山茶花の頃 寂しい家 其の四
「山茶花殿の言うには……」
と家に戻って来ると、帰りにご褒美に買って貰った、苺大福を頬張りながら、いえもりさまは言った。
山茶花殿……とは、古関の裏の空き家になっている田所さんの庭に、可愛い花を咲かせている花の精の事だ。
……その山茶花殿が言うには、田所さんには三人の娘と一人の息子がいるのだが、一生懸命育てた子供達は、結婚して点でに家庭を持ち子供が大きくなると、自分達の生活に追われ実家に寄り付かなくなってしまった。
その中でも唯一の息子の子供である、優一という孫を殊の外可愛いがっていて、名前の通りに優しく育った優一君は、お祖父さんが亡くなって、一人暮らしになってしまった田所さんを心配して、暇を見つけては祖母の所にやって来ていたが、就職して一年程経った春地方勤務する事になってしまった。
田所のお婆さんはいたく寂しがったが、いかようにもしようなく、一人心寂しく毎日を過ごした。
子供達はたまに顔を見せる事はあっても直ぐに帰ってしまい、田所さんが用事を頼むと、用事が済むとじきに帰ってしまった。
自分の子供に手をかける必要は無くなったものの、今度は自分達の毎日の生活に追われ、心ならずも母親である田所さんをおざなりにする結果となってしまった。
その頃から徐々に、本当に少しずつ田所さんは弱っていき、物忘れも酷くなっていった。
そんな時に優一君と同じ年頃の美沙さんを、二階の窓越しから眺めては心を慰めていた。
田所さんの変化は、たまにしか訪れない子供達には、直ぐに確信が取れた。
一旦長男の家に引き取られる形を取り、そのまま近くの施設に入居させられ数年が過ぎた。
その話を後日聞いた優一さんは両親達を責めたが、どうしようもない事は分かっていた。 徐々にいろいろな事が解らなくなる田所さんを、両親が見る事も自分が見る事も出来ないのは悲しい現実だ。
その田所さんが、ベットに寝たきりになったのは去年からだ。
その前からちょくちょく田所さんの霊は、思い出の多いこの家に帰って来ていたが、田所さんが起き上がる事が出来なくなった頃から、その霊はずっとこの家に居続けていて、美沙さんを見つめ続けているのだ。
……でも、何故大好きな優一さんではなく、全くといっていい程縁の無い美沙さんを、見続けているのだろう?思い出の多い我が家の裏の家とはいえ、会いたいのは優一さんのはずなのに……
「それはお婆さまが、見初められたからにござりまする」
苺大福を食べ終わったいえもりさまが言った。
「はあ?見初める?」
圭吾がスマホに手をかけると、いえもりさまがすかさず
「お気に召されたのでござりまする」
と答えた。
「お気に召された?」
「殊の外可愛がっておいでのお孫さまの伴侶に……でござりまする」
「は……伴侶?」
「嫁御さまでござりまする」
「嫁御……ああ……え?ええ?」
圭吾は吃驚していえもりさまを直視した。
「ちょっと待てよ。古関が……だろ?お姉さんだから……?まだまだそんな年じゃねえぞ」
「……さようでござりまするか?私めが思いまするに、遅いくらいにござりまするが……?」
いえもりさまに言ったのが間違いだった、こいつらの概念が違っている。
「……ってか、あの姉ちゃん変なものに取り憑かれてたんだよな?」
「さようにござりまするか?」
「そうそう、そいつが俺にくっ付いて来て、いえもりさまにビシッバシッと……」
圭吾が頬を叩かれる真似や、肩を叩かれる真似をして見せる。
「ほほ…う……」
「覚えてねえか?初めてだったから鬼ビビったんですけど……」
「それは申し訳ござりませぬ、お許しくだされませ」
「まっ、変なもんが付いてたんだから仕方ねえけどさ」
「私めも必死だったのでござりましょう……」
……にしては、覚えてねえみたいだけどな……