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怒りの涙-Reunion  作者: 高村聡
第6章「赤く腫れた頬」
33/48

第33話 膝を抱えて泣くのは辛いから

「いってきます」あれは忘れもしない、小5の10月。


 野球小僧だった聡は、夕飯前に少し離れた公園で素振りをしに出かけた。


 それは毎日の日課だった。


 最近何故か、近所の狭い公園はバットの使用が禁止になり、わざわざ広い公園までこうして出向いて練習している。


 

 ひと汗かき、薄暗い夜道を帰ると、悲劇が待っていた。


 人の気配を感じない、冷たい風が吹いて聡は身震いする。

 ただいまと言っても誰の声もしない。


 家の中に入っていくとカーテンが風で揺れていた。

 


 夜なのに窓を開けているから寒いのだ。

 

 ――ガサ……。

 足元には何故か物が散乱していた。


 家の中を確認する。



 すると、固定電話の近くで母がうつ伏せで倒れていた。


「お母さん!!」聡は体を揺らして、起こそうとする。


 けれど反応はなく、ひっくり返ったセミのように動かない。

 

 母は這ってここまで来たのか、床に掠れた血痕が残されていた。

 


 ――死んでる……。

 一目見て、頭をよぎった。


 知識が大して無い小5の聡にもそれはなんとなくわかった。

 

 聡は恐る恐る血痕の元を辿る。


 すると居間の中心に血の足跡が出来ていた。

 

 ソファーの横からは脚が2本見え、男が倒れていた。


 

 父だった。


 腹部を両手で抑えて、苦しげな表情でぐったりしている。

 

 母と同じように、呼び起こすがやはり反応はない。


 両手は生暖かい血で真っ赤に染まる。

 

 全身が寒気に包まれ、膝も震えて立っていられない。


 

 ――殺された。

 床には凶器と思われるナイフが転がっている。



 それは残酷な色をしていた。

 

「なんで……」どうしてこんな事になってしまったのか理解が追いつかない。

 

「いや……嫌ー!」聡は泣き叫ぶことしかできなかった。


 放心状態に陥り、しばらくそこにうずくまっていた。

 

 母親の声、そして父親の優しそうな笑顔……今の悲惨な現場にいない、懐かしくて温かい記憶が蘇ってくる。


 

 だが、現実は非情だった。

 


 高村家は強盗殺人に遭い、両親を殺されてしまった。


 

 警察が捜査を行い、数日経つと、犯人は逮捕された。


 20歳の青年だった。奴は、金が欲しくてやったと供述している。

 


 葬儀を終え、しばらく休んでいた学校にも行くことになった。


 事件のことは学校でも噂になっていた。


 でもそれは、小学生にしてはショッキングでハードな内容だったのか、交通事故という話にすり替わっていた。


 家に帰ると、自宅には父方の祖母が来ていたが、口では説明できないけど、どこか寂しくすぐには立ち直れなかった。


 自分でもいつも通りじゃないことは分かっていた。


 虚無感に苛まれる。


 どうにかして誤魔化したかった。


 翌日の放課後、気がつけば水槽の前に立っていた。


 当時付き合っていた彼女がいたにも関わらず、菜々子に会いに行った。


 

 優希には弱いところを見せたくなくて、カッコつけたかったのかもしれない。


 彼女とは半年くらい付き合っていたけど、控えめ性格から、デートの時に手しか繋いだことがない。

 

 ボディタッチもまだ肩を叩くくらいで、だからキスは勿論のこと、ハグも短い間だけで終わっていた。


 本当はもっとしたいのに、優希に嫌われたくないからできなかった。


 

 でも菜々子なら全てを受け入れてくれる気がした。


 

 そして、理科室に連れ出し、彼女と初めてのキスをする。

 

 何の味もしなかったけど、もう一回、もう一回とそれを求めた。


 

 菜々子は泣いていた。


 嫌がっていた訳でもないのに。

 

 そして、聡も何故か泣いていた。


 

 嬉しかったのかな、辛かったのかな。何かよく分からなかったけど泣いていた。

 

 彼女は抱きしめてくれた。聡も抱き返した。


 この悲しみはほんの少し和らいだ。


 だからこそ彼女をまた求め、今度は自宅に連れ込み二人はもう一歩先に進んだ。


 菜々子は血が出て痛そうだったけど、とても嬉しそうで、聡もまたそれを見て嬉しくなった。


 それをすると気持ちよくて、翌る日も繰り返した。

 

「大好き」菜々子の笑顔は素敵だった。


 見ているだけで空を飛んでるような気分になった。

 


 でも一人になってから、優希との写真が破られていたのを見て、何だか悲しくなった。


 高ぶっていた菜々子への情熱は冷めていく。

 

 本当に好きなものに気づかされた。


 けれども、彼女との行為は断れなかった。

 

 一人で膝を抱えて泣くのは辛いから。


 

「聡くん、変わったね」優希に菜々子と同じことをしようとすると、彼女は言った。


 

 否定しても、遠い目で見ているような感じで、やっぱりできなかった。

 

 

 それでも優希が好きだった。

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