静かな部屋
呆然と立ち尽くす。霧の中、もうどのくらい歩いたかわからない。でも、霧はもうなくて、遥希の姿も、見えなくて。
「お姉ちゃん」
振り返ると、千春の前に碧流が立っていた。
「へき、る」
「…」
梓は足を縺れさせながら碧流に近寄る。頬に手を伸ばすと、碧流は潤んだ目を伏せた。真っ白の頬を包みこみ、無事を確認する。
「よかった、無事で…」
「…ご、めんね」
「ううん、いいんだよ。怪我はない?」
「…ごめんなさい」
碧流が顔をあげた。緑色の綺麗な瞳が、煌々と輝いた。梓は息を呑んでそれを見つめ返す。
瞬間、脳を直接揺らすような歌声が響いた。それが碧流の発するものだとわかると同時に、意識が遠のいていく。
「へきる…?」
「お姉様!」
ぶつんと意識が途切れた。
☆ ★ ☆
「…」
意識が戻った時、梓は自分の家のリビングにいた。
「…千春…?」
「…はい」
千春と二人、並んでソファーに座っている。ゆっくりと周りを見渡した。いつもの、何も変わらない部屋。部屋の中どころか家の中すら静まり返っている。梓と千春の気配しか感じられない。二人しかいない。
「へきるは? れつは…はるきさん、は?」
「…」
千春が顔を伏せる。梓の視界が歪んでいく。碧流はいない、烈もいない、遥希もいない。隣で千春が口を開きかけたが、すぐに噤んだ。
「…なんで、家に?」
「どうやら碧流に洗脳されたようです。お姉様が意識を失くしたすぐ後に、私も洗脳されたみたいで、気付いたらここに」
「どうして…」
千春は答えてくれなかった。だれからも、返事は返ってこない。
窓の外を見ると、もう真っ暗だった。碧流はどうして梓たちを洗脳したのだろうか。烈はどこに行ったのだろうか。遥希は、無事なのだろうか。
彼女の口からは疑問しか出てこなかった。どうして、なんで。
応えは返ってこない。




