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緊急事態

   ◆


 次の日の朝、宿の一室で、俺はくだんの【アラルガンド召喚獣総譜】を解読しようと、薄れたインクたちと格闘していた。


「くー。腰いてぇ……」


 二時間ほどかけて解読出来たのは、何かの地図のような絵と、その中の数地点に振られた梵字のようなマークだけだった。

 しかし、その地図とマークはアウトラインをペンで新たになぞって読みやすくするところまで終了している。


「終わったのー?」


 ベッドに寝転んでいたリヴィアが本を覗き込んでくる。


「あれ? これ、〈グランクレフ大陸〉だね」

「ん? 確かに、言われてみれば……」


 ギルドで最初にアイーシャの説明を受けたときに書いてくれた大陸の地図に似ている。

 そして、今俺たちがいるレッジェーロの辺りに一つマークが付いていた。

 何か意味ありげだが……


「でも、これだけじゃ何のことやら分からないな」


 ペンをペン立てに戻して、椅子の背もたれに寄りかかる。

 と、その時、部屋のドアがノックされた。


「はいはい」


 ドアを開けると、アイーシャが立っていた。

 ギルド職員の制服のままだ。


「コージさん! 良かった、ここにいて。『例の遺跡の件』で所長がお呼びです」


 俺とリヴィアは顔を見合わせると、アイーシャと共にギルドへと向かった。




 所長は俺たちをギルドのミーティングルームに通すと、向かい合わせのソファに座った。

 流れでリヴィアも出したまま同行しているが、所長は特に気に留めることも無かった。


「例の遺跡の封印が解かれたらしい」

「……!?」


 俺が驚くと、所長は顔の前で手を組んで苦々しい顔をした。


「我々の方でパーティを組んで、調査に当たっていたんだがね……。四人のパーティの内、ここに帰還したのは一人だけだった」

「そんな……」

「あちゃー……」


 リヴィアも声を上げる。

 ギルド側でパーティを組んだということは、かなりの手練冒険者たちだろう。


「まさか……ミアは!?」

「いや、ミアくんは参加していない。彼女は戦闘には向いているが、調査の方は並なのでね」


 俺はホッとするとともに、亡くなった冒険者たちに僅かな罪悪感を覚えた。


「首都のギルド本部っていうのは、なんて言ってるんですか? あっちの管轄なんでしょう?」

「本来、未知の遺跡の調査は〈探索者〉が行うのが慣例だ。わたしも、あちらから〈探索者〉を回すよう要請したんだがね……。『こちらも手が足りない。初期調査はそちらの冒険者で賄え』と一蹴されてしまったよ。それでこの結果だ……!」


 所長がぐっと拳を握りしめる。


「今後の対応は……?」


 俺が尋ねると、所長は首を小さく横に振った。


「もはや、ギルド本部に要請を送って探索者たちの到着を待つ時間的猶予は無い。我々の方でなんとか遺跡を封じなければ……この街は消滅する」


 俺は絶句してしまった。

 ピクシーたちの言っていたことが現実になりつつある。


「〈遺跡〉っていうのはそんな、街が一つ無くなるほど危険なものなんですか?」

「いや、それは場合による。今回のケースは最悪だ。生還した冒険者の話では、内部では〈アボイド〉が恐るべきスピードで生み出されていたらしい。遺跡内部に巨大な『次元の歪み』が存在している可能性が高い。しかも複数だ」


 所長の説明では、アボイドと呼ばれる凶悪なモンスターは古代魔帝国時代の『次元の歪み』というところから生み出されるらしい。


「この〈歪み〉を除去せねば無限にアボイドが生み出され、遺跡から溢れたアボイドはこの街を含め周辺地域を蹂躙するだろう。そうなる前に、冒険者パーティを有志で集い攻略に当たらなければ……。君にも、もしかしたら声がかかるかも知れない」

「……分かりました」

「ただ、くれぐれも無理はしないように」

「ええ。ありがとうございます」


 ミーティングルームを出てロビーに戻ると、ギルド内は騒然としていた。

 ここまで混み合っているギルドは初めてだ。


「リヴィア、いったん戻ったほうが良い」

「はーい」


 俺は階段に引っ込んでリヴィアをカードに戻すと、冒険者の波を掻き分けて、人だかりの中心へ向かった。

 いつもその日の依頼が貼り出されている掲示板を、冒険者たちが遠巻きに眺めている。

 依頼の代わりに、見慣れない大きな知らせが貼り出されていたのだ。


【緊急:『巨大樹の沼未踏遺跡』の調査パーティを募集いたします。人数制限はありません。ランク不問(ただし、難易度はB以上)。報酬は本部より、追って伝えます】


 大きな見出しにそう書かれ、そこに至るまでの経緯がその下に細かく記述されている。

 その知らせの横には、別に小さな紙が張ってある。


【今回の初期調査に携わり殉死した『イルム・ワンス』『チェリス・ゴルトン』『ノーラ・スウィフト』の気高い魂が神の泉へと導かれますように】


 俺はその張り紙を見て、哀しみとも怒りともつかないような感情が噴き出しそうになり、ぐっと奥歯を噛んだ。


 ロビーでは様々な冒険者が小走りに行き来し、それぞれ顔を突き合わせてこの調査に踏み出すべきか否か話し合っている。


「――しかし、未踏遺跡か。正直、リスクは相当高いな……」

「でも、報酬は本部からだ。功を立てれば、本部推薦枠で探索者になれるかも知れないぜ?」

「命あっての物種だ。ここは様子を見たほうが――」


 喧々諤々の議論が、ロビーのあちこちで起こっていた。

 すると、ざわついていた冒険者たちが急に静かになった。


「――ミアだ。あいつ、志願するつもりかな」

「だろうよ。一足飛びで探索者になれるチャンスを、ミアが逃すわけないぜ」

「ソロでしか動かないミアでも、今回ばかりは誰かと組むんじゃないか?」

「ミアと組めれば報酬は貰ったようなもんだぜ。このギルドで一番〈探索者〉に近いのはアイツだ――」


 ギルドの入り口からまっすぐ掲示板へと向かうミアを目で追いながら、冒険者たちがヒソヒソと話している。

 やはり彼女は有名人らしい。


「そりゃ、あの実力があればそうか」


 すると、遠くから眺めていた俺に気がついて、ミアが手を振った。


「コージ!」


 駆け寄って俺の肩を叩いた。


「あれからどうしてる? レベルが上がったって噂は聞いたけど」


 周りからヒソヒソと『何だアイツ、ミアと親しくしてるぞ』といったような会話が聞こえてくる。


「いやまぁ、ぼちぼちやってるよ」


 俺は周りの視線が痛すぎて、苦笑しながらミアに小声で返した。


「コージ、あの張り紙は見た?」

「まぁ、見たと言うか……。実は――」


 俺はここに至るまでの事情を、ミアに耳打ちする。


「はあ!? あっきれた……。今回のこと、あなた発信だったのね」


 ミアは周りの視線を気にしつつ小声で言うと、不敵な笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んだ。


「よし。今回の遺跡調査のパーティ、私と組むわよ。コージ!」

「はぁ!?」


 俺が驚愕の声を上げるのと同時に、周囲の冒険者がざわついた。

 露骨な悪態をつく声まで聞こえてくる。


「い、いやでも俺レベル3だぜ……!?」

「別にレベルなんて何だって良いじゃない。何しろ召喚術のスキル値がよんひゃ――」

「だあぁ! ストップ!」

「もごごご……」


 ミアの口を手で塞いで、ロビーの奥に引っ張っていく。


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