守るため
玄関を開けた瞬間、桜の香りが流れてきた。風に乗った一枚の花弁が、私の開けた扉から外へ出ていく。
「千春、やめろ!」
烈の怒鳴り声が聞こえて、慌てて鍵を閉めて靴を後ろに蹴り飛ばした。
半開きの扉を後方に押しのけ、リビングに入る。
「何してるの!?」
台所は桜まみれだった。
無気力さんは、碧流の言う通り能力を使った様子はない。無抵抗に、桜に巻かれている。
そして、千春は泣いていた。桃色の瞳が、私の存在を認識するや否や大きく見開かれる。その間も、涙が頬を濡らしていた。
「千春。能力を解いて」
彼女は唇を噛んで俯いた。
桜が、重力に従って床に落ちる。
「…烈、千春のことお願い。無気力さんはこっち」
烈が千春の元へ行く。碧流も烈の足元でオロオロと顔を隠す千春を見上げた。
同じく俯く無気力さんの腕を引き、台所から離れた。千春のすすり泣く声を背中に受けながら、リビングのドアを閉める。
私より背は高いのに、とても小さく見えた。その顔を覗き込んで問い掛ける。
「…何があったの?」
「…文化祭、行かないほうがいいって言った」
「うん。それは碧流に聞いたよ。どうして?」
「…」
オレンジ色の瞳が、迷うように揺れた。
そして彼は、それを隠すように目を逸らす。
「ちゃんと理由はあるんだよね?」
「…うん」
「言えないようなことなの?」
彼は小さく首を振った。
か細く声が吐き出される。
「…千春と烈を…」
桜の香りが、私たちを包む。
無気力さんの瞳がこちらを向いた。その瞳が、泣きそうに歪む。
「千春と烈を、守るため」




