんだ。自我を持ったアンドロイドたちが、人間と同じくらい自由に生きていける未来という希望がね」


 アンダーソンはそこでにんまり笑ってみせた。キキは納得のいったような、納得のいっていないような心持ちだった。人間とアンドロイドの境界は、自分が思っているよりも曖昧なのだろうか。その思考に割り込むように、「わたしはキャシーが心配なの」とアンジーはキキの腕に手をかけた。


「でも、あなたがいないと立ち向かえないのよ。今、わたしたちにはキキが必要なの」


 キキがアンジーを見ると、アンジーは泣きじゃくっていた。自由という言葉と、必要という言葉がキキの頭の中で駆け巡った。自分は自由だ。そして、自分は今必要とされている。キキはアンジーの手をゆっくりと離して立ち上がると、「わかった」と短く言った。


「わたしのことは後で悩む。とにかくキャシーを助けよう」




 その頃、ビートルはドクトルについて博物館の地下にいた。ドクトルはそこを『ラボラトリー』と呼んでおり、ビートルが見たどんな建物よりも綺麗だった。錆が一切なく、照明は真っ白で、レイダーボットのようにピカピカとしたロボットがせわしなく動いている。その施設は円形で、真ん中に大きなガラス張りのエリアがあり、ドクトルはビートルを先導しながら「素晴らしい施設だろう?」といたって楽しそうな声で言った。


「紆余曲折あったが、ここまで来た。人を入れるのは君が初めてだ。名誉なことだと思ってくれていい」


 ドクトルの調子は、ビートルが『ハイウェイ・エイティ』で彼に出会ったときから少しも変わっていなかった。ビートルはずっと無言でドクトルの後ろを歩き、きょろきょろと周りを見渡していた。ドクトルはそのうちある場所で足を止めると、平べったいカードのようなもので中央部のエリアに踏み込んだ。ビートルは一瞬躊躇ったが、すぐに小走りでそのドアを通り抜けるとドクトルについていった。


「私は『永遠の命』の可能性を信じている」


 ドクトルは勝手に演説を続けていた。中央のエリアにはビートルが見たこともないような機材がそこここにあって、足を引っ掛けそうなほど大量のケーブルが床を這っている。「キキはとても良い例だ」とドクトルが言って初めて、ビートルはキキたちのことを考えた。キキたちは無事だろうか。


「アンドロイドでは足りないんだ。彼らには人間味がない。わたしは何よりも人間に近い、それでいて完璧なものが作りたいんだ。人類はいずれそういった『永遠の命』を持つ新しい人類に取って代わられるべきだ」


 ビートルが肩身の狭い思いで棒立ちしていても、ドクトルはビートルに目もくれなかった。「そうすれば、死や喪失などという害悪はなくなる」とドクトルは今にも鼻歌を歌いそうな調子で言う。そしてドクトルは、そのエリアの真ん中に立っていた巨大な円柱の前に立ち、「そして、これが人類の可能性だよ」と真面目な顔になってビートルを見た。円柱にはガラスのドアがついていて、ドクトルがボタンを押すと、ドアが上向きに開く。そこにあったのは、四肢があるべき場所に大量のケーブルが繋がれた、人型の何かだった。


「紹介しよう。娘のアリアだ」


 ドクトルはそう言うと、目を光らせて笑った。

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