第三十八話:逢瀬と姿見
キーンコーンカーンコーン。終業のチャイムが鳴る。
俺はとある人物に会うために教室を飛び出した。
今から季未高にダッシュで向かえば間に合うかもしれない。
既に帰宅した後だったら仕方がないが諦めるか…
「優さん、お疲れ様です」
「ンギェッ!?」
「なんて??」
そんな不安は杞憂に終わった。
校門前に探し人、如月凛子が立っていたからだ。
「なんでここに…」
「話を聞きに季未高まで来そうだなと思って。逆に私から来ちゃいました」
「いや怖すぎるだろ、行動力イカれてんのか」
「それほどでも〜」
ペロッと舌を出す仕草をする凛子。これを素でやってるならすごい。
まあでも探す手間は省けた。
「分かってるなら話が早い。お昼くらいに送ったラインのことなんだが…」
「おい、あれ凛子ちゃんじゃね?なんで千両に?」
「本物!?声かけちゃおうかな、どうしよ」
「………場所変えよう」
「はいっ、分かりました!」
ギャラリーが多くて話しにくいったらありゃしない。
俺たちは近くのファストフード店へ入ることにした。
適当にポテトを頼みテーブル席に座る。
「こうやって会うの二度目ですね。あっ、二人きりは初めてか。いつもやりとりしてるのでそんな感じしませんでした」
「そうだな…」
「お弁当の話ってしましたっけ?お昼の時間になったのでご飯を食べようと思ったら、お弁当を忘れてることに気付いて。
取りに帰ろうと思ったら親子丼とカツ丼が線路の上にポツンと置いてあったんです。これってトロッコ問題ですよね?」
「…その話は知らないな。聞いてたらインパクトがデカすぎて絶対覚えてるからな」
いや、そうじゃなくて!!
「さっきの話、本当か?」
「親子丼カツ丼論争の話ですか?」
「ごめん、今のは俺の切り出し方が悪かった。お昼頃送ってきたラインのことだよ」
「あ〜、やっぱそっちですよねえ」
凛子はイスに座り直って言った。
「本当ですよ。私、四醋剣を持ってます」
大変なことになった。
まさかとは思って呼びつけたが、本当だったなんて……
「体調は大丈夫か?気分が悪いとか、やる気が起きないとか、些細なことでも良い」
「それは、四醋剣の情報が欲しいから聞いてるんですか?」
俺の質問をピシャリと言い退ける。
「書庫にいたのって四醋剣について調べてたからですよね。こんな身近に被験体がいるって分かったから呼んだんですか?」
「お前、どこまで知っている?」
油断していた。凛子が四醋剣保持者なら俺たちが知らないことまで知っている可能性がある。
だとしたら慎重に話を進めなければならない。
「優さんと同じレベルですよ。私が優位になることはない。…あっ、なんかダジャレみたいでしたね」
こんな緊迫した状況でも凛子は笑う。一体何を考えてるんだ??
こいつの思考回路が全く理解できない。
四醋剣のことを知っているなら、今後どうなるか不安になるものだ。
竜が助かったのだってギリギリだった。
圭太に関しては助かったとは言えない終わり方をした。あいつは一生、四醋剣と付き合っていかなければならない。
なのになぜ、凛子は笑ってられるんだ?
「でも、今のでハッキリと分かりました。優さんは私のこと見てくれてるって」
「は?」
それでも凛子は、微笑み続けた。
「四醋剣のことを話した時、まず私の心配をしてくれたじゃないですか。どこで拾ったんだとかじゃなくて」
「そりゃそうだろ。俺らは四醋剣のせいでいろんな目に遭ってきたんだ。心配もする」
「…今はそれで十分です」
最後のポテトを口に放り込み、満足そうに言った。
「さっき四醋剣については優さんと同じレベルだって言いましたよね?それ、そのままの意味ですよ。私、四醋剣なんか持ってません」
「…何が言いたいのか全く分からないんだが」
「持ってないんですよ、四醋剣。ただこうやって優さんに会いたいから嘘をついただけです」
嘘?嘘だって?
