英雄の弟子、ゴメスを見つける
ワアーっと盛り上がる声が、対岸から聞こえてくる。
(ほら、やっぱりスタンさんがいるから大丈夫)
ソフィは我知らず、笑顔になる。
「ソフィがあっちの声が聞こえた途端に笑ったんだけど」
「ソフィの仲間が頑張ってるんだろうぜ。おいら達も行かなきゃな!」
訝しげな顔のフォルトを促し、アンネは洞窟の奥へと向かっていく。
キャバリアはとろとろと走るだけでも、無視できないエンジン音を立てる。
隠密行動には向いていない。
元より、異貌の神の代言者を倒そうというのが一行の目的である。
忍び寄っての暗殺など、考えてもいないのだ。
半ばまでが水に沈んだ洞窟は、足場となる部分が少ない。
アンネが先導しつつ、水際をフォルトが行く。半身を魚人と化した少年は、空を泳ぐことも出来るが、やはり水の中のほうが調子が良いようだ。
続くのが、ドゥーズとソフィ。
「ひんやりしてますね。外よりも全然寒いみたい」
「外が霧で、陽光が降ってこないからな。それ以上に、洞窟内部は異界になりかかっている。ゴメスとやらがこの奥にいるならば、既に人間ではあるまい」
精霊使いが目を細め、仲間達に注意を促す。
フォルトが唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。
洞窟の中を進んでいく間、襲撃も何もない。
物音すらしない。
「深淵のものくらいは出てくると思ったんだけどよ」
一番大きな音を立てているアンネだが、それに反応する者すらいないことに、拍子抜けした様子だ。
結局、エネミー一匹現れない内に、一行は洞窟の最奥まで到着していた。
そこには、ソフィがスィニエーク村の地下で見たような、怪しい祭壇が作られている。
祭壇の前には、大柄な男がひざまずき、ぶつぶつと一心に何かを呟いていた。
「ゴメス!」
フォルトが、男の名を呼ぶ。
すると、大男は呟きを止めた。
ゆっくりと、ソフィ達に振り返る。
その顔は、既に半分、人間のものではない。
ぬるりとした粘液に覆われ、鼻も耳もなくなり、目玉はぎょろりとむき出しになっていた。
「お……おおお……。何故、だ。何故、オデの祈りに、神様は応えてくれねえんだ……タクト様……」
ゴメスがうわ言のように呟く。
こちらが視界に入っていないかのようだ。
彼が口にした言葉を聞いて、ソフィは「あっ、スタンさんがやっつけたあの人」と漏らした。
「えっ」
ゴメスが反応する。
「お、お、おめえ、タクト様を知ってるのか!? お、オデに力を授けてくださった、偉大なるデュナミスの……!」
「う、うん。私のお師匠に当たる人が、その、やっつけちゃった」
「えっ」
ゴメスが停止した。
「だっ、だけど、闇の戦乙女様が、タクト様はオデの事を褒めてたって! そ、そのタクト様が……死んだ!? う、うおおおおお!? うおおおおおーん!!」
ゴメスは立ち上がると、大声でわめき始めた。
「来るぞ!」
ソフィの前にドゥーズが立つ。
アンネは、キャバリアのハンドルを強く握った。
フォルトはいつでも水の中から飛びかかれるように身構える。
「ということはあ! お、オデがデュナミスになればいいんだあ! うひひひひ!! オデにも運が回ってきたぞぉ! あんな醜い深淵のものばかりに囲まれて無くて良くなる! 美しい、人間の女をオデのものに! もちろん、湖の魚もぜーんぶオデのもんだああ!」
「うわっ、ついに狂った!?」
「いや、ゴメスはもともとああいう奴だぜ! 普通に人間が腐ってる!」
フォルトの言葉に、みんな一様に呆れた顔になった。
ゴメスは、主であったタクトの死を聞いて、それを悼むどころか自分が成り代わり、出世しようと欲をむき出しにしたのだ。
「もちろん! あの戦乙女もオデのものだあ! 世界は全部、オデにひれ伏すことになるぞお! わはは! わはははは!」
響き渡るゴメスの哄笑に、真っ先に切れたのはアンネとドゥーズだった。
「うるせえよ!」
「魂の底まで腐った男が!」
銃弾と雷の精霊が、ゴメスに炸裂する。
大男は一瞬、びくんと飛び跳ねた。
だが、なんでも無かったかのように顔を上げる。
「うへへ、それっぽっちじゃ、オデは死なないもんねー! げへへ、げへへへへ!! オデの力よ! タクトが残していった力よ、オデに宿れぇ! ダゴンに、オデはなるぅ!!」
天井に向かって手を差し上げたゴメス。
彼の肉体が、蠢き、高速で変貌を始めた。
ゴメスが背にする祭壇から、赤い光が漏れ出し、この大男に吸い込まれていく。
膨れ上がる肉体。
あっという間に祭壇を覆い尽くす程になり、全身が緑色に変色していった。
やがて巨体は洞窟を内部から突き破り、破壊した。
「こいつっ!! 変身しやがった!」
「代言者から、異貌の小神にでもなるつもりか……! させん!」
崩れ落ちる洞窟の中を、迷いなくアンネが疾走する。
落下してくる瓦礫は、ドゥーズが雷を放って弾き飛ばした。
洞窟は既に、その形を成していない。
大半が崩れ、小さな入江のようになっていた。
『オオ、オオオオオオオオオッ!!』
ゴメスが吠える。
それは巨大な半魚人だ。
樽のような体に、鱗に覆われた太い腕を生やし、鰭と一体になった足を生やしている。
潰れた顔相は、魚人と言うよりは異形のカエルのよう。
「お……大きい……!!」
ソフィの足が震えた。
見上げるほどの大きさの、恐るべき怪物が出現したのだ。
「だけど……スタンさんは、同じくらい大きな帝国のゴーレムに立ち向かったから……!」
私も、やる。
ソフィはそう、決意した。
「みんな! 行こう!」
「おうよ!」
「無論!」
「行くぜ!」
シュヴィーツ湖王国に出現した、異貌の小神。
探索者達の戦いが始まる。
※ゴメス
徹底的にぶっ倒しても良心が痛まない系ボス!
※ダゴン
それ以上いけない!




