#052 保健室。白いローダ先輩からの依頼とは。
……結果は、どうやら失敗だったみたいです。
「はっはっは。参ったね。まさか錬金釜が爆発するだなんて」
保健室のベッドで横になっているローダ先輩が悔しげに言います。
笑っているようにも見えますが、どうやら空元気みたいです。
「はあ。戦闘不能状態になって目を回していたあなたを連れてきたのは私たちなんだけど? 何か言うことは無いの?」
「ミーア、それに後輩君たち、どうもありがとね。おかげで夜の校舎で1人寂しい夜を過ごし、翌朝悲鳴と共に発見されるという事件を回避することができたよ」
「えっと、いえ、それほどでも、です……」
「でしゅ」
「はあ、安静になさってくださいな……」
錬金工房での爆発。
あんな失敗を初めて見た【錬金術師】組のテンションは低いです。
へたをすれば私たちの身に降りかかる可能性もあるのだから。
あのあと、爆発の直撃を受けてHPが全損し、気絶したローダ先輩を4人で支えて、職員塔と呼ばれる教員の方が多く詰めている建物の保健室に運び込みました。
この時間では空いている保健室がここしかなかったのです。
「なんでかな? HPが爆発から体を守ってくれたはずなのに、力が入らない」
「それは単純に寝不足だよ」
ローダ先輩の呟きに、私たちの後ろから答えが飛びました。
振り向くと、白衣を着て、目の下にクマさんを抱えた保健医さんがいました。
椅子に腰掛け足を組んで、カルテ、でしょうか? に書き込みをしています。
顔は美人に分類されると思いますが、クマさんのおかげでちょっと勿体無いです。
こちらお名前はシトラス先生。
高位職の【ドクター】に就いている優秀なお医者様です。
「すでに治療は終わっている。HPも自然回復している最中だ。後必要なのは睡眠、そこの患者はほとんど睡眠を取っていなかったようだね?」
「そういえば、前に寝たのはいつだったかな? 三日前くらい?」
「生産職がはしゃぐのは毎度のこと、寝不足で倒れてここに運ばれてくる学生は多いよ。だが、私では睡眠不足は直せない。睡眠を取りな。あと〈睡眠耐性〉の付いたチョーカーは外しておいたからね」
「どおりで眠いと思ったよ。あれがあればまだ寝なくて大丈夫なのに」
「こういう学生が多くて困りものだね。寝な――『睡眠安定』!」
「きゅぅ―――」
それはとても一瞬の早業でした。シトラス先生が立ち上がったかと思うと自然体でローダ先輩に近づき、人差し指でおでこを突きました。
人差し指がスキルエフェクトに光っていたので何かのスキルが発動したようです。
そして直後、ローダ先輩が寝ました。本当にあっという間でした。
「これで医者に逆らうアホは黙ったね」
え? 強制的に黙らせたのでは……、と思っても口には出しません。
それが上手く生きていく処世術。
シトラス先生は慣れたもので、眠りについたローダ先輩の布団を直すと、再びカルテに書き込み続けました。
噂で聞いていましたが、シトラス先生は優秀な先生とのことですが、ちょっと過激なところがあるという話は本当のようです。噂では拳一つで患者さんの命を救ったこともあるとか。助けた、のではなく拳で救った……。ちょっと想像できません。
なお、シトラス先生に掛かった患者はみんな元気に回復するらしいので優秀なのは確かなようですが。
そのシトラス先生がこちらを向きました。
「君たちももう帰りたまえ。多分この子は明日の昼まで起きないだろう。明日まではこちらで預かる」
「あ、ありがとうございます。お、おねがいします」
ミーア先輩が代表してお礼を言って、私たちは寮に戻りました。
なんだか、うん。なんだか濃い方たちでした。
ちなみにあの爆発した失敗は、『闇錬金』のスキルによる大失敗だったらしいと後で知りました。
普通の『錬金』の大失敗ならスライムが出て終わりますが、いえ、始まりますが、『闇錬金』だと違うのですね。私たちは錬金釜が爆発しないと聞いてホッとしたのでした。
翌朝、放課後にお見舞いに保健室行くと、ローダ先輩ではない白い女の子が寝ていました。
「あれ? ローダ先輩がいないでしゅ」
「ああ。みんな見舞いに来たのかい? こんな変わり果てた格好ですまない」
「「「え?」」」
その声は昨日聞いた声でした。
そしてその声を出していたのは、色白で儚い感じの美少女さんだったのです。
「ほんと、ローダは素の格好の方がモテるのに、勿体ない」
「ふふ、群がる有象無象に興味は無いよ。私の恋人は錬金術だけで十分さ」
その声と男っぽい話し方には聞き覚えがありました。
「へ? もしかして、ローダ先輩ですか?」
「そうだよ。昨日強制的に安眠を取らされたローダ先輩さ。おかげで体は快調、気分は低迷だ」
「最初は驚くよね。これ、ローダの素の姿なのよ。多分シトラス先生がメイクを落としたのね。あと服も白衣になってる」
「アルビノ体質なのさ。だからこそ、黒く染めている」
「いや、その理屈は分からないわ。白のままの方がいいと思うわよ」
なんとビックリです。
白の国からやってきたと言われても納得しそうな白い美少女はローダ先輩だったのです。
新事実にアルストリアさんとシレイアさんも目を見開いて白ローダ先輩を見つめています。
「そうだ、ちょうど良かった。ハンナちゃんだっけ? 頼みがあるんだよ、どうか僕の頼みを聞いてほしい。その代わり、これが叶った暁には〈生徒会〉の作業に加わると約束しよう」
「へ?」
いきなりな話に驚いてミーア先輩を見ると、難しい顔で頷いていました。
「この頼みが例の上級〈ホムンクルス〉作製に役立つらしいの。それが完成すればローダの断る理由が無くなるわ。ハンナちゃん、ごめんだけど協力してくれないかしら」
いつもお世話になっているミーア先輩に頼まれればノーとは言いません。
「えっと、大丈夫ですが、私は何をさせられるのですか?」
そう聞いた瞬間ローダ先輩が怪しくニヤリとしました。
「なに、単純なことさ。素材のみのアプローチではダメだと分かった。だから別のアプローチを試したい。ハンナちゃんにはその腕を見込んで、中間素材の〈中和剤〉各種を作って貰いたいんだ。最低でも500個ずつ。大仕事だと思うけど、できるかな?」
ローダ先輩の注文は、割と簡単なものでした。




