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第5話:土台のない模倣は、こうして瓦解する

王宮の広間に、冷ややかな沈黙が広がっていく。

 カサンドラの周囲にいた殿方たちが、一人、また一人と視線を逸らし、入室してきたカルタスの令嬢たちへと意識を奪われていくのが手に取るようにわかった。


カサンドラは、私が残した『淑女の指針』から、手っ取り早く称賛を得られる「可愛らしい仕草」や「耳に心地よい相槌」だけを抜き出し、自らのものとしていた。しかし、その背後にあるはずの「なぜそう振る舞うべきか」という本質を、彼女は一切理解していない。


一方、私の指導を受けたエルザたちの動作は、相手の心を惹きつけ、その場の主導権を握るための洗練された美学に基づいている。


「――失礼。ヴァランシエンヌ侯爵家のカサンドラ様、とお見受けいたしますわ」


エルザが、カサンドラの正面で音もなく足を止めた。

 その声は決して大きくはないが、広間の喧騒をすり抜けて、皆の耳に届くような透明感を持っていた。カサンドラは、初対面のカルタス令嬢が放つ圧倒的な気品に気圧され、扇を激しく動かして動揺を隠そうとする。その落ち着きのない所作が、かえって彼女の品格を損なわせていることに、今の彼女は気づく由もない。


「え、ええ……。初めまして、カルタスの……どなたかしら?」


カサンドラが、いつもの「愛らしい笑顔」を浮かべて答えようとした、その瞬間だった。

 エルザが、わずかに、本当にわずかに目を細め、静かな微笑を浮かべた。私が授けた、相手の未熟さを優雅にたしなめるような、誇り高い微笑みだ。


「エルザ・フォン・ベルシュタインと申します。……カサンドラ様、お召し物は素晴らしいですが、その立ち姿、少しお背中が丸まっていて、視線が定まっておりませんわ。それでは、せっかくのドレスがもったいないですわよ?」


「な……っ!?」


カサンドラの顔が、一瞬で屈辱に染まる。

 彼女が唯一の武器としてきた「愛嬌」が、エルザの「気品」という名の障壁に弾き返され、霧散していく。周囲の貴族たちは、カサンドラの「可愛らしさ」が、エルザの放つ研ぎ澄まされた美の前では、ただの「子供っぽさ」にしか見えないことに気づき始めていた。


その様子を、少し離れた場所で見ていたヴァランシエンヌ侯爵――私の父が、持っていたグラスを震わせた。


「……ありえん。なぜだ、なぜカルタスの、それも名もなき令嬢がこれほどの……。この、一分の隙もない完璧な身のこなしは、まさか……」


父の視線が泳ぐ。

 彼は、かつて自分が「可愛げがない」と切り捨て、否定したはずの私の教えを、目の前の見知らぬ令嬢に見ていた。自分が捨てたはずの「冷徹なまでの美しさ」が、いま最愛の娘であるカサンドラを、社交界の表舞台から静かに、確実に追い詰めようとしている。


私は、柱の影からその光景をただ眺めていた。

 艶やかな黒髪を指先でなぞりながら、思い通りの展開に小さく口角を上げる。

 父の動揺も、カサンドラの絶望も、私にとってはあの日から決まっていた当然の結果に過ぎない。


広間では、婚約者であるはずのリュシアン殿下までもが、カサンドラの手を放し、エルザの元へと吸い寄せられるように歩み寄っていた。


「……リディアーヌ、なのか? まさか、お前がこれに関わっているのか……?」


父の呟きが、震える声となって漏れ出す。

 土台のない模倣は、本物を前にした瞬間に、その醜い綻びをさらけ出す。

 カサンドラが奪ったのは私の「形」であって、それを生み出す「中身」ではないのだ。


私は、手に持った扇をゆっくりと閉じた。

 言い訳の隙さえ与えない、完璧なまでの格差。

 その残酷な幕開けを、私はただ、優雅に楽しむことに決めた。

6話は明日8時ころ投稿予定となっております。お楽しみに

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