次なるトラブルの予感
水の流れる心地の良い音を聞きながら、アディン・ランディールは剣の素振りをしていたのは、何となく早くに目が覚めてしまったからだ。
「……ふう~」
勢いよく振り下ろした手を止めてて息を吐くと顔を上げれば、そのアディンの瞳に遥か遠方に聳えるマナの大樹が飛び込んできた。
「……僕みたいな人間がどういう冗談なんだろうな……」
小さな村で自警団をしていただけの自分があの大樹の寿命を延ばすためにマナの種子を運ぼうとしていた、その旅にはこのソレイユ王国の姫様ご一行も一緒なのである。
リティア・リュミエーラという名のその姫様は、自分より一つ年上の十七歳の赤毛の明るい女の子は、アディンのもっていた姫と言うイメージとは多少違っていた。 高貴さとか優雅さというものがなく、どこにでもいそうな元気な女の子だ。
しかし、それはアディンが噂で聞き知っていたリティア姫の通りだとも言えたのもまた事実ではあったのだが。
その少女の「おはよう~」いう声が後ろから聞こえたのに驚き、思わず「どわっ!?」という声を出してしまった。
「……ん? どうしたの? こんなとこで?」
昨晩は手頃な河原で野宿したのだが、その場所から少し離れた場所にいたのはまだ眠っていたリティア達を起こさないためであった。
「な……何でもないですよ姫様……」
そう答えたのに不思議そうに首を傾げるリティアは、しかし「まぁーいっか」とアディンの隣に立つと「リティア」と言った。
「……はい?」
「だからリティア。 あたしの事はリティアでいいよ? 一緒に旅する仲間なんだし名前で呼んでほしいかな?」
姫様と呼ばれる事が嫌というわけではないのだが、両親はもちろん近しい者達がみな名前で呼んでいる事もあってどこか他人行儀に感じるのだ。
アディンにはもちろんそんな彼女の理由は分からないが、「えっと……リティア姫と呼んだ方がいいという事ですか?」と少し困惑した風に答えた。
「そうだね、それでいいよ」
別に呼び捨てであっても気にはしないのだが、流石にそれは言いにくいのだとは分かっていた。 なので、「はぁ……分かりました」と返事をしてくるのに、心の中で苦笑していた。
その二人から少し離れた場所で、「リティア嬢はアディンを気にいっているようだな……」と呟いたのは、レイト・ヴィヨンドという名の白髪の青年だった。
リティアやアディンより大人びて見える彼は、リティアの幼馴染みである十八歳の剣士は、愛用の黒いライト・アーマーを身に着け終わると地面に腰を下ろした
そのレイトに「みたいですね」と相槌を打ったスレイ・チコットは、レイトより二つ年下の藍色の長い髪のメイドの少女だ。 スレイは四人分の毛布を畳み終わると、それらを一枚づつメイド服の白いエプロンの大きなポッケにしまっていくのは、明らかに不自然な光景であるが、それが彼女の扱える魔法によるものである。
「私達以外で同じ年頃の仲間というのも初めてですからね」
「ああ、いつも三人でいたからな」
もちろん、年齢問わず友人と呼んでいい者もそれなりにはいるが、一緒に旅をするような仲間はアディンが初めてだろう。
「……しかも、それがこの世界を救う事になるでしょう旅だなんてね」
世界を支えるマナの大樹の寿命を延ばすべく空の上から降って来たマナの種子を運ぶ、それは冗談ではないと思ってはいても、スレイにはまだ現実感に欠けているようにも感じられていた。
「アディンがな、マナの種子の落下場所にいたのも偶然であれば、我らと出会ったのも偶然だろうがな。 しかし、必然でもあったのだろうな?」
「運命っていうものですかレイト君」
レイトは「うむ、そういう事だ」と答えると空を見上げれば、小さな雲が僅かに浮かんでいるのみだった。
「……今日はいい天気になりそうか……」
昼前に酒場では、まだ酒を飲むような者はおらず、数人いる客は純粋に食事に来ている者ばかりだ。 その中でカウンター席に一人で座っている男が「……リティア姫?」と店主に聞き返す。 無精ひげを生やしで凶悪そうな面構えではあるが、口調は穏やかである。
「ああ、そのリティア姫様ご一行がリザードラゴンを退治したってわけさ」
「一国の姫がそういう事をする……?」
三十前後くらいに見えるその男の前には、空になった白い皿と水が半分くらいまで入ったガラスのコップが置いてある。
「それがリティア姫さ、この国じゃ有名なはずなんだけどな……あんたはよその国からの旅人かい?」
店主がいぶかし気な顔をするのに「……ん? ああ、そうだ」と答えた声は少し焦った風にも感じられた。
「それで、その姫さんご一行ってのはどんな連中……いや、人らなんだ?」
「……ん? そうさな……元気な子供ら三人組って感じかね? ああ、そういやこないだはもう一人男の子がいたか」
「男の子……アディン・ランディールとかいう名前か?」
問われた店主は少し考え、「……名前か、アディンといえばアディンだったかな?」と答えたのに、男は「ほう?」と僅かに目を細めた。
「俺も誰かから聞いただけだからなぁ……探し人かい?」
男はガラスのコップに手を伸ばしながら、「ああ、そんなようなものだ」と笑いながら答えた表情は、どこか不気味さを漂わせていた。




