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短編4.2月の22日

 ベーゼアと悪魔城の中をのんびりまったり歩いていたら、物陰からひょっこりとヴラチスラフさんが顔を出した。びっくり系ホラーゲームかな?


「御機嫌よう……」


「こんにちは、ヴィーさん。何かあった?」


 ホラー同好会随一の研究おバカなヴラチスラフさんが何の用事もなくこんなところにいるとは思えない。てことは、私かベーゼアに何か用があるのだろう。

 尋ねた私に、ヴラチスラフさんはニマーっと独特の笑みを浮かべた。そしていつの間にか、ヴラチスラフさんは私たちに見せるように何か……透明な液体が入った試験管を持っている。あ、嫌な予感。


「一口で……いいので……」


「えええ、効果のほどは?」


 謎のお薬を差し出してくるヴラチスラフさんに、私は頬をひくつかせた。私の質問には、ヴラチスラフさんのにんまり笑顔しか返ってこない。


「陛下の許可は頂いているのですか?」


「ええ……勿論……」


 ベーゼアの言葉にヴラチスラフさんはこっくりと頷いた。ほう、ジラルダークはオッケーを出したお薬か……。うん、微塵も安心できない。


 さあぐいっとどうぞ、と試験管を渡されてしまった。匂いは……ない。色も、水のように透き通ってる。とろみもない。試験管に入っている液体もちょうど一口分といったところで、……うーむ。飲むべきか、飲まざるべきか。


「カナエ様を……害するもの……ではないと……誓いましょう……」


「それは疑ってませんけどね。魔王様が許可してるっていうのがちょっと、不安です」


「フフフ……」


 まぁ、どうにかなったら我が駆け込み寺エミリエンヌのところへ行こう。ベーゼアもいるし、いざという時のメイヴもいるし。ふんわりと漂った花の香りに私は覚悟を決めた。


「じゃあ、いただきます……」


 ええいままよ!私は目を瞑ると、試験管の中の液体をぐいっと飲み込む。



◆◇◆◇◆◇



 それが、今日の朝の出来事。


「ふふっ、やはり愛らしいな」


 そして今、私はご機嫌そのものの魔王様にとっ捕まっている。膝の上に抱かれて、私は口をへの字に曲げた。ジラルダークの大きな手が、私の頭を撫でる。そのまま首筋、背中、と手が下がっていった。

 私はくるりと振り向いて、ジラルダークの手をべしっと叩き落す。それ以上はお触り禁止だ。デリケートな場所なのだ。


「こちらは嫌か?ならば、こちらはどうだ?」


 今度は顎の下を指先でさりさりと撫でられる。絶妙な撫で加減に、私の意志と関係なくごろごろと喉が鳴った。


「気持ちいいか?」


「うにゃ」


 そう。吾輩は猫である。即席のなんちゃって猫なのである。


 というか、ホラー同好会謹製の獣化のお薬のせいだ。私が飲んだのは、猫化の薬だった。アサギナのみんなと違って自分で人の姿に戻れるわけでもなく、そして魔王様が戻してくれるわけでもない。何でこんなもの作ってるんだ、あの人たちは。

 そーですよねー。だって魔王様が私に飲ませてもいいよって言ったんですものねー。この前、神様のところから魔王様がメイヴを助けたからか、私が本気でお願いしないとメイヴも見守るだけですもんねー。


「にゃお」


「ん?どうした、カナエ」


 ジル、と呼んだら、魔王様がほんわか微笑んで私の体を抱き上げた。前足のところ、脇腹を掴まれてるから、びろーんと体が伸びる。後ろ足はまだ、魔王様のお膝の上だ。


「ふふふ、やわらかい。可愛いな」


 魔王様、今のでろっでろのお顔ですと魔王様できませんよ?


「うにゃうにゃにゃにゃ」


 爪を立てずに、ジラルダークの頬っぺたへ猫パンチをお見舞いする。ぺぺぺと何度か叩いても、ジラルダークはにっこにこのままだ。


「肉球を触ってもいいか?」


「うにゃ!」


 ふん!触らせてあげるもんか!


 ジラルダークの膝の上にお座りして、ぷいっと顔を背ける。くすくすと、頭上からジラルダークの笑い声が降ってきた。見上げて気付く。いつもよりもジラルダークの顔が遠い。く、首が疲れる。というか、ほとんど仰け反ってるでしょこれ。


「にゃあん……」


「ああ、すまない。腕に抱こうか、それとも肩に乗るか?」


 ジラルダークの言葉に、私はピンと思い付いた。こんな目に合ってるんだもん、魔王様の思い通りになんてしてあげないんだから!


 ひょいひょい、とジラルダークの腕を登って、肩を踏み台にして、私は魔王様のてっぺんに陣取る。ふわっとわかめヘアーにお腹を乗せた。にゃんこってすごい。バランス取りやすい。


「ん、そこがいいか。落ちないようにな。まぁ落ちたところで俺が受け止めるが」


「ふにゃーん」


 落ちるとか落ちないとかより、頭に乗っかられたことに文句はないの、魔王様。あなた、この国の頂点におわすお方ですよねぇ?