「そんなことしたら俺は怒るって想像できなかったか?」
「想像出来ましたよ。それでも優さん会いたかったんです」
真剣な顔をして凛子は言う。先ほどまで笑っていた彼女はもういない。
「ついていい嘘と悪い嘘があるだろうが、もう二度とこういうことは辞めろ。見損なったわ、もう連絡もしてくるな」
俺はそのままファストフード店を出た。
四醋剣保持者じゃなかった、結果からすれば良かったのかもしれない。
ただそれよりも嘘だったことに俺は腹を立てていた。
みんなで四醋剣について情報を集めながら四苦八苦して、むつきだっていろいろ考えて動いているのに。
凛子は知らないだけかもしれない、それでも四醋剣を持ってるなんて嘘聞きたくなかった。
そして凛子の言った通り、もしかすると四醋剣に関する情報が得られるかもしれないと少しだけ思ってしまった。
彼女の気持ちも、考えずに。
言葉には言い表せないような罪悪感が確かにあった。
凛子の行動の理由は、俺なのか?そこまでして俺の気を引いて何になるんだ?
「はあ、一番めんどくせえタイプだ……」
俺は零に今日はミロックに行かないとだけ連絡をし、そのまま家へと帰った。
「今日優来ないんだってさ」
「え、そうなの?珍しいな。俺はよく部活で来れない日あるけどさ。何か用事とか?」
「今日はミロックに行かないとだけしか連絡は来てないわ」
「体調が悪いとかかな」
「確かに凛子からの連絡で死にそうにはなってたけどね」
「零ちゃん言うねえ〜…」
「なになに、何の話?」
竜と零ちゃんが話しているところに私も合流する。
ミロックに着いてからクルミル様と書類の整理をしていてひと段落したところだ。
ミロック王になってから住民の前でスピーチと書類整理しかしていない気がする。
…私ってなんだろ。
「優、ミロックお休みだって。たぶん学校から直帰してるんじゃない?」
「そうなんだ、どうしたんだろうね」
「まあたぶん凛子のせいでしょ」
「零ちゃん言うねえ!?もうはっきりと!!?」
ズケズケ言う零ちゃんに竜はびっくりしている。
「でもあながち間違ってないかもな〜。俺、部室に忘れ物してて取りに行ってからミロックに来たじゃん?
その時に凛子ちゃんっぽい人を校門で見た人がいるんだよな」
「え、何それ」
「昼休みに凛子ちゃんはアイドルだみたいな話してたし、見間違えることない気がするんだよ。あれだけ知名度高いならさ」
「それじゃ本当に千両に来てたってこと?何をしに?誰かに会いに来たとか?」
零ちゃんが疑問をぶつけると、竜は辺りを見渡して言った。
「ここにいる俺ら全員が知らないってことは、その誰かって一人しかいないよな」
優が凛子ちゃんと会ってた?わざわざ学校まで呼び出して?
「そういや優、昼休み終わりくらいにスマホ見て用事できたって言ってたわ。その時に呼んでたのかね」
「無きにしも非ずってとこね。問い詰めるまではしなくても良いけど」
「そうだね!それじゃ私、作業戻るね!」
「むつき待って!」
移動しようとすると竜が私を止めた。
「ん?どうしたの」
「そっち壁。ドアはこっち」
「わ、分かってるよそれくらい〜それじゃ」
「こっちも壁よむつき」
「あれ、私たちってもしかして閉じ込められてる?四方八方壁じゃ出口がないじゃん。あれですか、デスゲームとか始まる系?なら竜はすぐに脱落かな〜。
あ、いや既にこの場にいない優が最初の犠牲者か…」
「落ち着きなさい」
「別に落ち着いていますが?落ち着きすぎて悟り開いて千手観音ですが??」
「それはもはや慌てすぎて手をバタバタしてるだけじゃねえかよ。作業あるなら俺も手伝うよ。ねっ零ちゃん」
「そうね、やりましょうか」
「ま、まあ?みんながどうしても手伝いたいと言うなら仕方ないですが??」
「古風すぎるツンデレね」
優、あんなに嫌がってたのに凛子ちゃんと二人で何を話したんだろう……私たちに言わずに……
ピコンッ、ピコンッ、ピコンッ。
「も、もう辞めてくれ………」
俺は自分の部屋で頭まで布団を被りながら言った。
え、俺さっき凛子に連絡してくんなって啖呵切ったよな?な?
