海神の本領
◆
夜明けの原野に薄い霧が立ち込めている。
わずかに霞むレッジェーロ市街。
そして、その向こうに蠢くクラスター〈ヴェズミエ=ウリトゥカ〉と黒い澱のようなアボイドの群れ。
俺たちはまっすぐその方向にゆっくりと馬を進めていた。
ラルゲット渓谷の城塞からは、市民が固唾をのんで俺たちを見守っている。
俺たちが戦闘中は巻き込まれる可能性があるため外には出られない。
もし俺たちが負けた場合は、城塞に待機している冒険者たちがすぐさま全市民を避難させる手はずになっている。
すると、渓谷の方から誰かが走ってきた。
「おーい! 待ってよ! あたしも行く……!」
小さな人影だ。
だぼだぼのチェインメイルでぎこちなく走るその姿は――
「……ウィル!?」
ウィルは馬を止めた俺たちに追いつくと、膝に手をついて息を整えた。
「あたしも戦う……! 街を守るんだ!」
「ウィル! 街で待っているはずでしょ!?」
「嫌だ……! 街の冒険者たちだって、なんで一緒に戦わないの!? どうせ、街が無くなったら生きていくことは出来ないのに……!」
怖いのだ。冒険者たちも。
あの雲の上のような強さを持った探索者ですら対抗し得ない相手と戦うのが。
「どうせ死ぬなら、あたしは戦って死ぬ!」
強い意志を持って言うウィル。
『この子供……。まだ幼いが、騎士の魂を持っているようですな』
ランスロットが呟く。
俺は馬を降りてウィルの肩に手をおいた。
「まったく……。そんな鎧どこから持ってきたんだ? 剣まで……」
ウィルの腰には小ぶりだがしっかりとした作りの片手剣が吊るされていた。
「地下の倉庫に一杯あったから。あたしは魔法も使えないし……」
「さすが、あのマスターの子供だな。どうなっても知らないぞ?」
ウィルが大きく頷く。
俺たちはウィルを加えて、レッジェーロへと向かった。
無人のレッジェーロ市街、市壁上から眺めると、魔物の進軍はもはや数キロ先まで迫っていた。
鼻をつくような臭気がここまで漂ってくる。
「いよいよね……」
ミアが呟く。
「リヴィア、いいか?」
『いつでも』
リヴィアの簡潔な返事に頷くと、俺はみんなを振り返った。
俺が何かを言う前にミアが口を開いた。
「心の準備は出来てるわよ」
「もちろん、ミートゥーだ。ワクワクすらしているよ」
「私もです……!」
「なんか分からないけど、いつでも来い……!」
ウィルが腰の剣を抜いて構える。
俺は市壁の外を向き直ると、広げたバインダーから一枚のカードを取り出した。
「来い。始原の海神! 【リヴァイアサン】……!!」
掲げたカードが強く輝く。
同時に、雷鳴が轟いた。
分厚い黒雲が上空に渦を巻き、とてつもない暴風が吹き荒れる。
「……! ミア、マール、ウィル! わたくしに掴まって!」
――オォォォォ……
海鳴りのような、低く長い咆哮が轟いた。
雲の渦の中心から、巨大な龍神が下降してくる。
「きゃああっ……!」
ウィルが悲鳴を上げた。
リヴァイアサンは水しぶきを巻き上げながら、俺たちの前に渦を巻いてとまった。
緑碧の美しい瞳が俺たちを見据える。
「ド、ドラゴン……?」
ウィルが腰を抜かしそうになりながら呟く。
『主よ。〈盟約〉に従い、我が力、今ここに顕現せん』
大地を揺るがすような、威厳に満ちた声が告げた。
「リ……リヴィア……なの……?」
ミアが恐る恐る尋ねる。
『いかにも』
「いかにもって……。じゃあ、あのちょっとぱっぱらぱーなリヴィアは一体……?」
『些末なこと』
その時、サイレンのような不吉な咆哮を上げながら、クラスターが身体を大きくよじらせた。
巨体に青白い燐光が浮かび、〈汚染魔法〉が発動する。
紫色の巨大粘液塊が俺たちの方に向かって放たれた。
『カアァァ……!』
振り返りざま、リヴァイアサンが口を大きく開ける。
大瀑布を凝縮したような水流のブレスが放たれて、粘液塊がバラバラに霧散した。
リヴァイアサンはそのままブレスを薙ぎ払い、クラスターとアボイドの群れに叩きつける。
衝撃と轟音に大地が揺れた。
「ま、まるで神話の戦いですっ……!」
リヒャルトに必死にしがみつきながらマールが叫ぶ。
『この程度の児戯では斃れんか……』
アボイドの群れは今の激流で半数ほどを押し流されているものの、クラスター自身は目立ったダメージもなく再び侵攻を開始していた。
ブックマークありがとうございますm(_ _)m
まだの方も、ぜひブックマーク、感想、評価を宜しくお願いします!
評価ボタンは最新話の下にあります!




