嘆願
心臓の音に周囲の音がかき消される。振りかるとそこには、砂色のコートを纏ったエゼルが立っていた。
「…え、ぜる…」
「はは、そう怯えられると傷付くな」
「…怯えるに、決まってんだろ。つか、傷付くことなんてあんのか? お前」
「くく…」
愉快そうに笑うエゼルから距離を取りつつ、周りを見渡す。人はいない。万が一ここで能力を使うことになったとしても大丈夫そうだ。
「ところで、なぜこんなところにいる? 剣木の家からはだいぶ離れているだろう」
「…俺たちが姉御の家にいること、知ってんのかよ」
「知らないと思っていたのか? こちらにも剣木家の人間がいるのに?」
くっと烈が唇を噛むと、エゼルは笑みを浮かべたまま距離を詰めてきた。
反射的に烈も下がる。まるで楽しんでいるかのようなエゼルを見て、烈は更に強く噛み締める。犬歯が刺さり、血が滲むがそんなことを気にしていられる状況ではなかった。
「…お前はなぜLancelotにいる。烈」
「…は? 何…」
「なぜ、Lancelotにいるんだ」
突然の質問に、烈は呆然と聞き返した。しかしエゼルは、変わらない声音で再度同じ質問を投げかける。先ほどの愉快そうな表情はいつの間にか消え失せ、無表情に近い。烈は更に混乱した。
「なんで、そんなこと…」
「お前の性格を考えれば、疑問に思うことは当然だろう」
お前は、と、エゼルは微かに目を細める。
「お前は臆病だ。それが悪いこととは言わない。しかし、こちらの世界においては、それは欠点だ。能力の強さは能力者の精神状況によって左右される。大切なのは思い込みだ。『秘密結社』は、時として自分の為でなく他人の為に能力を振るう。強い精神を持って能力をコントロールできなければ、この世界では生き残れない」
ひゅっと、呼吸が止まった。そんな烈をわかってか否か、エゼルは言葉を続ける。
「その恐怖心は、お前の能力を堰き止める。烈。悪いことは言わない」
唇から血が流れる。小さく小さく「やめろ」と紡いだ。
「こちらの世界から足を洗え、烈。お前にこの世界は厳しすぎる」
一瞬、世界から拒絶されたかのように、音が、消えた。
「お前には普通の世界が似合う。Lancelotだから言っているのではない。たとえお前がとれじゃーずにいたとしても、私は同じことを言った」
ふと、無表情だったエゼルの顔が微かに歪んだ。しかし烈は、それを指摘できるような状況にはなかった。