これは小説だからちゃんと文字に残ってるよな??
あ、メタはダメですか。すんません。
スマホを見なくても分かる。この通知はおそらく凛子だ。
俺の気持ちが全く伝わってないなんてそんなことある?
あまりにも強敵すぎる、どうやって攻略すりゃ良いんだよ。
分かった、分かったよ答えりゃ良いんだろ。
正解は親子丼だ。理由はカツ丼だとちょっと重いから。これで満足か?
俺 vs 凛子、現状あまりにも凛子が優勢すぎる。
優だけに優勢?いや負けてんだよ俺の方が、バカかよ。
プルルルル。
さっきまでとは違う通知音に俺はすぐにスマホを取った。
「どうした凛子、何かあったか!!?」
「電話出て一言目がそれなのめっちゃ強いですね優さん」
「いや、その、なんだ。天気が良いですねというか」
「バグってます??」
条件反射で電話に出てしまった。何を言うか全く考えてなかった。
「てか、もしかしてずっとスマホ気にしてました?ラインの返事ないのにすぐ出たから」
「ストレートに言うなよ。なんかいたたまれないだろ、俺が」
「ふふっ、優さんって意外と可愛いところもあるんですね」
「笑うな。あと意外とって言うな」
「笑わない方が変ですよ、それに」
凛子は一息入れてから言った。
「連絡するの辞めてって言いますけど、なんだかんだこうやって電話したら出てくれるんでしょ?だって優さん、優しいですから」
「やっぱり連絡するなって言ったの現実じゃねえかよ。
てか覚えてるのにそれでもするってどんだけ肝座ってるんだよ」
「優さーん?全部声に出てますよ??」
いけね。
「あの、たぶんもう察してると思うので言いますけど。私、優さんのこと好きです」
「え?ああ、ありがとう」
「なんですかそれ、一応告白なんですけど」
「わ、悪いなんかあまりにもサラッと言うから…」
どうせ本気じゃない、それくらい俺も分かっていた。
知り合ってそんなに日は経っていないけど凛子はそういう女だ。
「それよりなんで電話してきたんだ?やっぱ何かあったのか?」
「優さんの声が聞きたかった、それだけじゃダメですか?」
「…………」
「あれ、優さーん?聞こえてますかー?聞こえてないのかな、とりあえず理由だったっけ。
さっき会ったばかりなんですけどまた会いたくなっちゃって。でもさすがにもう遅いし今からは無理なので電話で我慢しようって思ったんです。優さんが良いなら今からでも行って」
「も、もう辞めてくれ…………」
本日二度目のセリフが口から出る。
「ごめんなさい、でも本当に話が出来て良かった。ありがとうございます」
凛子は少し切なそうに言う。
もしかして本気で俺のことが好きなのか?だとしてもアピールが露骨すぎないか。
今まで出会った人の中でもなかなか強烈でどう返事をしたら良いのか分からない。
それか、俺に執着する理由が別にある…?
「なあ凛子、本当に俺のことが好きなだけか?」
「はい!?」
「…ちょっと聞き方を間違えたかもしれない。他に電話したい理由があったんじゃないか?」
「や、やだなあ。それだけですよ。大切な人なら声聞きたいとか一緒にいたいとか、優さんも思うでしょ?」
「大切な人……」
とある人物が頭に浮かぶ。
「…やっぱり好きな人いるんだ、優さん」
「ッ!?ハッタリか!?」
「私、負けませんからね!それじゃおやすみなさい」
「お、おい凛子待て!まだ話は終わって…」
ツーツーツー。電話の切れる音がする。
聞きたいこと何も聞けなかった……
思い違いならそれで良い。でも何か引っかかる。
あいつは何をしようとしてるんだ?
私は静かになったスマホを見つめた。もうそこからは何も聞こえない。
姿見の前に立ち、そっと手を置く。ぼんやりとその人の影が浮かび上がった。
ああ、やっぱり優さんは………
ズキンッ。
まるで身体の内側から殴られたような痛みが額を襲う。
それでも私は、姿見から目を離せなかった。




