…待っている。…ずぅっと
「…ワタシの名前はセスト」
白い唇が動く。
高くもなく低くもない、頭に残らない不思議な声で、セストは続ける。
「『マスター』のためだけに動く人形」
するりと溶けてしまう、氷のような。
感情を持たない冷たい声が、崩れた瓦礫の中で美しく響く。
「マスターからの伝言。…許さない、と」
ルビーの瞳は私に据えられている。
ということは、彼女のマスターが「許さない」と言っているのは私に対して。
猫のぬいぐるみが、彼女の手にちょこんと降り立ち、ぐったりと首を落とす。
「マスターは、待ってる。…貴女が、こちら側へ来るのを」
セストの言葉が終わると同時に、ぐったりしていたぬいぐるみが弾かれたように動き出した。
剣の先にいるのは、千春。
「千春!!」
烈が叫んだと同時に、千春の足に猫の剣が刺さる。
バランスを崩した千春が、ぐらりと倒れた。
桃色の着物が、赤く、染まって行く。
刀身に血を纏わせた剣を引き抜いた猫は、かたかた笑っているように揺れながら元いた手の上に舞い戻る。
「マスターは…待っている。…ずぅっと」
ひらり赤いワンピースを翻したセストは、瓦礫を飛び越え、外へ消えて行く。
「千春、おい千春!」
烈が青い顔で千春を起こす。
彼女の顔は烈とは比べ物にならないくらい青くなっていて、額には脂汗が玉になっている。
「…姉貴、帰ろう」
「っ、どうやって」
烈の服を握り締め唇を噛み、痛みに堪える千春を見て、凄く、悔しくなった。
守れなかった。あの時、見えていたんだ。
ぬいぐるみが動いたのも、剣を刺したのも。
全部、見えていたのだけれど。
動かなかった。驚いて、体が固まってしまった。
「蜃気楼で姿を消す。…碧流、コインロッカーの場所わかるね? 重いだろうけど、袋持って来て」
「わか、った」
碧流は力強く頷いて、コインロッカーへ走って行く。
その目は、千春を映さないようにしていた。
烈は目を伏せたまま千春に負担を掛けないように持ち上げる。
「烈、そのまま千春を家まで連れて行ける?」
「…ああ」
「疲れたら代わるから言って。…姉貴、帰ろう」
足がガクガクする。真っ直ぐ歩けない。
…許さない、って。
「…誰、が…?」
「姉貴!?」
ふぅっと体の力が抜けて、視界が黒く消えて行く。
『…許さない。…待っている。ずぅっと…』
誰が私を恨んでいるの。
誰が、私を待っているの。




