第五十五話 奔れ、
人は奔る。一縷の希望を求めて。
闘技場中央を奔走する。
邪魔する者は全て薙ぎ払いながら。
「でも、どうやって追いつく?」
「わからない。向かった方角はどこだ」
尋ねるが、即答しない。
魔族を二、三体程切り捨てた後、ようやく口を開く。
「……バルの村」
「――何っ!?」
いや、そんな驚くことでもないな。
消えた人民が何処へ向かったのか。奴らにとって想定外だというなら、考えられるのは脱獄。
「マニフォールの街を避け、村に向かったというならば」
「俺の村のみんなが、そこにいる」
早く追いつかなければ、悲惨なことになるかもしれない。
「せめて、アイツの狙いさえわかれば……」
観客席の下を駆け抜け、階段を下る。
推測が正しければ、この通路を抜けた先に裏口があるはずだ。後は、どうやって追いつくか。
「おい、マザラン! これは一体どうなってるんだ!」
通路を行く俺達の前に現れたのは、置き去りにした恰幅のいい冒険者。
「お前がいるということは、この先が裏口だな」
「あ、ああ……って、おい、話を聞けよ!」
彼を無視して走り続ける。構っている時間など、ない。
「アンタ、何処へ行く気なんだ!」
「バルの村だ」
「ああ? 正気か?」
いちいち反応の大きい奴め。
「何か問題でも?」
「問題も何も、ここからだと走っても半日はかかるぞ!」
「何だそんなことか」
「何だって……」
そんな情報が今更なんだっていうんだ。
もう間もなく、裏口へ出る。
出たらすぐに向かう。方角はわかっているのだから。
「やれやれ。こちとらプレゼントを用意してあるってんのに」
「プレゼント?」
「ああ、俺を置き去りにしたお礼にな」
どうも根に持っているみたいだが、残ることを選んだのはこいつ自身だ。恨まれる覚えはない。
「魔族達はどうやってここに来たと思う?」
「あ? 何を言って――」
外に出た時、そのプレゼントボックスはあった。
「これが、プレゼント――」
先程の木箱にそっくりな箱。足元に車輪を履き、繋がれるのは六頭の馬。
「お前らが行った後によ、ちょーっと探ってみたら見つかったんだよ」
「でかした」
「へへっ。って、なんでお前が偉そうなんだよ!」
業者台に乗り込むと、ルインの搭乗を待って、手綱を振るう。
「行くぞ!」
「おう!」
「あっ!」
駆け出した馬車の背後で何か聞こえた気がするが、気のせいだろう。
勢いよく飛び出した馬車を見送る男が一人。
「また置き去りかよ……」
そう言いながら、複雑な表情で佇んでいた。本当は逃げるつもりで探していたとは口が裂けても言えない。
そして未だに、その背後では、激しい戦闘が続いていた。
森の中を駆ける複数の馬車。その中の一台の中で揺さぶられ続けること、数時間。
少しお尻が痛くなってきたけど、捕まっている間の鞭の痛さだとか、殺されるかもしれない怖さと比べれば、ずっとマシだ。それ以上に、帰れるかもしれないという、希望の方がずっとずっと大きい。
でも。
「ルイン……」
私達を守る為に戦った幼馴染。
彼はここに捕まっていなかったように見えた。無事なのか、あるいは……。
「大丈夫よ、ラピス」
「おばさん……」
私の手を優しく包み込んでくれたのは、ルインの母。
そこで初めて、自分の手が震えていることに気が付いた。
「あの子は強い子。きっと、今も生きているわ」
「そう、だよね」
「ええ……」
たくさんの人が死んだ。
家族も、友達も、みんな。
こうして生き残っているのはまぐれ。
この箱の中には、知ってる人も、知らない人も、たくさんいる。
他の箱の中も、きっと。
助けてくれたのは、新しく捕まったおじさんだった。
上が騒がしくなったとき、真っ暗な箱が開いた。私達は、ついにその番が来たのだと身構えたが、それは違った。
彼の手引きで抜け出した後、そのまま馬車に乗せられた。
そして、今に至る。
「今度は、無事に帰れるよね」
「ええ、きっと」
落ち着かない気持ちの中、まだ揺さぶられ続けていた。
だが、突如状況は一変する。
馬車の中にいる人たちが皆浮き上がり、直後前方へと吹き飛ばされた。
折り重なる人々。
激痛と息苦しさに眩暈がする中、馬車が急停止したことが辛うじて分かった。
「な、にが、起きて……」
横倒しになった馬車からゆっくりと起き上がる。だが、意識がハッキリしていく中で、血の臭いと手に付くねっとりとした液体に血の気が引いた。
「わわっ! だ、大丈夫ですか?」
「う、うう……」
よかった。息はあるみたいだ。
後は、外がどうなっているか確かめないと。
恐る恐る馬車の後方に掛かった幌を開ける。
「――っ!?」
慌てて口元を押さえた。すぐに見えたのは、馬と共に横たわる荷台。
そして、甲高い音と共に地面を揺らす爆音が鳴る。
「これは、一体……」
また帰れないのか。
胸に抱いていた淡い期待も、全部無駄だったのか。
涙で歪んだ視界の端に、大きな鳥が飛んでいるのが見えた。いや、アレは鳥だったのか。
恐怖で押し潰されそうになりながら、それでも見なくてはいけないと、飛んだ先を見る。それは、見たことのない生物だった。魔物の類だろうか。でも。
「ラピス、何があったの?」
苦痛に顔を歪ませたおばさんが顔を出す。
「中に戻ってて。見たことのない魔物がいる」
「そんな……」
私達は冒険者でも、騎士様でもない。魔物と戦える力も、レベルもない。それが普通だ。
でも、生き延びなきゃいけない。
高鳴る心臓を抑え込むように胸を握り、動向を見る。
それは、馬車を一つずつ破壊しながら動くばかりで、中を襲う気配はない。
だが、中には飛び出して逃げる人もいた。だが、その人は呆気なく殺される。
見たくない。怖い。逃げたい。でも、逃げられない。
だが、最後の馬車が攻撃されようとしたときに、一人の影が飛び出した。
お願い、逃げて。
心の中で叫びながら、その背中を見つめる。彼は、子供を抱えていた。子供に罪はない。だからこそ、逃げ切って欲しい。
そう、思っていた。
だが、彼の取った行動は少し違った。
彼は片手に子供を抱いたまま、剣を抜いたのだ。
チャンスは、今しかない。




