山茶花の頃 寂しい家 その六
あれから古関のお姉さんはずっと、体調が優れなくて会社も休みがちになってしまった。
流石に二階の部屋は気味が悪くて、一階の空き部屋に寝ているらしいが、其処でもお婆さんの気配がすると言って眠れないらしい。
最近は、心配したお母さんが一緒の部屋で寝ているらしいが、それでもお姉さんの恐怖は増すばかりで、どうすることもできなくて、古関の心配はMAXだ。
そんな古関の所がとても大変な状態に陥っている頃、やっといえもりさまが帰って来た。
「遅いじゃねぇの」
いえもりさまの姿を見るなり、流石の圭吾も恨めしげに言った。
「いやはや……申し訳ござりませぬ。小さきものゆえ、どうしても時間がかかってしまうのでござりまする」
「……それでどうなった?」
「どうなった……と申されますと」
「だから、ご縁の神様に相談したんだろ?なんだって?」
「なんだって……と申されましても……」
「はあ?」
圭吾は投げやりな態度で、立ち上がっていた体をベットに横たえた。
「役にたたねえ奴だなぁ……」
ぶっきら棒に言う圭吾を、いえもりさまはまじまじと眺めている。それを無視してふてくされていると
「……ご縁の神様は、おばあ様のお願いをお聞き届けくださりました」
いえもりさまは、静かに圭吾に言った。
「おっ!いえもりさまお手柄じゃん……って、鬼女とかいうのはどうなんだ?」
「ご縁の神様のお力でご縁を頂ければ、何かしらの因果がおばあ様の所にない限りは、鬼女とは別れられましょう……。もしも別れられなければ、それは厄介な事となりまする」
「はあ……まじかぁ……」
圭吾が再びふてくされて言った。
「兎にも角にも、まずはおばあ様にご縁の神様のお言葉を伝えねばなりませぬ……若よろでござりまする」
「はあ?なんかちげぇんだけど……」
それからじきに圭吾は、いえもりさまに……よろ……され、いえもりさまを隠し持って、再び古関の家を訪れた。
「まじで婆さんが、ねえちゃんの所に来なくなんのか?」
「たぶん……」
「窓からも見る事も無くなんのか?」
「 たぶん……」
「気配もしなくなる?」
「たぶん……」
「まじ頼むよ田川君」
古関はそう言って圭吾の手を掴んだ。
「まあ……やってみるよ」
圭吾はそう言うと、古関の庭からフェンスを乗り越えて、裏の空き家の山茶花の前に立った。するとジャケットのポケットに隠れていたいえもりさまが、それは見事な身軽さで外に飛び出して、目にも止まらない速さで家内へと侵入して行った。
それを見送った圭吾は
「ごめん。少しもらうぜ」
と一言言うと、とても美しく咲いている山茶花の枝を手折った。
「これをねえちゃんの側に置いておけ」
「これを?」
「うん……そうすれば、じきに婆さんは居なくなると思うんだよね」
「まじかぁ……?」
「……たぶん……」
古関は、山茶花の枝をしみじみと眺めて呟いた。
「……古関……」
「……ん?」
「悪いが、俺には……無いんだ」
「はあ?」
「霊感、第六感……下手すりゃ五感すら危うい」
「んー?」
「今回はどうにかなっても、今度は無い」
圭吾はきっぱりと古関に言った。
「なぜ古関が俺を頼ったかは知らんが、こーゆー事はもう無理だかんな」
「分かってるって」
「へっ?」
「医者にも行ったし、変な親戚からはお札とか貰ったりしたけどさ……結局どうにもなんねぇし。前もほら精神的にやられてたし……結局心の病って事になんだよね……けど、前も田川がうちに来てから、元気取り戻せたから、またどうにかなるかなぁ……って……。霊感も第六感も無いかもしれんが、俺には“有る”って事だ……」
「そ……そうか……」
「こんな事、話し聞いてくれるだけで感謝だよ」
「……そうか……おまえのねぇちゃんこそ、あんのかもしれないぜ……霊感、第六感……」
「そうか?」
「今回婆さんが来なくなったら、それは心の病じゃなくて、そっちだと思うよ」
古関はしみじみと、山茶花の花を眺めながら聞いている。
「もしそうだったら、病気じゃないんだから、すぐに元気になるさ」
「……しかし、こうしょっちゅうこんな事あったら、そっちの方が困んだろ?」
「ちげぇねぇ……そうしたら、どうしたらいいか聞いてやるわ」
「誰にだ?」
「護りに…」
「まもり?なんだよそれ?」
「超越凄え護りがいんだよ。俺様には……」
「へぇいいなそれ……」
「へへ……意外といいぜ」