英雄の弟子、自らの実力を確かめる
「では、外で実践しよう。ゴール」
『へいへい』
アレクセイたちの目が外れていることを確認して、ヴァルキュリアに呼びかける。
彼女はソフィのすぐ前に、突然出現した。
「きゃっ」
「ほっほっほ。ずーっとここにいたんだよー。で、スタン。見えないようにして欲しいんでしょ?」
「そういうことだ。結界張れるんだろ?」
ゴールはにやっと笑うと、ぶらぶらと村の広場まで歩いていく。
ソフィはハラハラする。
いつ、村人たちが交代に現れるか分からないからだ。
「特技、“インヴィジブルフィールド”」
そんな彼女の心配をよそに、ゴールが空に向けて突き出した指先から、何かが放たれた。
目に見えないそれが広がっていく。
「!? ちょっとビリっと来た」
「ヴァルキュリアの結界だ。大したスペースじゃないが、この中にいる間は外からは見えなくなる」
「ええ……!? でも、なんにも無いみたいに……きゃっ! 村の人が出てきた!」
村人たちの交代が終わったようだ、
ふらふらと、生気がない顔をして、村人たちが歩み出てくる。
彼らは三人一組になると、よろよろと歩きながら、ソフィたちに近づいてくる……。
ソフィはぎゅっと目を閉じた。
だが。
村人たちは、まるでそこに見えない壁があるかのように、ソフィを避けていくではないか。
「あれ……?」
「結界って言っただろ? ちなみに、じりじりとなら動ける。ソフィの練習が終わったら、家まで戻ろう」
「はい! ……でも、ゴールさんがこれを使えるなら、正面から入れたんじゃないですか?」
「ヴァルキュリアの姿を見られると、帝国では後々面倒なんだ。それに、現地の探索者たちが必死に策を練っているのにチートな手段でサクッと解決するのは良くないだろう。俺は本当に困った時に手を貸す」
「そっか……! 全部、スタンさんに頼り切りになっちゃいますもんね。それじゃあ、私だって成長する機会がなくなっちゃう」
「そ、そういうこと。別にTRPGっぽくてこっちの方が楽しいからじゃないぞ」
スタンがまた最後に意味の分からないを言った。
さあ、気を取り直しての特技の試し打ち。
スタンはあらかじめ、全てが終わった後に飲むためのMPポーションを用意していた。
「低レベルでの特技使用は、MPがガッツリ減る。MPというのは、君達が体力と呼んでいるようなものだと思ってくれ」
「はい!」
「では、まず俺が小石を投げる。光の障壁」
「光の障壁!」
ソフィが前に手をかざすと、小石が手の平の前で何かに弾かれ、跳ね返った。
一瞬、バチッと光が爆ぜる。
「す、すごい……」
「これが特技だ。レベルが上がるほど強力になっていく。では、次は賢者の箱を準備」
「は、はい!」
ソフィはポケットから、練習用の賢者の箱を取り出した。
ラシードからもらったものだ。
「そのサイズでも、低レベルなら十分な威力を発揮する。ソフィが将来的に、どの職業を伸ばしたいか決めた時に買い換える選択をしても遅くない。ちなみに、どの職業であっても10レベルまで伸ばす事で、将来的には上級職に就くことが出来る。10レベル以上の職業と、他の職業で合計レベル20が必要だがな。それはまた後の話だ」
また、スタンは小石を拾い上げた。
「導きと癒やし強化、幸運の女神はまた後で使えるだろう。たしか錬金術師の特技は、“範囲の錬成”があったな」
「はい。範囲の錬成と、強化の錬成です」
「範囲の錬成は、これと他の特技を組み合わせることで、その効果を半径5メートルに拡大することが出来る。俺が今から撒き散らす小石を、これを使って防ぐこと」
「はい! お願いします!」
「行くぞ!」
スタンはかけ声とともに、手にした小石を周囲に撒いた。
ソフィは賢者の箱を手の平の上に乗せると、そこに意識を集中する。
「範囲の錬成……光の障壁!!」
言葉に発するより早く、特技は発動した。
ソフィの周囲で、撒き散らされた小石が立て続けに弾ける。
光の障壁が拡大され、広範囲に展開されたのだ。
そしてその直後、ソフィの足はカクっと力を失いかけた。
「あっ」
「MP切れだな」
スタンはいつの間にか近寄り、ソフィを支えている。
そして、MPポーションを手渡した。
これは、ガラス瓶に入った緑色の液体で、酸味のある味がする。
慣れない薬品に顔をしかめながら、ソフィはなんとか中身を飲み干した。
すると、抜けていた体の力が戻ってくるのを感じる。
「ポーションは二つ渡しておく。アイテム欄に書き込むように。これで、この冒険の間は君のものだ。だが、冒険が終わった後はポーションを常備化しておいてくれ」
「常備化……?」
「経験点を払ってアイテム欄に常備化したアイテムは、消費しても次の冒険の時には回復するんだ」
「経験点……?」
「その時になったら教えよう」
スタンはゴールに、結界の移動を指示した。
ヴァルキュリアは不可視の結界を支えつつ、じりじりと移動を開始する。
やがて、彼らは元いた家の入口まで辿り着いた。
「どこに行っていたんだ二人とも!」
慌てた様子で、ラシードが顔を出す。
「ちょっとな。大丈夫、奴らには気付かれていない」
「スタン殿が言うならばそうなのでしょうが……。いや、スタン殿なら、単独行動しても危ないということは無いかもしれない。だが、村は今、全体が人質に取られているような状態なのです。気をつけましょう」
「おお、その通りだ。すまない」
素直に謝るスタンを見て、ソフィは感心した。
スタンはあんなに強いのに、ちゃんと自分の誤りを認められるなんて偉い。
力があるだけではなく、この人は礼儀のようなものを知っているのだ。
それだけに、スタンがどれだけ深く物を考えているのか、そして隠れているゴールがどれほど凄いのか、話せないことがソフィにはもどかしかった。
※へいへい
出た、便利アイテムヴァルキュリア。
※経験点
命題を達成すると得られる、成長のためのエネルギー。
キャラクターシートとして自分の能力を認識している探索者は、これを数値として見ることができるらしい。
自己の成長、リードマジックなどの汎用特技の取得、そしてアイテムの常備化。
これらに使用できる。
ソフィは口にはしていないが、リードマジックは自動取得してあるようである。




