第35話 忘れていた笑顔の作り方
聡は中学に入ると、標準語が変だと集団的に揶揄われるようになった。
でも、それは今まで受けてきた苦痛に比べたら痛くも痒くもなかった。
しかし、徐々にエスカレートしていく。
教室を歩いていると足を引っ掛けたり、体操着袋を盗り投げ合ったり、何彼とちょっかいをかけてきた。
「ちょっと、こっち来いや」放課後、下校しているといつもの3人組が声を掛けてきたが、聡は無視をする。
「おい!」3人のリーダーと思われる藤原恭輔が呼び止める。
それもまた無視していると、グループのもう1人西条響が羽交い締めにする。
「シカトすんなよ!」気に入らなかったのか、1発殴ってきた。聡はにらみつける。
「んだよ、その目は!」もう1発殴られる。
「こいつ、胸ポケットに何か入ってる……」
「おい、上着脱がせろ!」藤原は2人に命令した。
「おい、触んな!」聡は初めて抵抗した。だが、2人の力には及ばない。
ブレザーの内ポケットに入れていたものを見られた。
「お前、マザコンやん」3人はヘラヘラと嘲笑う。ポケットに入れていたのは、両親との家族写真だった。
「返せよ!」聡は藤原に殴りかかる。
「やったな?!」3対1の喧嘩、それでも聡は動じなかった。
藤原にもう1発パンチをかまし、右足で蹴りを入れた。奴は地面に倒れ込んだ。
有馬北斗と西条は2人がかりで聡に殴りかかろうとしてくる。
――ちょっと、あんたたち何してんのー!?
遠くから女子の声が聞こえてきた。
「やっべ、逃げるぞ」あいつらは写真を置いて逃げていった。
女子生徒は駆け寄ってくる。
同じクラスの七海だった。
「大丈夫?」
「大したことないって」聡は殴られた頬を手の甲で拭った。
すると、唇が切れたのか、血がついていた。
「血、出ててるやん」七海はカバンの中をゴソゴソし始めた。
「こんなの全然」
「全然ちゃうよ、じっとしとって!」絆創膏を取り出した彼女は、聡を押さえつけた。
それを貼り付け、上から傷口に触れた。
「痛って」
「ほら、痛いんやんか」
「お前が触るからや」聡がそう言うと、互いの距離が近すぎる事に気がついた。
「エセ関西弁やめてや、きしょいねん」七海は目線を逸らし、恥ずかしそうにした。
「ごめん」聡もまた罵倒されたにも関わらず、何故かだかドキドキする。
「ってか、何で喧嘩したん?」
「⋯⋯写真、盗られたから」
「写真? 何の写真?」七海は聡がポケットから出した家族写真をじっくりと見た。
「これって高村くんのお父さんとお母さん?」
「そうだよ」
「いっつも持ち歩いてんの?」聡は黙って頷く。
彼女はさらに訳を聞き、両親が亡くなったことを素直に告げた。
「高村くんって家族想いなんやな」七海は言った。
意外だった。
てっきり可哀想だ、と慰めの言葉を言われると思っていたからだ。
家族想い、その言葉は胸をジーンとさせた。
正直言って泣きそうだった。
「ごめん、何か悪いこと言った?」
「ううん、何もない」
「そやけど、3対1で喧嘩したら負けるに決まってるやん」
「負けてねーし」
「負けてたやん。うちが止めんかったら、今頃ボッコボコやで?」
「うるさい」
「うるさいちゃう」
「負けは、認めるまで負けじゃない」
「何カッコつけてんねん」
「ほっとけ」2人は一緒に下校する。
「でも、ほんまに保健室行かんでいいん? 顔めっちゃ腫れてんで?」
「こんぐらい平気」
「平気ちゃうやん」七海は聡の頬をそっと触る。
「いてーって、触んなよ!」
「心配してあげてんのに、何その言い方。ほんまに嫌な奴やな」そう言うが、彼女は笑う。
そんな七海を見て、聡は思わず微笑んだ。
すると、彼女も歯を出して笑った。
「高村くんって笑うんやね」
「え?」
「笑う顔、初めて見た。そうやって笑うんやな」
「悪いかよ」
「ううん。ええと思うで」彼女は笑いながら言った。
その笑顔はキラキラと輝いていて、聡はその眩しさに思わず目を細めた。
「七海って下の名前なんだっけ?」
「唯月。てか同じクラスやのに、知らんのかい」
「いちいち覚えてない」
「ふーん、うちは答えれるのに。聡やろ? 名前」
「そうやけど。好きなん? 僕のこと」
「好きちゃうし、アホ!」
「アホまで言わなくても」
「アホにアホって言って何が悪いねん」2人は笑い合った。
「うち、家こっちやから」交差点に差し掛かると彼女は言った。
「僕はこっち」聡が指を差したは、七海とは逆の方向だった。
「ふーん。じゃあ、また明日」
「うん、ありがとう」
「家帰ったら、ほっぺた冷やしいやー」彼女は一歩進み、振り返ると大きく手を振った。
聡もそれに答えるように手を振った。
七海の後ろ姿は鮮やかで、見えなくなるまで、ずっと追いかけた。




