Usual Morning
人事異動の発表後、兵站の事務室。
「よう、みんな。おはようさん」
ガモットが松葉杖を突いて入室した。
「うーす、ガモット」
「おう、ヴァーラ。怪我の具合はどうなんよ?」
「おれのはかすり傷だぜ」
「よう言わんわ。お前、気絶しとったくせに」
「ガモットもだろ。つーか、お前のが重症だろ。自分の炎で全身火傷とか、よく生きてたな」
「まあな。わえも生きとるのが不思議やわ」
「セーラたちが頑張ったおかげですよー?」
医務の白装束に身を包んだセーラが会話に加わる。手には医薬品のキットが握られていた。
「そやな。セーラら医療班が緊急治療してくれたおかげやご」
「だな。回復魔法と医療の合わせ技のおかげだぜ」
「治ったからって、しばらくは無茶はしないでくださいよー」
「分かってるって。おれも力仕事の部署から事務方に異動したから、体使うこともないだろうし」
ヴァーラは自席の書類に目を遣る。異動後は事務室に固定されたようだ。
「人事異動があったんですよねー。セーラは治療に忙しかったし、変わらなかったからどんな人事か分かんないけど」
「全く、凄い人事異動だぜ」
「わえも口添えしたさけ、大規模な人事異動やご。まあ、指南役の交代と新人採用のタイミングやからこない無茶苦茶な人事が罷り通ったんやけどな」
「本隊の役員異動まではおれも知らなかったな。ケネスの親父は辞めるって言ってたのは知ってたけど」
「ガモットさん、何て口添えしたんですかー?」
「まず、ここの事務室の実情を話したんや。セネが一人で仕事しとって、室長が仕事しやんて」
「ガモットの言葉で直ぐに動いたよな」
「労政の部長も、前々から室長には手焼いていたらしいで」
「仕事しないことが噂になってたんですねー」
「そやから、室長の異動は楽やったわ。ほんで、セネを室長に推薦してな、一人だけやと大変やろからヴァーラを補佐にて言うたってん」
「それは助かるぜ。少なくとも、輸送隊関連の業務は助けられるし」
「でも、ジェイドの人事は謎ですよー?」
「あれはわえのとちゃうわ。上の判断で、長いこと副隊長やっとるからそろそろ隊長にしたほうがええんちゃうか、て判断やろ。グローヴィスも本隊に吸い上げやし」
「おはようございますっす!」
噂をすれば何とやら、話題のジェイドが現れた。
「おはようさん、隊長」
「おう、隊長」
「そんな、やめてくださいっすよ!おれってば、隊長の器じゃないんすから」
「そいでも、上が隊長に任命したんやから隊長は隊長やご」
「まあ、これから隊長として頑張るっすよ。ただ、ずっと有事も無いからやることは変わんないっすけど」
「あれ、ジェイド?それでも何か変わったんじゃねえか?」
「あ、分かるっすか!ヴァーラさん!」
得意気に、ジェイドの声が弾む。
「ああ、何つーか、表情が豊かになったか?」
「やっぱり!実は、この顔が正式におれの顔になったんすよ!」
「どういうことだ?」
「おれ、虎のマスクを無理やり引き剥がされて顔を怪我したんす。それで、皮膚移植で虎の頭を移植したんすよ!」
「えっ!つーことは、マスクじゃなくなって虎が素顔になったってことか!?」
「はい!」
よく見ると、ジェイドの表情は以前に比べて感情を表に現すようになっていた。硬直した無表情のマスクでなく、感情に応じて獣の肌が動くようになっていた。また、マスクだったときに口や目の隙間から見えていた人間の皮膚が全く見えなくなっている。頭部だけは完全に白い虎になっていた。
「いや……それって、喜ぶようなことなのか?」
「はいっす!あとは長い時間をかけて、体も虎の毛皮を移植しようと思うっす!」
「人体改造もここまでくると、流石に引くぜ……」
「おれ、獣人になりたい願望は変わってないっす!」
「そうか……どれ」
脈絡もなく、ヴァーラはジェイドの頭を鷲掴みにする。
「痛い痛い痛い!痛いっすよ!ヴァーラさん、やめてっす!」
「あのイケメンのレスラーが虎になっちまったって嘘だろ!」
「だから!おれはイケメンじゃないですって!」
「嘘だ!剥いてやるぜ!」
「やめて!助けて!」
ヴァーラのレスラー時代の闘魂に火を着けてしまったようだ。しかし、ジェイドの顔は苦痛を自然に表している。
「本当だ、動物の頭を掴んでるみたいだったな。全く剥がれる気配がしねえ」
「だから言ってるじゃないっすか!」
「ちくしょー、こうなる前にお前の人間の素顔を見とくんだったぜ」
「セーラはジェイドの素顔を見たことないなー。そう言われると見てみたいかも。イケメンなんですよね?」
「だろ?セーラも見たいだろ?超イケメンだぜ!おい、ジェイド。脱げ」
「脱げないんすよ!もうこの虎の頭は取れません!」
「しかしよー、よう拒絶反応とか出やんかったな。同じ哺乳類でも遺伝子構造がちゃうやろし」
「きっと、おれの体も虎になりつつあったんすかね」
「んなアホな」
「ところで、遅いですねー」
「誰な?」
「ああ、セネだろ」
「ああ、セネか。正式に室長になったんやもんな」
しかし、セネはなかなか現れない。いつもは定時の1時間前には来るのだが、30分前になっても姿を見せなかった。
「珍しいこともあるもんやな」
「だな。この時間はいつも書類と睨み合ってんだもん」
「何かあったんですかねー」
一同が一抹の不安に似たものを覚えたときだった。静かにドアノブが動く。




