リヒャルト再び
人目を避けれそうな大きな柱の裏に連れ込んで手を離した。
「……ぷはっ。もう。コージ、意外と強引なんだから」
もじもじとして言うミア。
「なんでちょっと照れてるんだよ! じゃなくて、スキル値の事はいったん秘密にしといてくれ」
「そうなの? 自慢しようかと思ったのに」
「やめてくれよ」
俺が言うと、ミアはくすくすと笑った。
「冗談よ。とにかく、明日の朝から調査に乗り出すわよ!」
「マジで……?」
俺が顔をひきつらせながら言うと、ミアは大真面目な顔で頷いた。
「マジで。大丈夫よ。何かあったって、コージにはレベル38,000の海神様がついてるでしょ」
ミアのウィンクに、俺は肩をすくめた。
「あいつに任せたら、それこそこの辺り一帯が消し飛びそうだけどな」
「なにそれ、怖い」
言いながらミアが楽しそうに笑う。
するとその時、誰かが俺たちの方に向かって歩いてきた。
「トレビアーン! 声が聴こえると思ったら、やっぱりいたんだね! 新人くん!」
真っ赤の派手なローブに芝居がかった仕草。
ロビーの人だかりが、彼を避けるように割れる。
あれは、ギルド試験の日にこのロビーで相談に乗ってくれた変な人だ。
確か名前は――
「げ、リヒャルト……!」
ミアが顔をしかめる。どうやら知り合いらしい。
「おや、ミアくん。君も彼に目をつけてたのかい? ワンダフル! さすがにお目が高いね!」
「いきなり何なのよ……。悪いけど、こっちは取り込み中だからあっち行ってて」
ミアは心底面倒臭そうに、手を『しっしっ』と払った。
「ミア、彼と知り合いだったのか」
「腐れ縁よ。こいつ、実力は折り紙付きなんだけど、頭のほうがちょっと残念なの」
「ノンノン。天才的頭脳と言ってくれ」
この人、ミアが認めるほど実力があるのか。
俺はこっそり〈観察〉でステータスを確かめた。
バレたら謝ろう。
【リヒャルト Lv:27
HP:174/174
マナ:264/264
ジョブ:炎術師
スキル:炎魔術 62 重詠唱 45 観察 40 瞑想 33
装備品:魔術師のローブ】
確かに、強い。ミアにもひけを取らない。
俺も普段、ギルドのロビーなどですれ違う冒険者を観察するが、その殆どがレベル10台だった。
メインのスキル値も高くて40がいいところだ。
それと比べると、ミアやこのリヒャルトは飛び抜けて強いわけだ。
っていうかこの人、炎術師だったのか。
お、観察持ちだ。
初めて会ったときに、すでに俺のことも観察していたのかも知れない。
確か、昨日読んだスキルの解説書には『〈観察〉はスキル値60から他人のスキル値を見ることが出来る』って書いてあったはず……。
つまり、リヒャルトは俺の召喚術のスキル値にはまだ気づいていないということだ。
「ときにコージくん。キミもあの遺跡へ向かうんだね?」
「恐らくは……。リヒャルトさんも?」
「オフコース! あ、わたくしのことはリヒャルトと呼んでいいよ」
「うわ。やっぱあんたも行くのね……。パーティはどうすんのよ?」
ミアが露骨に嫌そうな顔で言う。
「わたくしのパートナーたる実力を持つのは、ミア、キミくらいしかいないよ」
「絶対にいや。死ぬ」
「アウチッ! ……だが、もう一つの可能性が、ここにある」
リヒャルトは俺の前に恭しくひざまずいた。
「試験の日以来だね。キミが冒険者として活躍していること、嬉しく思うよ。ひと目見たときから、キミは『特別な存在』だと感じていたからね」
「は、はあ……。それはどうも」
リヒャルトはくるりと回転しながら立ち上がって、不思議な決めポーズを取った。
「良い……。ソーグッド。コージにミア、めくるめく迷宮の旅路の中でまた相まみえることを楽しみにしているよ。では、グッドラック!!」
リヒャルトは、そのままくるくると踊りながら俺たちから離れていった。
『やっぱり変な人だねー』
「リヴィア、起きてたのか」
『ふあ~。ちょっと前からね』
リヴィアと会話する俺を、ミアが不思議そうに見ていた。
まずい。説明しとかないと、俺が独り言を言ってる変な人になってしまう。
「ああっと……。召喚獣はカード状態でも、俺に話しかけられるみたいなんだ」
「はぁー、なるほどね。意外と便利なものなのね、召喚師。実のところ、召喚師なんて会うのはコージが初めてなのよ」
そりゃ、誰もなりたがらない不遇職だからな。
「リヴィア、ミアとパーティを組んで遺跡の調査に行くことにしたよ」
『おー! 良かった、コージも友達作れるんだね!』
「ぼっちで悪かったな。ほっといてくれ」
ミアが俺の言葉にくすくすと笑う。
「ふふ。海神様……じゃなくて、リヴィアって呼んだほうが良いのかな? よろしくね」
『はいはーい』
「はいはーい、だってさ」
リヴィアの軽い返事にミアはまた笑うと、
「よし! そうと決まれば、私はアイーシャに言ってパーティの登録だけしておくわ。明日の朝、宿まで迎えに行ってあげる」
「えぇ!? いや、そこまでしてもらうのはさすがに――」
「いいからいいから! じゃ、長旅の準備しとくのよ!」
俺の言葉も聞かない内に、妙に嬉しそうなミアは人混みの中に消えていった。
『ねぇねぇ。こういうの〈らぶこめ〉っていうんでしょ?』
「違うわ! っていうか、なんでそんな知識を持ってるんだよ」
俺は何だか現実感の無いまま、ふわふわと帰途へつくのだった。
死と紙一重の遺跡調査に向かうという現実のプレッシャーが襲いかかって来たのはその日の晩で、俺は緊張のあまり夜もとっぷり更けるまで寝られなかった。
「なぁ、リヴィア」
召喚したままのリヴィアに、何となく話しかけた。
「……? な~に?」
ベッドサイドに座る俺を、布団にくるまって寝転んでいるリヴィアが見上げる。
「いや、もしさ……俺が死んだら、お前はどうなるんだ……?」
「悲しい話しないでよ」
そう言って困ったように笑う。
「もしだよ、もし」
「……召喚獣としての契約は解除されて、あたしは〈紺碧の産声〉の結界に逆戻りかな。召喚師との契約がない限り、神獣は世界に関与しない……それが、この世界が生まれた時からの決まりだから」
「そうか。……寂しいよな、それは」
「でも、コージはあたしが絶対死なせないから! 安心しなさ~い!」
リヴィアはわざとおどけた風に言って、後ろから俺の肩に抱きついてきた。
部屋を照らすオレンジ色の小さなランプの灯りが揺れている。
俺はリヴィアと向かい合うようにベッドに潜り込んだ。




