宿場町にて
アディン・ランディールを加えたリティア一行は、小さな宿場町に辿り着いていた。
この町にはリティア達は何度も訪れた事がある、なので彼女達がいつも利用している宿屋に泊まる事になった。
料金は高くもなければ安くもないという極めて標準的なランクのこの宿屋の親父は、「よう、姫さん。 ん? 今日は新顔が一緒か?」と気さくに声をかけていた。
二人部屋を二つ借りて男女で別れたわけだが、現在は四人共女子部屋にいるのは、今後の事を話し合うためである。
「……って言ってもさ? 結局はみんなでユグドリアへ行くだけでしょ?」
ベッドの淵に腰かけたリティアが言うと、「それは間違いないが、それだけで済む問題ではなくなったという事だリティア嬢」とは、腕を組み壁に寄りかかっているレイトだ。
「マナの大樹の周囲は樹海に覆われていて簡単に立ち入れる場所ではないのですが……それ以前にユグドリア王国の許可なく近づくことは出来ないのです」
その彼の隣に姿勢を正して立つスレイが続けて言うのに、「うん、知ってるよ」と頷いたリティアと、「え!? そうなんですか?」と驚いたアディンの声が重なった。
それは国同士の取り決めであり、ある程度以上の地位や責任ある立場の者にとっては常識なのだが、一般人にしてみればほとんど無関係の話でありアディンが知らないのは無理のない話しである。
「ある程度話をしていてアディンがくだらぬ嘘を言うような性格ではなさそうなのは多少は分かったが……それとユグドリアの王が君の言葉を信用するかどうかは別という事なのだよ」
「そんな……」
頭ではそれも当然だろうと考えられても、ヒトに信用されないと言われてしまえばやはりショックである。
「アディンの話が本当だって証拠がいるって事なのレイト?」
「そういう事だ。 もちろん、必ずしも信用してもらえないとは言い切れないが、可能性としては低いだろうな」
「う~ん……何かないのアディン?」
証拠があるならとっくに自分達に見せているだろうなと思いながら当人を見やれば、「……残念ですが」と案の定首を横に振られた。 どうであれユグドリア王に会って話をしに行くのには違いないが、アディンの話を信じてもらえない事にはマナの大樹を救う事は出来ない。
「……ま! ならしゃーないわ。 そのあたりは歩きながら考えましょう!」
「それでもし何も思い浮かばなかったらどうするのだリティア嬢?」
楽観的過ぎな結論に対しレイトがやや厳しい口調で問う、リティアはそんな彼の眼を真っすぐに見返してみせる。
「その時はとにかく一生懸命に話をしてみる、それでもダメならその時にまた考えよう。 今するべき事はユグドリアに向かう事だけ、少しでもマナの大樹の近くへ行く事でしょう?」
要するに無策に等しいという回答だ、そんなものではレイトは納得しないだろうとアディンは思ったのだが、「……だな?」と彼が頷いたのに驚く。
「そうですね、妙案が浮かばないからと言って歩くのをやめる理由にはなりません」
スレイも同意するのに、「そういう事よ!」と笑う自分の国の姫を、アディンは唖然と見つめる。 確かに考えがあろうがなかろうが今は進むしかないのは分かりはするのだが、仮にも一国を治める王族の者がそれでいいのかと不安にもなった。
そんな心の内を読んだかのように「大丈夫ですよ?」と優しく笑ったのにギョッとなってスレイの顔を見返した。
「えっと……あの……」
「絶対に大丈夫なんて言えるはずもありません、ニンゲンですからね。 それでもやると決めたことは最後までやり通します、それがリティアちゃんですからね」
言ってからレイトを見やったので釣られてそちらへと視線を移せば、彼が「ふ!」と笑うのは、当然だ!と言っている風に見えた。
「……???……何だか分からないけど、そーゆーこと!」
自信たっぷりに自分の胸を叩き、それを見たスレイとレイトは苦笑しながら顔を見合わせた光景は、不思議とアディンに安心感を与えてくれていた。
本日分の事務作業を終え大きく息を吐いたクロウ・リュミエーラの前にに、「お疲れ様、クロウ君」と温かそうな紅茶のはいったカップを置いたのはリリム・チコット、スレイの母親でもある城のメイド長だ。
「……ああ、すまんなリリム」
自分と同じ年頃とはいえ従者にクロウ君呼ばわりされても怒る事もしないのは、彼女とクロウの関係が互いの娘同士のものと似たようなものだったからである。 公の場では体面というものはあっても、クロウは彼女らより自分が上だとは思っておらず、単に王国という枠組みの中での役割が違うだけだと考えている。
「リティアちゃん達が心配なんですね?」
「城の外を旅してまわるのはいつもの事だが……今回はことがことだからな、それにあの子に外交というものが務まるものかどうか……」
答えてからカップを手に取って口まで運ぶと中身を半分ほど飲む、熱すぎず冷たすぎもしない飲みやすい温度なのは、流石リリムというものだ。
「レイト君やスレイも一緒です、リティアちゃんはリティアちゃんがやるべき事、出来る事をする。 そして彼女に出来ない事はあの子達が助ける……私達がそうであったようにね?」
この母親めいて穏やかで安心できる笑顔を向けられては、クロウは納得するしかないのは、いつもの事だった。 その彼女にクロウは苦笑し「……そうであったではない」と言った。
「……はい?」
「そうである……だ、君やダンがいなくては私などに王など務まらんよ。 いや、君達だけではないな、城の者全員の協力がなければな……所詮は一人の王だけで国というものを支えるなどニンゲン風情に出来るものではないという事だ」
言ってから何気なく窓の方を見れば、外はすでに薄暗くなり始めていた。