惨劇の始まり
足音を立てないように慎重に歩く。
奥の階段を登った先は細い回廊になっていた。
照明は薄暗く、人の気配はまるで無い。
左右には幾つかの扉があり、その一つから明かりが漏れていた。
床はふかふかの絨毯が敷いてあり、足音が立つことは無さそうだ。
こそこそと部屋の前まで移動すると、扉が僅かに開いていることが分かった。
その隙間から様子をうかがう。
「――の準備は出来ているんだろうな?」
セバスティアン王子がツァイコフに尋ねる。
「抜かり無く。我が手勢は所定の位置に配置済みです」
「くく……。なら良い。これで、王位は我が物となる」
「ただし、以前にも言った通り、私の手勢は国王陛下やリンツ王太子とエリノア王女の区別はつきませんぞ」
「ふん。噂の闇の軍勢、か。妹のエリノアには少し可哀想だが……いた仕方あるまい」
そう言って、黒い微笑を浮かべる。
「宴席の客人たちはいかがしますか?」
「パーティーの客の事なんぞは知ったことではない。放っておけ。それとも、お主の手勢は学生や教官ごときに倒されてしまう程度のものなのか?」
小馬鹿にした態度の王子に、ツァイコフが肩をすくめた。
(アフェット! これって……!)
(国王の暗殺計画ですよ……!)
俺たちはその会話の内容に驚愕し、目を見合わせる。
とんでもない事を立ち聞きしてしまった。
「……では、巻き込まれないようくれぐれもご注意を」
「ああ」
会話を終えたツァイコフが扉の方へ向かってくる。
(やばい! 来るぞ!)
(か、隠れましょう……!)
足音がすぐ側まで迫って、ドアが開いた。
◆
薄暗い廊下を遠ざかっていくツァイコフの後ろ姿を、俺達は近くの部屋のドアの隙間から覗いていた。
先ほどの部屋の斜め向かいにあった部屋だ。
「あっぶねぇ……」
「間一髪でしたね。鍵のあいてる部屋があって良かった」
遅れて、先ほどの部屋からセバスティアンが出てきて、ツァイコフとは逆側――こちらに向かって歩いてきた。
廊下を覗いていた隙間を慌てて閉める。
「…………」
ドアの向こうで気配が遠ざかっていくのを感じてから、俺たちは息をついた。
「ふう……。って、くつろいでる場合じゃないっつの! パーティー客たちが危ない……!」
「ええ。急ぎましょう!」
アフェットと頷き合うと、俺たちはツァイコフの気配に注意しつつ、来た道を急ぎ戻った。
階段を駆け下りてパーティー会場に飛び込む。
宴客たちが、血相を変えて現れた俺たちに奇異な目を向けた。
「僕は来賓客に事情を説明してきます!」
アフェットはそう言い残して、足早に貴賓席へ向かっていった。
「あ、コージ! 助けて~」
リヴィアが半泣きで駆け寄ってくる。
その後ろをぞろぞろと男たちが付いてきた。
「リヴィア様! 待って!」
「僕とダンスをする約束ですよ!」
「何を! 彼女は私と踊る約束を――」
喧々諤々。リヴィアを取り合う男たちの醜い争いが繰り広げられている。
「な、何だよこの状況は……」
「知らないよ~! みんな! この人が私の主人です! 私は身も心もこの人の物なの! はい、帰って帰って!」
リヴィアが俺の腕に抱きつきながら男たちに言う。
ショックを受けた男たちは、昔読んだことのある少女漫画みたいな顔になって打ちひしがれた。
「い、いや! 僕は諦めない! 一夫多妻があるならば、一妻多夫もまた然りッ!」
「わ、私もだ! この恋心を誰が止められるだろうか!? いや、止められはしまい!」
そう言って勢いを盛り返す。
酒も入っているんだろうが、心の強い連中だ。
「あんた……いなくなったと思ったら、戻ってきて早々なにしてんの……?」
いつの間にか横にいたミアが呆れ果てたような表情で言う。
「あ、ミア。いや、俺にも何がなんやら……って、こんなことしてる場合じゃない! ミア、聞いてくれ!」
「なに? どうしたの?」
切迫した様子の俺を見て、ミアの表情が引き締まる。
「大変なことになりそうだ。今すぐ、パーティーの客を外に逃がさないと……!」
「全員を……? 一体、何が起こるのよ?」
「俺にも何が起こるかは詳しく分からない。でも、説明してる暇はないんだ! 国王の暗殺計画が――」
言いかけた瞬間――俺の言葉を、天井のステンドグラスが割れる騒音が遮った。
女性たちの絹を裂くような悲鳴が重なる。
ステンドグラスの破片とともに、真っ黒な物体が中央テーブルを叩き壊しながら着地した。
「コージ……! あれって!?」
「遅かったか……!」
『キケケケケケケケ……』
フロアの真ん中に降ってきた黒い物体。
それは、俺たちには見覚えのある〈敵〉だった。
【ボグモル=ズロー Lv:55
HP:1338/1338
AP:80/80
攻:334
防:279
スキル:剣術 毒撃】
首なしの人型外骨格。
腹部に牙の生えた大口があり、両手が鋭利なブレードになっている。
凶悪な異形のモンスター、〈アボイド〉だ。
「なんで、アボイドがこんなところに!?」
ミアが、信じられないといった表情で叫ぶ。
同時に、天井からさらに数体の同種アボイドが突入してきた。




