第二話 あざとく
私は、笑顔のまま固まった。
まさか。
まさか、そこを。
「しかも、普通の鶏肉ではありませんわ。砂肝、肝、ハツ。内臓ばかりを大量に!普通の令嬢が食べる量ではありませんわ!」
会場がざわめいた。
「内臓……?」
「まあ、恐ろしい」
「公爵令嬢が、なぜそのようなものを」
扇子の陰から、ひそひそと囁き声が広がっていく。
まずい。
非常にまずい。
いや、砂肝そのものは悪ではない。
砂肝はおいしい。
焼けば香ばしく、噛めば心地よく、塩にもタレにも合う至高の食材。
だが、夜会の中心で、完璧令嬢の仮面を被っている今の私にとっては、あまりにも危険な暴露。
しかも、鶏肉の仕入れルートを調べ上げられていたなんて。
彼女は、さらに声を張り上げた。
「貴女、王太子妃の座を得るために、鶏の内臓を使った怪しげな儀式をしているのでしょう!?そうでなければ、あんな量の内臓を注文するはずがありませんもの!」
会場が凍りついた。
「儀式……?」
「呪術か?」
「王太子殿下に何かを……?」
違う。
違いますわ。
断じて違いますわ。
私はただ、砂肝が好きなだけですわ。
けれど、あまりの理不尽な糾弾に、私の脳内は真っ白になった。
何か言い訳をしなければならない。
可憐に、儚く、誤解を解く言葉を選ばなければ。
なのに、極限の緊張状態と、隠し通してきた秘密を暴かれた衝撃で、私の思考はとんでもない方向へ暴走した。
「ち、違いますわ!私はただ……その……」
「ただ?」
侯爵令嬢が勝ち誇ったように問い詰める。
私は追い詰められたマーモットのように、心の中で「ヴァァァァァ!」と絶叫しながら言い返していた。
「内臓を……こよなく愛しているだけですわ!!!」
言った。
言ってしまった。
直後、会場のあちこちで悲鳴に近い囁きが漏れる。
「内臓を愛している……?」
「なんと恐ろしい」
「公爵令嬢が、そのようなことを……」
やってしまった。
完全に墓穴を掘った。
完璧令嬢としての私は、今この瞬間、砂肝の香ばしい煙と共に消え去った。
公爵家令嬢が鶏の内臓を愛している。
下手をすれば、呪術だの奇行だの、あることないこと噂されるだろう。
王太子妃への道も閉ざされるかもしれない。
私は顔面蒼白になり、足元から崩れ落ちそうになった。
終わった。
私の王太子妃への道は、砂肝と共に潰えた。
そう覚悟して、隣に立つシルヴァン様を恐る恐る見上げる……けれど、彼は信じられないものを見るような目をしていなかった。
むしろ、驚くほど穏やかで、少しだけ悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「内臓をこよなく愛している、か」
会場が、再び静まり返る。
シルヴァン様は一歩前へ出ると、侯爵令嬢を静かに見据えた。
「まず確認しておきたい。君は、公爵家の食材の注文履歴を調べ上げ、それを夜会の場で晒したのか?」
「そ、それは……殿下をお守りするためでございますわ!」
「私を守るために、婚約者の私的な購入品を調べ、根拠もなく呪術だと騒ぎ立てたと?」
シルヴァン様の声は穏やかだった。
けれど、その場にいた誰もが、彼の言葉に含まれた冷たさを感じ取った。
彼女の顔から、勝ち誇った色が消えていく。
「し、しかし、内臓ですのよ?王太子の婚約者である令嬢が、大量に内臓を……」
「砂肝は鶏の胃だ。呪術のための心臓という話にしたいなら、まず部位から間違っている」
会場の空気が、妙な方向に揺れた。
王太子殿下が、あまりにも真面目な顔で砂肝の部位を訂正したからだ。
シルヴァン様……!そこの突っ込みは今必要なのでしょうか!?
私は恥ずかしさのあまり、今すぐ床に埋まりたかった。
「それに」
シルヴァン様は、今度は私の方を見た。
その瞳は、どこまでも優しい。
「エリュシオンが砂肝を好きなことくらい、私はとっくに知っている」
「え……?」
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