 そう考えていたら、勝手に尻尾が動いていたらしい。ぺっしぺっしとジラルダークの肩を叩いていた。ジラルダークはそっと指先で私の尻尾に触れて、やわらかくて気持ちいいな、と呟く。


「うにゃあ、うにゃにゃにゃあにゃあ」


 一体いつになったら、私は猫の姿から元に戻れるのか。そう聞いてみたいけど、生憎私はテレパシーなんて使えない。口から出てくるのは猫語だけだ。お腹の下の魔王様に顔を向けてみるけど、勿論彼の顔なんて見えない。……魔王様、まつ毛なっがーい。


「お前の体のことか?昼過ぎには元に戻るだろう。それ以上続くようなら、俺が解毒をするから心配せずともいい」


「にゃ……にゃおう」


 おおう、何で分かるんですか魔王様。あれ、私あの指輪してないよね?私、にゃんにゃん鳴いてるだけだよね?


 魔王様の大きな手が、私の背中を撫でた。ちょっと撫でにくそうだ。どっこいしょ、と前足を伸ばしてジラルダークの肩に下りる。ジラルダークは肩に乗った私に頬っぺたを寄せてきた。とりあえず、おでこをぐりっと擦り付けておく。


「そうだ、猫じゃらしもあるぞ」


 ジラルダークが懐から、じゃーんとばかりに桃色の猫じゃらしを取り出した。魔王様?何をいそいそとポッケに猫じゃらし忍ばせてやがるんですか?私が薬飲んだの今朝ですよね?うちの悪魔城には、ペットのにゃんこなんておりませんがね?私用に調達しておいたってことですか?偉大なる悪魔の国の王様が?


「にゃにゃにゃ!」


 バカだ!おバカだ!ひよひよと私の目の前で猫じゃらしを振るな!ガワは猫だけど、中身は私のままだから、別にじゃれたくないし!気にならないし!


 べちっと、猫じゃらしじゃなくてジラルダークの頬っぺたを叩く。ジラルダークは不思議そうに首を傾けた。あれ、気に入らなかった?とでも考えてそうだ。


「紐で動かすものの方がよかったか?」


「うにゃにゃ!」


 違ーう!


 ぺぺぺとジラルダークの頬っぺたに猫パンチをかます。ジラルダークは私が乗ってない側の手で猫パンチに応戦してきた。人差し指で、ちょいちょいとパンチの手を突かれる。さすがの魔王様、私の猫パンチのスピードについてくるとは!でも負けないぞ!秘技スーパー猫パンチだ!うりゃうりゃ!うりゃりゃ!


「……ふふふ」


「にゃっ!」


 はっ!


 ほっこり私を見るジラルダークの視線に我に返る。結局、魔王様にじゃれて遊んじゃってるじゃないか。何やってるんだ私は。

 照れ隠しに魔王様の頬っぺたに頭突きしてから、彼の膝に下りる。もう一度、とか呟いた声が聞こえたけど、無視だ。


 ぴょいっとジラルダークの膝からも飛び降りると、ふわふわの絨毯を歩く。ここは私たちの寝室だ。今日がお休みだから、魔王様はこんなアホなことをしてきたんだろう。


「カナエ」


 呼ばれて振り向く。……見えるのはベッドと魔王様の足だけだ。ぐいーっと上を向くと、ジラルダークが両手を広げている。飛び込んでおいでってことかな?


「まだブラッシングをしていない」


「うにゃにゃ!」


 アホか!


 私は後ろ足で床を蹴って、魔王様のお腹に頭突きした。ジラルダークは特に揺らぐこともなく、私を抱っこする。


「うにゃうにゃ!にゃにゃにゃにゃあ!」


 魔王様が猫の毛だらけでどうすんのよ!もう!おバカ!ブラッシングにワクワクにこにこするな!


「ああ、しっかりブラッシングをしてやろう。やわらかいブラシも用意したぞ」


 通じてない!


 膝の上に私を抱いていそいそと懐からブラシを取り出した魔王様に、私はがっくりと脱力した。

 あーもういいや。魔王様の好きにさせてあげよう……何だか眠いし。


「ふにゃーあ」


 欠伸をすると、ジラルダークは赤い目をやわらかく細めて私の背中を撫でる。私はころりと寝転がって、ジラルダークを見上げた。もしゃっとお腹を撫でられる。早いな魔王様。私は前足と後ろ足を使って、ジラルダークの手を捕獲した。あんぐと口を開けて魔王様の指を甘噛みすると、ジラルダークはくすぐったそうに笑う。ふにふにと掴んでない方の手でおでこを撫でられた。


 まあ、ジラルダークが幸せそうだし、たまにはこんな休日もいいかな。


 私は魔王様の膝の上で文字通り猫かわいがりされながら、のんびりとそんなことを思った。


お読みいただきありがとうございました!

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